2008年05月09日

自衛隊員だって人間だ。連帯する気持ちを持とうよ。

 今日、現役の20歳の陸上自衛隊員が、国会に侵入し刃物で自殺未遂をしたそうです。
 詳細が公表されない(情報統制と思われる)ものの、この事件について、自衛隊員を批判する向きも多いようです。
 また、辺野古の米軍基地建設現場で、海上保安庁の舟艇が動員されていることへの批判も強いものがあります。

 確かに、その行為は、批判されるべきものがありますが、私は、今の政府のように、国民や、公務員のことを考えない腐った政府の手先として、職業としてやむを得ずインド洋に行かされたり、イラクに行かされたりした自衛隊員たちにも、同情と、それらをさせる権力者への非難の点で連帯できればと思っています。

 実は、9条世界会議の、第6分科会で発言された、早稲田大学の水島朝穂先生は、壇上に登る際、帽子と、Tシャツを持って上がられました(色もわかりましたが、それが原因で提供者が特定されないように、ここでは伏せます)。
 どちらもイラクに派遣された航空、および陸上自衛隊の部隊専用の物で、日の丸が描かれています。
 水島先生は、これを手に取りながら、「実際に派遣された人の中にも、自衛隊の海外任務に疑問を持つ人もいる。そう言う人がこれを私にくれるわけです。」とおっしゃり、国が自衛隊員を裏切り、あたかも捨て駒のように、海外派遣をもくろむ今の状況に、自衛隊員の中にも(ちなみに海外に派遣されている部隊、人員は、模範的な精鋭が選ばれています)、海外派遣に反対している人はいるのだと言ってました。

 私も同感です。
 私もつい先日までは、自衛隊憎しの感情をもっていました。
 ですが最近、他者への共感というものを大事にしようと思っているのですが、その視点に立つと、キャリア組の権力志向の隊長や命令する側の人間は別として、資格がとれるからとか、安定した国家公務員だから、という理由で自衛隊に入った人もいれば、国防を意識して入隊しても、海外の何も知らない国へ、政府の言うままに派遣されて殺し合いをさせられることに、疑問や不満を持つ人は自衛隊員にも多いでしょう。戦時には防衛大臣の指揮下に入る海上保安庁の職員も同様でしょう。

 私たちは、彼らをその制服によって差別し敵視するのではなく、国がアメリカとの交際費として、彼らの命を費消しようとしている現状に、彼らに連帯して反対の声を上げていくべきでしょう。

 右翼系の思想をもつ若い人と議論すると、私が、「ならば君たちが行くという気はあるのか?」と問うと、必ず「自衛隊に行かせればよい」という回答が返ってきます。
 つまり、彼らもまた「上から目線」で、自衛隊を自分たちの捨て駒という意識なのです。
 そういう連中の馬鹿な意見に耳を貸す必要はありません。自分は戦地に行かない前提での軍拡、海外派兵論など、机上の空論か、老人のたわごとです。

 一時盛んに言われた、「経済大国にふさわしい(軍事)貢献を」、という掛け声も、日本の景気が減速し、GDPで世界18位という現状に、太田経済担当大臣は「日本経済はもはや一流とは言えない」と言った今、通用する意見ではありません。
 そしてワーキングプアが増え、福祉年金はぼろぼろの状態なのに、核兵器を保有しない国家の中のでは一番多い軍事費を使って、アメリカ軍支援をしているのは、今の日本政府です。

 そもそも経済大国になったら軍事的貢献という名で、アメリカ軍のみへの協力をするという必然はもとよりありませんでした。「国際貢献論」を武力で行うということに正義はありません。
 ましてやそれを、他人(自衛隊)にやらせればよいと言い切る人々に、私は信を置けません。

 政府の言うことを鵜呑みにして、それをオウム返しにしているだけの連中の発言など無視して、私たちは、まともな感覚をもっている自衛官、警官、海上保安庁職員と連帯するべきです。
 いたずらに彼らを制服によって差別し敵視するのではなく、真に国民のための「警察」(広義で自衛隊、海保を含む)とは何かを考え、できればともに声を上げていくことを目指しましょう。

 こう書くと、必ず自称「自衛官」などが、自分は海外で戦う覚悟がある、などとコメントして来そうですが、まず本当に自衛官かどうか真偽が怪しい。
 また、警察にも、権力目的や思想が理由(「共産主義者を弾圧したい。」、高校の同級生でそう明言して、上級職を受けて失敗し、普通の刑事になった男がいました。)の人間以外、自衛官や警官の多数はどう思っているか?
 一部の権力亡者や、戦争狂以外には、国防という理由すら無い、無差別なアメリカ追従の戦争をよしとする人間の方が異常です。

 上記の水島先生のお話のように、職業として選んだら、後から国の方が勝手に海外派兵の動きを進めていることに憂慮している自衛隊員も多いはず。
 自民党は、自衛隊海外派遣恒久法の石波試案の中で、海外派兵して死傷者が出たり、今のアメリカでのイラク帰還兵の自殺やPTSDの問題が日本でも起きて、今でも定員割れ状態の自衛隊に、応募する人間がさらに減る場合は、徴兵制すら視野に入れて検討していることにも留意すべきです。
 これは憲法18条違反ですし、もとより9条に違反しています。憲法に違反という以前に、国民や自衛隊員にそこまで説明して行おうとしているのか、はなはだ疑問です。

 ということで、同じ国民として、「警察」の人たちとも、個人レベルでの連帯をもつ努力をしましょう。
 権力亡者や戦闘狂、武器オタクとは連帯する必要はないでしょうが、自民党の悪だくみの犠牲には、まずそういう人からなってもらいましょう。
posted by 眠り猫 at 22:55| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治

2008年05月08日

(承前)第6シンポジウムの内容

 夜中に関東地方を襲った地震で、目が覚めてしまったので、昨日の記事では中途半端にした、9条世界会議での第6シンポジウムについて、断片的ながら、興味深い情報を列挙しておきます。

 その前に、5日に市民団体のブースで、6日のイベントに行くことを約束しながら、疲れていたのですっぽかした、差別反対運動者の皆さん、まことに申し訳ありませんでした。疲れ切っていたもので・・・。

 さて、前の記事でも述べましたように、この第6シンポジウムは、個性のある発言者が多く、まとまった議論というよりは、それらの発言者が、個々の意見を述べるという感じでした。

 まず、「発題者」としての品川正治さんと、水島朝穂さんの発言。
 品川さんは、ご存じの方も多いでしょうが、84歳という高齢ながら、自らの従軍体験を基に、現行憲法の重要性を各地で講演されている方です。
 品川さんは、穏やかながら、非常に重みのある語り口で、現在、権力者によって、憲法9条の旗はぼろぼろになっている。しかし、国民がその旗竿を手放さない限り、まだ負けていないのだ。という話をされました。また、「ここにもおられるだろうが、マスコミの責任が大きい」とも断言されていました。

 水島先生の話を聞くのは初めてだが、大変に面白い方だった。しかし、話はシビアで、特に、名古屋高裁におけるイラク自衛隊派遣違憲訴訟での違憲判決を高く評価し、それを無視しようとする政治家たちの姿勢を強く批判していた。高裁の判決はやめる間際の裁判官1人だけで書けるものでは無く、3人の裁判官の合議によるものである。また高裁で確定した判決を順守すべきは政治家であり、それを「傍論」云々というのは、後の裁判で言われるか否かということで、政治家は三権分立に基づき、この判決を尊重しなければならないと強調されていた。

 伊藤塾塾長、伊藤真さん、神戸大学大学院アレクサンダーさん、精神科医師香山リカさんのお話はそれぞれ興味深かったが、一番印象に残ったのは、コーディネイターである湯川れい子さんが、発言者全員に振った、「憲法9条を改正させ、戦争への道を進めようとしているのは誰か?」という問いに、品川さんらを含め、5名が答えたことである。
 ここで出されたのは、まず「アメリカ」という答えである。品川さんは、日米ともに「権力者」であると断言した。これに加え、その権力者を選出している、国民、市民自身にも責任があると意見が出された。
 これらは、ほぼ護憲派の共通認識だと思うが、特に市民の責任について言及されたのは興味深かった。この話を聞いた人は、多くは、「自分は違う」というかもしれませんが、現実に自民党という戦前の政治家の系譜を継いでいる、古い体質の反国民的行動をとる政党に、戦後60年も政権を与えてきたのは国民であり、その点を反省しなければならないでしょう。

 あと、雑駁になるが、湯川れい子さんが、「女性パワーに期待するなどといわれるが、男性自身はどうなのか?戦争を起こすのも行うのも男性では無かったか?この男性原理について、精神科医の香山先生どうぞ。」と振ったのだが、香山さんは、やや下品になるが・・、と言いながら、男は、たとえば精力剤で、80歳になってもビンビンです・・・。などというように、どこか誤った自尊心を持っている、と述べ、女性からすると、80歳でビンビンでも、それが魅力というとそういうわけでない・・・と来て、御歳84歳の品川さんがいることに気づき、あわててフォローを入れたりしていた。
 国粋主義者、軍国主義者、改憲主義者の多くは、老人であり、何か、誤った精力剤として、改憲・軍拡という妄執にとらわれているのでは?というのは面白かった。

