2008年04月26日

記事更新が滞り、申し訳ありません。

 読者の皆様へ

 一応、時事の話題に関する記事は、何とか書いていますが、更新頻度が大体3日に1回くらいで、滞りがちで申し訳ありません。
 全くの私事ですが、病気休職からの職場復帰の最中で、一応順調なものの、かなり疲労がたまり、自宅に帰り、食事を済ませるとすぐに就寝という場合が多く、特に、復職から1か月近くの今は疲労がピークで、なかなか記事更新の時間が取れません。

 衆院、山口2区の補選の話題や、今後の政治日程の話など。また、最近私が考えている、市民派の連携の可能性についてなど、書きたいテーマはあるのですが、思うに任せません。

 幸い、GWに入りますので、この土日を含め、少しは記事を書けると思います。
 また、3日の憲法記念日の集会、4,5日の「9条世界会議」に」出席の予定で、それらのレポートなどもアップしたいと思っています。
 今しばらくご容赦ください。

 ちなみに今日は眠って過ごす予定です。あしからず。
posted by 眠り猫 at 07:03| 東京 ????| Comment(1) | TrackBack(4) | 独り言

2008年04月23日

山口県光市、母子殺害事件差し戻し審で死刑判決

 この事件及び裁判については、ずいぶんと議論が沸騰して来ました。
 今更ここで概要を述べる必要はないでしょう。昨日の夕刊でもニュースでも大々的に取り上げられていましたし。

 さて、私の基本的な姿勢は、原則、死刑廃止論にくみするものですが、一方で、完全終身刑(労役付き)ができて、「社会防衛論」から、凶悪犯罪者を社会から隔離するという「隔離刑」制度を前提とした死刑廃止を唱えるものです。ですから、現行法で死刑が刑罰として存在する以上、その範囲で判決を下した裁判官を非難するという意見には賛成できません。

 今回も判断基準となったのは、永山事件という、19歳の少年が複数の人を殺害した件で最高裁で死刑が確定した事件を基準に、犯行当時、18歳1か月の少年を死刑にするかどうかという点でした。
 しかし、光市事件の裁判は、最高裁で「量刑不十分」として差し戻されたもので、そこで、大法廷判決では無いにしても、すでに最高裁の意思は明確にされていたわけで、広島高裁では、よほど驚天動地な物的証拠で被告の犯罪を否定するものが出てこない限り、死刑以外の判決は下しえなかったものなのです。
 ですから、裁判官を責めるのは正しくないと思います。

 18歳1か月という犯行当時の年齢の問題も、では2か月過ぎなら?3か月過ぎなら?というあいまいさを拡大するだけで、法で定まっている以上、それは死刑回避の理由にはなりえません。逆に、18歳に数か月足りないというだけで、少年法で保護された者もいたはずです。「何か月」というのは心情的なもので、法的な判断根拠にはなりません。

 ただ、今回の判決を見て、少し奇異に思ったのは、弁護側が申し立てた、被告の生育環境で虐待などの悲惨な状況にあったということを、情状酌量には不十分とした上に、過去6年半にわたって犯行事実を認めていたのに、差し戻し審でそれまでの発言を翻し、本人の陳述以外には何の物的証拠がないことを理由に、「発言を翻したのは、反省していない証拠」として、死刑にする理由とした点です。

 つまり差し戻し審での少年側の主張がかえって、死刑にせざるを得ない結果を招いた、という論法を使った点です。
 「情状」、「裁判官の心証形成」というのは、裁判上の重要な視点ですが、この判決では、被告の事件当時の犯罪自体だけでなく、逮捕、訴追後の法廷の内外での言動をも量刑の基準としたのは、行き過ぎのような気がします。昨今、新自由主義による貧困の増大で、若年家庭におけるDVの問題がクローズアップされている中、少年時に虐待を受けていたという情状を認めないというのでは、今後の裁判への影響が懸念されます。

 そうはいっても、上記のとおり、裁判の慣行から、最高裁で量刑不十分として差し戻された事案で、完全に今までの事実認定を覆すような証拠が出てこない限り、今回の場合、死刑以外の選択肢を高裁の判事は持たなかったのは事実です。「法廷の独立」は確かにありますが、仮に今回も無期判決にしても、結局検察が上告し、最高裁で死刑判決が確定する結果になったでしょう。

 ただ、私がこの判決のニュースを聞いて感じたことは、この被告の弁護に集まった弁護士たちへの敬意でした。確かにこの被告は、凶悪な犯罪者でしたでしょう。弁護側としては、判決で荒唐無稽と評されるような被告の発言を基に争わざるを得ず、そこに弁護団側の苦肉の策としての誘導があったかもしれません。
 しかし、弁護団は、この被告の犯罪を免罪しようとしたのではなく、「死刑制度」と言う物の下における、「国家による殺人」を否定すべく努力したのでありました。
 橋下のような、サラ金の取り立て屋をやっていた倫理観の無い弁護士の懲戒請求の煽りなど、国民の非難にもさらされながら、それに耐えて頑張った弁護団は、胸を張っても良いと私は思います。

 マスコミは被害者遺族の本村氏のことばかり取り上げますが、被告にも家族や友人もいたでしょう。そちらの心情についての報道は全くありませんでした。それは公平を欠く報道姿勢だったと思います。

 今後、裁判員制度が導入されるにあたって、マスコミの煽りによって、厳罰化が進むような事態は憂慮せざるをえません。マスコミは責任を取りませんし、本来、国権の一部である裁判所でもないわけで、それが煽りを入れたからと言って、量刑や判断が左右される事態になってはいけないと思うのです。
 その意味でこそ、今回の被告の弁護団は立派であり、本村さんだけに注目する報道や、最高裁の差し戻し審で最高裁の見解以外の判決がでることはまずないことを知った上で煽りをした橋下大阪府知事のような、ポピュリストによって、今後裁判が壟断されることの無いように望むばかりです。

 なお、私が学生時代に、自分たちで行った、死刑制度についての世論調査で、88%の人が死刑制度を認めているという数字からも、日本では世界的な死刑廃止の動きとは逆のベクトルの世論があることは間違いないでしょう。
 そこには、日本の江戸時代の「仇討」の思想があり、毎年12月になると忠臣蔵もののテレビ番組が放送されたり、某長寿時代劇でも勧善懲悪、仇討推奨の内容が毎週(再放送を入れると毎日)垂れ流されている状況では、日本人の、「応報刑」を求める思考に変化は起きないと思います。
 しかし、それでもやはり、死刑廃止にむけて活動をし、できれば議員が率先して刑法改正に動き、死刑制度を廃止してくれることを望まざるをえません。

 わかりにくいと思うので、繰り返しますと、私は死刑廃止に賛成です。ただ、そのためには刑法改正が必要で、現行刑法に死刑がある以上、それをもって判断した裁判官を批判することはできない、という立場です。
 正直、法律を学んだものとしては、非常に複雑な思いでこの裁判を見つめていました。現行法での死刑判決は、最高裁から差し戻された時点でほぼ確定しており、その後の被告側の、確かに荒唐無稽な、しかも立証ができない本人の陳述のみによる弁護では、死刑判決は回避しえなかったことは理屈では分かっています。しかし、死刑廃止を望む者の一人として、それでも高裁は情状を斟酌してはもらえなかったのかと、または、意見として、死刑制度への疑問を提起するなどしてもらえなかったか?などと淡い期待を持ってもいたのです。
 その意味では、厳しい判決でしたし、今後の厳罰化、応報刑の強化の方向、マスコミによる裁判外での断罪などが行われることへの危惧は隠せません。

