2007年12月31日

越年のご挨拶

 昨日に引き続きまして、記事をアップしますが、今日はご挨拶だけです。

 2007年は、自公政権退潮が明確になった年です。特に自民党の人材の無さがさらけ出され、もはや政権担当能力の無い、利権漁りのためだけの集団であることが明確になった年でした。
 2008年初頭は、インド洋給油法案の衆議院再可決と言う暴挙が待っています。支持率上昇要因にはならないでしょうし、そうさせないよう、ブログで発信していくつもりです。
 国民生活と全く乖離した問題で、衆議院再議決と言う、伝家の宝刀を抜こうという、国民生活無視の自公政権を厳しく糾弾します。

 私事について言えば、今年も持病の鬱の影響から逃れられず、不本意な1年でした。
 来年こそは、正式な職場復帰も含め、明るい年になることを願っています。

 皆様も、まずは健康に留意され、新年が良い年となりますよう、祈念しております。
 来年が、まっとうに生きている、普通の国民が未来に希望を見出せる年になりますように。

 良いお年をお迎えください。
posted by 眠り猫 at 09:29| 東京 ????| Comment(6) | TrackBack(7) | 日記

2007年12月30日

2007年の回顧と、2008年への展望

 長らく記事更新を休止しておりましたが、年末ともなり、今年を振り返ってみたいと思い、記事を書きます。毎日更新するのは、もう少し後になってからになると思いますが。

 さて、2007年を振り返りまして、やはり感慨深いのは、7月参院選での自民党大敗北と、その後の、安倍前首相の、「放り出し辞任」でしょう。
 また、その後の国会で、福田政権が、支持率低下にあわてての取り繕いとは言え、これまでのコイズミ新自由主義路線に、若干の修正を加えているのも、7月参院選での民意の成果だと思います。

 私の個人的な問題意識としては、2006年9月に、戦後もっとも危険と私が考える、安倍復古的政権が成立したことへの危機感から、自分でも出来ることを、と考えてこのブログを立ち上げた経過があります。
 予想通り、安倍は、その後の国会運営で、国民生活とは遊離した、強権的、国家主義を目指す法律や、改憲手続法の強行採決を繰り返し、その件数は17件に及びました。
 それを食い止めることは、私には出来ませんでした。
 しかし、7月参院選に向け、ブログの上での奮闘ではありますが、ネットビラの作成・掲載、安倍政権の危険性の指摘、安倍政権攻撃を展開し、その効果はわかりませんが、私以外の他の皆様の力のおかげで、自公政権を敗北させ、参議院での自公過半数割れに追い込むことができました。
 これは、郵政選挙での自民圧勝の結果が、安倍の強行姿勢を許したという、国民自身の反省からのものかもしれません。
 もちろん、安倍政権のモロさ、閣僚不祥事、安倍自身のパーソナリティへの国民の疑問など、安倍の自爆とも言える面もあったと思います。

 少なくとも、日本人の多くは、安倍のような三流政治屋を許さないだけの良識は持っていたということが証明されました。たとえ、コイズミのパフォーマンスに騙される程度の民意であってもです。

 安倍退陣で、私の復古主義の台頭に対する危機感は後退し、その時点でブログをやめることも考えました。しかし、ブログを続けてきた中で、単に安倍政権の非をならすだけでは不十分で、中曽根以降、小渕・森経由で、コイズミが進めた新自由主義による、国内格差の広がり。「プレカリアート」と言う、新しい貧困層の出現など、自民党長期政権がもたらした、国民への害悪について、否応無しに目を向けざるを得なくなってきました。

 そこで、私は、単なる安倍政権打倒を超えて、自民党政権の打倒を考え、不十分感はあるものの、参院選で躍進した民主党を主軸とした、野党による政権交代により、政官業の癒着による、利権漁り集団と堕落した自民党政治に終止符を打つことを願って、ブログを継続することにしました。

 福田内閣は、安倍政権よりは復古色を後退させ、社会保障面でもいくらかの修正を加えてきていますが、私としてはそれだけでは不十分。現状の、コイズミが進めた社会保障削減既定路線の若干の繰り延べと言った程度の政策には支持はできず、もっとリベラルな、積極的な社会保障の充実と、新自由主義下で繁栄を謳歌する一部大企業への課税の強化、法人税、所得税への累進性の復活、生活必需品などへの消費税課税免除など、国民生活に密着した政策が実現するように、今後も意見の発信を続けて行きたいと思っています。

 また、ブログによる社会への影響力には限界を感じることから、新年以降、新たな活動を開始したいと思っています。その内容はまだまとまっていませんので、いずれ述べたいと思います。
 一方で、安倍内閣崩壊後、非常に危険であったがゆえに叩きやすかった安倍政権と言う敵を失ったリベラル・平和ブログでは、記事更新頻度の低下、アクセス数の減少、及び主張の分化が起きました。
 その結果、本来、目指すところは同じ、「自公政権の打倒」であるにも拘わらず、ブログ界が、幾つかのグループに分かれつつあることに、私は、少なからず危惧を抱いています。
 できれば、大目的に向けて、それぞれの戦いをするという、相互容認の姿勢が望ましいのですが、残念ながら、同じ目的のはずのブログ同士で反目が生じたりして、中々難しい状況になりつつあります。