 しかし、この話は、私個人にとってもなんとなくわかる話であった。
 私が、大企業エリート街道驀進中のころは、国政に対しての自分の努めは、一票の行使で十分と考えていた。しかし、過労うつ病をわずらい、会社でも窓際族に追いやられた私は、数年前から不十分ではあるが平和運動を始めた。それ以来、なぜか、街中の子供の笑顔が愛しい。、ニュース等で事故の報を聞いた時、死者が出ないかと気になり、もし出ると、まったくの他人であっても悲しくなる。特に被害者が子供であったりすると、ものすごく悲しい。
 以前の私が男性原理を体現して、既存のレールの上を驀進していたとすれば、今の私は中性的であり、他者への配慮や、痛みを感じることができるようになっている。私は今の自分に満足している。

 あと、最後に、ピースボート主宰の吉岡さんが、自らの体験として、日本がイラクに派兵して、アラブ諸国の国民の対日感情は明らかに悪くなった。また、紛争地帯に行き、9条の話をすると、99%の人が、それを望むと言うというお話を熱っぽく語られた。

 他にもさまざまなお話があったが、今のところまとまって思い出せるのはこの程度である。雑駁で申し訳ないが、これにて、とりあえず第6シンポジウムの報告としたい。
posted by 眠り猫 at 04:30| 東京 ????| Comment(2) | TrackBack(2) | 憲法

2008年05月07日

9条世界会議、2日目シンポジウム報告

 すでに、一部に流している文章を書き換えたものですが。
 5月5日、千葉、幕張メッセでの「9条世界会議」の2日目は、市民団体のブースや自主企画とは別に、主催者側が用意したシンポジウムが6つ行われました。
 しかし、同時に2つのシンポジウムが別の会場で行われ、それが2時間半ずつ、3回に分けて行われたので、1日中シンポジウムに張り付いても、3つのシンポジウムを見るのが限界でした。

 私は、第2シンポ「アジアにおける9条」と、第6シンポ「9条の
危機と未来」に出席しました。 どちらも満席状態で、立ち見、座り見が出る状況でした。  第2シンポでは、ドイツ人、韓国人の方がパーソナリティで、パネリストとして、フィリピン、中国、日本、台湾、中国の方が、それぞれ、9条と、アジアにおける紛争の問題、日本の置かれた立場や、今後行うべきことについて述べられました。 日本の戦後の政府の姿勢、謝罪や歴史問題を直視することへの発言は、右翼がもっとも嫌うところですが、現に、被害国の方にそのような心情がある以上、アジアの連帯を願うなら、東アジア共同体構想を進めるのなら、それらの感情に向き合うことは、避けては通れない道であり、国内で歴史を改ざんして済むものでは無いと思いました。 印象に残ったのは、アメリカから来たジョセフ・ガーソンさんが、淡々と戦後の日米関係の歴史を述べながら、アメリカの要求に日本政府が答える形で、憲法9条の空洞化が進められ、軍事同盟化が進められてきた事を述べ、それがかえって、現実の重さとして、痛切に感じられました。
 また、台湾から来られた、チェン・ジョウファさんは、哲学者として、アジア的哲学の中に、諸子百家のひとり、墨子の、「兼愛」、「非攻」(非戦)という思想があったことを述べ、憲法9条に通じるものとして、またガンジーの無抵抗運動をひき、アジアには、もともと非暴力の思想があり、9条もまたその延長上にあるという意見も興味深かったです。
 他の方の意見も、自分では知っているつもりだったことでも、他国
の人、当事国の人が述べると、角度も重さも違い、感銘を受けました。

 その場の壇上には、ドイツ人、韓国人、フィリピン人、アメリカ人、日本人、台湾人、中国人と、15年戦争、太平洋戦争で、加害国、被害国、当事国だった国々の人がそろっており、各々の方の発言は興味深いものでした。

 第6シンポジウムでは、ピースボートの吉岡達也さんと音楽家の湯川れい子さんをコーディネーターに、「発題者」と言う名で、経済同友会終身幹事の品川正治さん、早稲田大学の憲法学の教授、水島朝穂さんがおり、さらにパネリストとして、香山リカさん、弁護士で伊藤塾塾長の伊藤真さん、神戸大学大学院のロニー・アレキサンダーさんら、個性豊かな顔ぶれで、このイベントを締めくくる人気シンポジウムとなり、500席定員に、座り込んでみる人も大勢登場し、800名近くは入られたと思います。

 実は、私はメモを取らない人なので、この個性豊かな人々が、それぞれなりに述べたことを逐一記録していません。ですから、整理ができていない状況なので、おいおいまた述べていきたいと思います。ギリギリ下ネタまで、幅広く話題が出て、大変に面白かったのは事実です。早稲田の水島先生も、マシンガンのような早口でギャグを飛ばす、ピン芸人でもやっていけるのではと言うほど笑いを取りつつ、鋭い発言をされました。

 最後に一つ付け加えると、今後、日本の各地で、品川正治さんの講演会が行われると思います。まだ一度もご覧になっていない方は、ぜひ、一度お話を聞かれると良いと思います。
 内容もさることながら、その戦争体験に裏打ちされた言葉は、腹にパンチを食らうように重く響きます。

posted by 眠り猫 at 19:20| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(1) | 憲法

2008年05月06日

映画、「靖国」無事上映開始

 今更この問題をつつくのは、少々ピントがぼけているとは思う。
 特に、昨日も、千葉の幕張メッセで行われた、9条世界会議に出席し、2つのシンポジウムに出席し(合計5時間)、各ブースも見て回り、熱い議論を交わし、夜はあるグループのオフ会でさらにディープな話をした後で、今日はまだ、昨日の内容やそこで話されたことについて、きちんとご報告するだけの整理ができていない。
 ただ、今言っておきたいのは、第6シンポジウムに出席し、最初にご発現された品川正治さんのことばは、腹にボディブローを食らうように重く感じられたことをとりあえず申し上げておく。
 9条世界会議の2日目の報告はいずれまた。

 さて、GWのさなか、5月3日の土曜日の時点で、話題となった、映画「靖国」の上映が、一部の映画館で始まった。私は、未見であるので、もちろん映画の内容についてどうこう言える立場にはない。
 ただ、世界会議の会場で耳にしたのが、すでに見てきた人の言葉で、非常に良かったという評価と、初日満席であったと言う情報である。今朝の新聞では、2回目の上映も満席状態だったそうで、盛況が続いているそうである。今後全国23の映画館で順次上映予定だそうである。

 この件が話題となったのは、小泉チルドレンで、南京百人斬り(はなかった)訴訟で最高裁敗訴確定の右翼弁護士稲田朋美が、最初に騒ぎ始めたのがきっかけであった。
 のちに自民党幹部からも、国政調査権について誤った使い方だと批判されたやり方で、映画「靖国」は、反日的映画では無いか?それに文化庁が補助金を出したのは問題ではないかと言いだし、国会議員有志による試写会の開催を要求したことに端を発する。
 当初、愛知での上映を予定していた映画館でも上映中止を一時は決め、この際、某巨大掲示板に、日本の右翼組織のトップ、日本会議の愛知方面の構成員が、上映を止めさせたことを誇らしげに報告する文章が載せられたこともあった。ただし、私は某巨大掲示板に信を置いていないが。

 しかし、この右翼系団体による、公然の、あるいは暗黙の恫喝により、大阪を除く各地の映画館で上映中止または延期の措置が一時は決まった。この時点での公開予定をしていた映画館は6館であった。
 この事態に、新聞各社、さらに「表現者」と言う名の下に、多くの作家、ジャーナリストが合同で記者会見を開き、言論、表現の自由への侵害ともなる行為を国会議員が志操する形で、右翼組織の圧力で行われたことへの強い反発と懸念を伝えた。新聞協会などもこれを全面的に支援した。
 この状況に、逆にうちの映画館で上映しようと言うところが増え、当初予定の6館から、全国で23(28と言う情報もあるが未確認)館に増加し、稲田朋美の行動は、完全に逆効果となった。

 しかし、さらに自民党議員による介入が続く。有村治子参議院議員が、映画の主要登場人物である「靖国刀」を打ち続けてきた刀工は、監督にだまされて出演したものであり、本人は自分が出演しているシーンを削除してほしいと言っていると言い出し、確かにテレビ取材に応じた刀工は、その旨の話をしていた。ただ、この部分については、李監督と刀工側の言い分に違いがあり、発言だけではどちらが正しいとも判断できないし、撮影に協力した事実はあり、それが監督にだまされたものだというのなら、上映の差し止め請求を行ったり、撮影前の契約で「意思の錯誤があった」と、自ら法廷で立証しなければならない。それが行われなかった以上、上映は予定通り行われる。

