2008年03月30日

「沖縄ノート」をめぐる裁判結果要旨

 今回の記事は長くなります。
 まず、以下の判決要旨の全文を、きちんとお読みください。
 読みもしないのに、法律家でもない右派評論家の言い分をまる写ししてくるような馬鹿が世の中にはいるのですが、その前にまず読んでください。

「集団自決」訴訟判決(要旨)
沖縄ノート」の各記述は著書である被告大江健三郎(以下、大江)が沖縄戦における「集団自決(強制集団死)」の問題を本土の日本人の問題としてとらえ返そうとしたものである。
各記述には、慶良間諸島の「集団自決」の原因について、日本人の軍隊の部隊の行動を妨げずに食糧を部隊に提供するために自決せよとの命令が発せられるとの記載や渡嘉敷島で住民に「集団自決」を強要させたと記憶される男である守備隊長との趣旨の記述などがあり、渡嘉敷島における「集団自決」を命じたのが、当時の守備隊長であることが前提となっている。
また「この血なまぐさい座間味村、渡嘉敷島のむごたらしい現場」との記載があり、大江自身、本人尋問で「沖縄ノート」が原告梅澤裕(以下、梅澤)をも対象にしたことを自認している。
渡嘉敷島、座間味島で「集団自決」が行われた際に、故赤松嘉次(以下、赤松)が渡嘉敷島の、梅澤が座間味島の守備隊長もしくは軍隊の長であることを示す書籍は多数存在するなど、「沖縄ノート」の各記述内容が赤松、梅澤に関する記述であると特定し得ることは否定できない。
以上、特定性ないし同定可能性の有無について被告らの主張は、理由がないというべきである。
家永三郎(以下、家永)著の「太平洋戦争」の記述には「座間味島の梅澤隊長は、老人・こどもは村の忠魂碑前で自決せよと命令した」などとの記述があり、梅澤が部隊の食糧を確保するために、本来、保護してしかるべきである老幼者に対して無慈悲に自決することを命じた冷酷な人物であるとの印象を与え、梅澤の社会的評価を低下させる記述であることは明らかである。
「沖縄ノート」の記述では、座間味島、渡嘉敷島を含む慶良間諸島での「集団自決」が日本軍の命令によるものであるとし、「集団自決」の責任者の存在を示唆している。ほかの記述と併せて読めば、座間味島および渡嘉敷島の守備隊長である梅澤、赤松が「集団自決」の責任者であることをうかがわせる。したがって、「沖縄ノート」の記述は「集団自決」という平時ではあり得ない残虐な行為を命じたものとして、梅澤および赤松の社会的評価を低下させるものと認められる。
名誉棄損が違法性がないと判断されるために、「太平洋戦争」、「沖縄ノート」の執筆、出版を含む表現行為の主な動機が公益を図る目的であるかを見る。
「太平洋戦争」は、歴史研究書であり、その記述は公共の利害に関するものであること、公益を図る目的を併せ持ってなされたものであることには当事者間の争いがない。
家永は多数の歴史的資料、文献等を調査した上で執筆したことが認められる。「太平洋戦争」の記述の主な目的は戦争体験者として、また、日本史の研究者として太平洋戦争を評価、研究することにあったと認められ、それが公益を図るものであることは明らかだ。
「沖縄ノート」は、大江が沖縄が本土のために犠牲にされ続けてきたことを指摘。日本人とは何かを見つめ、戦後民主主義を問い直したものであること、各記述は、沖縄戦における「集団自決」の問題を本土日本人の問題としてとらえ返そうとしたものであることが認められる。
これらの事実および、梅澤、赤松が公務員に相当する地位にあったことを考えると、「沖縄ノート」の記述の主な目的は、日本人の在り方を考え、読者にも反省を促すことにあったものと認められ、公益を図るものであることは明らかだ。
以上によれば、「太平洋戦争」、「沖縄ノート」の各記述に関する表現行為の目的がもっぱら公益を図る目的であると認められる。
太平洋戦争時の沖縄の状況
1944年6月ごろから、三二軍が沖縄に駐屯を開始した。三二軍司令官の牛島満は、沖縄着任の際、沖縄における全軍に対し、「防諜ニ厳ニ注意スヘシ」と訓示を発した。
このように沖縄において防諜対策は、日本軍の基本的かつ重要な方針だった。三二軍司令部の基本方針を受け、各部隊では民間人に対する防諜対策が講じられた。
軍人軍属を問わず標準語以外の使用を禁じ、沖縄語を使用する者をスパイとみなし処分する旨の命令や、島しょにおける作戦では原住民がスパイ行為をするから気を許してはならない旨の訓令などが出された。
また、三二軍は同11月18日、県民を含めた総力戦体制への移行を急速に推進し、「軍官民共生共死の一体化」を具現するとの方針を発表した。
慶良間諸島には同9月、陸軍海上挺進戦隊が配備され、座間味島に梅澤が隊長を務める第一戦隊、阿嘉島・慶留間島に野田隊長(以下、野田)の第二戦隊、渡嘉敷島に赤松が隊長を務める第三戦隊が駐留した。
45年3月の米軍侵攻当時、慶良間諸島に駐屯していた守備隊はこれらの戦隊のみであった。「集団自決」発生当時、米軍の空襲や艦砲射撃のため、沖縄本島など周囲の島との連絡が遮断されており、食糧や武器の補給が困難な状況にあった。
海上挺進戦隊は、もともと特攻部隊としての役割を与えられていたことから、米軍に発見されないよう、特攻船艇の管理は厳重で、そのほかの武器一般の管理も同様であった。
渡嘉敷島は44年10月10日の空襲以降、それまで徴用され陣地構築作業をしていた男子77人があらためて召集され、兵隊とともに国民学校に宿営することになった。
座間味島は45年3月23日から25日まで空襲を受けた。住民は壕に避難するなどしていたが、同25日夜、伝令役が住民に忠魂碑前に集合するよう伝えて回った。その後、同26日、多数の住民が手榴弾を使用するなどして集団で死亡した。
同27日午前、米軍が渡嘉敷島に上陸した。赤松は、米軍の上陸前、巡査に「住民は西山陣地北方の盆地に集合するよう」指示し、巡査は防衛隊員とともに住民に集合を促した。住民は同28日、防衛隊員らから配布された手榴弾を用いるなどして、集団で死亡した。
慶留間島では、45年2月8日、野田が住民に対し「敵の上陸は必至。敵上陸の暁には全員玉砕あるのみ」と訓示し、同3月26日、米軍上陸の際、「集団自決」が発生した。
以上の「集団自決」が発生した場所すべてに日本軍が駐屯しており、日本軍が駐屯しなかった渡嘉敷村の前島では、「集団自決」は発生しなかった。
日本軍による住民加害
元大本営参謀で厚生省引揚援護局の厚生事務官馬淵新治(以下、馬淵)の調査によれば、日本軍の住民に対する加害行為は各地で行われていた。
例えば、馬淵は「将兵の一部が勝手に住民の壕に立ち入り、必要もないのに『軍の作戦遂行上の至上命令である。立ち退かないものは非国民、通敵者として厳罰に処する』等の言辞を敢えてして、住民を威嚇強制のうえ壕からの立ち退きを命じて己の身の安全を図ったもの」。
「ただでさえ貧弱極まりない住民個人の非常用食糧を『徴発』と称して略奪するもの、住民の壕に一身の保身から無断進入した兵士の一団が無心に泣き叫ぶ赤児に対して『此のまま放置すれば米軍に発見される』とその母親を強制して殺害させたもの」などがあったとしている。
また「敵上陸以後、いわゆる『スパイ』嫌疑で処刑された住民は十指に余る事例を聞いている」としている。
日本軍は、渡嘉敷島において防衛隊員であった国民学校の大城徳安訓導が身寄りのない身重の婦人や子どもの安否を気遣い、数回部隊を離れたため、敵と通謀する恐れがあるとして、これを処刑した。
また、赤松は「集団自決」でけがをして米軍に保護され治療を受けた2人の少年が米軍の庇護のもとから戻ったところ、米軍に通じたとして殺害した。さらに米軍の捕虜となり、米軍の指示で投降勧告にきた伊江島の住民6人に、自決を勧告し、処刑したこともあった。
そのほか、沖縄では、スパイ容疑で軍に殺された者など、多数の軍による住民加害があった。
援護法の適用
梅澤命令説および赤松命令説は、沖縄で援護法の適用が意識される以前から存在していたことが認められる。援護法適用のために捏造されたものであるとの主張には疑問が生ずる。
また、隊長命令がなくても戦闘参加者に該当すると認定された自決の例もあったことが認められ、梅澤命令説および赤松命令説を捏造する必要があったのか直ちには肯定し難い。
宮村幸延が作成したとされる「証言」と題する親書の記載内容は、「昭和二十年三月二十六日の集団自決は梅澤部隊長の命令ではなく、当時兵事主任兼助役の宮里盛秀の命令で行われた」との部分も含めて拝信しがたい。これに関連する原告梅澤の陳述書も拝信し難い。
「母の遺したもの」の記載を子細に検討すれば、「集団自決」に援護法を適用するために原告梅澤の自決命令が不可欠であったことや、「村の長老」から虚偽の供述を強要されたことなど援護法適用のために自決命令の捏造を直ちにうかがわせるものではない。
沖縄において、住民が「集団自決」について援護法が適用されるよう強く求めていたことは認められるものの、そのために梅澤命令説および赤松命令説が捏造されたとまで認めることはできない。
梅澤命令説
「集団自決」の体験者の供述から、原告梅澤による自決命令の伝達経路等は判然とせず、梅澤の言辞を直接聞いた体験者を全証拠から認められない。取材源が明示されていない「鉄の暴風」「秘録 沖縄戦史」「沖縄戦史」等から、直ちに「太平洋戦争」にあるような「老人・こどもは村の忠魂碑の前で自決せよ」との梅澤の命令それ自体までは認定することには躊躇を禁じ得ない。
しかしながら、梅澤が座間味島における「集団自決」に関与したものと推認できることに加え、少なくとも2005年度の教科書検定までは、高校の教科書に日本軍によって「集団自決」に追い込まれた住民がいたと記載されていた。布村審議官は、座間味島および渡嘉敷島の「集団自決」について、日本軍の隊長が住民に自決命令を出したとするのが通説であったと発言していた。
学説の状況、諸文献の存在、その信用性に関する認定、判断、家永および大江の取材状況等を踏まえると、梅澤が座間味島の住人に対し「太平洋戦争」の内容の自決命令を発したことを直ちに真実と断定できないとしても、合理的資料もしくは根拠があると評価できる。
各書籍の発行時において、家永や被告らが事実を真実であると信じるについての相当の理由があるものと認めるのが相当である。
渡嘉敷島の「集団自決」
体験者らの体験談は、いずれも自身の実体験に基づく話として具体性、迫真性、信用性を有することができる。
渡嘉敷島における「集団自決」は、1945年3月27日に渡嘉敷島に上陸した翌日の28日に赤松大尉に西山陣地北方の盆地への集合命令の後に発生している。赤松大尉率いる第三戦隊の渡嘉敷島の住民らに対する加害行為を考えると、赤松大尉が上陸した米軍に渡嘉敷島の住民が捕虜となり、日本軍の情報が漏えいすることを恐れて自決命令を発したことがあり得ることは、容易に想像できる。
赤松大尉は防衛隊員であった国民学校の大城徳安訓導が、身重の夫人や子供の安否を気遣い、数回部隊を離れたため、敵と通謀する恐れがあるとして処刑している。
米軍の上陸後、手榴弾を持った防衛隊員が西山陣地北方の盆地へ集合している住民のもとへ赴いた行動を赤松大尉が容認したとすれば、自決命令を発したことが一因ではないかと考えざるを得ない。
第三戦隊に属していた皆本義博証人が手榴弾の交付について「恐らく戦隊長の了解なしに勝手にやるようなばかな兵隊はいなかったと思います」と証言していることは、先に判示している通り。手榴弾が「集団自決」に使用されている以上、赤松大尉が「集団自決」に関与していることは、強く推認される。
沖縄県で「集団自決」が発生したすべての場所に日本軍が駐屯し、駐屯しなかった渡嘉敷村の前島では、「集団自決」は発生しなかったことを考えると、「集団自決」は日本軍が深くかかわったものと認めるのが相当である。
沖縄では、第三二軍が駐屯し、その司令部を最高機関として各部隊が配置され、渡嘉敷島では赤松大尉を頂点とする上意下達の組織であったと認められる。渡嘉敷島における「集団自決」に赤松大尉が関与したことは十分に推認できる。
渡嘉敷島の「集団自決」の体験者の体験談等から赤松大尉による自決命令の伝達経路は判然とせず、命令を直接聞いた体験者を全証拠から認められない。取材源などは明示されていない。「鉄の暴風」「秘録 沖縄戦史」「沖縄戦史」等から「沖縄ノート」にある記述のような赤松大尉の命令の内容それ自体まで認定することには躊躇を禁じ得ない。
しかしながら、合理的資料もしくは根拠があると評価できるから、「沖縄ノート」の発行時に、被告らが事実を真実と信じるについて相当の理由があったと認めるのが相当である。
被告らによる梅澤および赤松大尉に対する名誉棄損は成立せず、したがって、その余の点について判断するまでもなく、これを前提とする損害賠償、出版の差し止めに理由はない。
文献の評価
「鉄の暴風」には、初版における梅澤の不審死の記載、渡嘉敷島への米軍の上陸日時に関し、誤記が認められるものの、戦時下の住民の動き、非戦闘員の動きに重点を置いた戦記として、資料価値を有するものと認める。
「母の遺したもの」には木崎軍曹が住民に「途中で万一のことがあった場合は、日本女性として立派な死に方をしなさいよ」と手榴弾一個が渡されたとのエピソードも記載され、日本軍関係者が米軍の捕虜になるような場合には自決を促していたことを示す記載としての意味を有する。梅澤命令説を肯定する間接事実となり得る。
「ある神話の背景」に、赤松大尉による自決命令があったという住民の供述は得られなかったとしながら、取材をした住民がどのような供述をしたかについては詳細に記述していない。家永教科書検定第三次訴訟第一審の証言で、「ある神話の背景」の執筆に当たっては、富山兵事主任に取材をしなかったと証言しているが、それが事実であれば、取材対象に偏りがなかったか疑問が生じる。
「ある神話の背景」は、命令の伝達経路が明らかになっていないなど、赤松命令説を否定する見解の有力な根拠となり得るものの、客観的な根拠を示して覆すものとも、渡嘉敷島の「集団自決」に関して軍の関与を否定するものともいえない。
米軍の「慶良間列島作戦報告書」で、原告が主張するように訳したとしても、日本軍の兵士たちが慶留間の島民に対して米軍が上陸した際には自決するよう促していたことに変わりはなく、その訳の差異が本訴請求の当否を左右するものとは理解されない。
赤松大尉は、大城徳安や米軍の庇護から戻った2少年、伊江島の住民男女6人を正規の手続きを踏むこなく、処刑したことに関与した。住民への加害行為を行っているのであって、こうした人物を立派な人だった、悪く言う者はいないなどと評価することが正当であるかには疑問がある。
知念朝睦証人は、陳述書に「私は、正式には小隊長という立場でしたが、事実上の副官として常に赤松隊長の傍にいた」と記載しているが、西山陣地への集結指示については、聞いていない、知らない旨証言。「住民が西山陣地近くに集まっていたことも知りませんでした」と記載している。
いずれにしても赤松大尉の自決命令を「聞いていない」「知らない」という知念証人の証言から自決命令の存在を否定することは困難である。
皆本証言
赤松大尉のそばに常にいたわけではないことが認められ、赤松大尉の言動を把握できる立場になかった。赤松大尉の言動についての証言の評価に当たっては、この点を重視する必要がある。
皆本義博証人の証言は、手榴弾を交付した目的を明示する陳述書の内容と食い違い、手榴弾に関する陳述書の記載およびその証言には疑問を禁じ得ない。
梅澤証言
梅澤は本人尋問で、手榴弾を防衛隊員に配ったことも、手榴弾を住民に渡すことも許可していなかったと供述する。
一方で木崎軍曹が手榴弾を交付したことについて、木崎軍曹が住民の身の上を心配して行ったのではないかと供述する。
慶良間諸島は沖縄本島などと連絡が遮断されていたから、食糧や武器の補給が困難な状況にあったと認められ、装備品の殺傷能力を検討すると手榴弾は極めて貴重な武器であったと認められる。
軍の装備が不十分で、補給路が断たれていたことについては、梅澤自身も、村民に渡せる武器、弾薬はなかったと供述している。
そうした状況で、戦隊長である梅澤の了解なしに木崎軍曹が(住民の)身の上を心配して手榴弾を交付したというのは、不自然である。
貧しい装備の戦隊長である梅澤が、そうした部下である兵士の行動を知らなかったというのは極めて不自然であるというべきである。
梅澤作成の陳述書と本人尋問の結果は、信用性に疑問がある。
赤松手記
赤松手記は、自己への批判を踏まえ、自己弁護の傾向が強く、手記、取材ごとにニュアンスに差異が認められるなど不合理な面を否定できない。全面的に信用することは困難である。
体験者証言
本件訴訟を契機に、宮平春子、上洲幸子、宮里育江の体験談が新聞報道されたり、本訴に陳述書として提出されたりしている。沖縄戦の体験者らの体験談は、いずれも自身の実体験に基づく話として具体性、迫真性を有するものといえる。
また多数の体験者らの供述が、1945年3月25日の夜に忠魂碑前に集合して玉砕することになったという点で合致しているから、その信用性を相互に補完し合うものといえる。