 私としては、「相互尊重」、「小異を捨てて大同に着く」、「仲間内での議論は良いが喧嘩はしない」と言うスタンスで今後も進めて行きたいと思いますし、その同志を募りたいと思っています。
 また、コイズミに騙されたような人々の存在、及び、プレカリアートの中から「戦争待望論」などが語られる状況を憂慮し、仲間内の議論にとどまらず、ネットからも足を踏み出しての、リベラル政策の、啓蒙・普及活動にも取り組みたいと思っています。

 と言っても、まだまだ漠然としていて何も決めてはいないのですが、今後、皆様と交流しながら、方向を定めて行きたいと思っています。

 そして、来春にも予想される衆議院選挙で、少なくとも自公による三分の二は阻止することを目標に、活動をしたいと思います。

 なお、私は、政権交代の可能性にかけて、現状は民主党を支持していますが、民主党を全面的に信用しているわけではありません。大連立論などは噴飯ものです。民意を勝ち取って、自公を下野させるだけの覚悟と政策を民主党には求めたいと思います。
 また、民主党への監視も怠らず、今後も意見送付などの形で、民主党の第2自民党化を防ぎたいと思っています。

 私のスタンスは、リベラル左派。社会民主主義的政策の実現。そして反自公勢力の宥和。これを目指して行きたいと思っています。

 では、皆さん、よいお年をお迎えください。来年は気が向いたら記事を再開したいと思います。
posted by 眠り猫 at 09:45| 東京 ??| Comment(16) | TrackBack(28) | 政治

2007年12月20日

本年中のブログ記事はおしまいにします。

 一昨日に先立つ連載記事には、多くのアクセスとコメント、ご意見を頂戴し、まことにありがとうございました。
 コメントで、幾つもご注文をいただきましたが、そのすべてにお応えする事は出来かねますのでお許しください。ご意見を私の糧として、今後の記事に活かして生きたいと思います。

 ところで、突然ですが、今年のブログ記事は、これで最後にさせていただきます。
 持病のうつが、調子が悪く、集中力が無いのです。
 当面は療養に専念します。

 年が明けまして、気分が上向いたら、また再開したいと思います。

 では、良いお年をお迎えください。
posted by 眠り猫 at 14:36| 東京 ????| Comment(5) | TrackBack(18) | 日記

2007年12月18日

【追記】昨日までの記事での反省

 「弱者が何故自民党を支持するか」の連載記事には、かなりの数のアクセスをいただきました。
 しかし、特に昨日の結論部分が、極めて貧弱であったことは、誠に申し訳ないことと思います。
 実は2週間ほど前から持病が悪化しており、記事を書く気力がなかなか湧いてこないのです。昨日の結論部分では、それがもろに出てしまいました。重ねてお詫びを申し上げます。

 追記として、多くの方からいただいたコメントへのお返事の形で、補足をしたいと思います。

 まず、春さん。おっしゃることはまことにごもっとも。私の説に対するご理解もほぼそれで良いでしょう。また、右翼が、私の方法論で意見を変えるとは思わないというのは、現在のように、リベラル陣営(左派とは違う)が、彼らと対立しているだけでは、隔たりが大きくなるだけだという、私の感覚からの方法論で、成功するかどうかはわかりません。

 しかし、私は、理解と寛容こそが、人を説得する上で必要だと思います。特に、今の右派のように、盲目的に自説に固執している人々は、彼らの誤謬を非難するだけでは決して心変わりしないでしょう。彼らの置かれた立場に理解を示そうという意味で、彼らの主張に理解をしようと言う意味ではありません。

 積極的野党支持者さんと、消極的自民党支持者さんのご意見は、私も共通するものを持っています。ただ、今の自民党が腐敗し、人材が払底し、政権担当能力がなくなっているのは事実ですし、また彼らが進めた新自由主義>市場原理主義が、現在の社会のゆがみと、将来への不安をもたらしたのが事実で有る以上、自民党には下野してもらうべきです。
 民主党への不安があるのはわかります。私がもっとも怖れるのは、民主党の右派たちが、結局自民党の利権政治の後釜を狙っているだけだという事実です。
 しかし、民主党にはそうでない人も多い。だから、民主党に期待せざるを得ないというのが実情だと思います。

 その他、私がコメントを返さなかったご意見に、サポートしてくださった、三介さん他の方々ありがとうございました。
 ねこさんのご意見は、国民新党支持と言うことで、うなづいて読めましたが、あえてお返事はしませんでした。

 最後に、頑迷固陋な自民党支持層と言うのは10%くらい存在すると思います。これはもはや変えがたいものです。内訳は富裕層を初め、自民党政治で恩恵にあずかっている少数の人々と、愚昧で有るがゆえに、事実を認識することが出来ず、ひたすら野党=アカと信じ込んでいる人々などでしょう。
 これらの人々を説得するのは、春さんの言うように、不可能でしょうし、無駄な努力かもしれません。一方で、もっとも数が多い無党派への働きかけこそが重要だというのは私も同意見です。
 ただ、無党派のなかに、私が危惧する、レイシズムに流されている、潜在的自民党支持者が多くいることを思い、この連載記事を書きました。
 確かに、一時は政党支持率が常時40%を越していた自民党が、直近の調査では20%台まで落ち込んでいるのは、国民は私が駄弁を弄している間にも、しっかりと判断しているといえるかもしれません。
 しかし、一方で、新自由主義と社会福祉削減をもっとも進めたコイズミに未だに支持がある現状を見ると、まだまだ「騙されやすい人々」が存在すると思うのです。