 裁判官を責める気はないですが、残念な判決でした。
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2008年04月22日

映画「靖国」、削除要求を拒否し公開へ

 突如話題になった、ドキュメンタリー映画「靖国」の上映問題。
 コイズミチルドレンの一人、安倍にスカウトされた、右翼弁護士稲田朋美の妄動から始まったこの騒ぎは、彼女の思惑とは裏腹に、当初5館でしか上映が予定されていなかったものが、言論・表現の自由への危機を感じた、各地の有為の映画館が続々と上映を決め、現状23の映画館が上映を決めている。当初、及び腰と言われた、配給会社のアルゴ・ピクチャーズも腹をすえ、上映に前向きとなった。

 これに対して、今度は自民党の参議院議員の有村治子が、何をどうやったのか、映画の主要登場人物である、靖国刀の刀工が、映画から自分の出演シーンを削除してほしいと言っていると言い始め、確かにTBSの報道では、刀工本人がそれに近いことを述べていた。
 また、靖国神社も、突如、10年にもわたって、境内での撮影を許してきたにもかかわらず、よくわからない理由で、靖国神社の境内の風景の削除を要求し始めた。

 しかし、配給元のアルゴ・ピクチャーズは、弁護士とも相談のうえ、映像の削除なしでの上映に踏み切ることとした。
 以前、私がここで述べたように、民法上の上映差し止め請求、およびその仮処分執行が認められない限り、上映を差し止めることは、出演者にも靖国神社にもできない。
 今後、5月3日の上映開始までに、それらの司法上の措置に、訴えるかどうかはまだわからないが、たとえ訴えたとしても、裁判所はこれを認めないであろう。

 刀工の場合は、監督が言っているように、ビデオを見せたり、その部分がすでにテレビにも出ていた。さらに監督に書を送り、記者会見の2週間前にはパンフレットの打ち合わせまでしていたという。
 それに対して、刀工が、それまで何の異議も申し立てず、有村が何かしてから、急に削除を求め始めたのも、おかしな話だ。
 「本人が言っているのだから」というのは、法律上通用しない。撮影に応じていた以上、もし、差し止めするなら、「意思の錯誤」があったことを、刀工側が立証しなければならない。はたしてできるのか?

 靖国神社の言い分は、もっとあいまいで根拠の薄弱なもので、一般に出入りが公開されている社会的に公の場所での10年にわたる撮影を放置しておきながら、完成してから、上映寸前に削除を求めるというのは、逆に言えば、10年間いったい何をしてきたのかということにもなる。監督側が、神社側の規則を守らなかったとか何とか言っていたが、それなら撮影中に言うべきであっただろう。

 両者の主張で、法的に取り上げられうるのは刀工の意見のみで、靖国神社の主張は、差し止め請求をしても法的に取り上げられずに棄却されるだろう。刀工の場合も、意思の錯誤を立証できなければ、仮処分などは認められない。
 あとは、上映はそのままで、損害賠償訴訟で争うしかないだろうが、靖国神社にこの映画で何の損害が発生したか?たぶん無理だろう。

 先日、たぶんアルゴ・ピクチャーズへの要請で行われたのであろう、右翼団体による試写会でも、「凡作」、「なかなかの作品」、など評価は分かれたが、特に「反日的」という意見は出なかったようである。 右翼団体にもいろいろあって、きちんとした思想的右翼と、自民党の非合法圧力組織となっているにすぎない暴力団と紙一重の右翼もいて、この上映会は、「見てみなければ判断できない」という、至極まっとうな理由で、前者のタイプの右翼団体が催したものらしい。その結果、反日的でないと言うのならば、右翼の街宣車が、上映館に圧力をかけることもないであろう。もし行う右翼がいたら、それは思想など持ってい無い、自民党=日本会議の手先にすぎない。

 ほぼ同時期に、東京の弁護士会が一般の参加も呼び掛けての試写会を行ったことは、あまり広く報道はされなかった。
 前回の私の記事に、右翼は試写会をした、と言って、右翼の方が開明的であるかのようなコメントを寄せてきた若者がいたが、別に左右無関係な試写会も行われていたのである。

 結局、軽挙妄動したのは稲田朋美と、有村治子であった(なお、名古屋においては日本会議の地方支部が、映画館に圧力をかけたことが、ネット上で曝されている。)。恥ずかしい限りである。

 結局、削除は行われずに映画は上映される。
 評価はそれからだし、また見るものによって感想もまちまちだろう。
 ある意味、稲田や有村が騒がなければ、ここまで注目もされなかったかもしれない作品であるが、この上映中止圧力の問題は、日本の言論界、表現者の間で、政治家による表現の自由への介入として大きな反発を生み、上映館が増えるなど、それまで、一方的に進められてきた言論統制への反発として、大きなうねりとなったことが、最も評価されるべき点であろう。

 なお、余計な事を付け加えるが、肖像権の問題など、難しい問題はある。しかし、ドキュメンタリー映画で、街中を映したとき、そこに少しでも顔が出ていた人間が、肖像権を主張し始めたら、ドキュメンタリーや報道番組は作れなくなる。そこのバランスが難しいが、今回の件では、刀工は撮影を認めていて、直前になって、意見を翻したので、その理由を自分で立証しなければならないし、公共の場である靖国神社が特定の映画に限って削除要求をするといった、偏った要求は、法律上は認められないであろう。

 私は趣味は映画では無いので、見に行くかどうかは未定だが、近くに上映館があり、一緒に行く仲間がいれば見に行きたいと思う。
posted by 眠り猫 at 05:57| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(2) | 歴史観

コイズミが決めた弱者いじめが始まった

 後期高齢者医療制度の始まりにより、75歳以上のお年寄りと、65歳以上の身障者の医療費が、実際にかかったぶんに比例して、年金から天引きされるという、血も涙もない制度が始まった。この件については、以前にも書いた。
 昨夜、父親と電話で話をし、またテレビでもやっていたので知ったのだが、たとえば、確定申告時の医療費の控除の幅が狭められ、事実上の増税になっていることを知った。

 これらの、福祉切り捨て、弱者への負担増の政策はすべて1年半前に、コイズミが決めたものである。
 コイズミの新自由主義に基づく政策は、現状や数値を見ないで、ただひたすら福祉切り捨てを機械的に進めてきたものであった。
 その一方で銀行への公的資金の導入や、安倍政権下における、三菱重工への旅客機開発のための費用援助500億円とか、大企業、特にコイズミやその派閥清和会の利権に関係ある企業には手厚い支援を税金で行ってきた。