こうした体験談の多くに共通するものとして、日本軍の兵士から米軍に捕まりそうになった場合には自決を促され、そのための手段として手榴弾を渡されたことを認めることができる。
(以上判決要旨)

 硬い文章を長くお読みいただき、ありがとうございました。
 読めばすべてお分かりのように、この判決では、かなずしも大江氏や岩波書店の言い分をすべて認めているわけではありません。しかし、その上に立って尚、そう推察されるだけの十分な証拠があり、また大江氏らの著述に公益性があるという判断をしたわけです。
 さらに、民事裁判ではほぼ当然のことながら、自らを弁護する本人の主張は入れられない。加害者の証言よりは被害者の証言。その原則通りの判決でした。原告らは意図的に避けてきましたが、では、誰が手りゅう弾を配り、忠魂碑の前に集め、そこで集団自決が起きたのでしょう?「自発的行動」と原告らは言いたいようですが、大江氏はそのような、非人道的な軍国主義と、その犠牲となった沖縄の民のこと全体を描いたわけです。そこにおいて、梅澤か赤松かということは枝葉末節に過ぎません。当時の軍国体制下での、軍全体の非道を批判しているだけです。
 さらに、この裁判での原告を有利に導かんと画策されたと思われる曽野綾子の「ある神話の背景」については、その虚偽性がかえって、原告らの立場を悪くするものとされています。

 この裁判は、かなり踏み込んだものと言えますが、論旨は明確で、他の資料、証言を丹念に評価した上で、原告らが主張する、「名誉棄損等」は無かったと判示しているものです。
 この判決要旨に、私が多くを付け加えることは不必要ですし、その能力もありません。

 ただ、まず、ひとつの判決を直視すること。
 そこから始まります。

 裏ブログで馬鹿なことを書いてきた鬼畜のように、自分の言葉で物が言えず、最初から偏ったしかも評論家の意見を出してきて判決批判をする馬鹿は、まずこれを読み、理解するべきです。
 彼らはしないでしょうが、そうでない人は、大江氏の著作も読み、他の沖縄戦の資料も読み、そして軍国主義というものが、いかに非道で、今後日本にあってはならないものであるかを、学ぶべきです。

 その姿勢が無く、耳に快い言葉だけを受け入れて、厳しい言葉を否定しようとする、「歴史改ざん主義者」の行動の先には、安倍に代表されるような、軍国国家の再来を願う狂人らがいることを直視しましょう。