 その層にどうアクセスしていくかを今後の課題としたいと思います。
posted by 眠り猫 at 10:01| 東京 ?J| Comment(11) | TrackBack(18) | 政治

2007年12月17日

【】 弱者が自民党を支持する矛盾をどうしていくか

 先週末までに、急ぎ足で述べてきた、「弱者が自民党を支持する理由」の仮説に基づいて、どうするかを考えて行きたい。

 その前に断っておくと、私が想定している、「右傾化する弱者」には、ネット右翼だけではなく、高齢者などの、頑固な保守層も含む。

 正直、彼らをどうするかは、非常に難しい問題である。というか、本人が自覚しない限り、外部から考え方を変えさせることは不可能ではないかと思う。

 しかし、かつては45%はあった自民党支持率が、最近では30%を切る場合もある。つまり、自覚しつつある人も多いものと考えられる。
 また、政策の痛みが直接届く地方では、参院選で、明確に反自民の流れが出た。

 こうなると、弱者であるのに自民党を支持する人を変えるには、対立ではなく、彼らの立場への理解から始めるべきだと思う。
 反発して、誤りを指摘するだけでは、彼らは激昂するだけである。それよりも、彼らの立場を聞き出し、それへの共感からスタートすれば、意識を変革させることが可能ではないかと思う。

 それでも、自民党を支持し続けるのは確信犯と言うか、愚昧の極みであって、自民党と一緒に沈没してもらうしかない。

 取り留めの無い結論となってしまい申し訳ないが、この話は、今日で終わりにしたい。

(不調のため中途半端な記事になりました。次の記事で少し補足しましたので、ご覧ください。)
posted by 眠り猫 at 07:30| 東京 ????| Comment(10) | TrackBack(9) | 政治

2007年12月15日

【閑話休題】最近気になったこと2題

 図らずも、続き物になってしまった、「弱者が自民党を支持する理由」シリーズですが、職場からアクセスされている方も多いようなので、結論部分は月曜日以降に書かせていただきます。

 代わりに、続き物として書いていた間に起きたこと2つに、私の態度表明をしておきます。

 まず、大阪府知事選挙に、タレントの橋下弁護士の出馬について。
 ファシスト石原を知事にいただく、愚民東京都民ではありますが、それだけに、西の都、大阪の府知事までがファシストになることを、私も望みません。
 特に、橋下の発言を見ると、彼はライブドアのホリエモンなどと同様、異様なまでの自己顕示、上昇欲が強い人物で、決して府民のための政治など行わないし、行えません。
 大阪府が個人的欲望の踏み台にされることを私は望みません。
 ですから、私も他のブログと連帯して、橋下落選運動に参加します。
 タレントを知事にして良かったことが無いのは、大阪府民は実感しているはず。
 この上、橋下を当選させるようなら、府民の良識が問われます。

 ついで、消えた年金問題解決に向けてのタイムスケジュールに関する、自民党の公約違反問題です。
 私は、最初から、「出来るはずがないのに無理な公約を」と思っていましたが、やはり出来ませんでした。
 しかし、公約で印刷物にまで、来年3月までに、すべての作業を終わらせますと宣言していたのは事実で、舛添が、「意味が違う」とか、町村が「選挙なので縮めて言っただけ」とか、福田首相が、「公約だったのかな?」などと言う詭弁を弄する姿は、公約と言うものを軽んずる、政治家としてあってはならない姿だと思います。何故、素直に謝れないかと言う疑問も抱きます。
 こうなっては、自民党が言うことは何一つ信用できない。そういう事になります。

 橋下にしても、自民党幹部にしても、「言葉が軽い」。
 政治家としてもっとも基本の部分で、国民を馬鹿にしたかのような、駄言を弄しているさまは見るに耐えないです。
 一刻も早く、「偽」の自公政治に終止符を打ちたいものです。
posted by 眠り猫 at 05:37| 東京 ????| Comment(1) | TrackBack(13) | 政治

2007年12月14日

【続き】弱者が自民党を支持する理由・仮説2

 さて、長々と駄文を連ねてきたが、今日述べることが、社会心理的に、もっともありそうなことではないかと、私は思っている。
 基本は昨日の仮説と類似しているが、保守化する上での態様が異なる。

 弱者、貧者が、自尊心を持ちたいが、持ち得ないという状況は、昨日の論と同じと仮定する。
 しかし、その後が異なる。
 自らが誇るべき何物も持ち得ないが、自尊心だけは強い者は、強者・権威に自らを仮託して、あたかも自分がその強者・権威と同一であるかのような幻想を抱き、自己満足する。

 その強者・権威が、日本では、天皇制であり、政府自民党である。
 結果、弱者である、その自民党から虐げられている人が、あたかも自分は政府与党の代弁者であるかのように、政府の言い分や主張を鸚鵡返しに繰り返し、自分が偉くなったかのような錯覚に陥っている状態があるのではないか?