 恥をさらしたのは靖国神社である。10年間にわたっての、終戦(敗戦)記念日の靖国神社の様子を、ナレーションなしで描いたというこの作品に、「撮影の許可が無かった」、「ルールを守らなかった」などと言う主張で、具体的にどのような事実があったかは一切述べずに、映画から神社の情景を削除するように求めたのである。
 しかし、以前にも述べたように、これでは根拠不十分であり、10年間撮影隊がすることを放置しておいて、今更言い出すのもおかしいし、公共に公開され神社と言う場で、撮影を行うことに、事前に通知、告示しておかずに、撮影したのはおかしいと主張するのは、恣意的であり法的に認められるものでは無い。
 実際4月26日を、配給元への回答期限としていたが、それ以前に配給元は削除しないことを決め、公表したが、結局上映が3日に開始されるまで、靖国神社は、法的措置(上映停止の仮処分申請など)を取らなかった。負けるのが分かっていることをして、恥の上塗りをすることを避けたのであろう。

 映画を見ていない私がこの事件を問題にするのは、稲田朋美、有村治子と言う、国会議員が、単に中国人監督が撮影した靖国神社に関する映画と言うことで、国政調査権と称して事前の試写会(憲法で禁止している検閲に限りなく近い)を開かせ、それと共謀してか別の動きかはわからないが、右翼団体による恫喝行動を引き起こし、表現の自由が脅かされたことに最大の問題がある。

 普段は政府系言論の主役ともいえる田原総一郎までもが参加しての、表現の自由への攻撃への反論が展開され、マスコミ団体もこれを支援し、結果的に当初の4倍近い映画館で上映されることになり、映画の宣伝効果も抜群と来て、極右の稲田朋美らの軽挙妄動は、逆効果となって表れたのである。

 今後、まだ円滑な上映が続けられるか。刀工や靖国神社が損害賠償を含めた何らかの法的措置をとるかなど、ありうる問題はまだあるが、とりあえず、表現の自由への侵害に屈することなく、映画上映が滞りなく行われたことに安堵をおぼえる。
posted by 眠り猫 at 06:45| 東京 ??| Comment(1) | TrackBack(2) | 政治

2008年05月05日

9条世界会議、初日報告

 おはようございます。現在、5月5日、朝の6時前。
 9条世界会議が開かれている、千葉の幕張メッセの近くのホテルの一室でこれを書いています。

 昨日は、このイベントの始まりを祝う、メインイベントが、幕張イベントホールで開かれました。
 私は、知人達との待ち合わせに使う携帯電話を自宅に忘れてしまったので、あわてて取りに戻りましたが、会場についたのはすでに開会のあとでした。
 実は、一昨日参加した日比谷の憲法集会で、9条世界会議のチケットを売っていたので、ひょっとすると人が入っていないのではないか?閑散としていたらどうしよう、などと考えていたのですが、あにはからんや、私がついた時すでに会場は満杯で、入場規制が行われていたほど。入れなかった人々数千人が入口にあふれるという状態。
 正直、昨日のイベントはセレモニー色が濃く、参加できなくても構わないと思っていたので、このイベントが会場から人があふれるほど人が集まったことに喜びすら感じました。

 事務局の行動によって、中での講演をすでに終わらせた講演者たちの一部が、隣接する公園で再度スピーチをするということなので、そちらに移動した人もかなりいました。
 私が所属する護憲団体では、第一部の終了(16時ころ)に、全員が外に出て、オフ会をすることになっていたので、私は会場入り口近くにいたまま、メンバーが出てくるのをまっていました。
 当初の待ち合わせ場所は、会場内のエントランスホールだったため、集合がどうなるか心配でしたが、取りに戻った携帯電話のおかげで、何とか全員集合でき、近くのレストラン街に向かいました。

 第一部で外に出た人と入れ替えで、中入った人も2000人くらいはいたようです。
 私にとっての本番は、今日行われる分科会と、夜に行われる別の団体のオフ会の方なので、昨夜はそうそうに切り上げ、熟睡の上、現在パソコンに向かっています。
 昨日の状況をみると、今日も早めの行動が求められると思います。

 正直、ブースでの各種物品の販売やDVD上映会をしていた人も数多くいるわけで、それらを合わせると昨日は1万人を大きく超える人が集まったのは喜ぶべきことだと思います。
 特に若い人が目につきました。
 ネット右翼の正体は30代の比較的生活が安定している人、っというのは事実かもしれません。昨日の参加者の年代は、5、60代が一番多く、次が20代でしたでしょう。若ものが憲法に関心を持ち、GWのさなかにデート感覚で憲法集会に来るというのは、喜ぶべきことだと思います。

 ただひとつ、会場定員7000人でそれ以上は消防法で入れられないというのなら、チケットをそれ以上発行したのは、事務局は少し行き過ぎだと思いました。払い戻しはしていましたが、それなら、最初から8,9000枚程度の販売でやめるべきではなかったかと思いました。

 さて、今日は昼からの分科会を3つはしごします。終わるのは夜7時くらいですが、そのあと、全国から集まった人々での飲み会があります。
 私は今日も同じホテルに泊まる予定なので、今日はとことん行きたいと思っています。
 分科会でも、機会があれば発言したいと思っています。
 では、続報をお待ちください。

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2008年05月03日

憲法記念日に寄せて。「攻撃的護憲論」の提唱

 今日は、現行憲法施行から、61年目となる憲法記念日です。
 毎年、護憲派、改憲派の集会が開かれますが、改憲派の集会は、旧態然たる顔ぶれに、動員された横浜の右翼系高校の学生たちが参加しているというもので、市民の力で盛り上がる護憲集会に比べ、その凡庸さは批判されてしかるべきですが、マスコミの扱いは同等です。
 まぁ、そんなことは今はどうでもよいことで。

 コイズミ郵政選挙で、たなぼた式に衆議院で三分の二を取った自民党は、次は参議院で三分の二を取れば改憲が発議できると意気込み、舛添現厚労相が中心になってまとめた、自民党新憲法草案を発表し、参議院選挙では、改憲に妄執を燃やす安倍を選挙の顔として昨年7月の参院選に臨みました。
 安倍自身は改憲も争点と言っていましたが、現実には年金の給付漏れが発覚し、自民党に猛烈な逆風が吹いて、安倍自民党は、結党以来とも言われる大惨敗を喫しました。三分の二どころでは無く、野党に参議院の過半数を取られてしまったのです。
 私は、この結果は、年金問題もさることながら、教育基本法、国民投票法などで、強行採決を繰り返し、国民生活への視点を全く持たなかった安倍内閣への批判票もかなりあったと考えています。つまり、国民は改憲を望んでいないと。

 この選挙の結果、自民党は参議院で過半数を得るだけでも、2010年、2013年の参議院選挙で勝利しなければならず、三分の二など、遠い話です。今すぐの改憲は、遠ざかったとみて良いでしょう。

 先日発表された読売新聞での改憲に関する世論調査では、改憲反対が、わずかながら賛成を上回りました。昨日発表された日経新聞の同様の調査では、5%ほどの差で改憲賛成が上回りました。
 「改憲反対か賛成か」と問われれば、進歩的、リベラル的改憲を望む人も含まれるので、必ずしも自民党が望む改憲派が多数というわけではありません。

 注目すべきは、憲法9条に関する意識調査で、読売では80%を超える人が、9条1項の平和主義を支持していますが、陸海空の三軍の保持を否定し、国の交戦権を否定した9条2項支持は55%になっています。この差は、自衛のための軍備を必要とする人の意識の現れだと思います。

 現在、具体的な改憲の蓋然性は遠ざかったとはいえ、今後、自衛隊派遣恒久法など、本来は違憲の法律が次期国会に上程される見通しです。憲法の外堀を埋めようという動きです。そして、最高裁への人事権を濫用しての、行政(総理大臣)による司法への介入がある以上、最高裁は憲法判断を避け、違憲立法審査権を行使せず、行政府の言いなりに、派遣恒久法のような違憲法規の乱立を容認し、なし崩し的解釈改憲が進むでしょう。それも、「自衛」 の名の下に。

 ここで私が提唱したいのは、自民党の新憲法草案の内容を、国民に広く知らしめ、その欺瞞を的確に指摘し、自民党の国民2極支配(支配者と被支配者)という目的をくじくための批判を広く展開することが得策だと思うのです。

 9条について言えば、自民党の草案では、1項の平和主義は残すものの、前文と2項を改変し、自衛軍の存在と、その海外派兵を可能にしようとしています。それは自衛隊派遣恒久法との合わせ技で、アメリカが自衛のためと称してアフガニスタンに侵攻し、同様にイラクに侵略したのと同じ理屈で、世界中で自分の都合で戦争を始められるようにするもので、本来的意味の「自衛」ではありません。
 また、派遣恒久法では、徴兵制を視野に入れています。これは現行憲法18条の「苦役からの解放」に違反します。つまり自民党の軍事戦略は、言葉を飾っているだけで、結局は、軍を保有し、海外へ侵略的出兵することを可能にするものです。
 その欺瞞を暴かねばなりません。

 さらに、12条、13条への改変で、基本的人権が、今までの公共の福祉による制限ではなく、行政府の都合で制限できるように改変される事実ももっと明らかにして、攻撃すべきです。
 自民党の草案では、そのあとに環境権などの「飴」が列挙されて、一見、人権が拡大したように見せていますが、実際には、12条、13条改変により、それらの人権も、行政府、立法府の一方的都合で、制限されるものとなり、自衛軍が訓練をするから、貴方の家を壊します、補償はしません(「お国のためだぁ」)。っという理屈もなりたつ条文にしています。