 安倍も、稲田朋美らその他の右翼政治家も、それらのちょうちん持ちをする曽野綾子らの保守派文壇の連中も、誰ひとり、自らが戦場に立つ気概はない上で、他人をそそのかし、軍備増強で軍事利権をあさり、そのおこぼれを得ようという、まさに非国民なのです。

 物事を表面でしか見ないで、本質を理解しましょう。

posted by 眠り猫 at 16:47| 東京 ????| Comment(5) | TrackBack(5) | 歴史観

2008年03月28日

大江健三郎「沖縄ノート」に関する訴訟で勝訴。

 この訴訟に関しては、過去も私の記事で、曽野綾子の欺瞞性も含めて、厳しく糾弾してきた事件である。
 しかし、実際にこの訴訟の中身を理解している人は、マスコミの偏向報道も含めて、ご存じないことも多かろう。
 とりあえず、今回の大江氏、岩波書店側勝訴を報じる、東京新聞の記事を紹介しておく。
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2008032890140340.html

 この記事でも詳細は明らかではないが、基本は、沖縄の離島(座間味島)の守備隊長、並びに別の守備隊長(渡嘉敷島)の弟が、それらの隊長による、集団自決の強要は無かったとして、名誉棄損等と、岩波書店への出版差し止めの訴訟に及んだことである。

 この訴訟の背景には、曽野綾子による、「ある神話の背景」と言う、欺瞞に満ちた、現地の方から寄せられたコメントによると、曽野綾子の「現地調査」は虚偽であるという事実から照らしても、単に軍国体制を支持し、沖縄での悲惨な集団自決の事実を覆い隠そうという「歴史改竄主義者」の」虚妄が明らかになった訴訟判断と言える。

 この件に関しては、私も、過去の記事で、くりかえし曽野綾子の欺瞞を指摘してきたが、今日の判決でそれはほぼ確定的となった。
 何よりも、原告側が、大江健三郎の「沖縄ノート」を読んですらいないという事実が明らかになっており、曽野綾子の偽りの取材と、誤字誤読を基にして、事実関係を検証すらせず、訴訟に及んだ、小泉チルドレンの一人稲田朋美の主導による、勘違い裁判がこの訴訟の本質である。

 判決では、沖縄での集団自決への軍関与を認めるとともに、大江氏の著作で、原告らの名誉を棄損する事実は全くないことを示した。
 この判決は正当だが、さほど新しいことでは無い。さほどに、稲田朋美に主導され、曽野綾子の虚言にだまされた原告が、誤った訴訟を起こしたとしか言えない、茶番劇である。

 いわゆる、「歴史改竄主義者」の筆頭である、曽野綾子が、事実関係を含めて、虚偽を垂れ流していたことへの強烈な判断であり、今後、この政府に媚を振るあまり、正義の視点を失った人物の虚言が、いかに馬鹿げたものかが、立証された。

 保守は言うだろう。まだ一審だと。しかし、一審は「事実審」と呼ばれ、そこで認定された事実を覆する新事実がない限り、「法律審」である二審以降で、原告側が勝利する可能性は皆無である。
 今回の件は、ひたすら、曽野綾子の「ある神話の背景」(ここでいう「神話」とは、集団自決の強要)と言う著作に基づき、沖縄戦で、軍による集団自決の強要は無かったというロジックを基にしている。

 しかし、私の裏ブログに寄せられたコメントで紹介された証言。
http://tree.atbbs.jp/pipopipo/index.php?n=281
 以下のコメント欄を見ていただければ、曽野綾子の虚言はより明らかになるであろう。
 このように、「あったことをなかったと言い募る」ことにより、虚言を弄してでも、事実を捻じ曲げようという体制側から金をもらって虚言を弄する評論家の言うことに、今回の訴訟は、冷水を浴びせかけたのである。

 歴史改竄主義者は、ことほどかように、虚偽を弄し、戦前・戦中の軍国主義体制を擁護し、ひいては今後の日本をそのような体制に導こうという、自民党政府の意向にそって、金や世俗的名声を餌に、積極的に虚偽を述べているのである。

 今回の判決で、大江氏がその著作で、個別の個人の名誉を傷つけていないことは当然として、歴史改竄主義者がもくろむ、事実を無かったことにするという目的が、自分たち自身の虚妄によって、暴露され、信頼性を失ったことは、まさに自業自得と言うべきであろうか。

 少なくとも、曽野綾子は、今後この件について論ずる資格は無い。「文藝評論家山崎行太郎のブログ」でも痛切に批判されている通り、この判決で、曽野綾子は単なるうそつきとして歴史に名をとどめるのみである。金のために魂を売ったとしても、今後さらに虚言を費やすことは許されない。
 権力に金で魂を売ることの結果が、この判決である。

 今後、曽野綾子が何を言っても、この判決は付きまとう。不当判決と言うならば、さらなる証拠を示せるものなら示してみよ。

 金で魂を売ることの恥ずかしさが、今回の判決に集約されている。
 だまされて訴訟に及んだ高齢の原告もある意味可哀想である。稲田朋美などの陣笠右翼にそそのかされ、高齢にもかかわらず、虚偽の裁判を提起し、裁判所に断罪されたのである。
 今後、稲田朋美らに利用されたまま、死ぬまで、恥をさらし続けることになるのである。私は原告本人らへの同情を禁じ得ない。

 歴史改竄主義者は、その主張の前に、自分たちの論拠となっている評論家らの意見がまっとうのものか、検証してから発言するべきである。
 今回の判決で、まさに、歴史改竄主義者と言う「罪の巨魁」である、曽野綾子の欺瞞が断罪された。
 今後、ものをいう時に、この事実を頭に刻みつけてからものを言うべきであろう。
posted by 眠り猫 at 15:33| 東京 ??| Comment(3) | TrackBack(6) | 政治

2008年03月27日

公開質問への回答と、創価学会員らしき人物の妄動

 さて、先日、チベット問題に関して、なぜ共産党と社民党がなんら反応しないのかを指摘し、公開質問状として両党に送付しましたが、双方から動きはありません。
 私の質問状はともかくとしても、依然沈黙を守る両政党の姿勢には大いに疑問があり、ここ数日では、共産党員が運営する複数のブログでも、明確に党に対してチベット弾圧への抗議をするようにと言う声が上がっていました。多いに賛同するものです。

 中国はチベットに外国人報道陣を入れましたが、その顛末がこれ。
http://www.mainichi.jp/select/today/news/20080327k0000e030097000c.html
 中国政府は、馬脚を現したということでしょうか。
 もう一つ中日新聞の記事。すぐリンク切れになるので、本文を転載。

 【北京=新貝憲弘】大規模暴動が起きた中国チベット自治区ラサで27日、中国政府の手配で現地入りした海外メディアの取材団に対し、チベット仏教の若い僧侶らが「チベットは自由じゃない」「当局者はうそを言っている」などと直訴する騒ぎがあった。
 AP通信によると、取材団は同日午前、暴動発生の中心地となったチベット仏教寺院ジョカン寺(大昭寺)を訪問。約30人の僧侶が現れ、当局が取材対象として用意した参拝者を「本当の信者でなく中国共産党員だ」と指摘し、暴動後に寺を封鎖していた軍隊が前日夜に撤退したことを明らかにした。僧侶の中には興奮して泣きだす者もいたという。
 僧侶らはまた、暴動とチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世は無関係と訴え、「中国当局はわれわれにダライ・ラマをつぶさせようとしているが、間違っている」と主張。さらに「(この行動で)逮捕されるだろうが、構わない」と話し、当局者があわてて取材団を引き離した。
 取材団は、中国外務省と自治区政府が選定した北京駐在の19社(香港、台湾、国内メディアも一部含む)で構成され、26日に現地入りした。
 暴動後初めて海外メディアにラサを公開することで「暴動はダライ・ラマ14世を黒幕とした陰謀」という中国政府の主張をアピールする狙いがあるが、取材には常時当局者が同行するため、客観性に欠けるとの批判も出ていた。

 中国外務省の秦剛副報道局長は27日の定例会見で、僧侶らが海外メディアに直訴したことについて「(チベット独立などという)別の狙いがあり、根拠もなく、無責任で(主張は)事実でない」と批判した。
(転載終了)
 ここで、いかなる政府、いかなる理由によるものでも、圧倒的武力をもつものが、反対勢力を武力で弾圧することは許されない。と言う私の立場をあらためて鮮明にしておきます。

 ここにきて、ふと気付いて調べた結果、ほぼ確信を得たものがあります。
 この事件以前は、原発反対などで、左翼的性向の人物と思っていた人物ですが、私のブログではチベット問題で、問題発言をし、アクセス禁止になっている人物がいます。

 彼(たぶん男)は、ダライ・ラマを、オウム真理教の麻原と会ったりしたことを理由にカルト呼ばわりし、その支持者を武力で弾圧し、銃殺するのも「当然のこと」と言う狂気じみた発言をして、私のブログを追い出されたのですが、同じ発言を多くのブログで行っています。
 彼は私の質問で、イラク反戦を唱えて、アメリカ大使館にデモをした際に、駐在するアメリカ海兵隊員がデモ隊に発砲することも認めるのかと問うと、「当然認める」といった、狂人です。

 どうやら、彼は創価学会員と思われます。それなら反原発を主張するのと、ノーベル平和賞をもらったダライ・ラマを口を極めて罵ることが共存する理由がわかります。
 ある、保守系ながら、創価学会ウォッチングをしているブログ(http://mojimojisk.cocolog-nifty.com/miz/2008/03/14_341d.html)では、ノーベル平和賞がほしくてたまらない池田大作にとって、ダライ・ラマは仏敵であり、また、中国要人から目をかけてもらいたい池田大作を支持する創価学会員は、今、胡主席の訪問を控え、口をきわめてダライ・ラマを非難し、中国政府を擁護しているというのです。