 彼らにとって、権威(お上)と自分は同一であり、逆らうもの(彼らは左翼と呼ぶ)は、国に逆らう不逞の輩という事になる。
 誰も彼らとお上とが同一とは言っていないのだが、自分自身で、自分を権威に投影して、自己満足するのである。

 これを立証するのに、右派は、ほとんど自ら思想や政策を述べることが無い事があげられる。彼らは常に、政府与党が言うことを模倣するだけであるから、独自の意見を展開することは無い。そして、政府の言い分に反対するものを、罵倒し、あたかも自分が政府の代表者、擁護者であるかのような態度をとる。

 しかし、これらは、実際には、自尊心を持ち得ないものが、勝手に権威に自らを仮託して、無理やり自尊心を満足させようとしているものに過ぎない。

 私としては、この心理的行動が、弱者でありながら、右傾化し、政府自民党を支持する人々の心の根底に有るものだと推測する。
 そうでなければ、自らを弱者の立場に追い込んだ政府自民党を支持する理由も、何故彼らがヒステリックに(非論理的に)左派を罵倒するのかが説明できない。

 もちろん、思想として確固たる民族右派は存在するが、ごく少数である。多くは、政府の言い分を猿真似するだけの陣笠右翼である。
 政府自民党支持者の多くの者の心理に、この傾向が多かれ少なかれ存在するものと思う。

 これらの思考方法もまたレイシズムに陥る。歴史修正主義を採るからである。
 またナチスでは「世界に冠たる我らがドイツ」、日本では「八コウ一宇」と言った、自民族の優越を唱える思考方法が、ファシズムの時代に上から提供され、多くの人がそれを熱狂的に支持した。自民族の優越=他民族の蔑視、排除。
 これは、敵を外部に作ることにより、内政の不満を外部に転嫁しようと言う、為政者の誘導であるが、今でも同様の世論誘導があり、それにたやすく乗せられてしまう人々が存在する。

 これらすべては、突き詰めれば、自ら誇る物を持たない弱者が、無理やり自分の自尊心を満足させるべくとる行動に他ならないと考える。

 多分に言葉足らずな点があるが、一応私の仮説はここまでである。
 あたらずといえども遠からずな面があると思う。
 しかし、ここまでしか述べなければ、単なる個人的意見の開陳に過ぎない。
 明日は、この仮説に基づいて、弱者が自民党を支持することの欺瞞を指摘し、そのような人々にどう接して、自民党支持をやめさせるかについて述べてみたい。
posted by 眠り猫 at 05:53| 東京 ????| Comment(8) | TrackBack(7) | 政治

2007年12月13日

【再開】なぜ弱者が右傾化、自民党を支持するのか・仮説1

 さて、続き物で書いている、何故弱者が自民党を支持するのかと言うテーマについて、いよいよ本題に入ります。
 ただ、これはあくまでも仮説に過ぎず、皆さんの期待を裏切る結果になるかもしれません。
 今日は、2つの仮説のうち、ありそうだけれども、実際には数はそれほどでも無いと思われる形態を述べたいと思います。
 なお、私が述べているのは、あくまでも私見に基づく社会分析であって、イデオロギー論などとは全く無縁であることは、ご了解いただきたいと思います。

 さて、弱者(特に経済的)が、全て自民党を支持しているわけではないでしょう。
 しかし、新自由主義の下での格差拡大社会で、依然自民党が30%前後の支持率を持ち、一方で、ネット右翼など、レイシズムを中心とした右派思想がのさばってきたのも、この時期に重なります。フリーターによる戦争待望論などは、例外だとは思いますが、30代以下の若年層の決して豊かではない階層で、右傾化が進んでいるという感触は誰しも得ていることと思います。

 では、何故そうなるのか?仮説1です。

 貧困を含めた、弱者のうち、若者の中には、今の社会に不満を持っています。当然です。しかしその一方で、彼らも人間としての自尊心を持ちたいと思っています。
 昔から日本には、「上見て暮らすな、下見て暮らせ」と言う言葉がありますが、貧困層は、もう見るべき「下」がありません。
 これらの人々は、自分の自尊心を満たすために、無理やり「下」を探します。それが安易にレイシズム(人種差別主義)に結びついているのではないかと言うのが、まず最初の仮説です。
 他民族を、意図的に貶めることによって、相対的に自分が上位にあるような錯覚に陥って、自己満足するという図式です。

 これらの人々は、レイシズムの反動で、国粋主義に陥ります。すると南京虐殺や、朝鮮人強制連行・強制労働、従軍慰安婦問題、沖縄自決強要などを否定するという、歴史修正主義も取り込み、左派と対立し、結果的に右翼的思想の持ち主になります。
 日本には右翼のステレオタイプがあって、こうして多くの右翼は、日本会議に支配された自民党支持になります。(反米、反自民右派もいますが)

 これが、弱者であるのに、自民党を支持する右派の存在の仮説です。

 実を言うと、この仮説には私も自信がありません。ひょっとすると、もっと単純なのかもしれませんし、複雑なのかもしれません。
 ただ、基本にレイシズムがあるというのが、私の考えです。その理由には、ネット上で展開される、中韓、北朝鮮を、意味も根拠も無く誹謗中傷する多くのブログの存在です。何も生み出さず、何も解決しないのに、ただひたすら他民族を侮蔑する。これは、結局は自分を相対的に優越者であると思い込みたい、自尊心を満足させたいだけの、愚昧な思想の持ち主だと思うのです。