 弱者からしぼって強者に回す。これがコイズミ流、アメリカの指示に基づいた新自由主義の結果である。
 にもかかわらず、国民の人気は未だコイズミにあるというのが、信じがたいが事実である。
 今こそ、固定的に自民党を支持してきた70歳以上の高齢者の反乱がおきてしかるべきだが、その矛先は福田首相に向かいこそすれ、実際に制度を決めたコイズミには向いていない。
 コイズミは首相再登板は否定しているが、最近になって、総選挙後の政界再編をにらんだかのような行動を繰り返している。

 国民は今こそ目覚めて、コイズミ=自民党清和会(安倍も福田も属していた)政治にノーを言うべき時である。と言って麻生にしても、昔の自民党土建政治が復活するだけだと私は思う。
 要するに、利権に第一の主眼を置いた、自民党政治そのものを、完全に否定しなければならないのである。
 次の総選挙で、自民党にノーを。そしてさらに、コイズミ、民主党の前原、自民党の小池などの権力亡者のネオコン議員らにもノーを突きつけるべきである。

 そうしなければ、政界再編が起きても、結局、新自由主義者で、軍事利権を漁るネオコン政治家が権力を握ってしまう。
 コイズミ一派の勉強会とやらに参加した連中は最も劣悪な反国民的政治家である。コイズミも前原も小池もその会に集まった連中も皆落選させるべく努力するべきだ。その会の勉強会のメンバーをここにさらしたいと思う。
 自民党から、小池百合子、茂木敏充、林芳正、西村康稔
 
民主党からは、前原誠司、仙谷由人、玄葉光一郎、福山哲郎
 ここに、トヨタの奥田、楽天の三木谷が参加している。新自由主義万歳の顔ぶれだ。

 この顔ぶれに政権に近づかせてはならない。前原も小池も、軍事利権に深くかかわっている連中だ。
 ぜひ、この顔ぶれを落選させてもらいたい。

 新自由主義の暴虐。それはコイズミ政権下での法律で次々に決められた法律によるものが、時間差をおいて始まったものである。もちろん、それをそのまま放置し、施行まで持ってきた、安倍、福田の責任も大きいが。
 コイズミ人気が未だ高いなどというのは、日本人の民度が問われる。ぜひ、上記の政治業者どもを落選させてほしい。
posted by 眠り猫 at 01:42| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(4) | 政治

2008年04月19日

危険で違憲な自衛隊派遣恒久法

 今国会での提出は見送られたが、民主党の一部も巻き込んで成立が図られようとしている、自衛隊(海外)派遣恒久法。
 私は、今回の名古屋高裁のイラク空自派兵違憲判断以前から、この種の法律は違憲であると述べてきた。
http://heiwawomamorou.seesaa.net/article/91071614.html

 昨日いただいたコメントの中で、「一国平和主義は通用しないのでは?」というご意見があったが、私は逆に、「なぜ平和憲法のある日本が、軍事的貢献をしなければならないのか?」と問いたい。
 昨日の記事の中でも述べたが、「世界第2位の経済大国としての責任」、「石油などの資源確保のため、必要な安全確保」(古くはシーレーン防衛論)などがあるが、はっきり言って、憲法違反である。
 そもそも、現行憲法では、「陸海空の三軍はこれを保有しない」と述べているし、「国際紛争の解決に武力を用いない」とも述べている。
 普通に考えれば、どこをどう振っても、自衛隊の存在はもとより、その海外派兵は違憲であるのは明白である。

 するとすぐに出てくるのが、今の憲法が時代に合わなくなっているのだから改憲しろ。という意見である。改憲を俎上に乗せて、真っ向から国民に信を問うのは、本来の姿である。しかしそれを行わないで、なし崩し的に解釈改憲を行い、「自衛隊派遣恒久法」をもくろむのは、政治家の姿勢として容認しがたい。
 また、本当に「経済大国はアメリカ主導の戦争に派兵しなければならない」というロジックが正しいのかどうか、もう一度考え直すべきであろう。日本はGNPよりも国の力を正確に示すGDPで、すでに15位に転落している。太田経済・金融担当大臣は、「日本経済はもはや一流とは言えない」と述べた。
 アメリカ追従の軍事偏重政策ははたして国のためになっているのだろうか?

 ここで、先日の読売新聞世論調査の結果を引く。
 改憲の是非については、ほぼ拮抗となったが、2002年以降、改憲賛成は減り続け、反対が増え続けている。それはちょうど、アフガニスタン、イラク派兵が始まった時期に重なる。
 そして、国民の8割は、現行憲法9条1項(平和主義・不戦主義)を支持し、2項(戦力の不保持)についても過半数が、これを支持している。
 では、この1項と2項の支持率の違いは何であろうか?統計データの読み方は慎重でなければならないが、ここは類推でもほぼ間違いないと思う。それは、「自衛のための軍備は認めるべき」という意見が、それなりに存在するからである。

 自衛軍の保有。これは、現在の憲法による、自衛隊の違憲性についての解決策であり、また国の交戦権や、海外派兵(国際紛争の解決に武力を用いない)が認められていない以上、自衛軍の保有については、憲法改正論の課題であり、国民的議論に任せられるべきである。
 現在、違憲状態ながら、実質世界第6位の軍事費を投入し、おもにその航空自衛隊の戦力では、世界3位とも4位とも言われる自衛隊を保有している日本がこれ以上の戦力を保有する必要があるとは考えにくいが。

 さて、この、改憲に対する国民の意識調査を見ても、国民は基本的には、現行の平和主義を尊重している。ただ2割強の人が、自衛軍の保有を求めている。
 では、その自衛軍を海外に派遣すると言う任務を恒久化するという、政府与党の法案について、簡単に触れる。
 以下は知人が講演会に出席して取ってきたメモの原文である。この案は、俗に石破(現在の防衛相)試案と呼ばれるものである。

(転載)
 〜 それは、2006年8月に自民党防衛政策検討小委員会で石破茂委員長のもとで
「国際平和協力法案」という案がまとめられています。それをみればこれから出てくる

法案がわかります。「石破試案」といわれています。

 目的は、政府の判断で世界中、いつでもどこへでも自衛隊を派兵し、アメリカ軍と
同じような戦闘ができるようにすることを可能にすることです。憲法9条が骨抜きに
されてしまいます。

(2)その「石破試案」の内容は?