 これなら、この狂人の発言のわけも理解できます。
 少し前には、やはり創価学会系と思われる人物が、多くのブログで、右とも左ともつかないが、与党を擁護する発言を繰り返し、私のブログでもあまりにしつこいので、アクセス禁止になっている人物がいましたが、別のソースで創価学会員であることがわかりました。
 今、妄言を吐き散らしているブラックジョーカーと名乗る人物も、同一人物が別のパソコンで行っている可能性もありますが、やはり創価学会員と考えれば、その発言の裏がわかります。

 ただ、自分たちの私利私欲、名誉欲に駆られて、私が否定するいかなる形の武力弾圧にも抗議するという姿勢、を非難する連中の正体見たりと言う感じです。
 フランスではカルト指定を受けている創価学会。
 上記のニュースを見ても、チベット騒乱は、ダライ・ラマの工作員が行ったと、根拠を明示せずに叫び続けている連中の嘘がわかります。彼らの意図がどんなものか、わかるというものです。

 宮崎駿監督作品の「もののけ姫」で、主人公アシタカが言う言葉。「曇りなきまなこで」。
 それができない人の不幸を憐れみます。

posted by 眠り猫 at 19:48| 東京 ????| Comment(2) | TrackBack(4) | 政治

【特報】道路特定財源、1年後に一般財源化

ニュースとしては以下から。
http://www.asahi.com/politics/update/0327/TKY200803270309.html

 福田首相は、今国会での道路特定財源の一般財源化、暫定税率部分の撤廃には応じないとしながらも、1年後に、特定財源を撤廃するとの方針を示した。
 これは、4月初めにガソリン25円値下げが避けられない状況になった今、それを4月末に強行採決で衆議院再議決しては、国民の不満が高まることと、民主党を中心に、その方針では、今後参院での審議に応じないという姿勢に対して、1年後の一般財源化を約束することで、参議院で野党の了承を得ようという方針だ。

 まだ野党の対応が判明しておらず、成否は未定だが、実はこの案は、昨日朝の毎日新聞で提案されていたものであった。

 基本的には、この方針は良いものと受け止める。
 ただ、もしそうなら、今までの道路づくり59兆円と言う主張や、一般財源化拒否の主張の根拠はいったいどこに行ったのか。
 また、この1年間の検討で、相変わらずの土建利権優先の税金の使い方が、国民の目から隠れた部分で行われるのでは困る。

 最近、痛感するのが、この特定財源に限らず、税の出入りと流れの透明化こそが、国民の手に政治を取り戻す最大の情報であり、また財務省を含めた官僚やそれと癒着した政治家が、もっとも嫌うことである。
 「税の透明化」。野党には今後、この視点から政治に意見を発して行ってもらいたい。

posted by 眠り猫 at 18:35| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(1) | 政治

【承前】「自衛隊派遣恒久法」は、命でアメリカの要求に応えるもの

 前の記事では不十分だったので、追加です。

 「自衛隊派遣恒久法」の基本には、アメリカのアーミテージ報告2にあるように、「オン ザ フット」(実際に軍を派遣しろ)と言う要求があると思われます。
 しかし、第一次湾岸戦争(パパ・ブッシュの時)、日本は最終的に1兆3000億円と言う戦費援助をして、それなのに、感謝もされず、馬鹿にされたという思いが日本の保守主義者にはあるようです。

 ですが、たとえば、現在のイラクに何らかの形で兵を派遣している国は、西ヨーロッパ諸国がほぼすべて撤退し、残りは東欧の一部の国と、あとはアジア・中米の一部の国と日本だけです。
 アメリカにとって、多国籍軍と言う形は、国連の認める、PKO、PKFの認定が受けられない、実質的にはアメリカの利権のための侵略戦争を、国際的合意であるかのように装うことが第一の目的です。
 ですから、アメリカの最大の従属国日本に派遣を求めるのは、実際に軍事的必要性があってのことでは無く、アメリカの暴虐を糊塗するためのカモフラージュの意味しかありません。

 次に、アーミテージ報告などで、日本の軍派遣を要求していますが、私はあれは建前で、本当は黙って金を出してくれればよいと、アメリカは考えていると思います。改憲要求や、軍の派遣要求は、日本政府を追い詰める手段で、それを回避するために、日本の側から金銭負担を申し出ることがアメリカにとっては最も理想的な姿でしょう。

 自公政権や民主党の一部が、「自衛隊派遣恒久法」を思いついた最大の理由は、そのようなアメリカからの戦費負担の要求を逃れるために、自衛隊員の命を犠牲にして、アメリカの要求をかわす目的があるのだと思います。
 本当は、憲法にあるのだからできない、っと突っぱねればよいことを、媚米外交に終始するあまり、ずるずると、ここまで来てしまったのです。

 憲法無視も、自衛隊員の本心も無視して、その命を持って、自分たちの媚米外交の失政を糊塗しようというのが、政府や民主党内の媚米派の魂胆です。
 そんなことを許してはいけません。

 そもそも、破壊と殺人を旨とする軍を派遣することが国際貢献であるというロジック事態が批判されるべきです。日本はそう言う道は取らないという憲法を持っているのに、それを主張できない弱腰。それこそが批判されるべきです。

 こういう態度だから、イラクのサマワでの、「巻き込まれ警護論」なる暴論が、幹部自衛官から出されるわけですが、この理屈だと、わざと巻き込まれるという前提があり、前線の兵士が死傷することを前提に、武器使用の機会の拡大を狙うという、幹部自衛官の驕りも見てとれます。

 軍の肥大化は、かつて良い結果をもたらしたことはありません。
 「自衛隊派遣恒久法」は、自衛隊に、海外派遣のための新装備を導入する口実を与え、周辺各国からは、警戒の目で見られるにもかかわらず、そこに軍事利権をあさることしか考えていない与党政治屋たちの薄汚い欲望も見てとれます。そしていつか肥大した軍が独自の行動を取る危険があるのも言うまでもありません。

 日本の平和と安定。自衛隊員の多くの意志と生命を無駄にしないためにも、この「自衛隊派遣恒久法」の成立は絶対に阻まねければなりません。

 アメリカの一部政治家や官僚の片言節句に踊らされ、さらにそこに軍事利権を見出す政治屋どもの薄汚い欲望に、憲法がないがしろにされ、自衛隊員を含む国民が被害をこうむるという事態は決して許してはなりません。
posted by 眠り猫 at 00:47| 東京 ????| Comment(1) | TrackBack(1) | 政治

2008年03月26日

「自衛隊派遣恒久法」を阻止せねば

 まず、何よりも、憲法違反であるため。次いで、国防のためと信じて自衛隊に入った自衛隊員が、異国で命を落とすことにならないために。

 「自衛隊派遣恒久法」。
 福田首相は、山崎前副総裁に、今国会でこの法律の成立を目指すと言った。しかし、町村官房長官は、議会や国民の動向を見て柔軟に、と述べ、今国会での成立には消極的な発言をした。
 当たり前である。

 この法律の内容すら明らかになっていない今、そうやすやすと決められては困る。
 福田首相は、民主党の小沢代表もこの法律に前向きであるとの感触から、停滞する国会の打開のために、このようなことを言ったものと推測される。

 だが、そのような党利党略で考えて良いものではない。

 本来、「自衛」のためということで、隊員も参加し、国民の多くも存在を認めつつある自衛隊に、海外任務を恒久化するというのは、まず憲法に違反し(「陸海空の三軍はこれを保有しない」。口で何と言おうと、他国から見れば自衛隊は世界第6位の軍事費をかけた「軍」である。)、自衛を前提とした自衛隊員と国民を裏切るものである。

 それは、テロ特措法にも、イラク特措法にも言えることで、現在の特別措置法をいちいち制定するのが面倒だという、政府与党と、国会の怠慢を理由に、「派遣恒久法」を作ると言うのは、いくら無法者ぞろいの自民党でも無茶である。
 民主党の小沢代表も前向きというのもおかしい。

 この問題を真剣に扱うのなら、憲法を変えてから行うべきだ。そうでないなら、あらゆる海外派兵は憲法違反であり、百歩譲って、アメリカの強圧(アーミテージ・リポート等)によってやむを得ず後方支援のために、海外に自衛隊を送るとしても、それをそのつど判断し、必要と認めた場合にのみ特別措置法で議論するのが政府と国会の役目だ。
 この法律は、政府与党と国会議員の怠慢以外の何物でもない。

 良く、ブログへのコメントや、ネットの掲示板などで、右派とみられる人物と、海外派兵などについて論ずる(最近は意味がないのでやめているが)。そうすると、彼らは必ず、「自衛隊を派遣すれば良い」と言い放つ。自分が戦場に立つ気はひとかけらも無い者が、自衛隊を海外に派遣しろと叫ぶ。
 自衛隊員の多くにとって、これほど腹が立つ話もないだろう。「命令には従うべき」と言った者もいた。しかし、国の最高法規である憲法は、それを認めていない。単なる業務命令を超えている問題なのだ。

 私は、同じ日本人である自衛隊員にもまた、国防以外の目的で、海外に送り、場合によっては殺し合いをさせることに、断固反対である。
 また、アメリカの「戦争屋ブッシュ」の詭弁に従い、世界中での戦争を、アメリカの「自衛」と勝手に定義し、侵略を正当化するロジックを拡大解釈して、自衛隊の海外活動が既に決まっているかのような政府の姿勢、小沢代表の姿勢には大きな疑問を感じる。

 国民の議論が必要と言うなら、まさに声を上げよう。
 「アメリカの戦争に加担するな」、「日本人を戦場に送るな」、「国防以外に自衛隊の目的は無い」と。

posted by 眠り猫 at 17:29| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(1) | 政治

2008年03月25日

暫定税率切れは間近。

 当初、今国会では、自民党は、暫定税率を含めた予算案の成立に自信を持っていた。
 しかし、イージス艦の漁船撃沈事故、日銀総裁人事と言う思わぬトラブルに見舞われ、一時はガソリン国会と言うネーミングが看板倒れに終わる可能性があった民主党を中心にした野党に、回復の余地を与えた。

