まず、お詫びです。
昨日書きかけていた、「もののけ姫に見る、自然と人工の対立と共生」と言う記事は、続き物にしたかったのですが、ちょっと体調を崩して寝込んでいる間に、論旨を失ってしまったので、いったん削除しました。TBをいただいていた方、申し訳ありません。
いずれ、環境問題については、別途記事を書く予定でおります。ご容赦ください。
さて、話変わって、内閣改造も終わり、秋の臨時国会が9月10日から60日間の会期で開催されます。
そこでもっとも焦点となるのは、民主党の小沢代表が明言した、テロ対策特別法の延長反対についてでしょう。
国民の過半数は理由は様々にしろ、この法律の延長に反対しています。と言うことは、インド洋から海上自衛隊の艦船を引き揚げることを国民は望んでいるわけです。
しかし、厳密に言うと、小沢代表の論旨は、「国連の決議に基づかない国際的軍事行動には加担できない」と言う原則を示しており、ならば「国連決議があるなら良いのか。国連決議に基づくPKO部隊である、ISAF(アフガニスタンでの治安活動に当たる国際部隊)への陸上、航空兵力の派遣は良いのか?」っと言う疑問が次に出てきます。
日本ではどうかわかりませんが、国際的には、アフガニスタンの問題とイラクの問題は分けて考えられています。詳細は、また別稿に譲りますが、基本的には、まず、アメリカによるアフガニスタンへの「テロとの戦い」を根拠にした攻撃があり、これにより当時の支配勢力であったタリバンが政権を追われ、アメリカ主導で新政府が誕生しました。
その後、アフガニスタンでの治安の悪化、麻薬の増産などの問題に対して、編成されたのが、国連の治安維持部隊である、ISAFです。中心はヨーロッパも含めたNATO軍ですが、アメリカ軍も参加しており、アメリカの侵略行動との線引きが不明確になっているのは事実ですし、滅ぼされた側のタリバンにしてみれば、アメリカ軍も、それを含むISAFも、「侵略者」と捉えているでしょう。
イラクについては、これは、大量破壊兵器疑惑を口実にアメリカが仕掛けた侵略戦争であるという認識がヨーロッパにも強く、最初から加担したイギリスを除き、直接の攻撃には各国は否定的でした。その後、治安維持、民生面の支援目的で、アメリカからの要請で、日本を含め幾つかの国が軍を派遣しましたが、ほとんどの国は、国内世論の反対や、テロの標的にされたりしたため、撤退しました。イギリスではブレア首相が、イタリアではベルルスコーニ首相が、これが原因で政権を去ることになりました。
この区別からすると、小沢代表の主張に従えば、まず、アメリカへのテロを理由とした軍事行動である、アフガニスタンへの米軍侵攻の手助け(現在のテロ特措法は、9.11を派遣の根拠にしている)はできない。それはアメリカ一国の問題であり、国連決議に基づかないということになります。
よって、テロ特措法の延長には反対だ、と言うのは論理的に整合性があります。
しかし、タリバン打倒後のアフガニスタンの治安維持目的のISAFには国連の決議があり、小沢代表の論理ならば、新たな国連の決定を受ければ、日本も軍を派遣できるという事になります。
日本国民はここまでを理解しているのでしょうか?
理解していなくても、テロ特措法には反対、っと言うのはありえます。しかしそれに続いて、ISAFなら派遣しても良い、と言うのには、もっと反対が強いと思います。またそのためには憲法の改正が必要だと愚考します。すると、小沢代表の主張は、「テロ特措法反対」の点では国民の支持があっても、その先は果たしてどうなのか?と言う問題が残ります。
もちろん、侵略戦争であるイラク戦争には日本は関与すべきではありませんでした。そこには対米追従しかなく、テロ特措法もイラク特措法も同様です。どちらも廃案にすべきでしょう。
しかし、「その後」についての議論を続けねばなりません。
これまでの自民党政権のあまりの媚米外交振りに、右派、左派を問わず、鬱憤がたまっていたこの時期に、小沢代表の「テロ特措法反対」は、国民に歓迎されているようです。
しかし、天木直人氏が主張する通り、日本人の「覚醒」による、媚米外交拒否ならば良いが、そうではないだろうというのは、当たっていると思います。
単なる感情的な媚米外交拒否では、小沢代表が主張する国連決議に基づくPKOなら、何でも認めるのか?と言う問題に突き当たります。
ここら辺を整理して、国民の真意を問うべきであろうかと思います。
政府系マスコミは、この点の整理をおざなりにして、単に「国際社会で孤立するぞ」と言う表現で、小沢氏の発言を批判していますが、それはあまりに問題を捨象しすぎており、ことはそんなレベルの話ではないのです。
そもそも、軍事力による国際貢献しかないのか?と言う問題もあり、この件については、とりあえず「テロ特措法には反対」でも良いですが、その先を考えねばなりません。
小沢氏の発言は、シーファー駐日大使も認めたように、「国連中心主義」で、首尾一貫しています。その点は明確で、論理的には問題はありません。
では、日本国民は、国連の決議があれば、派兵を認めるのか?と言う問いには、まだ回答がありません。この秋の国会、結論は急がなくても良いですが、この部分の議論に端緒をつけるべきときかと思います。
私は、「軍事力による国際問題の解決は認めない」と言う立場をとります。しかし、治安問題については、現地の情勢次第ですが、要人警護や選挙監視、復興支援護衛のための警察部隊の派遣については、認めても良いかと思っています。しかし、大規模な兵力、または攻撃力の高い兵力を送ることは、侵略の片棒を担ぐことになりかねず、これは認めたくありません。現地の情勢次第では、国連決議があっても、日本は派兵を拒否する余地を残すべきだと考えています。また、派兵の前提として、憲法改正が必要で、それが無ければ派兵も行わないという姿勢が必要でしょう。
「ここでアメリカに協力しないと、北朝鮮が攻めて来たとき、アメリカが日本を守ってくれない」と言う類のレベルの低いの議論はここではしません。「北朝鮮が攻めてくる」と言うこと自体がありえないことなので。
小沢氏の「国連中心主義」を支持するのか否か?まずはそこの議論を始めなければいけないでしょう。