○ 派兵の要件
  ・国連総会の決議があるとき
  ・国連機関の要請があったとき
  ・わが国が特に必要と認める事態・・・・・・・これがあれば派兵は何でもOK

○ どんな活動をするか?
  ・停戦監視活動
  ・人道復興支援活動
  ・安全確保活動
     今までは後方支援のみとしてきたが、イラクのファルージャ攻撃のような戦闘も
     可能にする。
  ・警護活動
     今まではなかったが、これからは要員、施設、物資輸送の警護をする。
  ・船舶検査活動
     公海上で相手船舶に停止命令を出し、従わないときは危害射撃(マスト、スクリ
     ューへの射撃)、抵抗されたら反撃する。

○ 武器使用基準の緩和
   上記のような活動の遂行のために、国際的な基準に従い武器を使用する。

○ 徴兵
   自衛隊員が人を殺し、殺される状況が生じる可能性。
   自衛隊員の応募者が減ると、徴兵制の可能性。
   石破発言   「徴兵制を憲法違反と言ったら、これは正気の沙汰とは思われない」
            「外国の方の徴兵制を奴隷的、苦役にあたると言ったら、あまりにも
            恥ずかしくて日本人をやめたくなる」

○ 徴用
  医師、看護師、建設業者、運送業者などが強制的に戦場へ「徴用」される可能性。

 簡単にまとめると上記のようになる。
 赤文字のところは、事実上、ほぼ無限定に自衛隊を海外派兵することを可能にし、武器の使用もなし崩し的に認めるということである(国際的な基準に従い武器を使用する。 とは、軍隊である以上、ほぼ無制限な武器使用を認めることになる。)

 また、青文字の部分に注目していただきたいが、海外派兵で死傷者など被害が出て、現在、応募制であるが定員を確保できずに悩んでいる自衛隊への志願者がさらに減る場合に備えて、石破試案では、徴兵制も視野に入れているのである。

 石破発言の「苦役云々」は、現行憲法18条の「苦役からの解放」という条文が、徴兵制を禁止しているという、憲法学上の通説を指してなされているものであるが、ならばぜひ日本人をやめて、アメリカ国軍にでも自らなり、子供がおられるなら、志願させてもらいたい。
 ごちそうを食べるのであっても、嫌いなものを無理やり食べさせられるのは苦役である。ここで18条が禁止しているのは、そのような「本人が望まない行為」に、国権により強制的に従事させられることを禁止しているのである。他国で徴兵制の国はあるが、先進国では徴兵制は減少する傾向にあることも指摘しておこう。また、他国でそうだからと言って日本が徴兵制にする理由にはなるまい。
 この件については、また他で述べたいと思うのでここはひとまず置く。

 このように、国民に、「丸腰はいやだ」という感覚での「自衛軍の保有」を求める意見が存在するのは事実であるが、その自衛軍を、アメリカ・ブッシュ大統領の「テロとの戦い」(テロからの自衛のためにアフガンやイラクを侵略する)のロジックで「自衛」の名のもとに海外派兵しようというのが、石破試案である。
 しかも徴兵制まで視野に入れている。

 先に紹介した読売新聞の調査では、「自衛隊派遣恒久法」への賛否が、双方40%台で割れたが、やや賛成が多かった。しかし、この調査では、上記のような石破試案の内容を説明していない。
 自民党の改憲草案と合わせてみれば、自衛軍という名の世界有数の軍が、アメリカが行っているのと同じように世界中で戦争ができる(しかも国益では無くアメリカの命令によってだ)国にして。志願者が少なければ徴兵制にしよう、と言っているのである。

 ここまで説明して初めて、「恒久法は是か非か」という問いがなされるべきである。読売は恣意的にその調査を怠ったのである。
 また、石破試案の内容を知らなかったとはいえ、派遣恒久法に賛成した人々に考えてもらいたいのは、「自衛隊を行かせればよい」という、自分とは無関係な世界について、上から目線で物を言っていないか?実際には自分自身または自分の子弟が徴兵され、海外の戦地に送られることを前提としている石破試案に賛成するのかあらためて問うてみたい。

 以上、述べてきたように、石破試案は、現行憲法に完全に違反する。
 このような法律を「自衛隊派遣恒久法」として成立をもくろむのは、守屋前防衛省次官の汚職で氷山の一角が明らかになった、「防衛(軍事)利権」の存在、拡大の狙いと、アメリカからの要求を受ける形で、対米追従外交に、国民(自衛隊員を含む)の命でもって応えようという、無茶な議論である。

 「自衛隊派遣恒久法」の成立は決して許してはならない。これは単に憲法違反と言うだけでなく、自民党の私益のために国民生活と命を犠牲にしようという暴挙である。

 なお、付言すれば、私も限定的自衛軍備の必要性は、それを望む国民が多いのであれば、認めざるを得ないと思う。しかし、過去の別の記事で述べたように、それはまさに専守防衛に特化したものであるべきである。それは現在の自衛隊でも金額的には十二分である。
 狭い問題を言えば、それだけの税金を投入しながら、今の自衛隊(特に海上自衛隊)には、国防能力よりもアメリカの空母機動部隊護衛機能の方が優れているという馬鹿げた問題もある。

 今までは税金を。今後は国民の生命を自分たちの利権のために犠牲にしようという、自民党のもくろみを許してはならない。

posted by 眠り猫 at 00:45| 東京 ?J| Comment(2) | TrackBack(12) | 政治

2008年04月18日

イラク空自派兵は憲法9条違反、および自衛隊派遣恒久法批判

 昨日、名古屋高等裁判所で、画期的判決が下りた。
 天木直人氏や、池田香代子氏らを含む1000人以上の市民が原告となっての、イラク派兵違憲訴訟。
 請求の骨子である、派遣差し止めと損害賠償の支払いは却下されたが、判決理由の中で、高裁はイラクにおける空自の米兵輸送らの行為は、戦闘地域への戦闘部隊の輸送であり、憲法9条1項に違反すると述べ、また非戦闘地域での活動を基本とするイラク特措法にも違反する述べた。
 以下、リンクでは消えてしまうので、時事通信の記事を貼っておく。

2008/04/17-21:05 自衛隊イラク派遣に違憲=兵士空輸「武力行使と一体」−名古屋高裁
 自衛隊のイラク派遣は違憲として、愛知県などの弁護士と各地の住民らが国を相手に、派遣差し止めと慰謝料などを求めた訴訟の控訴審判決が17日、名古屋高裁であり、青山邦夫裁判長(高田健一裁判長代読)は「米兵らを空輸した航空自衛隊の活動は戦争放棄を規定した憲法9条1項に違反する」との判断を示した。派遣差し止めと慰謝料請求の訴えは認めなかった。
 自衛隊イラク派遣をめぐる同様訴訟は全国で起こされているが、違憲判断は初。国側は勝訴のため上告できず、確定する見通し。1審名古屋地裁は憲法判断をせずに訴えを退けていた。
 原告側弁護士によると、9条違反を認めたのは1973年の札幌地裁・長沼ナイキ基地訴訟判決以来35年ぶり。高裁では初めて。
 青山裁判長は、イラクの現況について「国際的な武力紛争が行われ、特にバグダッドは戦闘地域に該当する」と認定。その上で空自が2006年7月以降、米国の要請を受け、クウェートからバグダッド空港に多国籍軍の兵士を輸送している点について「多国籍軍の戦闘行為に必要不可欠な軍事上の後方支援」と指摘し、「他国による武力行使と一体化した行動で、自らも武力行使を行ったとの評価を受けざるを得ず、イラク特措法や憲法に違反する」と述べた。

 まことにその通りと思う。請求を棄却したのは、政府に言いなりの最高裁で覆されないための方便であると思う。確かに直接の損害は認定できないと思うし。
 ただ、日本ではこれまで、このような「当たり前」の判決がでなかった。そして自民党政府による、なし崩し的解釈改憲が繰り返され、範囲を拡大してきたのが実情である。
 今日と次回で、この件と、今国会での提出は見送られたが、自公政権がたくらむ、自衛隊派遣恒久法の違憲性を論じてみたい。