 これだけですべてが説明できるわけではありません。
 とりあえず、明日の記事の仮説2の方が、多少は自信があるので、それをご覧になってから、ご意見をください。
 ではでは。
posted by 眠り猫 at 05:33| 東京 ??| Comment(5) | TrackBack(13) | 政治

2007年12月12日

【お詫び】連載記事、今日は休みます

 気を持たせてスイマセン。
 今日から、弱者>貧困層が、何故右傾化するか、自民党を支持するかについて、社会心理の面からの分析を書くと予告していましたが、考えれば考えるほど、2つの類型が仮定でき、そのどちらも正しそうに思えるのです。

 そこで、今日1日、もう少し考えてみて、明日とあさっての2回で、1つずつ述べて、さらもう1回、総括としての記事を書くことにします。

 普段、下書きなどせず、思うままに記事を書くのですが、今回は思わぬうちに長くなってしまいました。期待させて裏切る結果になるかもしれませんが、申し訳ありません。
 そんな訳で、今日の記事はお休みです。
posted by 眠り猫 at 07:46| 東京 ????| Comment(2) | TrackBack(5) | 政治

2007年12月11日

【承前】ファシズムの前には経済的破綻があった

 昨日の記事の最後には、今日は、弱者なのに自民党やレイシズム、右翼を支持する人々が何故いるかと言うことについての、社会心理学的分析を書くと述べた。

 だが、その前に歴史を振り返っておきたい。また、昨日の記事のコメントに千年虫さんから寄せられたご意見があったが、私が述べたいのは、それとは少し違うのだ。特定の階層または職業の者に、上記のような政治的傾向があるというつもりは無い。そこまでの分類資料が有るわけでもない。
 ただ、歴史的に見て、ファシズムの台頭の前に、経済的逼迫があったという事実と、そのファシズムがレイシズムを内包していたという事実を先に述べておきたい。

 例としてあげるのは、第二次世界大戦前のドイツと、日本である。
 ドイツにおいては、第一次世界大戦に敗北して、特にフランスから、常識はずれな金額の戦後賠償金を請求されていた。
 それは、ドイツの経済を圧迫し、さらに国際的環境変化から、歴史的なインフレに突入し、ドイツ国民は貧困に喘いだ。
 その時登場したのが、社会主義を標榜し、労働者の味方と称したヒトラー他による国家社会主義ドイツ労働者党であった。選挙によって躍進したこの政党は、急激に右傾化し、ファシズムへと突入していった。
 ファシズムの進行の過程で、「ドイツ人の優越」とそれに相対する「ユダヤ人差別」(他の民族差別もあった)が進められ、歴史的な大虐殺まで進展した。

 日本においては、無理な軍拡のための外国債の償還不能と言う国の財政困難に直面すると同時に、世界大恐慌のあおりを受けての不況下にあった。
 大陸侵略はそれ以前から進めていたが、そこにおける権益は、国民には恩恵はもたらさず、また、大陸侵略に反発する他の帝国主義国家から石油などの輸入規制を受け、大陸侵略もおぼつかなくなり、結局、石油資源を求めて、南方の英米の植民地への侵略を開始したのが太平洋戦争であった。

 ファシズム突入時の政治体制は、それぞれ違う。
 しかし、ファシズムに入る前に、国民が経済的困窮に曝されていたことと、ファシズムの進行の過程で、レイシズム(日本においては、朝鮮人強制連行、中国における虐殺、他民族蔑視の思想の横行)があったのは間違いない事実である。

 このように、ファシズム>レイシズムの前には、必ず経済的逼迫があった。
 これは、失政などによる、国民の経済的逼迫の不満を、外部に敵を作ることにより、目を逸らさせ、それを叩くことによって、不満の解消を図るという政策が意図的に行われていたためでもあった。

 今の日本の格差の拡大の下で、直ちに日本がファシズムになるとは私も思わない。しかし、意図的ともいえる、無意味な中韓や北朝鮮への誹謗中傷や攻撃がなされているのは事実である。そこに戦前の日本やドイツと同じ匂いを感じずにはいられない。

 今、日本においてファシズム台頭の抑止力になっているのは、日本国憲法であることは間違いない。日本会議や安倍晋三に代表されるタカ派政治家の集う、「日本会議」と言う、右翼組織の総元締めは、戦前回帰思想を明確にしており、それは戦争までのファシズム体制を積極的に肯定しているものである。
 憲法の縛りが無く、人権の抑圧や、今以上の言論統制がおおっぴらに行われれば、日本は既に戦前回帰を遂げていたかもしれない。それほど、憲法は重要なのである。

 話が逸れたが、ファシズム=右派思想>レイシズムの台頭の前には必ず国民の経済的困窮があった。
 この事実をまず押えておいていただきたい。

 明日は、予告したとおり、何故、弱者が、レイシズムや自民党支持に回るのかについての心理学的分析を書きたい。
posted by 眠り猫 at 05:57| 東京 ????| Comment(13) | TrackBack(19) | 政治

2007年12月10日

【昨日の続き】弱者が何故自民党を支持するのか?