 また、現行憲法の立場からも、今のワーキング・プア、ネットカフェ難民、高齢者への負担増などの、コイズミ・カイカクのつけが、人間の生活と尊厳を踏みにじる状況になっています。これは25条の「生存権」の精神が踏みにじられているのです。

 以上のように、自民党の新憲法草案は、良く読むと、反国民的で、為政者の都合で、国民の生命、生活、財産を平気で踏みにじる内容のものだということを、今は改憲が発議できない状況に安心しないで、今のうちに徹底的に攻撃し、たたいておくべきだと考えます。
 これは、護憲団体の内輪の活動だけでなく、弁護士会や、消費者団体など、あらゆる国民の立場に立った組織で幅広く、緻密に行うべきだと考えます。

 私は、明日、明後日に、千葉の幕張メッセで開かれる、「9条世界会議」において、発言の機会があれば、この意見を述べるつもりです。9条護憲を唱えているだけでは、自民党の草案に負ける可能性があること。そして、9条だけでなく、他の自民党の草案をたたくことにより、その薄汚い野望を砕き、結局は9条護憲に結びつける、「包括的護憲運動」を提唱します。

 私自身は、過去にも述べたように、進歩的改憲に賛成で、専守防衛の自衛隊を持つことも、国民が望むのならば容認する意見の持ち主です。しかし、それは自民党の草案とはかけ離れたものです。自民党の、自分たちの利権あさり。反対意見の封殺を目指す、新憲法草案を葬り去るために、今のうちから、攻撃をするのです。
 それがひいては9条護憲につながり、そのあと、私の意見のような、進歩的改憲について議論すべきだと考えます。
posted by 眠り猫 at 05:45| 東京 ?J| Comment(2) | TrackBack(3) | 憲法

2008年04月26日

記事更新が滞り、申し訳ありません。

 読者の皆様へ

 一応、時事の話題に関する記事は、何とか書いていますが、更新頻度が大体3日に1回くらいで、滞りがちで申し訳ありません。
 全くの私事ですが、病気休職からの職場復帰の最中で、一応順調なものの、かなり疲労がたまり、自宅に帰り、食事を済ませるとすぐに就寝という場合が多く、特に、復職から1か月近くの今は疲労がピークで、なかなか記事更新の時間が取れません。

 衆院、山口2区の補選の話題や、今後の政治日程の話など。また、最近私が考えている、市民派の連携の可能性についてなど、書きたいテーマはあるのですが、思うに任せません。

 幸い、GWに入りますので、この土日を含め、少しは記事を書けると思います。
 また、3日の憲法記念日の集会、4,5日の「9条世界会議」に」出席の予定で、それらのレポートなどもアップしたいと思っています。
 今しばらくご容赦ください。

 ちなみに今日は眠って過ごす予定です。あしからず。
posted by 眠り猫 at 07:03| 東京 ????| Comment(1) | TrackBack(4) | 独り言

2008年04月23日

山口県光市、母子殺害事件差し戻し審で死刑判決

 この事件及び裁判については、ずいぶんと議論が沸騰して来ました。
 今更ここで概要を述べる必要はないでしょう。昨日の夕刊でもニュースでも大々的に取り上げられていましたし。

 さて、私の基本的な姿勢は、原則、死刑廃止論にくみするものですが、一方で、完全終身刑(労役付き)ができて、「社会防衛論」から、凶悪犯罪者を社会から隔離するという「隔離刑」制度を前提とした死刑廃止を唱えるものです。ですから、現行法で死刑が刑罰として存在する以上、その範囲で判決を下した裁判官を非難するという意見には賛成できません。

 今回も判断基準となったのは、永山事件という、19歳の少年が複数の人を殺害した件で最高裁で死刑が確定した事件を基準に、犯行当時、18歳1か月の少年を死刑にするかどうかという点でした。
 しかし、光市事件の裁判は、最高裁で「量刑不十分」として差し戻されたもので、そこで、大法廷判決では無いにしても、すでに最高裁の意思は明確にされていたわけで、広島高裁では、よほど驚天動地な物的証拠で被告の犯罪を否定するものが出てこない限り、死刑以外の判決は下しえなかったものなのです。
 ですから、裁判官を責めるのは正しくないと思います。

 18歳1か月という犯行当時の年齢の問題も、では2か月過ぎなら?3か月過ぎなら?というあいまいさを拡大するだけで、法で定まっている以上、それは死刑回避の理由にはなりえません。逆に、18歳に数か月足りないというだけで、少年法で保護された者もいたはずです。「何か月」というのは心情的なもので、法的な判断根拠にはなりません。

 ただ、今回の判決を見て、少し奇異に思ったのは、弁護側が申し立てた、被告の生育環境で虐待などの悲惨な状況にあったということを、情状酌量には不十分とした上に、過去6年半にわたって犯行事実を認めていたのに、差し戻し審でそれまでの発言を翻し、本人の陳述以外には何の物的証拠がないことを理由に、「発言を翻したのは、反省していない証拠」として、死刑にする理由とした点です。

 つまり差し戻し審での少年側の主張がかえって、死刑にせざるを得ない結果を招いた、という論法を使った点です。
 「情状」、「裁判官の心証形成」というのは、裁判上の重要な視点ですが、この判決では、被告の事件当時の犯罪自体だけでなく、逮捕、訴追後の法廷の内外での言動をも量刑の基準としたのは、行き過ぎのような気がします。昨今、新自由主義による貧困の増大で、若年家庭におけるDVの問題がクローズアップされている中、少年時に虐待を受けていたという情状を認めないというのでは、今後の裁判への影響が懸念されます。

 そうはいっても、上記のとおり、裁判の慣行から、最高裁で量刑不十分として差し戻された事案で、完全に今までの事実認定を覆すような証拠が出てこない限り、今回の場合、死刑以外の選択肢を高裁の判事は持たなかったのは事実です。「法廷の独立」は確かにありますが、仮に今回も無期判決にしても、結局検察が上告し、最高裁で死刑判決が確定する結果になったでしょう。

 ただ、私がこの判決のニュースを聞いて感じたことは、この被告の弁護に集まった弁護士たちへの敬意でした。確かにこの被告は、凶悪な犯罪者でしたでしょう。弁護側としては、判決で荒唐無稽と評されるような被告の発言を基に争わざるを得ず、そこに弁護団側の苦肉の策としての誘導があったかもしれません。
 しかし、弁護団は、この被告の犯罪を免罪しようとしたのではなく、「死刑制度」と言う物の下における、「国家による殺人」を否定すべく努力したのでありました。
 橋下のような、サラ金の取り立て屋をやっていた倫理観の無い弁護士の懲戒請求の煽りなど、国民の非難にもさらされながら、それに耐えて頑張った弁護団は、胸を張っても良いと私は思います。

 マスコミは被害者遺族の本村氏のことばかり取り上げますが、被告にも家族や友人もいたでしょう。そちらの心情についての報道は全くありませんでした。それは公平を欠く報道姿勢だったと思います。

 今後、裁判員制度が導入されるにあたって、マスコミの煽りによって、厳罰化が進むような事態は憂慮せざるをえません。マスコミは責任を取りませんし、本来、国権の一部である裁判所でもないわけで、それが煽りを入れたからと言って、量刑や判断が左右される事態になってはいけないと思うのです。
 その意味でこそ、今回の被告の弁護団は立派であり、本村さんだけに注目する報道や、最高裁の差し戻し審で最高裁の見解以外の判決がでることはまずないことを知った上で煽りをした橋下大阪府知事のような、ポピュリストによって、今後裁判が壟断されることの無いように望むばかりです。

 なお、私が学生時代に、自分たちで行った、死刑制度についての世論調査で、88%の人が死刑制度を認めているという数字からも、日本では世界的な死刑廃止の動きとは逆のベクトルの世論があることは間違いないでしょう。
 そこには、日本の江戸時代の「仇討」の思想があり、毎年12月になると忠臣蔵もののテレビ番組が放送されたり、某長寿時代劇でも勧善懲悪、仇討推奨の内容が毎週(再放送を入れると毎日)垂れ流されている状況では、日本人の、「応報刑」を求める思考に変化は起きないと思います。
 しかし、それでもやはり、死刑廃止にむけて活動をし、できれば議員が率先して刑法改正に動き、死刑制度を廃止してくれることを望まざるをえません。

 わかりにくいと思うので、繰り返しますと、私は死刑廃止に賛成です。ただ、そのためには刑法改正が必要で、現行刑法に死刑がある以上、それをもって判断した裁判官を批判することはできない、という立場です。
 正直、法律を学んだものとしては、非常に複雑な思いでこの裁判を見つめていました。現行法での死刑判決は、最高裁から差し戻された時点でほぼ確定しており、その後の被告側の、確かに荒唐無稽な、しかも立証ができない本人の陳述のみによる弁護では、死刑判決は回避しえなかったことは理屈では分かっています。しかし、死刑廃止を望む者の一人として、それでも高裁は情状を斟酌してはもらえなかったのかと、または、意見として、死刑制度への疑問を提起するなどしてもらえなかったか?などと淡い期待を持ってもいたのです。
 その意味では、厳しい判決でしたし、今後の厳罰化、応報刑の強化の方向、マスコミによる裁判外での断罪などが行われることへの危惧は隠せません。