 今回の判決意見において、「国際紛争の解決に武力を用いない」という、戦争放棄を謳った、憲法9条1項がそのまま用いられたことは、上記の新聞記事にもあるように、高裁レベルではかつてなく、画期的判決と言える。
 この判決でただちに自衛隊の派遣をやめさせることはできないが、少なくとも、今後の同じような特措法、さらには自衛隊派遣恒久法が違憲であることが類推され、もしその立法が通るようならば、最高裁は、確定した違憲判決の存在を考慮し、違憲立法審査権を行使する義務を負うというべきである。

 政府擁護側は言うだろう。輸送行為は武力行使では無いと。しかし、軍事において、兵站はもっとも重要なものとされ、それを担う空自の行為は、憲法違反であり、特措法にも違反しているというわけだ。屁理屈をこねでもしない限り、まことにまっとうな判決だ。

 問題は、この判決の趣旨を今後どう生かしていくかだ。
 まずは選挙で、自衛隊派遣恒久法をもくろむ自公政権を落とすことが国民に求められる。そうしないと、自衛隊の派遣が常態化し、武器使用も認められ、死者が出て自衛隊に応募者が集まらなくなったときは徴兵制さえ視野に入れているこの派遣恒久法の欺瞞を暴き、本来、そのような行為は憲法違反であること。
 また、「経済大国日本の国際貢献として」という口実は、もはやGDPが先進国中15位まで転落した日本には当てはまらないことなどを受けて、「真の国際貢献とは、アメリカの言いなりに軍隊を派遣することでは無い」という主張を活性化させるべきだ。

 次回は、現時点でわかっている、自衛隊派遣恒久法の、石破試案の内容を紹介し、その違憲性を述べたいと思う。
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2008年04月16日

後期高齢者(長生きご老人)虐殺政策開始

 75歳以上のお年寄り、65歳以上の身体障害者などが実際にかかった医療費を年金から天引きしたり、保険料が上がったりする制度が始まった。
 一部ブログでは、「お年寄り虐殺政策」と」書いていたので、拝借した。

 制度がわかりにくいことにマスコミは話をそらそうとしているが、問題はそんなことでは無い。長生きしても人間は衰える。医療費がかさむ分を、年金から天引きするというものだ。しかもほとんど抜き打ち的に行うあたり、国民を欺くものだ。

 もちろん、私も何度か長期通院をしていた時思ったのは、病院待合室が、ご老人のサロンと化している状況だった。家では居場所がないのだろうか。それともやはり長患いして、顔見知りが増えて話をしているのだろうか?とにかく嫁や息子の愚痴を言い合う姿にはさすがに辟易はした。
 しかし、それはそれ、これはこれ。家族主義を声高に言い立てるなら、ご老人が自宅でゆっくりできる施策を打て。それと、医療費の事実上の値上げと自己負担は別問題だ。

 私の父も80歳を過ぎている。頑健な身体をしていたが、やはり年齢で前立腺癌になった。放射線治療で治ったが、この制度が始まっていたら、そんな治療は受けられただろうか?それとも放射線治療は保険適用外?そう言うことも全く知らされずに今度の制度の導入だ。

 福田は安倍よりはましかもしれないが、どちらも結局はコイズミの、無条件での福祉切り捨て政策をそのまま進めている。これで高齢者が怒らないとでも思っているのだろうか?
 年金制度自体が先行きがないものになっている。私の年代以下では、年金だけでは極貧層に落ちるしかない。それは少子高齢化も原因とはいえ、それが見えているのに対策を取らずに軍事費や道路に金を注いできたのは誰か?

 新自由主義の暴虐はついにここまで来た。とにかく、福祉切り捨て。老人は早く死ねという政策は、ただちに撤廃するべきだ。少なくとも自民党はこの政策で選挙を戦っていない。国民の負託を受けずに、官僚の机上の計算だけで生まれた政策をごり押しするのは、まったく許しがたいことだ。

 ただちに解散して民意を問うべし。

(参考記事)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2008041602003954.html
posted by 眠り猫 at 07:21| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(3) | 政治

2008年04月14日

愚かなり、保守主義者。「靖国」をめぐる妄動

 ブログの体裁を変えました。どうでしょう?
 デザインは良いと思うのですが、本文以外の文字が小さいのが気になっています。
 本文の文字ももう少し濃いと良いのですが・・・・。

 さて、ドキュメンタリー映画、「靖国」に対する保守主義者の攻撃が続いています。
 当初予定されていた上映館のいくつかが、右翼の妨害を恐れて、上映中止しましたが、それに反発する日本中の映画館が上映に乗り出し、現時点で21の映画館が上映を希望しています。
 この騒動で、私自身は関心もなかった映画に、注目が集まり、逆に宣伝効果になっています。
 まず、上映妨害の動きに出た、稲田朋美(コイズミチルドレン)や、日本会議の行動は裏目に出ています。

 そうしたら今度は、有村という自民党の参議院議員が、映画に出てくる刀工にどう話をしたのか、本人は、映画から自分の姿と声を削除するように望んでいると言いだし、TBSの取材では、確かに本人はそう言っています。
 また、ここにきて、靖国神社も、神社境内での撮影の規則に従わなかったと言って、神社に関する映像の削除を求めています。

 しかし、民法上は、単に「求める」だけでは、何の効力もありません。上映は自由にできます。
 それを止めようとすれば、差し止め請求や、その仮処分申請を行う必要がありますが、今までの情報では、刀工側も、靖国神社も、それを実現する十分な根拠を持っていないようです。
 「本人が言うのだから」は、法律上は、何の効力もありません。あくまでも差し止め請求をしないと。

 話によると、監督側は、刀工にビデオを見せ、刀工から「誠心誠意」という書を送られ、2週間前にもプログラムの書き方について相談していたとのこと。差し止め請求が出ても、これらの証拠が示せれば、差し止めは無理でしょう。
 ただ、刀工については、顔にぼかしを入れて、声も消すことで、逆に圧力があったことを示すようにしてはどうかと思っています。

 靖国神社の言い分ですが、撮影規則とか、監督側が撮影許可を取っていたのかどうかわかりませんが、このような言い分を認めると、ドキュメンタリーは作れなくなります。
 一般に公開されている神社の境内の様子を撮影するのを、特定の映画に限って、事後に異議を申し立てるというのは、非常にまずいやり方で、差し止めが認められるとは思えません。
 この場合は上映を強行して、後日、神社側から損害賠償請求があったら、そこで戦えばよいと思います。たぶん神社側の負けになると思いますが。

 ただ、このように、右翼議員や靖国神社が騒げば騒ぐほど、この映画の知名度は上がり、また右派の表現の自由への妨害が目立つ結果になり、右派全体にとっては、不利になることがどうしてわからないのでしょうかね?結局は、「日本会議」の親玉たちからの指示でしょうか?