 この間、道路特定財源と言う物の、金額のずさんさ、お手盛り、国交省の無駄遣いなどが幅広く報道され、さらに3月末と言う期限が迫り、国民もガソリンの25円値下げを期待するようになってきた。
 こうなると、自民党は、衆議院での強硬再議決が、国民の支持を得られない状況になり、さらに年度明けになっても、税制関連法案を再議決し、25円の再値上げを許される環境ではなくなってきた。
 そうなれば、福田内閣の支持率はさらに下がり、そのままサミットまで留任しても、支持率回復は難しいだろう。

 今日の会見で町村官房長官は、「国会は崩壊だ」と述べたが、自民党の言う通りにしないと国会は崩壊だというのはおかしい。
 以前、日銀の人事の件でも述べたが、あくまでも利権腐敗の構造を守ろうとし、野党が飲めないと言っているものをそのまま出し続け、国会が空転しているのは野党の所為と言う言い分は無理があろう。

 姑息なことに、自民党は、国交省を通して、石油業界に25円の値下げをしないように働きかけたり、地方の道路整備をわざとやめて、地方の人の利便性を人質に、マスコミを煽ろうとしているが、多くの国民は、ガソリン1リットルあたり25円の値下げに期待を持っている。
 この状況を自民党にはどうすることもできないだろう。

 また、地方の代表のような顔をして、そのまんま東こと、東国原宮崎県知事は、暫定税率維持を叫んだが、天木直人氏が以前、そのブログで述べたように、宮崎の道路事情が悪いのは、これまで道路行政を担ってきた国交省と、それと癒着した自民党の所為である。安倍の地元の山口県では誰も通らない高速道路に巨費を投じたりしてきた、利権政治屋をこそ批判するべきであろう。今でも多い、自民党の使い走りにもう一人はいらない。

 野党は道路は造らないとは言っていない。特定財源を一般財源化するが、地方への配分で、道路関係に自由に使える予算を増やせば問題はないとしているが、その通りである。あたかも道路特定財源の一般財源化で、地方に道路が作られなくなるという批判は、虚偽である。

 問題は、今回のこの動きが、福田政権にとっては、新自由主義から政策をあらためるものの、昔の土建利権政治により、地方に金を回そうとした一連の動きの一部であることである。
 確かに、新自由主義をやめることはいいことである。しかし、その代りに、土建利権を温存したままで、地方に落ちる金も、特定の企業や団体を通して、自民党にも金が還流するという利権腐敗構造の温存では意味がない。

 福田首相の言葉を聞くと、今だ、「カイカク」と言う言葉から脱しきれていない。
 より明確に新自由主義を否定し、リベラリズムへと舵を切るのならば、国民の支持はただちに集まるだろう。しかし、福田首相は国民生活よりも、自民党の利権構造の温存を選んだのである。

 これは、もはや自民党は、国民を全く見ていないということを示す。
 春闘での賃上げを財界に要望しても、財界はほとんど無視してしまった。今、自民党の施策とは無縁に進んでいるのは、非正規雇用の正規雇用化という、近視眼的利益で非正規雇用に走ったものの、技術やノウハウの伝承の面で問題が生じ、企業の側が自主的に制度を改めている状況である。

 今や、自民党にも、御手洗経団連会長にも、政治や経済を任せてはおけない。
 真に国民生活に光をあて、そのための施策を打つ政党を選びとらねばならない。

 それが民主党であると、私は断言できない。しかし、その可能性は持っている。だから私たちは民主党にも厳しい目で臨み、その行動を監視しながら、自民党との政権交代を目指すべきであろう。

(追記)
 ガソリン政局に関する毎日新聞のコラム記事
http://www.mainichi.jp/select/opinion/yoroku/news/20080326k0000m070137000c.html
 いつになく妥協的で、双方を批判する形で政府におもねる内容だ。
 ここでいう、増税になる事項は、国民生活とは無縁で、どちらかと言うと富裕層の道楽にかかる税であり、増税に賛成する。コラムの筆者は、読む人間の多数がどのような思いかを知るべきである。
posted by 眠り猫 at 19:44| 東京 ????| Comment(3) | TrackBack(2) | 政治

私は別に人道主義を唱えているわけでは無いのだが。

 土曜日の午前中に書いた記事を、あしかけ4日間表示していました。
 いつも読みに来てくださっている方々には申し訳ありませんでした。ただ、できるだけ多くの人に読んでもらいたかったので。
 個別のコメント返しはしませんでしたが、コメントも多くいただき、それなりの意味はあったと思います。
 ただ、誤解があったようなので、補足を少し。

 私の意見を「人道主義」と評した人がいました。たしかにそう思われるような内容でしょう。しかし、私は単に人道主義の立場からチベット弾圧に抗議しているのではなく、前の記事では述べなかったことで、私は、反貧困、反グローバリズム、リベラル政策の実現などの詳細なプランも併せ持った上で、状況や相手に応じて主張を変えるようなダブルスタンダードはおかしいと述べたものです。

 逆に言えば、中国政府を支持していようと、アメリカの謀略があったかもしれないにしても、それでも人道主義を主張する強さが、なぜないのかと不思議に思います。結局はそれは、政府や大国の思うつぼでは無いでしょうか?日本において普通の抗議活動をしている人に銃撃を加えて殺人を肯定する意見すら、よそのブログで見かけました。この人は、完全に脳を中国共産党讃美のドグマに侵された上で、日本国内でも権力にそのような暴挙を許すと積極的に言っていたのです。
 そんな人に、共謀罪反対などを述べる資格はないと言えるでしょう。

 この数日間にいくつかの動きがありました。イラク戦争反対のピースパレード、チベットの弾圧に抗議する行動、沖縄での少女暴行に抗議する集会。さらに、まだ事実関係は不明ながら、横須賀でのタクシー運転手殺害事件で、米兵がアメリカ当局に確保されました。

 これらについて個別に記事を書くのは簡単です。しかし、私はもっと深く考えたい。

 たとえば、50年後には顕在化すると言われている、金属資源を含む、資源の不足・欠乏。その事態に瀕した時、日本は海底資源採掘技術で世界をリードするでしょうが、ほかにも米露中EUが、月や小惑星から資源獲得の能力を有するでしょう。
 その時、資源の独占により、世界支配をねらうのか、資源を適正な価格でどの国にも販売し、世界の宥和と平和を目指すのか。
 米露の現在の資源外交を見れば、彼らはそうはしないでしょう。では、日本はどうあるべきか?そこで、非戦、不殺の思想と、リベラリズムに基づく政治形態が平和への道を切り開くでしょう。

 私はたぶん死んでいる時期です。しかし、そのための道筋を今から作りたい。そう思って、この瑣末なブログを書き続けているのです。
 古いドグマに侵されるのではなく、自分で新しい思想を形成していく。そのような努力が求められる時期になりつつあると思います。
posted by 眠り猫 at 08:17| 東京 ????| Comment(6) | TrackBack(1) | 思想

2008年03月22日

チベット問題に関しての倒錯した意見

 この問題に関して、私は、非戦、不殺、反人権侵害の立場から意見を表明しており、今後もそれは変わりません。チベットに関して、「暴動」(平和的デモだと主張する意見もあり、真相は当局の情報統制により不明)が起きているとしたら、その解決に、装甲車や銃撃ではなく、話し合いによる解決を至上とします。

 私は以前、コソボ自治州の一方的独立宣言に関して、21世紀の今、1960年代に世界的に燃え上がった「民族自決」による国家形成と違い、「民族自決」が、必ずしも幸福を生み出していない現状を見て、その思想に100%の支持を与えられないという記事を書きました。
 しかし、自民族による民族自決を唱えながらも、他民族を尊重するという、融和的思考がこれに付随するならば、やはり、特定民族が集住する地域では、少なくともその文化に沿った自治がおこなわれることが望ましいと考えています。

 しかし、人類は容易にそのような寛容の精神を持ちえず、多数派が少数派を弾圧・虐殺したり、その逆に支配的立場にある少数派が、武力で、多数派の声を封じこめようとしている例が現在でも起きています。

 人種、民族、宗教による差異を、人命や人権を踏みにじる形での弾圧でしか対処できない人類は、依然として、十分に成熟しているとは言えないでしょう。

 また、自国の侵略は肯定しても、他国の弾圧は認めないというような、アメリカに顕著な「ダブルスタンダード」も、世界的な批判にもかかわらず、その国力をもってして、傲然と存在するのが実情です。

 最近のブログ界での話題でも、このチベット問題については、右派、左派から様々な意見が出ています。いわゆる軽薄なネット右翼の、根拠のない中国蔑視感情に基づいた、無責任な煽り発言は論外としても、自由民主主義社会よりも人民の側に立つと標榜してきた、中華人民共和国で、過去武力侵略で併合したチベットでの独立運動に、ただちに武力で対応し、死者が複数出ている模様であることは、中国も語るに落ちると言うものです。

 私自身は、上記の、非戦、不殺の考えに基づき、イスラエルのガザ侵攻や、それに対するヒズボラの無差別ロケット弾攻撃のいずれにも反対しますし、イラク戦争についても、アメリカには大義はないと思います。
 ですから、当然、今回の中国での、チベット人の活動に対する、装甲車や銃器による殺害行為に断固反対し、報道規制をしてでもその事実を隠ぺいしようという中国政府の姿勢に断固抗議します。


 しかし、世の中にはいろんな人がいるもので、中国の暴挙を弁護するために、武力弾圧については一切触れずに、ダライ・ラマがかつて、オウム真理教の麻原と会談していたことを根拠に、ダライ・ラマをカルト呼ばわりすると言った、チベット仏教への誤った認識を主張する狂気じみた主張をしたリ、チベットでの、中国侵略前の農奴制を指して、中国の侵略後の方が、農民は解放されたという意見を述べる人がいます。

 前者は完全な的外れで、チベット仏教としては二千年、今のダライ・ラマの制度になってからも数百年が経過し、学術的にも日本の仏教との深い関係性が指摘されている高度の仏教文化を持ち、また、チベットだけでなく、ネパールやブータン、モンゴルといった国家や、中国の多くの地方で、1億人近い信者がいるチベット仏教を、カルト扱いするという、伝統宗教をいたずらに冒涜するもので、これは論外といえましょう。