 裁判官を責める気はないですが、残念な判決でした。
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2008年04月22日

映画「靖国」、削除要求を拒否し公開へ

 突如話題になった、ドキュメンタリー映画「靖国」の上映問題。
 コイズミチルドレンの一人、安倍にスカウトされた、右翼弁護士稲田朋美の妄動から始まったこの騒ぎは、彼女の思惑とは裏腹に、当初5館でしか上映が予定されていなかったものが、言論・表現の自由への危機を感じた、各地の有為の映画館が続々と上映を決め、現状23の映画館が上映を決めている。当初、及び腰と言われた、配給会社のアルゴ・ピクチャーズも腹をすえ、上映に前向きとなった。

 これに対して、今度は自民党の参議院議員の有村治子が、何をどうやったのか、映画の主要登場人物である、靖国刀の刀工が、映画から自分の出演シーンを削除してほしいと言っていると言い始め、確かにTBSの報道では、刀工本人がそれに近いことを述べていた。
 また、靖国神社も、突如、10年にもわたって、境内での撮影を許してきたにもかかわらず、よくわからない理由で、靖国神社の境内の風景の削除を要求し始めた。

 しかし、配給元のアルゴ・ピクチャーズは、弁護士とも相談のうえ、映像の削除なしでの上映に踏み切ることとした。
 以前、私がここで述べたように、民法上の上映差し止め請求、およびその仮処分執行が認められない限り、上映を差し止めることは、出演者にも靖国神社にもできない。
 今後、5月3日の上映開始までに、それらの司法上の措置に、訴えるかどうかはまだわからないが、たとえ訴えたとしても、裁判所はこれを認めないであろう。

 刀工の場合は、監督が言っているように、ビデオを見せたり、その部分がすでにテレビにも出ていた。さらに監督に書を送り、記者会見の2週間前にはパンフレットの打ち合わせまでしていたという。
 それに対して、刀工が、それまで何の異議も申し立てず、有村が何かしてから、急に削除を求め始めたのも、おかしな話だ。
 「本人が言っているのだから」というのは、法律上通用しない。撮影に応じていた以上、もし、差し止めするなら、「意思の錯誤」があったことを、刀工側が立証しなければならない。はたしてできるのか?

 靖国神社の言い分は、もっとあいまいで根拠の薄弱なもので、一般に出入りが公開されている社会的に公の場所での10年にわたる撮影を放置しておきながら、完成してから、上映寸前に削除を求めるというのは、逆に言えば、10年間いったい何をしてきたのかということにもなる。監督側が、神社側の規則を守らなかったとか何とか言っていたが、それなら撮影中に言うべきであっただろう。

 両者の主張で、法的に取り上げられうるのは刀工の意見のみで、靖国神社の主張は、差し止め請求をしても法的に取り上げられずに棄却されるだろう。刀工の場合も、意思の錯誤を立証できなければ、仮処分などは認められない。
 あとは、上映はそのままで、損害賠償訴訟で争うしかないだろうが、靖国神社にこの映画で何の損害が発生したか?たぶん無理だろう。

 先日、たぶんアルゴ・ピクチャーズへの要請で行われたのであろう、右翼団体による試写会でも、「凡作」、「なかなかの作品」、など評価は分かれたが、特に「反日的」という意見は出なかったようである。 右翼団体にもいろいろあって、きちんとした思想的右翼と、自民党の非合法圧力組織となっているにすぎない暴力団と紙一重の右翼もいて、この上映会は、「見てみなければ判断できない」という、至極まっとうな理由で、前者のタイプの右翼団体が催したものらしい。その結果、反日的でないと言うのならば、右翼の街宣車が、上映館に圧力をかけることもないであろう。もし行う右翼がいたら、それは思想など持ってい無い、自民党=日本会議の手先にすぎない。

 ほぼ同時期に、東京の弁護士会が一般の参加も呼び掛けての試写会を行ったことは、あまり広く報道はされなかった。
 前回の私の記事に、右翼は試写会をした、と言って、右翼の方が開明的であるかのようなコメントを寄せてきた若者がいたが、別に左右無関係な試写会も行われていたのである。

 結局、軽挙妄動したのは稲田朋美と、有村治子であった(なお、名古屋においては日本会議の地方支部が、映画館に圧力をかけたことが、ネット上で曝されている。)。恥ずかしい限りである。

 結局、削除は行われずに映画は上映される。
 評価はそれからだし、また見るものによって感想もまちまちだろう。
 ある意味、稲田や有村が騒がなければ、ここまで注目もされなかったかもしれない作品であるが、この上映中止圧力の問題は、日本の言論界、表現者の間で、政治家による表現の自由への介入として大きな反発を生み、上映館が増えるなど、それまで、一方的に進められてきた言論統制への反発として、大きなうねりとなったことが、最も評価されるべき点であろう。

 なお、余計な事を付け加えるが、肖像権の問題など、難しい問題はある。しかし、ドキュメンタリー映画で、街中を映したとき、そこに少しでも顔が出ていた人間が、肖像権を主張し始めたら、ドキュメンタリーや報道番組は作れなくなる。そこのバランスが難しいが、今回の件では、刀工は撮影を認めていて、直前になって、意見を翻したので、その理由を自分で立証しなければならないし、公共の場である靖国神社が特定の映画に限って削除要求をするといった、偏った要求は、法律上は認められないであろう。

 私は趣味は映画では無いので、見に行くかどうかは未定だが、近くに上映館があり、一緒に行く仲間がいれば見に行きたいと思う。
posted by 眠り猫 at 05:57| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(2) | 歴史観

コイズミが決めた弱者いじめが始まった

 後期高齢者医療制度の始まりにより、75歳以上のお年寄りと、65歳以上の身障者の医療費が、実際にかかったぶんに比例して、年金から天引きされるという、血も涙もない制度が始まった。この件については、以前にも書いた。
 昨夜、父親と電話で話をし、またテレビでもやっていたので知ったのだが、たとえば、確定申告時の医療費の控除の幅が狭められ、事実上の増税になっていることを知った。

 これらの、福祉切り捨て、弱者への負担増の政策はすべて1年半前に、コイズミが決めたものである。
 コイズミの新自由主義に基づく政策は、現状や数値を見ないで、ただひたすら福祉切り捨てを機械的に進めてきたものであった。
 その一方で銀行への公的資金の導入や、安倍政権下における、三菱重工への旅客機開発のための費用援助500億円とか、大企業、特にコイズミやその派閥清和会の利権に関係ある企業には手厚い支援を税金で行ってきた。

 弱者からしぼって強者に回す。これがコイズミ流、アメリカの指示に基づいた新自由主義の結果である。
 にもかかわらず、国民の人気は未だコイズミにあるというのが、信じがたいが事実である。
 今こそ、固定的に自民党を支持してきた70歳以上の高齢者の反乱がおきてしかるべきだが、その矛先は福田首相に向かいこそすれ、実際に制度を決めたコイズミには向いていない。
 コイズミは首相再登板は否定しているが、最近になって、総選挙後の政界再編をにらんだかのような行動を繰り返している。

 国民は今こそ目覚めて、コイズミ=自民党清和会(安倍も福田も属していた)政治にノーを言うべき時である。と言って麻生にしても、昔の自民党土建政治が復活するだけだと私は思う。
 要するに、利権に第一の主眼を置いた、自民党政治そのものを、完全に否定しなければならないのである。
 次の総選挙で、自民党にノーを。そしてさらに、コイズミ、民主党の前原、自民党の小池などの権力亡者のネオコン議員らにもノーを突きつけるべきである。

 そうしなければ、政界再編が起きても、結局、新自由主義者で、軍事利権を漁るネオコン政治家が権力を握ってしまう。
 コイズミ一派の勉強会とやらに参加した連中は最も劣悪な反国民的政治家である。コイズミも前原も小池もその会に集まった連中も皆落選させるべく努力するべきだ。その会の勉強会のメンバーをここにさらしたいと思う。
 自民党から、小池百合子、茂木敏充、林芳正、西村康稔
 
民主党からは、前原誠司、仙谷由人、玄葉光一郎、福山哲郎
 ここに、トヨタの奥田、楽天の三木谷が参加している。新自由主義万歳の顔ぶれだ。

 この顔ぶれに政権に近づかせてはならない。前原も小池も、軍事利権に深くかかわっている連中だ。
 ぜひ、この顔ぶれを落選させてもらいたい。

 新自由主義の暴虐。それはコイズミ政権下での法律で次々に決められた法律によるものが、時間差をおいて始まったものである。もちろん、それをそのまま放置し、施行まで持ってきた、安倍、福田の責任も大きいが。
 コイズミ人気が未だ高いなどというのは、日本人の民度が問われる。ぜひ、上記の政治業者どもを落選させてほしい。
posted by 眠り猫 at 01:42| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(4) | 政治

2008年04月19日

危険で違憲な自衛隊派遣恒久法

 今国会での提出は見送られたが、民主党の一部も巻き込んで成立が図られようとしている、自衛隊(海外)派遣恒久法。
 私は、今回の名古屋高裁のイラク空自派兵違憲判断以前から、この種の法律は違憲であると述べてきた。
http://heiwawomamorou.seesaa.net/article/91071614.html