 昨日の記事の続きです。
 要するに、コイズミ改革とやらで、「痛み」を押し付けられ、生活が苦しくなっているにも拘わらず、依然、保守・自民党や、右翼思想を支持している人々が多いことへの危惧です。

 先の参院選では、農村部を中心に、地方一人区で、自民党が惨敗し、全体として、リベラル政策を掲げた民主党が勝利しました。
 これは「限界集落」と言う言葉が示すように、農村の疲弊が進み、その怒りが投票行動に結びついたものでしょう。

 しかし、都市部はどうでしょう?
 ワーキングプア。そしてフリーター、ニートの多くは都市部に集中しています。
 しかし、東京都知事選挙では、極右で、民生を省みないファシスト石原が、3選を遂げています。
 自民党支持率も、民主党に肉薄されているとは言え、依然30%台。日本に富裕層は30%も存在しません。
 富裕層のそのまた一部向けの政治しか行っていない自民党に、痛みを受けているはずの人からの支持がある。ここに、私は、「貧すれば鈍する」と言う人々の存在を仮定しているのです。

 他国の例ですが、ベルリンの壁崩壊後のドイツで、一時的にノイエ・ナチス(ネオナチ)が、勢力を伸ばしたことがありました。
 旧東ドイツから流入する、教育は受けているが、低賃金でも働く労働者が増え、旧西ドイツでの低学歴低賃金労働者が、割を食って職を失った時期です。
 ノイエ・ナチスは、この失業者(若者が多かった)の不満を吸収し、攻撃の矛先を植民地政策時代から関係の深かったトルコからの労働者や、ヨーロッパ共同体の成立で、越境して働きに来ていたイタリア人労働者を排斥(暴力で)する行為を行いました。
 経済的貧困の不満は、たやすく、レイシズム(人種差別主義)や、ファシズム、極右と結びつきやすいことを端的に示しています。

 現在の、コイズミカイカクの犠牲者の怒りは、本来自民党に向けられるべき問題で、リベラル政策を採る、民主党やその他野党への支持に代わるべきところ、依然、自民党が高い支持率を保持しています。
 また、ネット言論上では、中韓をただひたすらに誹謗中傷するだけのブログや、歴史修正主義者による、沖縄県民蔑視発言などが横行し、決して富裕層とはいえない人々が、「自分とは違う」と言うだけの理由で、レイシズムに陥って、保守・極右を支持して、弱者を叩いているのが現状です。

 私は、これこそが、「精神の荒廃」であると考えています。

 私のブログはリピーターの方が多く、上記のようなことをしている人はまずいないでしょう。
 しかし、自民党政権を倒すには、上記のような人々の目を覚まさせる必要があるのです。

 明日は、何故、弱者がレイシズムや保守支持になるかの社会心理学的分析を書く予定です。

(参考)コイズミカイカクの弱者切捨ての実態
http://www.mainichi.jp/select/seiji/news/20071209ddm003010030000c.html
 コイズミは明確に弱者切捨てを行いました。安倍も同じです。
posted by 眠り猫 at 05:44| 東京 ????| Comment(7) | TrackBack(11) | 政治

2007年12月09日

格差社会の進行による精神の荒廃が心配だ。

 格差社会の進行に伴い、貧困層が確実に増加している。私がネットで調べただけでも、日本のジニ係数は、1997年の0.23から、2002年には0.34に急速に悪化している。今はもっとすごいだろう。仮に0.4を越していたら、アメリカに匹敵する格差社会に、10年を経ずして到達したことになり、その間の政権が、何を見て政治を行ってきたかが厳しく問われるべきだろう。
 
 この上さらに、労働による世帯収入よりも生活保護費のほうが高いとして、生活保護費を下げるという本末転倒な政治を行っているのが自民党である。
 しかし、今の日本は世界の水準に比べれば、まだ貧困の度合いは高く無いと思う。
 日本の場合、アメリカと同様に、そこそこの貧乏人が数多くいる社会で、食うや食わずと言った、途上国の貧困とは少し違う。

 しかし、この状況で私が不安視するのは、貧困に関する不満のエネルギーが、レイシズム(人種差別主義)や、貧困者同士の争いに向けられるという、精神の荒廃を招かないかと言うことである。
 「貧すれば鈍する」と言う言葉が古くからある。mixiニュース記事に対する日記などを見ていると、非常に幼稚な体制服従、弱者蔑視の発言が多いことに驚く。

 現代の貧困の原因は、間違いなく小渕内閣以降急激に進められた新自由主義のせいであり、止めをさしたのがコイズミである。
 そして今もまだその路線を続けている。
 貧困者の怒りは自民党政府にこそ向けられるべきであり、社会保障を充実させるリベラル的政策が求められる。

 そうしない限り、日本は、就業意欲も低下し、荒廃したアメリカのような殺伐とした国家に成り果てるだろう。その時、国民の目を逸らすのに使われるのは戦争だ。安倍はまさにそれを指向していた。

 人材も政策も尽き果て、自分達の利権の争奪戦や、様々な閥族のために、自縄自縛になったまま、破滅への道を転がり落ちる自民党に早く止めを刺さねばならない。

(参考)
 本日の毎日新聞の社説
http://www.mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20071209k0000m070118000c.html
posted by 眠り猫 at 06:14| 東京 ????| Comment(1) | TrackBack(11) | 政治

2007年12月08日

報道されなくなった、イラク、アフガン戦争

 最近のニュースを見ていて少し気になることがある。
 数ヶ月前に比べて、イラク戦争、アフガン戦争における、自爆攻撃や、米軍の攻撃による死者などに関する報道が激減しているよう思うのだ。