 後者は、確かにその通りでしょうが、それを決めるのはチベット人自身ではないでしょうか?また、過去、つい63年前まで絶対君主制であった日本が、それを責めるのはおかしいのではないでしょうか?さらに、そうだからと言って、チベット人の行動を、武力鎮圧するのが許されるとは、私の主義としては思えません。論点のすり替えに過ぎません。

 さらに、チベットでの事件の背後に、アメリカの「自由アジアの声」という謀略放送局の存在を指摘し、デモを行ったチベット人はそれに煽られたもので、正義など無いという意見もありますが、これも同様に、だからと言って、当局が銃撃で鎮圧することを少しも正当化しません。

 正直、この件に関しては、日本の右派より、古臭い中国共産党讃美の左派の方が、いたずらに詭弁を弄して、武力弾圧を肯定している点に、日本で左派が力を失っていった原因を見る思いがします。
 ここでも、アメリカが弄している詭弁と同様に、アメリカのイラク戦争批判はしても、中国がやることは許すという、ダブルスタンダードがあり、その理屈は到底受け入れられるものではありません。


 私はいつも思うのですが、たとえば、チベット仏教はカルトだと主張する人物は、ぜひそれをチベットに行って、信者の前で熱弁をふるっていただきたい。生命の保障はできかねますが。

 他には、世の中を、善悪の2項対立で見る考え方をして、今、中国を批判することは、日米で中国を仮想敵国として軍拡を図る勢力を手助けすることになるので、中国批判は避けるべきだという意見もあります。一見もっともらしいですが、やはりダブルスタンダードの愚を犯しているわけで、間違ったことには、どこの国に対してでも批判するという姿勢を私は取りたいと思っています。

 一方で、北朝鮮での人権侵害をしつこく批判報道しながら、沖縄での少女暴行事件で、詭弁を弄して、少女の側を非難する、保守系メディアもまた、ダブルスタンダード(まぁ、彼らのスタンダードは、金次第で何枚にでもなるのですが)であり、私は認めません。北朝鮮も米兵も批判し、再発を防ぐように国に求めていく。この姿勢に変わりはありません。

 繰り返しますが、私は右でも左でもありません。あえて言えば、人権派でしょうか?その非戦、不殺、反人権抑圧の立場の前には、アメリカも中国もロシアもその他の国も日本もありません。不正義が行われればそれを糾すために微力であれ力を尽くす。それが私の信条です。
 私の行為や考えは、アメリカや中国といった大国の前では蟷螂の斧以下であり、日本人としては、そのような不正義を行う国家を支持しない、またはその不正義を指摘し、融和的な問題の解決のための調停を目指すような国家に日本がなるように、意見を表明し、自分の1票を投じていくしかありません。

 どうしてこのようにわかりやすい、1本のスタンダードに立つことができないのか?極めて不思議に思います。また、上記のような、愚かな古ぼけた左派を黙らせるために、社民党と日本共産党に、中国非難の声明を出していただきたい。なぜこの両党が現在沈黙を守っているのか、極めて不思議です。民主党の議員グループは、昨日声明を出し、私の主張とほぼ同じ意見を述べました。普段、平和と人権を主唱する、社民党と共産党に、ぜひ、ご意見を伺いたい。

 この記事を、公開質問状として、両党に送付します。
 どのような返答があるかを待ち、結果をまたこの場で明らかにしたいと思います。


 現在、私の身の回りで、かつての、右派、左派ではない、新たな動きを感じている人がかなりいます。既成政党に捉われず、上から与えられるドグマではなく、自分でものを考えて行動する人々が増えているという実感があります。
 今はまだ、大きな流れになっていなくても、徐々に増えていることを私は確信しています。
 既存の概念に染まり、真実が見えなくなっている人々を置き去りに、徐々にではあるが、着実に拡大しつつあるこの動き。これは既存左派政党の没落をもたらす一方で、既存保守政党の中にも流動化を生み出す動きになっています。

 この新しい動きをより大きくするために、微力を尽くす所存であります。
posted by 眠り猫 at 09:50| 東京 ????| Comment(9) | TrackBack(25) | 政治

2008年03月21日

横須賀、タクシー運転手強殺犯は米兵か?

 昨日は、1日外出で、記事の更新ができなかった。4月からはこのような日も増えると思うが、お許し願いたい。

 昨日の昼、外出先で見たテレビ番組で、横須賀神奈川県にある、港町。米海軍の基地がある。)で、タクシーの運転手が殺害されて発見されたというニュースが流れた。それを聞いた時、まさか今回も米兵が犯人ではないだろうな?と一瞬思った。なぜならば、沖縄での少女暴行事件の前にも、酔った米兵が、タクシーの運転手の頭をウイスキーの瓶で殴り、怪我を負わせるという事件があったのを思い出したからである。

 そうしたら、今朝の速報では、そのタクシー内から、米海軍の脱走兵の持ち物が遺留品として発見されたという。ここまでで、殺人犯人がその米兵と断定するのは早計だが、その可能性が高いのは事実であろう。

 少女暴行事件の時に、被害者が無防備なのが悪いと言い募った、産経や新潮社の主張に対して、このように、客を無差別に乗せることを生業としている、タクシー運転手の方が悪いという理屈は成り立つまい。
 まぁ、犯人が断定できていない以上、これはひとまず置く。

 しかし、横須賀では、1,2年前にも、夜間一人歩きの女性が、米海軍の兵に、強盗、殺害されるという事件が起きている。沖縄での性犯罪も許し難いが、横須賀での殺人事件も許し難い。
 私の実家は、横須賀がある神奈川県にある。直接の影響はないが、距離的には、厚木基地、元相模原兵器廠、横須賀海軍基地はかなり近い。不安になるなと言う方が無理である。

 私は子供のころ、横浜で育った。あまり知られていないが、横浜港にも米軍専用施設があり、そこに勤務する米兵の住宅が、明治時代は金持ちの保養地だった高台に広がっていた(今思えば、あれらの瀟洒な住宅も、「おもいやり予算」で作られたものであったのだろう)。そこで良く、米兵の子供たちとターザンごっこをして遊んだものだった。

 しかし、本来そこは日本人立ち入り禁止で、夕方になると、アメリカ軍のMPの車が来て、日本人の子供を追い散らし、ゲートから出ていくまで、しつこく監視された。友達の中には、夕方、帰る途中に、米兵の住宅から、散弾銃かライフルを向けられたこともあったという。米兵は日本に入るにあたり入国審査もない以上、銃器や麻薬も持ち込み放題というわけだ。そこは日本では無く、アメリカだった。

 今はその米軍の住宅地も一部が返還されているはずだが、米軍施設が無くなっていないなら、全部が返還されることはあり得まい。

 岩国への米軍艦載機移転の問題も、神奈川県の厚木基地の騒音被害の軽減が目的だったわけで(実際には、仮想敵国の中国により近い岩国に移転したという事情もあるという)、国内での被害の押し付け合いと言う状況を呈している。
 そして、沖縄を代表に、「基地の町」では、米兵による凶悪犯罪が起きている。

 米兵の犯罪件数は、過去よりも減ってきているというデータはある。しかし、凶悪犯罪は必ずしも減っていないように思う。特に、今のように円高になり、ドル建てで給与をもらっている米兵にとっては、日本での生活は苦しくなっている。以前もあったがそう言うときほど、米兵の犯罪が多くなる。タクシー料金の踏み倒しなどは以前も頻発していた。

 今回のタクシー運転手殺害が、脱走兵とは言え、米兵の犯罪だったら、産経や新潮社の言い分は通用しない。その上で、再度繰り返された悲劇に、日本人はどうこたえるのだろうか?

 せめて日米地位協定の改定をあらためて望みたい。
posted by 眠り猫 at 07:31| 東京 ????| Comment(2) | TrackBack(3) | 時事

2008年03月19日

中国は自らを正義と言うのなら、報道と国連の立ち入りを認めよ。

 チベット関連の続報です。

 ただし、情報が極度に制限されているため、事実は良くわかりません。
 新情報としては、インドにある、亡命政府発表で、四川省でチベット関係のデモに、当局が発砲し、3名が死亡したというニュースが流れています。

 ただ、「自由アジア放送」と言う、アメリカが設置した謀略放送局があり、そこがチベット人を煽ったという情報もあり、もしそれが本当なら、アメリカもまた責任を免れません。いい加減に、自由の押し売りはやめてほしいものです。

 しかし、第三者の立場で見た場合、中国当局とダライ・ラマ側のどちらに理があるのかは判断できません。ただ、私のスタンスはどんな暴力、人権侵害にも反対するということです。イラク戦争にも、イスラエルのガザ地区への侵攻もヒズボラのロケット弾攻撃も、ビルマでの邦人を含めたデモ隊への発砲など、あらゆる殺人行為に反対します。

 中国政府は、情報を完全に統制した上で、正義は我にありと言っています。これはおかしい。
 真に正しい行いをしているのなら、報道規制をやめ、報道陣や国連の立ち入りも認めて、その証を立てるべきです。それをしないということ自体が怪しいのです。

 この短い記事は、中国大使館に送付しますが、EUでは、オリンピックの開会式のボイコットを検討しているとか。
 経済的に関係が密接だからと、何も言わない日本政府は「外交」というものを持たないのでしょうか?真相解明、場合によっては両者の調停を買って出てこそ、「アジアの大国」。軍事力増強のときや、アメリカに追従して軍を派遣するときだけ、「経済大国にふさわしい・・・」と言う言葉を使うのは日本人として恥ずかしいのでやめて欲しいのですが。

 すでに金融・経済担当大臣が、日本は経済大国とは言えないと明言したわけですが、せめて、外交で存在感を示せるようになってほしいものです。
posted by 眠り猫 at 18:55| 東京 ??| Comment(2) | TrackBack(12) | 政治

日銀総裁人事空転。問題はどこにあるのか?