 昨日いただいたコメントの中で、「一国平和主義は通用しないのでは?」というご意見があったが、私は逆に、「なぜ平和憲法のある日本が、軍事的貢献をしなければならないのか?」と問いたい。
 昨日の記事の中でも述べたが、「世界第2位の経済大国としての責任」、「石油などの資源確保のため、必要な安全確保」(古くはシーレーン防衛論)などがあるが、はっきり言って、憲法違反である。
 そもそも、現行憲法では、「陸海空の三軍はこれを保有しない」と述べているし、「国際紛争の解決に武力を用いない」とも述べている。
 普通に考えれば、どこをどう振っても、自衛隊の存在はもとより、その海外派兵は違憲であるのは明白である。

 するとすぐに出てくるのが、今の憲法が時代に合わなくなっているのだから改憲しろ。という意見である。改憲を俎上に乗せて、真っ向から国民に信を問うのは、本来の姿である。しかしそれを行わないで、なし崩し的に解釈改憲を行い、「自衛隊派遣恒久法」をもくろむのは、政治家の姿勢として容認しがたい。
 また、本当に「経済大国はアメリカ主導の戦争に派兵しなければならない」というロジックが正しいのかどうか、もう一度考え直すべきであろう。日本はGNPよりも国の力を正確に示すGDPで、すでに15位に転落している。太田経済・金融担当大臣は、「日本経済はもはや一流とは言えない」と述べた。
 アメリカ追従の軍事偏重政策ははたして国のためになっているのだろうか?

 ここで、先日の読売新聞世論調査の結果を引く。
 改憲の是非については、ほぼ拮抗となったが、2002年以降、改憲賛成は減り続け、反対が増え続けている。それはちょうど、アフガニスタン、イラク派兵が始まった時期に重なる。
 そして、国民の8割は、現行憲法9条1項(平和主義・不戦主義)を支持し、2項(戦力の不保持)についても過半数が、これを支持している。
 では、この1項と2項の支持率の違いは何であろうか?統計データの読み方は慎重でなければならないが、ここは類推でもほぼ間違いないと思う。それは、「自衛のための軍備は認めるべき」という意見が、それなりに存在するからである。

 自衛軍の保有。これは、現在の憲法による、自衛隊の違憲性についての解決策であり、また国の交戦権や、海外派兵(国際紛争の解決に武力を用いない)が認められていない以上、自衛軍の保有については、憲法改正論の課題であり、国民的議論に任せられるべきである。
 現在、違憲状態ながら、実質世界第6位の軍事費を投入し、おもにその航空自衛隊の戦力では、世界3位とも4位とも言われる自衛隊を保有している日本がこれ以上の戦力を保有する必要があるとは考えにくいが。

 さて、この、改憲に対する国民の意識調査を見ても、国民は基本的には、現行の平和主義を尊重している。ただ2割強の人が、自衛軍の保有を求めている。
 では、その自衛軍を海外に派遣すると言う任務を恒久化するという、政府与党の法案について、簡単に触れる。
 以下は知人が講演会に出席して取ってきたメモの原文である。この案は、俗に石破(現在の防衛相)試案と呼ばれるものである。

(転載)
 〜 それは、2006年8月に自民党防衛政策検討小委員会で石破茂委員長のもとで
「国際平和協力法案」という案がまとめられています。それをみればこれから出てくる

法案がわかります。「石破試案」といわれています。

 目的は、政府の判断で世界中、いつでもどこへでも自衛隊を派兵し、アメリカ軍と
同じような戦闘ができるようにすることを可能にすることです。憲法9条が骨抜きに
されてしまいます。

(2)その「石破試案」の内容は?

○ 派兵の要件
  ・国連総会の決議があるとき
  ・国連機関の要請があったとき
  ・わが国が特に必要と認める事態・・・・・・・これがあれば派兵は何でもOK

○ どんな活動をするか?
  ・停戦監視活動
  ・人道復興支援活動
  ・安全確保活動
     今までは後方支援のみとしてきたが、イラクのファルージャ攻撃のような戦闘も
     可能にする。
  ・警護活動
     今まではなかったが、これからは要員、施設、物資輸送の警護をする。
  ・船舶検査活動
     公海上で相手船舶に停止命令を出し、従わないときは危害射撃(マスト、スクリ
     ューへの射撃)、抵抗されたら反撃する。

○ 武器使用基準の緩和
   上記のような活動の遂行のために、国際的な基準に従い武器を使用する。

○ 徴兵
   自衛隊員が人を殺し、殺される状況が生じる可能性。
   自衛隊員の応募者が減ると、徴兵制の可能性。
   石破発言   「徴兵制を憲法違反と言ったら、これは正気の沙汰とは思われない」
            「外国の方の徴兵制を奴隷的、苦役にあたると言ったら、あまりにも
            恥ずかしくて日本人をやめたくなる」

○ 徴用
  医師、看護師、建設業者、運送業者などが強制的に戦場へ「徴用」される可能性。

 簡単にまとめると上記のようになる。
 赤文字のところは、事実上、ほぼ無限定に自衛隊を海外派兵することを可能にし、武器の使用もなし崩し的に認めるということである(国際的な基準に従い武器を使用する。 とは、軍隊である以上、ほぼ無制限な武器使用を認めることになる。)

 また、青文字の部分に注目していただきたいが、海外派兵で死傷者など被害が出て、現在、応募制であるが定員を確保できずに悩んでいる自衛隊への志願者がさらに減る場合に備えて、石破試案では、徴兵制も視野に入れているのである。

 石破発言の「苦役云々」は、現行憲法18条の「苦役からの解放」という条文が、徴兵制を禁止しているという、憲法学上の通説を指してなされているものであるが、ならばぜひ日本人をやめて、アメリカ国軍にでも自らなり、子供がおられるなら、志願させてもらいたい。
 ごちそうを食べるのであっても、嫌いなものを無理やり食べさせられるのは苦役である。ここで18条が禁止しているのは、そのような「本人が望まない行為」に、国権により強制的に従事させられることを禁止しているのである。他国で徴兵制の国はあるが、先進国では徴兵制は減少する傾向にあることも指摘しておこう。また、他国でそうだからと言って日本が徴兵制にする理由にはなるまい。
 この件については、また他で述べたいと思うのでここはひとまず置く。

 このように、国民に、「丸腰はいやだ」という感覚での「自衛軍の保有」を求める意見が存在するのは事実であるが、その自衛軍を、アメリカ・ブッシュ大統領の「テロとの戦い」(テロからの自衛のためにアフガンやイラクを侵略する)のロジックで「自衛」の名のもとに海外派兵しようというのが、石破試案である。
 しかも徴兵制まで視野に入れている。

 先に紹介した読売新聞の調査では、「自衛隊派遣恒久法」への賛否が、双方40%台で割れたが、やや賛成が多かった。しかし、この調査では、上記のような石破試案の内容を説明していない。
 自民党の改憲草案と合わせてみれば、自衛軍という名の世界有数の軍が、アメリカが行っているのと同じように世界中で戦争ができる(しかも国益では無くアメリカの命令によってだ)国にして。志願者が少なければ徴兵制にしよう、と言っているのである。

 ここまで説明して初めて、「恒久法は是か非か」という問いがなされるべきである。読売は恣意的にその調査を怠ったのである。
 また、石破試案の内容を知らなかったとはいえ、派遣恒久法に賛成した人々に考えてもらいたいのは、「自衛隊を行かせればよい」という、自分とは無関係な世界について、上から目線で物を言っていないか?実際には自分自身または自分の子弟が徴兵され、海外の戦地に送られることを前提としている石破試案に賛成するのかあらためて問うてみたい。

 以上、述べてきたように、石破試案は、現行憲法に完全に違反する。
 このような法律を「自衛隊派遣恒久法」として成立をもくろむのは、守屋前防衛省次官の汚職で氷山の一角が明らかになった、「防衛(軍事)利権」の存在、拡大の狙いと、アメリカからの要求を受ける形で、対米追従外交に、国民(自衛隊員を含む)の命でもって応えようという、無茶な議論である。

 「自衛隊派遣恒久法」の成立は決して許してはならない。これは単に憲法違反と言うだけでなく、自民党の私益のために国民生活と命を犠牲にしようという暴挙である。

 なお、付言すれば、私も限定的自衛軍備の必要性は、それを望む国民が多いのであれば、認めざるを得ないと思う。しかし、過去の別の記事で述べたように、それはまさに専守防衛に特化したものであるべきである。それは現在の自衛隊でも金額的には十二分である。
 狭い問題を言えば、それだけの税金を投入しながら、今の自衛隊(特に海上自衛隊)には、国防能力よりもアメリカの空母機動部隊護衛機能の方が優れているという馬鹿げた問題もある。