 ネット上で流れてくる情報では、イラクは依然として宗派対立も含めた泥沼状態だし、トルコ軍によるクルド人武装勢力への越境攻撃も行われた。
 アフガニスタンでは、国土の過半がタリバンの勢力下にあるといわれ、首都カブール近郊でも、ISDF(国連の治安維持部隊)の兵士に死者が出ているという。

 これらの情報が、マスコミ、特にテレビから姿を消した理由は、新テロ対策特別法の制定の動きと無縁ではないように思う。

 つまり、イラク戦争と言う、完全にアメリカの独断による侵略戦争については、その作戦への給油疑惑と言う、旧テロ特措法違反の事実解明について、知らぬ顔を決め込もうとしている政府の都合のよいように、イラク戦争を国民の目から遠ざけようとしているのではないか?
 また、アフガン戦争については、給油が国際社会に貢献していると言い続けているが、実際には、連合国側は事態を沈静化できず、敗北しつつあると言う事実からも国民の目を逸らさせようとしているのではないか?

 報道があろうと無かろうと、アメリカの独断により始まった戦争が続いており、双方に死者が出ている。ましてや民間人にも。
 報道をなくして、新テロ対策特別法を通しやすくする。それが政府の狙いのような気がしてならない。

 私達がするべきことは、事実を知ることと、インド洋での給油と言うものが、アメリカの独善のためにアフガニスタンの多くの民間人を殺すことになっているという事実を受け止め、新テロ対策特別法の成立に反対することである。
posted by 眠り猫 at 07:19| 東京 ????| Comment(2) | TrackBack(9) | 戦争

2007年12月07日

「プレカリアート」と言う言葉

 「プレカリアート」と言う言葉を目にするようになったのは、ここ半年ほどでしょうか?テレビなどのマスコミではまだ認知された用語ではない様です。

 ご存知の方には失礼して解説すると、これは、「不安定な」と言う意味の英語を、階級社会の弱者であるプロレタリアートの語感と合わせてできた、半造語です。最初はイタリアで使われ始めた言葉だそうです。

 「不安定な」と言うのは、立場、地位、収入が不安定な労働者のことを指します。つまり、今のフリーター派遣社員ワーキングプアと呼ばれる、未組織労働者などすべてを意味する言葉です。

 この言葉が象徴しているのは、新自由主義により格差社会が現出し、それが進行して、持てる者と持たざる者、っと言う階級社会を現出したことを意味します。つまり一つの階級をさす言葉であるわけです。かつての「プロレタリアート」と事実上同義であって、新自由主義が横行したイタリア、ベルルスコーニ政権、イギリス、ブレア政権などのもとで、階級格差が広がったのを受けて生まれた言葉なのです。

 日本を見てみると、格差を現わすジニ係数は、20世紀終盤以降、急激に上昇を続けており、格差は明らかに拡大しています。
 そして、安倍などが再チャレンジなどを口にしたのは、全くの誤りで、格差は努力や才能の差ではなく、富裕層は、親の代から受け継いだ財産が基本になっています。
 その象徴が、自民党の世襲議員たちであり、父祖から受け継いだ地盤をもとに、自らの利権を守ることに汲々として、自分達の利益関係者だけを優遇して、私腹を肥やしている奴らが代表です。

 最近の論壇では、プレカリアート=プロレタリアートと言う視点から、マルクス主義の復権が語られています。まぁ、論壇の動向=市民運動になるかどうかは別ですが、これらの人々の怒りが高まって行った場合、政治的な変化が生じる可能性はあります。
 少なくとも、安倍のような世襲お坊ちゃまが、経験も無く、首相になり、格差を拡大する政策を続けていたというような事態は、今後は決して許してはなりません。

 今の福田首相も世襲です。自民党の多くの政治家が2世、3世の世襲です。彼らとその取り巻きの利益のためにのみ、政治を壟断させてはならないのです。
 今後の選挙では、1人でも多くの自民党議員を落選させ、政権交代して、利権の根を断ち切らない限り、今の新自由主義路線をやめさせ、プレカリアートの増加を防ぐことはできません。

 国民は、自らの痛みに気づき、それへの怒りを主権者としての投票行動に託して示すべきなのです。
posted by 眠り猫 at 11:36| 東京 ????| Comment(2) | TrackBack(4) | 政治

2007年12月06日

新テロ対策特別法、衆院再可決するなら解散総選挙を

 福田首相が、新テロ対策特別法が参院で否決された場合、衆議院で三分の二をもって、再議決して成立させると発言した。

 しかし、これは、かねてから述べている通り、制度上誤っており、また憲政の常道に反する行為である。
 しかも、その法律は、アメリカの大義無き戦争に無目的に盲従する姿勢を示すだけで、国民にとって何一つ利益が無いことを決める法律である。このようなものの再議決は許されない。もし強行するというのならば、その前に衆議院を解散、総選挙を行い、国民から改めて三分の二の議席が与えられてから行うべき筋の問題である。

 国民は、この法律に賛成か反対か以前に、2年以上前の選挙の結果で、今の問題をごり押ししようと言う自民党の姿勢に怒りを持たねばならない。
 世論調査で、解散すると不利だからと言う、党利党略、私利私欲で、解散を回避し、50年ぶりと言う、衆議院再議決をするのは、国民をないがしろにする、卑怯千番の行為である。