 今日の記事では、多くのマスコミに逆らって(いつもそうですが)、民主党、野党の肩を持ちます。

 日銀総裁人事が空転し、政府自民党の2度目の人事案提出も参議院の承認が得られず、ついに19日の福井総裁の任期切れを迎え、日銀総裁の座は空席状態となりました。
 マスコミは、この為替相場や株式が不安定な中で、野党は無責任だと一斉に言うでしょう。
 しかし、実際には、日銀総裁人事など無視して、相場は動いており、またそれ以前、福井総裁の下でも為替も株も乱高下していたのではないでしょうか?総裁のいるいないで決まる話では無く、すでに0金利に近い政策金利では、誰がなっても、景気対策は打てないのが現実です。

 今回の件で、国民は、日銀総裁人事に、国会の同意が必要と言うことを初めて知ったのでは無いでしょうか?まず、そこが重要です。
 そして、福井総裁も、そのあと提示された武藤副総裁も、大蔵官僚(現財務省)出身であり、あの「〇〇しゃぶしゃぶ事件」で、銀行の接待を受けていたと名前が挙がっていた人物です。

 今までは、自民党の独裁のもとで、自民党の息がかかった、不正も行ってきた可能性もある、元官僚が、日銀の総裁に臆面もなく就任していたのです。
 参院で野党が過半数になって初めて、日銀総裁人事に国会の両院の承認が必要であることがわかり(私も初めて知りました)、野党は、「財政(財務省)と政策金融(日銀)」の分離」、という、至極もっともな意見で、反対を貫いたのです。

 この、「財政と政策金融の分離」が、必要だったのに、そうしないで福井総裁が行ってきたことには、今、大きな問題が起きています。
 1つは、海外と比べて異常な低金利です。口実はバブル以降の不況を乗り切るためでしたが、政府の発表ではわずかながらも景気は拡大を続けていたはず。ならば、政策金利はもう少し上がっていてもおかしくなかった。このため、国民の預金金利は史上最低の金利になり、銀行などに預けておいても、雀の涙しか利息が付きませんでした。

 もう1つは、少し前のことになりますが、コイズミ時代に、日銀を通して、円・ドル為替相場に35兆円もの市場介入をして、円安を誘導していたことです。
 これも、輸入食品などの値上げの要因となります。

 では、なぜ、福井総裁がこんなことをしたかと言うと、政府と癒着して大企業が儲ける環境を作っただけでした。トヨタやキャノンなどの輸出産業は、異常な円安で為替利益をあげました。これは間接的に、国が35兆円を輸出産業にただでばらまいたのと同じです。
 また、低金利は、これらの企業が設備投資などの資金の借り入れをする上での負担を減らしました。
 もちろん、大企業だけでなく、中小企業も、特に輸出中心の企業は恩恵を被ったわけですが、国民の生活面では不利なことばかりでした。

 ですから、今回、野党が、「財政と金融の分離」という原則を掲げて、財務省官僚出身者の日銀総裁就任を拒み続けたのは、一部の利益にのみ奉仕する、利権腐敗政治の自民党の方針にノーを言っただけで、まことに国民生活のためのものでした。そして、その方針を示しているにもかかわらず、2度目も元大蔵官僚を持ってきた、福田政権の無能(官僚に逆らえない)こそが批判されるべきなのです。
 野党が示したしごくもっともな理屈に沿って人事を考えれば、少なくとも2度目で承認が出たでしょう。
 空転したのは自民党の責任です。

 こういうと、日本経済のためには、景気拡大のためには必要な措置だったと言う人が出るでしょう。
 しかし、企業は儲けても、国民生活は悪化の一途。勤労者の収入は9年連続で減少し、企業だけが史上空前の好決算を続けていました。安い金利で日銀から金を借り、高く貸していた銀行なども同じです。
 その一方、異常な円安で、輸入品価格は上がっていました。
 この春から連続すると言われている食料品などの大幅値上げは、原油高も原因の一つですが、異常な円安も理由の一つでした。ここにきて、円高に振れて、食料品の輸入価格は下がるはずで、その点を注視していかねばなりますまい。

 私の視点はあくまでも自分が属する庶民の視点であり、新自由主義がもたらした貧困への反対です。

 この意味で、今まで自民党独裁の下で、勝手に決められていた日銀総裁人事に初めて野党が意見を述べる機会を得たことは、政治の点でも、経済の点でも良いことなのです。
 翼賛マスコミにだまされないように。今の状態を作ったのは、自民党と財界に媚びてきた日銀の行った、為替介入による円安誘導と、異常な低金利の反動が起きているのです。あとはアメリカ経済の失速と言う日本ではどうしようもないことが原因です。

 正直に言って、今の状態自体は、誰がなっても解決できません。しかし、もともと異常な円安誘導したため、今その反動が来ている責任はコイズミと、福井総裁にあり、その点は批判されるべきです。

 単に「空席をつくるな」という批判は幼稚です。「財政と金融の分離」を原則として貫いた、民主党と野党は褒められこそすれ、批判される必要はありません。批判されるべきは、2度目の人事案提示でも、元大蔵官僚を示した、自民党福田政権にあるのです。

 ここのところ、間違えないように。

(ランキングは撤退しました。今までのご支援に感謝いたします。)
posted by 眠り猫 at 04:13| 東京 ????| Comment(1) | TrackBack(2) | 政治

勝手ながらランキングから撤退しました

 ご報告が遅れて申し訳ありません。コメント欄でも指摘されてしまいましたが、実は昨日夕方をもって、ランキングから撤退しました。
 今まで応援してくださった方々、ありがとうございます。
 ですが、私自身4月から職業上の理由で、ブログ更新頻度が落ちることは明らかであり、またランキングに拘泥している自分を見て、もっと記事の内容に力を注ぐべきと感じたためです。

 おかげさまで、最高6位。撤退寸前でも7位(政治分野全体では10位)まで上がることができました。
 最上位2つは政治家のブログで、後援会の組織票ですから、対象外とすると、かなり良いところまで行ったと感謝しております。

 3月中は今までどおりのペースで更新を続けますが、4月以降は、ペースが落ちます。
 その分、良い記事を書きたいと思っておりますので、引き続き、ご来場のほどお願いいたします。

 これまでのご支援に感謝し、また今後もよろしくお願いいたします。
posted by 眠り猫 at 03:15| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2008年03月18日

チベット「騒乱」続報と、武力弾圧に抗議を

 チベットでの独立運動も含めた、騒乱が拡大している。

 そもそもは、チベットの中心、ラサで始まった僧侶数百名によるデモに、当局が殴打、連行などで対処したことから、騒ぎが拡大したらしい。
 特に、当局(漢民族)は、銃の発砲はしていないと言っているが、別の目撃者の話では、群衆に装甲車が突っ込み、100人以上をなぎ倒し、その倒れた人々をどこかに運んで行ったそうだ。やはり、圧倒的な武力による、鎮圧をしようとしたのには間違いない。

 ラサでは厳戒態勢が敷かれ、事実上騒乱は収まっているが、チベット人が住む、甘粛省、四川省の一部でも騒乱が起き、四川省では8名ほどの死者が出たという。
 日本人が思っている以上に、チベット仏教は広い広がりと信者を持っており、中国国内や、国際社会では、モンゴル、ブータンなどの対応が注目される。

 また、何よりも、銃器を持たない群衆に、武力弾圧をかけることの非道さは、いずれにしろ非難されてしかるべきだ。

 ことは、チベット独立運動にまで発展しつつあるようだが、チベットには日本円で10兆円を超す規模の鉱物資源があり、中国はそれを手放す気はないらしい。

 中華人民共和国は、成立当初は、旧ソビエトにならって、民族ごとの国家の成立を認め、中華連邦に入るも出るも自由と言う寛容な姿勢だったが、数年をして態度を変え、国民党軍の残党がチベットに逃げ込んだのを口実に、チベットを侵略し、支配下においた。
 その後、数度にわたる、独立運動や蜂起があったが、中国政府はすべて武力で抑えこんできた。その犠牲者の数はいまだにわからないが、49年前のチベット蜂起の際には8万人が殺されたという。

 調べてみたが、「チベット」の範囲は、旧チベット国の範囲を大きく超え、上記の各州、県に及ぶ、「大チベット」と言う概念がある。また、モンゴル帝国(元)の時代、モンゴルはチベット仏教を信仰していたため、今のモンゴルをはじめ、中国国内のモンゴル人にもチベット仏教は浸透している。
 いわば、その総本山での騒乱は、中国国内に波乱の種を蒔いているに等しい。

 中国当局は、力で抑え込み、情報統制で、外部に洩れないようにする意図だが、現実にインドに逃げてきたチベット難民たちの口から、事実が流れている。騒乱前から、目をつけられた人には、繰り返し尋問と言う名の拷問が行われてきたらしい。チベット人が怒るのも当たり前だ。

 今回の事件に際して、日本国内にも、馬鹿げた反応が2つある。
 レイシズムに基づいた、根拠のない中国蔑視の立場から、チベット人に対して、「いいぞやれやれ」と言うような無責任な妄言を繰り返している右翼。彼らはチベット人すら差別するだろうに。
 一方で、中国共産党のドグマに染まり、チベット側を一方的に非難する、現実を見ない古い左翼。

 どちらも、暴力と殺人と言う現実を直視せず、自分勝手な理屈を振り回している幼児のごとき発言だ。

 私は、いかなる弾圧、殺人にも反対する。人権抑圧もそうだ。中国が侵略をしたから、日本の過去の侵略が免罪されるという愚論も聞きあきた。どちらも悪であり、愚かな行為だという見方がどうしてできないのか?そして、自分が銃口の前に立っているわけでもない。無責任な発言は慎むべきだ。

 ここにきて、ダライ・ラマの中国政府との宥和策、非武装活動に、チベット人から反対の声があがり、武装闘争を呼びかける声が強まっているそうだが、そうならないでほしい。またアメリカのCIAが策動し、武器支援などを行うのであろうが、それによって事態は沈静化はしない。より大きな武力での弾圧につながり、また虐殺が繰り返される元になるだけだろう。
 国際社会の支援を待って、武力闘争は避けてもらいたい。