 今までは税金を。今後は国民の生命を自分たちの利権のために犠牲にしようという、自民党のもくろみを許してはならない。

posted by 眠り猫 at 00:45| 東京 ?J| Comment(2) | TrackBack(12) | 政治

2008年04月18日

イラク空自派兵は憲法9条違反、および自衛隊派遣恒久法批判

 昨日、名古屋高等裁判所で、画期的判決が下りた。
 天木直人氏や、池田香代子氏らを含む1000人以上の市民が原告となっての、イラク派兵違憲訴訟。
 請求の骨子である、派遣差し止めと損害賠償の支払いは却下されたが、判決理由の中で、高裁はイラクにおける空自の米兵輸送らの行為は、戦闘地域への戦闘部隊の輸送であり、憲法9条1項に違反すると述べ、また非戦闘地域での活動を基本とするイラク特措法にも違反する述べた。
 以下、リンクでは消えてしまうので、時事通信の記事を貼っておく。

2008/04/17-21:05 自衛隊イラク派遣に違憲=兵士空輸「武力行使と一体」−名古屋高裁
 自衛隊のイラク派遣は違憲として、愛知県などの弁護士と各地の住民らが国を相手に、派遣差し止めと慰謝料などを求めた訴訟の控訴審判決が17日、名古屋高裁であり、青山邦夫裁判長(高田健一裁判長代読)は「米兵らを空輸した航空自衛隊の活動は戦争放棄を規定した憲法9条1項に違反する」との判断を示した。派遣差し止めと慰謝料請求の訴えは認めなかった。
 自衛隊イラク派遣をめぐる同様訴訟は全国で起こされているが、違憲判断は初。国側は勝訴のため上告できず、確定する見通し。1審名古屋地裁は憲法判断をせずに訴えを退けていた。
 原告側弁護士によると、9条違反を認めたのは1973年の札幌地裁・長沼ナイキ基地訴訟判決以来35年ぶり。高裁では初めて。
 青山裁判長は、イラクの現況について「国際的な武力紛争が行われ、特にバグダッドは戦闘地域に該当する」と認定。その上で空自が2006年7月以降、米国の要請を受け、クウェートからバグダッド空港に多国籍軍の兵士を輸送している点について「多国籍軍の戦闘行為に必要不可欠な軍事上の後方支援」と指摘し、「他国による武力行使と一体化した行動で、自らも武力行使を行ったとの評価を受けざるを得ず、イラク特措法や憲法に違反する」と述べた。

 まことにその通りと思う。請求を棄却したのは、政府に言いなりの最高裁で覆されないための方便であると思う。確かに直接の損害は認定できないと思うし。
 ただ、日本ではこれまで、このような「当たり前」の判決がでなかった。そして自民党政府による、なし崩し的解釈改憲が繰り返され、範囲を拡大してきたのが実情である。
 今日と次回で、この件と、今国会での提出は見送られたが、自公政権がたくらむ、自衛隊派遣恒久法の違憲性を論じてみたい。

 今回の判決意見において、「国際紛争の解決に武力を用いない」という、戦争放棄を謳った、憲法9条1項がそのまま用いられたことは、上記の新聞記事にもあるように、高裁レベルではかつてなく、画期的判決と言える。
 この判決でただちに自衛隊の派遣をやめさせることはできないが、少なくとも、今後の同じような特措法、さらには自衛隊派遣恒久法が違憲であることが類推され、もしその立法が通るようならば、最高裁は、確定した違憲判決の存在を考慮し、違憲立法審査権を行使する義務を負うというべきである。

 政府擁護側は言うだろう。輸送行為は武力行使では無いと。しかし、軍事において、兵站はもっとも重要なものとされ、それを担う空自の行為は、憲法違反であり、特措法にも違反しているというわけだ。屁理屈をこねでもしない限り、まことにまっとうな判決だ。

 問題は、この判決の趣旨を今後どう生かしていくかだ。
 まずは選挙で、自衛隊派遣恒久法をもくろむ自公政権を落とすことが国民に求められる。そうしないと、自衛隊の派遣が常態化し、武器使用も認められ、死者が出て自衛隊に応募者が集まらなくなったときは徴兵制さえ視野に入れているこの派遣恒久法の欺瞞を暴き、本来、そのような行為は憲法違反であること。
 また、「経済大国日本の国際貢献として」という口実は、もはやGDPが先進国中15位まで転落した日本には当てはまらないことなどを受けて、「真の国際貢献とは、アメリカの言いなりに軍隊を派遣することでは無い」という主張を活性化させるべきだ。

 次回は、現時点でわかっている、自衛隊派遣恒久法の、石破試案の内容を紹介し、その違憲性を述べたいと思う。
posted by 眠り猫 at 01:09| 東京 ?J| Comment(7) | TrackBack(7) | 政治

2008年04月16日

後期高齢者(長生きご老人)虐殺政策開始

 75歳以上のお年寄り、65歳以上の身体障害者などが実際にかかった医療費を年金から天引きしたり、保険料が上がったりする制度が始まった。
 一部ブログでは、「お年寄り虐殺政策」と」書いていたので、拝借した。

 制度がわかりにくいことにマスコミは話をそらそうとしているが、問題はそんなことでは無い。長生きしても人間は衰える。医療費がかさむ分を、年金から天引きするというものだ。しかもほとんど抜き打ち的に行うあたり、国民を欺くものだ。

 もちろん、私も何度か長期通院をしていた時思ったのは、病院待合室が、ご老人のサロンと化している状況だった。家では居場所がないのだろうか。それともやはり長患いして、顔見知りが増えて話をしているのだろうか?とにかく嫁や息子の愚痴を言い合う姿にはさすがに辟易はした。
 しかし、それはそれ、これはこれ。家族主義を声高に言い立てるなら、ご老人が自宅でゆっくりできる施策を打て。それと、医療費の事実上の値上げと自己負担は別問題だ。

 私の父も80歳を過ぎている。頑健な身体をしていたが、やはり年齢で前立腺癌になった。放射線治療で治ったが、この制度が始まっていたら、そんな治療は受けられただろうか?それとも放射線治療は保険適用外?そう言うことも全く知らされずに今度の制度の導入だ。

 福田は安倍よりはましかもしれないが、どちらも結局はコイズミの、無条件での福祉切り捨て政策をそのまま進めている。これで高齢者が怒らないとでも思っているのだろうか?
 年金制度自体が先行きがないものになっている。私の年代以下では、年金だけでは極貧層に落ちるしかない。それは少子高齢化も原因とはいえ、それが見えているのに対策を取らずに軍事費や道路に金を注いできたのは誰か?

 新自由主義の暴虐はついにここまで来た。とにかく、福祉切り捨て。老人は早く死ねという政策は、ただちに撤廃するべきだ。少なくとも自民党はこの政策で選挙を戦っていない。国民の負託を受けずに、官僚の机上の計算だけで生まれた政策をごり押しするのは、まったく許しがたいことだ。

 ただちに解散して民意を問うべし。

(参考記事)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2008041602003954.html
posted by 眠り猫 at 07:21| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(3) | 政治

2008年04月14日

愚かなり、保守主義者。「靖国」をめぐる妄動

 ブログの体裁を変えました。どうでしょう?
 デザインは良いと思うのですが、本文以外の文字が小さいのが気になっています。
 本文の文字ももう少し濃いと良いのですが・・・・。

 さて、ドキュメンタリー映画、「靖国」に対する保守主義者の攻撃が続いています。
 当初予定されていた上映館のいくつかが、右翼の妨害を恐れて、上映中止しましたが、それに反発する日本中の映画館が上映に乗り出し、現時点で21の映画館が上映を希望しています。
 この騒動で、私自身は関心もなかった映画に、注目が集まり、逆に宣伝効果になっています。
 まず、上映妨害の動きに出た、稲田朋美(コイズミチルドレン)や、日本会議の行動は裏目に出ています。

 そうしたら今度は、有村という自民党の参議院議員が、映画に出てくる刀工にどう話をしたのか、本人は、映画から自分の姿と声を削除するように望んでいると言いだし、TBSの取材では、確かに本人はそう言っています。
 また、ここにきて、靖国神社も、神社境内での撮影の規則に従わなかったと言って、神社に関する映像の削除を求めています。

 しかし、民法上は、単に「求める」だけでは、何の効力もありません。上映は自由にできます。
 それを止めようとすれば、差し止め請求や、その仮処分申請を行う必要がありますが、今までの情報では、刀工側も、靖国神社も、それを実現する十分な根拠を持っていないようです。
 「本人が言うのだから」は、法律上は、何の効力もありません。あくまでも差し止め請求をしないと。

 話によると、監督側は、刀工にビデオを見せ、刀工から「誠心誠意」という書を送られ、2週間前にもプログラムの書き方について相談していたとのこと。差し止め請求が出ても、これらの証拠が示せれば、差し止めは無理でしょう。
 ただ、刀工については、顔にぼかしを入れて、声も消すことで、逆に圧力があったことを示すようにしてはどうかと思っています。

 靖国神社の言い分ですが、撮影規則とか、監督側が撮影許可を取っていたのかどうかわかりませんが、このような言い分を認めると、ドキュメンタリーは作れなくなります。
 一般に公開されている神社の境内の様子を撮影するのを、特定の映画に限って、事後に異議を申し立てるというのは、非常にまずいやり方で、差し止めが認められるとは思えません。
 この場合は上映を強行して、後日、神社側から損害賠償請求があったら、そこで戦えばよいと思います。たぶん神社側の負けになると思いますが。

 ただ、このように、右翼議員や靖国神社が騒げば騒ぐほど、この映画の知名度は上がり、また右派の表現の自由への妨害が目立つ結果になり、右派全体にとっては、不利になることがどうしてわからないのでしょうかね?結局は、「日本会議」の親玉たちからの指示でしょうか?