 いずれにしろ、口で言うだけでなく、差し止め請求を起こすかどうか?詳細は弁護士に聞いてみたいですが、このような場合で、差し止め請求が認められるかどうか・・・・。
 今後の推移に注目です。
posted by 眠り猫 at 03:23| 東京 ??| Comment(0) | TrackBack(10) | 政治

2008年04月11日

【檄文】自公政権打倒に、今動くのは貴方だ。

 最近は、以前と逆で、睡眠薬を飲んでも眠れなくなってきた。医者と相談しなければ。
 そこで、ブログの更新をします。

 私はこのブログを一昨年の9月から。つまり1年半以上にわたって続けてきました。力を入れて毎日2記事をアップしていたころには、アクセス数は、実閲覧者数で1000を超える程度にまで増加していました。今でも毎日少なくとも500以上の閲覧者がいますし、毎日来る人と、数日おきに覗く人を合わせると、やはり1000人近い閲覧者がいるものと思われます。
 私のブログの特徴として、リピーターがきわめて多いのです。
 ということは、この1000人と言う人数が、私のブログの読者だと考えて間違いはないでしょう。

 それらの人々への呼び掛けです。
 1000人の人すべてが、私の意見に賛同しているわけでは無いのはもちろんです。中には私のブログをウォッチングしている右翼の方もいるようです。
 しかし、ほとんどの方は、大筋、私の意見が気に入るか、納得できるかして、くりかえし訪れてくださるのだと思います。
 今日はそんな方々に意見を。

 コイズミ郵政選挙で、たなぼた式に衆議院で三分の二をとれた自民党政権。これに舞い上がった右派政治家たちは、あとは参議院でも三分の二を取れば憲法改悪だと、意気込みました。それまで、暴力団のダミー組織として世間で白い目で見られていた街宣右翼たちやネット右翼が発言を強めたのも、この時期からでした。マスコミも彼らの発言をあたかも一党一派の発言かのように取り上げるという、翼賛マスコミの体制が構築されていったのも、この時期以降でした。
 しかし、日本会議に代表される右翼の期待を担って、参院選の選挙の顔として自民党総裁になった安倍が、参院選で大惨敗し、しかもそのあと政権を放り出すといった、醜態をさらしたのは、記憶に新しいところです。

 安倍が参院選で大敗北を喫した結果、参院で三分の二を獲得するというのは、6年後、9年後の参院選で自民党が大勝しない限りありえないことという状況になりました。
 ここにきて、自民党の人材難(安倍ごときを総裁に選び、その後継は福田か、党内で人気のない麻生しかいないという状況)と、舞い上がった右翼たちの、あまりの愚かさ(今回の映画「靖国」上映問題での稲田朋美や有村の軽挙妄動)を見るにつけ、自民党は一時の高揚もどこへやら、今は生き残りのために、マスコミを締め付け、国家主義色を一層強めて、人権抑圧、右翼による各種集会妨害などに狂奔しています(ドメスティックバイオレンスは男の権利だと主張して集会を妨害した右翼の愚かさ)。

 さて、実はそのような右翼的行動が、国民の支持を離反させているという状況(福田内閣支持率の下落や、読売新聞世論調査で、ここ数年、憲法改正賛成が減り続け、反対が増え続け、今回の調査でわずかながら逆転して、憲法改正反対が上回った等)を受け、次の衆院選で私を含め、読者の皆様にやっていただきたいことがあります。

(以下、「檄文」)
 自民党利権腐敗政治を断ち切るのは、今しかありません。
 私は皆さんに、行動を求めます。
 ブログを読んで、満足するだけでなく、具体的に、自分の周りで反自公政権の動きを加速するための行動に出ることを求めます。
 できることから少しずつで結構ですが、現在自公政権を支持している人を、せめて1人。できればもっとたくさん、反自公政権へと意見を変えるように、説得や市民活動など、行動することを求めます。

 思えば、明治維新(大政奉還)から、太平洋戦争で敗戦するまでに、約78年。議会ができて、立憲国家としての体裁ができて、選挙がおこなわれ、政党政治が始まってから敗戦まで、55年。
 これに対して、自民党が一党独裁を続けてきた期間がほぼ60年です。
 ここらで一つの区切りを。今度こそは外から与えられたものでは無く、日本人自身が新たな体制をつかみ取るチャンスは今です。
 深読みすれば、昔の長州であった山口県から首相が輩出してきたことは、戦後も、明治維新以降の国家主義、侵略肯定史観の人々が政権の座にあったのは、通算すれば130年以上に及びます。
 これは鎌倉幕府や、室町幕府の実効的支配期間とほぼ同じです。
 歴史が示すとおり、権力が腐敗するには十二分な時間です。そして事実、自民党は世襲の腐敗議員の巣窟と化しています。

 また、憲法が63年を経て、「時代に合わなくなってきた」という、読売新聞の主張ですが、それは逆です。時代に合わなくなってきたのは、長期政権に胡坐をかいた、自民党の方なのです。

 安倍はレジームチェンジという、意味不明の言葉を使いました。
 しかし、今、まさに行わなければならないのは、130年に及ぶ、官僚と癒着した保守政党の支配を打破し、民主的選挙によって、その悪弊を断ち切るべき時に来ていると、私は訴えたいのです。それこそが真の意味の「レジームチェンジ」です。

 次の衆議院選挙で、自民党支配を終わらせましょう。次でだめならその次で。稲田朋美のような右翼陣笠議員(ボスから金をもらって動く下っ端議員のこと)らをすべて落選させましょう。その上にいるボスたちも落選させましょう。

 そのために、私は、読者諸兄、諸氏による、反自民党の選挙活動へ、具体的に参加し、今、自民党支持の人々の心を変える為の活動をすることを求めます。
 今こそ、右翼の言葉で言えば、「平成維新」の時です。しかしその内容は右翼の言葉とは逆に、国家主義者から、政治を国民の手に取り戻すことです。

 私は、今取りうる、反自民のための現実的な選択として、民主党を支持します。今、その政策や憲法への姿勢、個々の国会での行動等で、納得できない部分もありますが、何よりも、少なくとも60年続いている、自民党利権腐敗政治の根幹を断ち切るために、自民党を政権の座から追い落とし、官僚の性根をたたきなおすことを期待できるのは民主党だけだと思うからです。同党の中の保守勢力の存在には、今はあえて目をつむります。それらの議員はその次の選挙で落とせばよい。そう考えます。

 次の衆院選で民主党を含む野党が過半数を得れば、政権交代です。政界再編はあっても小規模でしょう。しかし、選挙で自民党が敗北しても野党が過半数を取れなかった場合は、大規模な政界再編の可能性もあります。もはや、既存政党の支持云々では無く、「自民党的なもの」を排除し続けるという、長い活動が必要です。

 民主党を支持しない人も、反自公政権では一致できるはず。この一致点を目指して、相互に足の引っ張り合いをすることなく、政治を国民の手に取り戻すため(いや、かつて一度として政治は国民の手にあったのだろうか?)に、皆さんの具体的な行動を求めます。
 それはもう切実に。

