2007年10月03日

日本人の贖罪意識の不思議

 何故か、今日は眠れずに、日付をまたいでも起きている。
 そこで、前から考えていたことを記事にしたい。

 戦争を体験した日本人の多くは、大変重い贖罪意識を持っているようである。
 その中身は、戦友を見捨ててこざるを得なかった、最前線の元兵士にもあり、また、広島長崎の原爆犠牲者の生存者にも共通する意識である。

 それは、仲間や多くの知人の死を目前にした人々が、自分が今生きていることを「申し訳ない」と感じていることに尽きる。
 この、経験者の実感、贖罪意識のために、多くの戦争経験者は、最近まで口をつぐんでいた。
 自分が今生きているのは、戦友や、原爆被爆者の死者に対して、申し訳ないと恥じる心を持ち、その罪悪感に、戦後62年を過ぎても引け目を感じ、戦争体験を口にすることをためらってた来た人々の姿がある。

 それを責めることは出来ない。アメリカの在郷軍人会のように、自らの殺戮行為を自慢するような心理とは、日本人の感性はかなり違うのである。

 しかし、今求められるのは、それらの戦争の当事者による、戦争批判の言葉であると思う。
 先日の記事にも書いたが、「戦争待望論」の愚か者は、戦争の実情を知らないのである。

 ある意味、戦後生まれの狂人安倍も同じような心理であったのだろう。

 戦争に正義は無い。ただ、武力と殺戮で、自国の主張を無理やり押し通すのが戦争である。
 戦争を否定する私達の主張に、イチャモンをつける、バカ右翼も多い。
 正直、戦争になれば、最前線で死んでいくのは自分であることを想像できない、バカのたわごとである。

 戦争をしない。それが最善の道であることは常識で考えればわかることである。
 太平洋戦争の誤りを認めず、未だに大東亜共栄圏などと言うも妄言を弄し、自分は前線に立つことは考えないで、戦争を美化、礼賛する、愚かな右翼達に、私はある意味同情を禁じえない。
 その無知と、想像力の無さゆえに、自分が最前線で犠牲になることを想像できない愚か者がいかに多いことか。
 私は既に年齢的に徴兵されるjことも無い立場である。
 しかし、もっとも犠牲になる若者が、好戦的な主張をしているのは、憂慮せざるを得ない。
 多分、ゲーム感覚と、戦争の実態を知らない、愚かな低知性の連中の主張であるが、それがブログ言論で結構人を集めていることに、私は戦慄する。

 戦争はゲームとは違うことがわかっていない、バカどもも、20歳を過ぎれば有権者である。それらの愚か者の主張が大勢を占めないことを祈るのみである。
posted by 眠り猫 at 01:31| 東京 ????| Comment(8) | TrackBack(0) | 戦争

2007年10月02日

コメントにお返事せずすいません。

 政治記事ではありません。
 ここ数回の記事に、多数のコメントをいただきましたが、全くお返事をできずにすいません。
 全部読んでいますが、お返事をそのうち・・・、と思ううちにずるずると来てしまいました。誠に申し訳ありません。
 今後も、できるだけコメントにはお返事したいとは思っていますが、どうかお見捨てなく。

 レンさん、日本は真の独立国とは言いがたいかもしれませんが、他の多くの国よりはまだましです。後は日本人の自覚だと思います。

 千年虫さん、確かにわざと極論を書きましたが、私は世界恐慌はかなり可能性があると思っています。個人の資産保全もともかく、政府がもっと危機意識を持つべきだと思います。

 くろねこさん、戦争待望論の人はB層とは限りません。ただ、やはり、リベラル勢力の声が彼らに届いてない。そして、一緒に活動することが出来ていない。これは私達の側の問題でもあると思っています。

 FKさん、戦争待望論者は、社会ではなく、企業戦略の犠牲者だと思います。また、生い立ちがかわいそうだから殺人も罰を軽減されるという論法には賛同できません。

 などなどですが、今後はきちんとお返事したいと思います。
posted by 眠り猫 at 17:39| 東京 ????| Comment(2) | TrackBack(1) | 日記

福田新首相の所信表明演説を聴いて

 昨日はあまりにも中身が無いとして、切って捨てた、福田首相の所信表明演説だが、やはり、記事にすることにした。
 基本的に、野党との対立点が無いように配慮した内容だったと思う。テロ特措法と構造改革の継続くらいが争点で、あとは民主党の主張をそのまま取り込んだような内容である。

 ただ、狂人とも思える安倍と比べて、国家主義的主張が全く無かったことは評価できる。
 翻ってみるに、1年前、安倍を圧倒的多数で総裁にした自民党や、その狂人的妄念の下の強権的法規の強行採決に、唯々諾々と従ってきた自民党、公明党の議員の責任は極めて大きいといわねばなるまい。