 いずれにしろ、口で言うだけでなく、差し止め請求を起こすかどうか?詳細は弁護士に聞いてみたいですが、このような場合で、差し止め請求が認められるかどうか・・・・。
 今後の推移に注目です。
posted by 眠り猫 at 03:23| 東京 ??| Comment(0) | TrackBack(10) | 政治

2008年04月11日

【檄文】自公政権打倒に、今動くのは貴方だ。

 最近は、以前と逆で、睡眠薬を飲んでも眠れなくなってきた。医者と相談しなければ。
 そこで、ブログの更新をします。

 私はこのブログを一昨年の9月から。つまり1年半以上にわたって続けてきました。力を入れて毎日2記事をアップしていたころには、アクセス数は、実閲覧者数で1000を超える程度にまで増加していました。今でも毎日少なくとも500以上の閲覧者がいますし、毎日来る人と、数日おきに覗く人を合わせると、やはり1000人近い閲覧者がいるものと思われます。
 私のブログの特徴として、リピーターがきわめて多いのです。
 ということは、この1000人と言う人数が、私のブログの読者だと考えて間違いはないでしょう。

 それらの人々への呼び掛けです。
 1000人の人すべてが、私の意見に賛同しているわけでは無いのはもちろんです。中には私のブログをウォッチングしている右翼の方もいるようです。
 しかし、ほとんどの方は、大筋、私の意見が気に入るか、納得できるかして、くりかえし訪れてくださるのだと思います。
 今日はそんな方々に意見を。

 コイズミ郵政選挙で、たなぼた式に衆議院で三分の二をとれた自民党政権。これに舞い上がった右派政治家たちは、あとは参議院でも三分の二を取れば憲法改悪だと、意気込みました。それまで、暴力団のダミー組織として世間で白い目で見られていた街宣右翼たちやネット右翼が発言を強めたのも、この時期からでした。マスコミも彼らの発言をあたかも一党一派の発言かのように取り上げるという、翼賛マスコミの体制が構築されていったのも、この時期以降でした。
 しかし、日本会議に代表される右翼の期待を担って、参院選の選挙の顔として自民党総裁になった安倍が、参院選で大惨敗し、しかもそのあと政権を放り出すといった、醜態をさらしたのは、記憶に新しいところです。

 安倍が参院選で大敗北を喫した結果、参院で三分の二を獲得するというのは、6年後、9年後の参院選で自民党が大勝しない限りありえないことという状況になりました。
 ここにきて、自民党の人材難(安倍ごときを総裁に選び、その後継は福田か、党内で人気のない麻生しかいないという状況)と、舞い上がった右翼たちの、あまりの愚かさ(今回の映画「靖国」上映問題での稲田朋美や有村の軽挙妄動)を見るにつけ、自民党は一時の高揚もどこへやら、今は生き残りのために、マスコミを締め付け、国家主義色を一層強めて、人権抑圧、右翼による各種集会妨害などに狂奔しています(ドメスティックバイオレンスは男の権利だと主張して集会を妨害した右翼の愚かさ)。

 さて、実はそのような右翼的行動が、国民の支持を離反させているという状況(福田内閣支持率の下落や、読売新聞世論調査で、ここ数年、憲法改正賛成が減り続け、反対が増え続け、今回の調査でわずかながら逆転して、憲法改正反対が上回った等)を受け、次の衆院選で私を含め、読者の皆様にやっていただきたいことがあります。

(以下、「檄文」)
 自民党利権腐敗政治を断ち切るのは、今しかありません。
 私は皆さんに、行動を求めます。
 ブログを読んで、満足するだけでなく、具体的に、自分の周りで反自公政権の動きを加速するための行動に出ることを求めます。
 できることから少しずつで結構ですが、現在自公政権を支持している人を、せめて1人。できればもっとたくさん、反自公政権へと意見を変えるように、説得や市民活動など、行動することを求めます。

 思えば、明治維新(大政奉還)から、太平洋戦争で敗戦するまでに、約78年。議会ができて、立憲国家としての体裁ができて、選挙がおこなわれ、政党政治が始まってから敗戦まで、55年。
 これに対して、自民党が一党独裁を続けてきた期間がほぼ60年です。
 ここらで一つの区切りを。今度こそは外から与えられたものでは無く、日本人自身が新たな体制をつかみ取るチャンスは今です。
 深読みすれば、昔の長州であった山口県から首相が輩出してきたことは、戦後も、明治維新以降の国家主義、侵略肯定史観の人々が政権の座にあったのは、通算すれば130年以上に及びます。
 これは鎌倉幕府や、室町幕府の実効的支配期間とほぼ同じです。
 歴史が示すとおり、権力が腐敗するには十二分な時間です。そして事実、自民党は世襲の腐敗議員の巣窟と化しています。

 また、憲法が63年を経て、「時代に合わなくなってきた」という、読売新聞の主張ですが、それは逆です。時代に合わなくなってきたのは、長期政権に胡坐をかいた、自民党の方なのです。

 安倍はレジームチェンジという、意味不明の言葉を使いました。
 しかし、今、まさに行わなければならないのは、130年に及ぶ、官僚と癒着した保守政党の支配を打破し、民主的選挙によって、その悪弊を断ち切るべき時に来ていると、私は訴えたいのです。それこそが真の意味の「レジームチェンジ」です。

 次の衆議院選挙で、自民党支配を終わらせましょう。次でだめならその次で。稲田朋美のような右翼陣笠議員(ボスから金をもらって動く下っ端議員のこと)らをすべて落選させましょう。その上にいるボスたちも落選させましょう。

 そのために、私は、読者諸兄、諸氏による、反自民党の選挙活動へ、具体的に参加し、今、自民党支持の人々の心を変える為の活動をすることを求めます。
 今こそ、右翼の言葉で言えば、「平成維新」の時です。しかしその内容は右翼の言葉とは逆に、国家主義者から、政治を国民の手に取り戻すことです。

 私は、今取りうる、反自民のための現実的な選択として、民主党を支持します。今、その政策や憲法への姿勢、個々の国会での行動等で、納得できない部分もありますが、何よりも、少なくとも60年続いている、自民党利権腐敗政治の根幹を断ち切るために、自民党を政権の座から追い落とし、官僚の性根をたたきなおすことを期待できるのは民主党だけだと思うからです。同党の中の保守勢力の存在には、今はあえて目をつむります。それらの議員はその次の選挙で落とせばよい。そう考えます。

 次の衆院選で民主党を含む野党が過半数を得れば、政権交代です。政界再編はあっても小規模でしょう。しかし、選挙で自民党が敗北しても野党が過半数を取れなかった場合は、大規模な政界再編の可能性もあります。もはや、既存政党の支持云々では無く、「自民党的なもの」を排除し続けるという、長い活動が必要です。

 民主党を支持しない人も、反自公政権では一致できるはず。この一致点を目指して、相互に足の引っ張り合いをすることなく、政治を国民の手に取り戻すため(いや、かつて一度として政治は国民の手にあったのだろうか?)に、皆さんの具体的な行動を求めます。
 それはもう切実に。

 今、ここで自民党に猶予を与えては、マスコミ統制、言論統制などで、自民党は今の「なんとなく息苦しい社会」、「生きにくい社会」をさらに進めてくるでしょう。気がついた時には、大政翼賛政治の始まりになりかねません。
 民主党が勝っても政界再編の可能性が高いです。そしてそこでもう一度選挙があります。そこで、民主党保守派を含めた、「自民党的なもの」を選ばないように、私たちみんなが具体的な、現実的な行動を取り続けることを、私は皆さんに求めます。

 これは「檄文」です。受け取った人、特にブログオーナーの方は、ぜひコピーして、改変しても構いませんから、広めてください。
 私は別に武装闘争を求めるわけではありません。自民党が、一時の跳ね上がりのために、今、自分で墓穴を掘っているときに、その墓穴に追い落とすために、民主的選挙を通して、一撃を加えることを皆さんに求めているのです。

 時代を変える鍵は貴方の手に握られているのです。さぁ、今こそ行動を。

(豆知識:「檄文」とは。
 「檄文」と言っても、知らない若い人も多いでしょう。
 「檄を飛ばす」という言葉は知っているでしょう?これは今は、「はっぱをかける」という意味で使われているけど、本当は違います。
 昔の中国の話で、腐敗し堕落した中央政権を倒すために、有為の諸侯が、他の諸侯に兵を挙げることを呼び掛けた文章を「檄文」と言い、それを、各地方に早馬で届けることを、「檄を飛ばす」と言ったのです。「檄」が、木へんなのは、昔、紙が無かったころ、木簡と言って、木の札をつなげたものに文字を書いたことに由来します。
 今日は、小なりといえど、ブログオーナーとして、檄文を書き、各地にTBして、檄を飛ばしました。)
posted by 眠り猫 at 04:40| 東京 不明| Comment(9) | TrackBack(20) | 政治
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