 今、ここで自民党に猶予を与えては、マスコミ統制、言論統制などで、自民党は今の「なんとなく息苦しい社会」、「生きにくい社会」をさらに進めてくるでしょう。気がついた時には、大政翼賛政治の始まりになりかねません。
 民主党が勝っても政界再編の可能性が高いです。そしてそこでもう一度選挙があります。そこで、民主党保守派を含めた、「自民党的なもの」を選ばないように、私たちみんなが具体的な、現実的な行動を取り続けることを、私は皆さんに求めます。

 これは「檄文」です。受け取った人、特にブログオーナーの方は、ぜひコピーして、改変しても構いませんから、広めてください。
 私は別に武装闘争を求めるわけではありません。自民党が、一時の跳ね上がりのために、今、自分で墓穴を掘っているときに、その墓穴に追い落とすために、民主的選挙を通して、一撃を加えることを皆さんに求めているのです。

 時代を変える鍵は貴方の手に握られているのです。さぁ、今こそ行動を。

(豆知識:「檄文」とは。
 「檄文」と言っても、知らない若い人も多いでしょう。
 「檄を飛ばす」という言葉は知っているでしょう?これは今は、「はっぱをかける」という意味で使われているけど、本当は違います。
 昔の中国の話で、腐敗し堕落した中央政権を倒すために、有為の諸侯が、他の諸侯に兵を挙げることを呼び掛けた文章を「檄文」と言い、それを、各地方に早馬で届けることを、「檄を飛ばす」と言ったのです。「檄」が、木へんなのは、昔、紙が無かったころ、木簡と言って、木の札をつなげたものに文字を書いたことに由来します。
 今日は、小なりといえど、ブログオーナーとして、檄文を書き、各地にTBして、檄を飛ばしました。)
posted by 眠り猫 at 04:40| 東京 不明| Comment(9) | TrackBack(20) | 政治

2008年04月09日

国民本位の政策を打たない自民党

 早朝に目が覚めましたので。
 前の記事については、愚かものがコメントをつけてきましたが、表に出していません。なぜ、チベット騒乱が、英米国際金融資本の陰謀と断定できるのか私はさっぱりわかりません。またその解決に、対話よりも銃撃を上位に置く理由もわかりません。脳内妄想にふけっているだけではないかと思います。

 さて、馬鹿はほおってほいて、身近な話題、私が本来志向している、日本の国民生活をどうするかについてのお話です。
 最近、ガソリン等の暫定税率の話にしても、日銀総裁人事の話にしても、マスコミは民主党バッシングに懸命です。もちろん、自民党に強制されているのでしょう。
 しかし、暫定税率を含めた道路特定財源の1年後の一般財源化を表明した福田首相の発言を、現実のものとするための方策を打たなかった民主党は、確かに、目の前の福田政権打倒に走りすぎて、行き過ぎの面はあると思います。確かに、原油高による、ガソリンを含む、各種生活必需品の値上がりの中で、やはり、暫定税率は撤廃するべきでしたでしょう。一般財源化を1年後にすればよいのです。

 最近はこの手の話題ばかりが目につきますが、後期高齢者医療負担の問題など、コイズミがはじめた福祉切り捨ての路線を、福田内閣も踏襲しています。
 医療を切り、教育に介入し、物価値上げに対策をなんら打たず、賃上げも単に要請を行うのみ。
 現在の日本の状況は内需拡大でしか解決しないのは、経済学者も一致するところなのに、財界にものが十分に言えず、新自由主義体制のまま、国民への負担増のみで、国庫の赤字を減らそうという、国民切り捨て政策は続いています。

 国政にとって、何が一番重要なのか?
 福田首相は、コイズミや安倍に比べればまだしも善人であると思いますが、その施策は官財とのすり合わせができずに、なんら実行できていません。
 国政でもっとも重要なことは、国民の幸福です。不幸な人を減らすことです。
 金満家がさらに金を貯め込むために、国民生活を犠牲にしていてはだめなのです。

 ここら辺の認識が、自民党の論理とは、まったく相いれないらしいです。彼らの論理は世襲政治家が、世襲財界人と一緒になって、自分たちの利権を最優先に、一般の国民生活を切り捨てることにあるようです。
 年金問題も含め、福田内閣支持率が一気に20%台に下落したのも、国民の多数の幸福を考えた政治を行っていないからです。
 最低賃金の上昇、非正規雇用の禁止、生活保護世帯や老人への手当を優先すれば、支持率は下がらないでしょう。財源は企業の金です。私たちは別にトヨタが世界一にならなくても生きていけます。

 企業が史上空前の好決算の中で、その従業員への配分を怠ってきたのが、今の日本経済の弱体化の原因です。内需が全く駄目になってしまった。そのため、円高による輸出への不安が広がると、一気に経済の先行きが暗くなるのです。
 今は一時的に揺れ戻していますが、円高は今後も続くでしょう。1か月少し前には1ドル107円程度だったのです。90円台に落ちたのが、101円に戻ったからと言って、株価が上がるような馬鹿げた話では無いのです。

 今すぐは無理でも、とにかく国民の大多数にとって、収入が増えること。そしてそれが内需の拡大につながり、国全体の経済を下支えすること。これが理想的な経済の形です。
 そのためには、国民生活を切り捨てる、コイズミカイカクの方針を維持していてはだめなのです。
 新自由主義とも、自民党型利権政治とも縁を切り、リベラリズム政策に舵を切れば、支持率は下がりません。そして国民が生活に安心できる国になれば、政治も安定するでしょう。嫌がるのは利権政治家と、天下りする高級官僚と、今の制度で大きな利益を得ている、世襲経済人たちだけです。

 民主党も目先の倒閣活動にとらわれることなく、昨年の参議院選でマニフェストで公約したリベラリズム政策の実現をこそ、政府に迫っていくべきでしょう。その方が、国民の味方としてのイメージが強くなり、抵抗する自民党や官僚こそが「抵抗勢力」と呼ばれるでしょう。今の国会でのやり方は倒閣を急ぐあまり、ずさんなやり方になっていないか?そこを考え直してほしいです。

 福田政権は優先順位の付け方を間違えている。これが私の認識です。
posted by 眠り猫 at 05:46| 東京 ??| Comment(2) | TrackBack(6) | 政治

2008年04月06日

左派の硬直と、右派の愚昧さ

 さて、数日ブログを休んでいただけでも、世間は動いている。
 この間に、励ましなどのコメントをくださった方々に、この場で御礼を申し上げる。個別に対応せず、まことに申し訳ないが、コメントのご主旨はしっかりと受け止めていきたい。