 福田新首相が、安倍の復古的国家主義を継承しないという以上、野党は参議院で、安倍が強行した多くの悪法を、修正する新法を提出していくべきであろう。
 当面は国民の人気取りのための、政策、法案を双方が出してくるだろうが、それでは争点が見えなくなる。野党は、安倍の負の遺産の解消を掲げ、自民党に踏み絵を踏ませるべきだ。それにより自民党が、福田の所信表明演説に言う、国民の目線に立った政治をする気があるかどうかがわかるというものだ。
 この臨時国会では無理にしろ、次の通常国会では、是非、狂人安倍による負の遺産の清算を試みて欲しい。

 今回の所信表明演説は、特に目新しいものは無く、できる限り民主党との争点を無くそうと言う考えで作られたものだと思う。民主党がどこまで独自性と対決色を出せるかが、課題であろう。

 所信表明以外のこととしては、まず、沖縄集団自決の教科書記載削除の問題で、沖縄では11万人(県民の8%を超える人数)の大集会が開かれたが、町村官房長官は、沖縄の声を受けて、検定の見直しを示唆する発言を行った。文部科学省の抵抗が予想されるが、一応は、沖縄県民の声を聞く姿勢は示した。
 これも、安倍政権では想像もできなかったことであろう。

 また、福田首相は、消費税引き上げ論議も早めに始めると明言した。その議論のためには、多くの情報公開が必要であり、引き上げありきの姿勢では、安倍と変わりが無い。野党は、議論が始まるのを受けて、国政調査権で、予算の使い道や税制の中身について、詳細な情報を要求し公開していってもらいたい。

 とりあえず、無難な内容の所信表明を受けて、ボールは野党にわたった。
 福田が民主党に擦り寄る姿勢を見せることは、2週間前からわかっていたのだから、民主党に準備の時間はあっただろう。代表質問を含め、所信表明演説で、抽象的表現に終わっている多くの事柄への追究を開始してもらいたいものである。
posted by 眠り猫 at 03:35| 東京 ????| Comment(8) | TrackBack(19) | 政治

2007年10月01日

幼稚な「戦争待望論」

 あまり詳しいことは知らないので、メディアを通じての情報しかないのだが、最近少し話題になっているフリーターの若者(?)による「戦争待望論」を批判したい。

 実は、この土日は山に行っていたので、ニュースなどは見ていなかった。そして、今日の記事は、福田新首相の所信表明演説の内容を聞いて記事にしたかったのだが、あまりにも中身が無さ過ぎて、論評をする気が無くなったので、その場しのぎに「戦争待望論」批判に差し替えることにした。

 さて、この「戦争待望論」と言うのは、フリーターの男が、現在の格差を含めた、閉塞した世界を破壊するために、戦争が起きることを待望しているという意見で、本にもなるそうである。
 彼は、戦争が起きれば社会秩序が崩壊し、社会が流動化し、今のヒルズ族もフリーターやニートも同じ立場になるというのが本旨らしい。

 誠に幼稚な意見である。いや意見とすら言えない。
 私はバブル崩壊期に正規就職の道を閉ざされた、フリーターの立場には同情する。
 しかし、その状況を打開するのに、戦争を待望すると言うのは、子どもの妬み、嫉みに過ぎない、無意味なものである。
 いくつか批判を述べてみると、まず、「戦争を待望」するのであって、自ら能動的に動こうとはしていない。本来なら、民主的にしろ武力によるにしろ、自ら「革命」を起こして社会秩序の変革を試みようというのが意見ならわかる。
 しかし、彼は、他力本願に「戦争が起きるのを待望している」だけなのである。

 次に、彼の動機は、単なる現状への不満と、金持ち階級への羨望、嫉妬から、その状況を破壊したいという子どもじみた感情論でしかない。全く思想とか主張と言うようなものではない。

 さらに、私が感じるのは、彼は、戦争が起きて社会が流動化しても、何故か「破壊」まではされないというように思い込んでいる。社会が流動化するほどの戦争はまず負け戦であり、国家そのものが破壊され、彼本人も敗戦国の民として、勝者に押しひしがれる立場になるはずなのに、全くそれを想像していない。
 また、社会が流動化すると、何故か自分は上位にいけると思っている。それは、正規就職の機会を失ってしまったにしろ、社会の流動化=自分の地位の向上と思い込んでいるのが稚拙である。

 私は、この最後の主張にはゲームが関係していると思う。根拠は無いが。
 ゲームの世界なら、誰でも勇者であり、信長になれる。ゲームの感覚で戦争になって社会が流動化すると、自分が社会の上位にいけると思い込んでいる幼児なのかと思う。

 他力本願、あいまいな想定、根拠の無い自信。
 こういうのは幼児に特有である。この意見は、述べている人と同じ立場の人には一時的に受けるだろうが、実現性は無いので、すぐに忘れられるであろう。
 私が嫌だと思うのは、このような意見を取り上げ、また本にまでするという、ばかげた世の中のほうである。
posted by 眠り猫 at 14:45| 東京 ??| Comment(4) | TrackBack(6) | 戦争
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