 野党は、問責決議だけでなく、一気に解散へ向けての動きを強めるべきである。
posted by 眠り猫 at 14:09| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治

イラン核開発は2003年に停止とアメリカ国家機関が認定

 テレビニュースではほとんど取り上げられないのが不思議ですが、3日ほど前、イランの核開発が2003年秋時点で停止していたとする米国の国家情報評価(NIE)報告があり、アメリカは騒然となっているようです。

 2003年と言えば、イランのアフマディネジャド大統領の登極以前であり、アメリカのイラン核開発決めつけ>イラン侵略の図式がまったく成立しなくなりました。
 これは、アメリカを含め、世界にとって喜ぶべきことです。

 アメリカでは最近まで、国民の過半数がイラン攻撃を支持し、民主党の大統領候補ヒラリークリントンも攻撃支持を表明するなど、イラン侵略は目前と思われていました。

 しかし、この国家機関による、核疑惑否定の認定で、ブッシュ大統領の戦争政策は、行き詰まりを見せ、また、東欧に設置しようとしている弾道ミサイル防衛網の設置根拠も失うという、戦争屋ブッシュにとっては、痛恨の一事になりました。

 まぁ、このように、時の政権の意向に反する報告でもきちんと出せるのが、アメリカのえらいところだと思いますが、今は、攻撃を支持したクリントンへの批判が集中しているそうです。
 ブッシュは、イランへの警戒はやめないと強弁していますが、彼の論理の根底が覆されたのだから、流石にイラン侵略には踏み切れないでしょう。これで、ブッシュのレイムダック状態はさらに進み、イラクからの撤兵以外に国民の支持回復の道は無いでしょう。

 何にしても、戦争屋の思い通りにならなくて良かった。また、日本でもイラン特措法などが議題に上る可能性も無くなったので、一部ネオコン以外は、胸をなでおろしているだろう。

 この期に及んで、依然として、ブッシュ戦争外交への盲従を続ける、日本の自民党政権は、もはやアメリカとともに世界の孤児になりつつあります。一刻も早く、政権交代が必要です。

 ともかく、よかったよかった。

追記
 参考記事 http://www.bnn-s.com/news/07/12/071206174619.html
posted by 眠り猫 at 04:54| 東京 ????| Comment(2) | TrackBack(1) | 政治

2007年12月05日

「なかの人」導入しました。

 ご報告です。

 記事ごとの表示にしたときに、右下に緑色の日本地図がでていると思います。
 これは、「なかの人」と言うツールで、法人などのドメインで登録されているパソコンからこのブログにアクセスした場合、その法人名を私の方で把握できるツールです。

 目的は、公安などが来ていないかのチェック用です。結果を公表することはありませんので、ご安心ください。
posted by 眠り猫 at 12:08| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

上弦の月を見て、猫は何を思う

 今日の記事は、はっきり言って、愚痴です。それでもよろしければお読みくだされ。

 今朝は深夜に目が覚めた。うつ病の一時的不調の影響であることは間違いない。そして再度寝ることが出来ないまま、時間が過ぎていく。
 腹が減った。昼夜逆転は良くないが、とにかく腹が減ってどうしようも無くなったので、ごそごそと着替えて出かけた。行き先は、○野家。時間的に牛丼はやっていないので、定食を頼む。最近野菜不足を痛感しているので、サラダもつける。

 満腹して、外に出る。風があったら寒いだろうが、幸い風はなかった。都心とは言え、星もちらほら見える。目に留まったのが、寒月と言う名にふさわしい、冴え冴えとした、上弦の月だった。月見のために足を止め、しばし考えにふける。

 最近、ブログ記事が書けない。なぜかといつも思っている。
 ひとつ気づいたことは、私のブログが抽象的で有ると言うことだ。それは欠点である。
 では、具体的に何を書くのか?思想は書ける。しかしその実践や、具体化のための方策を提言できていない。
 要するに私のブログは実用的でないのだ。
 そう思ってしまったために、書くことが出来なくなっているのだ。

 人様のブログの悪口はここでは書かない。ただ、毎日続けている努力には敬服するが、中身はどれほどのものか、っと言うものがあるのも事実であろう。
 それでもよいという人はそれで良い。でも、私は自分の限界に気づいてしまった。こうなると、今までのような記事では満足が行かない。と言って、自分の思想を敷衍するための知的活動が出来る精神状態ではないし、勉強も足りない。

 月を見るのをやめて歩き出した。
 早朝である。新聞配達の人2人に出会う。どちらも中年の女性だ。思えば、○野家で働いていた女性も、中年から壮年の女性だった。女性が深夜に働けるほど治安が良いのだといえるかもしれない。
 しかし、多分、パートかアルバイトで、深夜労働に着く、彼女達。多分家庭も有るだろうに。
 この国はどこかおかしくないか?いつの間にかこんな社会になったのだ?

 わからない。サービスを享受している側の私が不平を言う資格も無い。

 何を書いているのかわからなくなってきたので、ここらで終わる。
 まぁ、最近記事が書けない理由は、上記のようなものであることをご理解いただきたい。
 ではでは。
posted by 眠り猫 at 06:38| 東京 ????| Comment(13) | TrackBack(2) | 日記
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