 この数日間にあったことと言えば、ガソリンなどにかかる暫定税率が期限切れとなったことが、マスコミが事前に煽っていたほどの騒ぎもなく、たんたんと値下げが行われ、日々これ好日とも言うべき日が続いていること、見ていないので私も内容は評価できないが、映画「YASUKUNI」の公開問題で、稲田朋美衆院議員(小泉チルドレン)らが、国政調査権の発動として試写を求めた行為は、国政調査権のルール違反だったと渡海文部科学大臣が表明したり、当初は東京での公開が取りやめになるなど、右翼が喜びそうな状況だったが、各地の映画館の巻き返しで、大阪京都では予定通り、その他全国12か所で新規上映の動きが広まるなど、かえって稲田の愚か者ぶりが世間に知られる結果となった。
 この件については、ほぼすべての新聞が上映中止に追い込まれたことへの言論弾圧に非難の声をあげ、新聞協会、放送連盟などもそれに続いた。
 チベット問題では、相変わらず四川省などで、デモ隊と当局の衝突が起き、死傷者も出ているようだ。
 イラクでは、サドル師支持のマハディ軍と、少し前までは共同歩調を取っていた、同じシーア派が多い政府軍との間で、大規模な市街戦が起き、死者は300人を超えると言われる。一応停戦宣言が出て、今は鎮静化しているようだが。
 横須賀でのタクシー運転手殺害では、当初疑われていた通り脱走米軍兵の犯罪とわかり、米軍から身柄の引き渡しがあり、逮捕された。今後は日本の国法で裁かれることとなる。

 このように、数日の間に、さまざまなことが起こる。それを逐一取り上げていてもきりがない。
 今日は、これらの動きの中から見える、現在の左派の硬直ぶりと右派の愚昧さを批判したい。どちらも、実質的には支持者を減らし続けているのは、その馬鹿さ加減についていく人が減っている証拠だろう。

 まず、左派へ。特に社会主義への幻想を捨てきれていない、古い左派へ。
 チベット問題で、人道的見地からの弾圧批判を否定し、アメリカの策謀や、ダライ・ラマらが、世襲的権力者であったことを理由に、中国政府を擁護する人々へ。
 多くは論ずるまい。これまでも繰り返してきたように、教条主義に支配され思考の柔軟さを失い、イラク戦争は非難しても、中国当局の発砲による死者が出ていることを無視しようとするその姿勢はダブルスタンダードであり、結局は自分にとって、心地よい意見だけにしがみついている硬直した愚か者と言わせてもらおう。
 君たちがいかに古い教条主義にしがみつこうと、中国は、「共産党」と言う名の漢民族による組織が支配する、新自由主義国家だ。デモや騒乱が直ちに正しいとは言えないのはもちろんだが、それを銃撃や戦車、装甲車で弾圧することが正義とも言えまい。それから目をそむけている君たちは視野狭窄の愚かものだ。

 ついで右派へ。特に歴史改竄主義者へ。
 君たちにも上記の左派への批判と同じ言葉を贈ろう。「日本は偉い」、「日本は正しかった」、「あの戦争は祖国防衛戦争」などと言った、まさに耳に快い言葉だけに従い、現実の日本軍の占領国だけでなく、国民自身に対しても行われた、残虐無比な人権侵害の歴史から目を背ける者たちへ。
 君たちほどの幼児的存在はあるまい。野菜は苦いから嫌だと言って、甘いものだけを食べている幼児に似ている。
 現実を直視しないその姿は、もはやおろかを通り越して、狂人的ともいえる。

 今回の映画上映問題で、安倍晋三にスカウトされた小泉チルドレンである稲田朋美の軽挙妄動に踊らされ、上映予定館に、事実上の恫喝に行った右翼団体もそうだが、その上映中止の報を受け、喜んでいるバカ者たち。
 いつか、そのような表現の自由の侵害、基本的人権への侵害は自分自身の頭の上に降りかかってくることを想像もできないお子様的脳の持ち主たち。
 結果は、映画の存在が広く知られることになり、上映館が増え、マスコミもこぞって言論封圧の動きを批判する今、右派のもくろみは外れたどころか、裏目に出たと言えよう。
 それもこれも、狂ったように、反国粋思想狩りを行おうとした連中の招いた反作用である。愚かと言うべきであろう。

 結局、古い左派も歴史改竄主義の右派も、自分に都合のよい世界しか見ない、幼児以下の知能レベルと言うほかはない。
 特に、歴史改竄主義の右派の致命的なことは、まったく勉強をしないことだ。彼らは右派論壇の言い分をまる写しすることしかできない。自分で考えない。まさにお子様のように、情報の好き嫌いをしているだけだ。今回の映画の製作者が中国人だと言うだけで騒いでいるバカは、もっと始末に負えない。彼らはレイシズム、ゼノフォビアといった、引きこもりの思想しか知らず、意味もなく他民族を蔑視することで、やっと自分のアイデンティティを保とうとしている情けない連中だ。彼らには思想も思考もない。他国の右派とやりあう言語能力もないから、国内でわめいているだけの騒音源でしかない。

 かように、現在、声が大きい左派も右派も、その行動と発言は非常に劣悪である。
 今、これらの人々は、ネットという媒体が進歩したために一見声が大きく見えるが、実際には双方とも支持者を減らしている。
 無党派層が増えているのも、国際関係が進む中で、いつまでたっても進歩しないこれらの愚昧な手段に見切りをつけているからであろう。
 右派は、今後は中国、韓国産の食品は一切口にしないくらいの覚悟と行動があれば、まだ発言しても良いが、それもできない弱虫は騒ぐな。
 左派も、一方の殺人は非難し、他方の殺人は容認するようなことを言う奴は、人の命をどう考えるのか述べてみよ。

 私は右でも左でもない。国民本位のリベラリズム政策の実現を望む自由主義者だ。私にとって、日本の政治の目を覆わんばかりの現状と、ワーキングプアを代表とする同じ国民の苦しみをどうするかを考えることが何よりも重要だ。
 左右どちらも、まずは殻から出よ。現実を直視しろ。そして、今日本に最も大切なことは日の丸、君が代などでは無いことに思いをいたせ。
 それができない人々に、明日はない。

(私はコメントをフリーに受け入れる気はない。論理だって納得できるものでない限り、左右どちらの意見も切り捨てられる覚悟で、コメントしてきてもらいたい。)
posted by 眠り猫 at 11:21| 東京 ????| Comment(2) | TrackBack(10) | 政治

2008年04月03日

ごあいさつ

 新年度の初めを迎え、多くの方が人生の新たな門出、節目を迎えたことでしょう。
 心からお喜びと、今後の活躍を祈念いたします。

 さて、私自身も、この4月1日から、病気による休職を脱し、職場復帰いたしました。この件についてはこれまでもご連絡していたとおりです。
 この点で、残念なことながら、このブログの更新頻度を大幅に落とさざるを得ないことをご了承ください。職場復帰により時間も、精神面での負担も、休んでいたことよりも増大します。それを乗り越えて、きちんと復帰するためには、いろいろなことを整理し、その一環として、ブログ記事の更新頻度も落とすことになりました。
 これを契機に、今後は時事の問題を扱うものから、私自身の思考や思索の経過をまとめ、それにまた皆さんのご意見をうかがう場として、このブログを若干変化させるつもりです。
 アクセス数を気にしていた時期もありました。しかし、何よりも、自分の思考の場として。そしてそれを表明することにより、皆さんと切磋琢磨する場として、この場を使っていきたいと思います。

 復帰が順調に進めば、余裕もでき、更新頻度をアップすることもできるでしょうが、まずは復帰を最優先にして考えたいと思います。
 今後ともよろしくお願いいたします。

posted by 眠り猫 at 01:23| 東京 ????| Comment(3) | TrackBack(4) | 独り言
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