 北京オリンピックを前に起きたこの事件。中国政府は力で抑え込み、何事もなかったように「平和の祭典」を開こうとしているが、それには反対するべきだと思う。オリンピックを開くのなら、チベット人民との対話による解決を図るべきだ。それができないなら、一部の国のボイコットはありうるだろう。日本政府の無関心、無対応(高村外相がコメントした程度)は、アジアの同胞として、あまりにも鈍い。とにかく、人命、人権の侵害には毅然とした態度で批判するべきだ。

 事態がこれ以上悪化しないことを願うが、一時沈静化しても、より大きな騒乱が起きる可能性を秘めている。オリンピックの最中に大暴動が起きたら、中国政府はどうするのか?また、それを防ごうと、チベット人を逮捕、拷問するという人権侵害は許されざることだ。

 対話による解決を切に望む。

チベット問題でのネット署名
Freedom of Tibet Petition
http://www.petitiononline.com/132d32/petition.html

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posted by 眠り猫 at 03:33| 東京 ????| Comment(4) | TrackBack(6) | 時事

2008年03月17日

「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」の崩壊

 以下は、一昨日の中日新聞の社説である。私はこの前半部分に着目した。
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2008031602095788.html

(なお、マックス・ウェーバーの同著作については、ウィキペディアをご参考願いたい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%86%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%BA%E3%83%A0%E3%81%AE%E5%80%AB%E7%90%86%E3%81%A8%E8%B3%87%E6%9C%AC%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E3%81%AE%E7%B2%BE%E7%A5%9E

 少し歴史的議論になってしまうが、ドイツの社会学の泰斗、マックス・ウェーバーは、中世ヨーロッパを支配したカソリックへの、「抗議者(プロテスタント)」から始まった、宗教改革者の1人、スイスの神学者カルヴァンの思想に着目し、特に、カルヴァンの唱えた「予定説」は、天国の門をくぐれるものはすでに定められているが、人間はそれを知ることはできない。ただひたすら、自分の天職(コーリング)に勤め、その達成において、自分はその一人であるという宗教的確信を得ることができると述べ、禁欲的勤労に励むことを奨励した。

 ウィキペディアの記事中にもあるとおり、ウェーバーは、産業革命以降の資本主義的経済発展が、おもにカルヴァン派の流れのプロテスタント諸国で起きていることに着目し、このカルヴァンの思想が、資本主義的な活動と勤勉さ、そして禁欲性により浪費されずに再投資が行われ、さらに経済が発展するという仮説を立てたわけである。
 ウェーバーは社会学者であり、経済学者ではない。だから、社会に起きている現象を捉えて、仮説を立てたのである。だから現象を分析しているだけで、必ずしも真理とは言えない。

 実際、キリスト教国でなくても発展している国はある。しかし、現在の唯一の超大国、アメリカもまた、カルヴァンの思想を基にするプロテスタントが多い国に分類される。

 しかし、上記中日新聞の社説にもあるように、ウェーバーの仮説では、禁欲的であるはずのプロテスタントが、今や、自らの私利私欲を漁るだけのエゴイストと化し、新自由主義と言う体制の下で、一部の者への富の集約と、他者からの収奪を進めているのが、今のアメリカであるといえよう。
 同じく、中日新聞の社説中にある、「ノブレス・オブリッジ」とは、「高貴なるものの責任」とでも訳され、本来は、王族、貴族は率先して軍の先頭に立つべき。転じて、持てる者が、社会的活動や寄付などにより、自分の恵まれた立場の利益の配分を行う精神のことで、本来はイギリスの言葉である。
 これもまた、今のアメリカを中心とした、新自由主義国家では失われて久しい精神かと思われる。

 日本は、元来キリスト教国ではないが、そのためか、昔から腐敗政治はお家芸と言え、アメリカ以前から、政権は腐敗していた。その点では、ギリシャ人哲学者が言った、「権力は腐敗する」のたとえは、日本にもとても良く当てはまっているというべきであろうか。

 マックス・ウェーバーが今に生きていたら、100年前の、この著作はあり得なかっただろう。カルヴァン派の系譜を受け継ぐアメリカやイギリスで始まった新自由主義は、世界を席巻し、私利私欲のために侵略戦争を起こして、数十万の人々を死に追いやった、「敬虔な」プロテスタント信者ブッシュ大統領を見て、ウェーバーは、100年前の著作の撤回を図るに違いない。
 一方で、経済発展はまだでも、民主的選挙で反米、反新自由主義を勝ち取った、南米大陸のカソリック信者たちのことを何と言うであろうか?

 まさに、新自由主義国家では、「倫理」の崩壊が起きているのである。

 日本でいえば、経団連会長の御手洗のように、自分はキャノン創業者(複数)の中の一人の肉親であるというだけで、経営者になり、経団連会長になったものの、自社で「偽装請負」と言う違法行為が発覚すると、立場を利用して、その行為自体を合法化するように持っていこうと動くなど、まさに倫理のかけらもない人物と言わねばなるまい。

 数日前に述べた、「モラル・ハザード」は、個人レベルだけでなく、企業や政党なども、目先の私利私欲で動くようになっている、今の状況を端的に示しているのかもしれない。
 それらの根源にすべて新自由主義があるとまでは言わないが、ある程度の影響はあるはずである。たとえば、アメリカの企業では、4半期ごとの利益で経営者の評価が出るため、短期的利益のみを追求するという。また、日本では、もともと腐敗の温床であった政治の分野で、政治家に媚びるためなら、なんでもする、なんでも言うという人々が多くはないか?
 新銀行東京での石原都知事の無責任ぶりは、まさに恥じ知らずの倫理の欠如を物語る。

 やはり、新自由主義はやめよう。格差の拡大をもたらし、倫理感の無い一部の世襲権力の持ち主たちに、富が集中したりする制度はやめよう。(石原は、弟の世俗的人気による世襲と言える。)
 改めて、そう主張したい。

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posted by 眠り猫 at 15:44| 東京 ????| Comment(2) | TrackBack(3) | 思想

2008年03月16日

中国、チベット「暴動」に思う

 まずは、ニュースから。先にお読みください。
 最新のものはこちら。 http://www.mainichi.jp/select/today/news/20080316k0000m030092000c.html

 数か月前から、断続的に発生している、チベットでの「暴動」。その実情は報道規制により容易に明らかではないが、チベット仏教の僧侶たちが指導しているという。最新のニュースでは、チベットを離れた甘粛省でも暴動騒ぎがあったらしい。

 この行動だけでは、以前の記事で述べたような、中国体制の危機につながる地方暴動だとは考えにくいが、さまざまな不満や不安の暴発の引き金にはなりかねないだろう。

 もともとチベットは第二次世界大戦後、中国がチベットに侵攻し、占領・併合したもので、仏教国家チベットの指導者、現在のダライ・ラマ14世はインドに脱出し、今に至るまで、チベットの復帰とその他の平和活動に精力的に取り組んでいる。

 この、中国のチベット侵攻の様子は詳細は分からないものの、数年前、有名なブラッドピット主演で映画化された、「セブン・イヤーズ・イン・チベット」の映画と原作本(ドイツ人による実話である)を読むと、その一端が垣間見える。

 当時少年だったダライ・ラマに、この亡命ドイツ人は西洋文明の一端を伝え、数年間をともにすごした。
 その終盤、中国軍がチベットに侵攻し、この人物自身はその詳細を見てはいないが、ほとんど近代的軍備をもたないチベットにとっては、逃げるか従うかしか無い状況だったらしい。このドイツ人はその直後にチベットを離れた。
 中国の侵攻後数年たって、チベット独立を目的とした蜂起が行われたが、武力鎮圧され、8万人の死者を出したと言われている。ダライ・ラマは国外に逃亡し、インドで亡命政権を維持している。

 本来、険しい山岳地帯にあるチベットを、中国軍が侵略する根拠は乏しかったと私は思う。たぶん「革命の輸出」を図っていたのだと思う。推測でしか無いが。

 最近まで、チベット情勢は別に不安定では無かった。表面に出ないだけかもしれないが、NHKの「シルクロード」などで、チベットのポタラ宮などがたびたび紹介され、今では外国人観光客も受け入れている。

 ここにきて、チベット仏教による僧侶を中心とした「暴動」が起きている背景には、これも推測でしか無いが、ダライ・ラマが高齢で、今だ壮健ではあるが、次のダライ・ラマを選び出す、チベット仏教でもっとも重要な一連の儀式の時期が近付いているという、危機感が背景にあるのかもしれない。

 ダライ・ラマは、パンチェン・ラマなどと同様に、「生き仏」とされ、転生するものと信じられている。もし、今のダライ・ラマが死亡したら、可及的速やかに、転生したはずの子供を、新たなダライ・ラマとして、チベット国内から探し出さねばならなくなる。ダライ・ラマを否定する中国政府のもとで、この儀式が行われなければ、チベット仏教は、その根底から揺さぶられる。
 その危機感は、国外、国内いずれにしても、チベット仏教徒にとって、極めて重要な問題なのだと思う。


  「暴動」と報道されているが、チベット仏教は、日本の仏教以上に、不殺生を重視する。暴力的な独立運動をしているとは思えないのだが、真相はわからない。平和的デモに催涙弾が打ち込まれ、僧侶を支持する市民が怒り、放火を行ったという説もある。
 いずれにしても、上記の新聞報道を含め、珍しく新華社通信までも、暴動の事実を報じた。ただし、デモ側の暴力、放火などで10名程度が死亡したと伝える一方、アメリカが反中国活動の一部として支援している報道局によると、逆に80人の市民が、中国軍によって殺害されたという。チベット亡命政府は30人殺害と声明で述べている。
 いずれも、思惑のある通信社、声明であるから、死者の人数は未確認であろう。しかし、死者が出たのは間違いないと思われる。不幸なことだし、圧倒的武力をもつ政府側に死者が出たとは考えにくい。

 リンクが切れてしまったので消したが、別の新聞報道によると、戦車が出動したという。発砲の有無は不明だが、これは武力鎮圧である。
 歴史上、根源的な独立志向や、宗教的情念を基にする活動を、武力で鎮圧して、物事が収まった経緯はまずない。かえって反感が拡大して、やがて大きなうねりとなり、独