今回は、具体的な話から離れて、現在のコイズミ路線を継承する安倍政権が目指す、政治の方向について、その基本思想から述べたいと思います。しかし、そこには、複雑な問題が隠されているのです。
コイズミ改革において、竹中平蔵によって、導入された、経済思想・政策が、俗に、「ネオリベラリズム」(新自由主義)と言われる、市場競争を原則とした経済政策でした。
新自由主義は、経済思想の一つで、戦後世界の多くが採用してきた、経済に、ある程度国家が関与する、マクロ経済に基づくケインズ思想に対して生まれた、政府の関与をやめ、自由競争に任せるという政策でした。
新自由主義の基本は、「小さな政府」にあり、経済への国家関与の否定(政府系機関の民営化)と、自由競争の導入による、弱肉強食で、勝ったものにより経済を牽引しようと言うものでした。そして小さな政府の必然として、福祉への支出は削減されることになりました。これが、コイズミ改革の正体でした。しかもこれは、アメリカから始まった思想であり、アメリカの要求でコイズミガ導入したものです。結果は、より新自由主義になれた(「グローバルスタンダード」と言われたもの。実はアメリカのスタンダード)アメリカ資本が、日本の会社を次々に買収する結果になりました、かつての4大証券会社と言われた会社のうち、2社は、メリル・リンチと、日興コーディアルと言う、外資系に買収されたのが典型例です。
つまり、コイズミ改革と言うのは、郵政の資金を含め、日本の富を、アメリカに売り渡す政策だったのです。その際に取られたのが、「弱肉強食」の原則の新自由主義で、この政策で、世界最強のアメリカに、市場を開放したのでした。
しかし、話はそれで終わりません。
新自由主義の思想の本来からすれば、小さな政府と言うことで、減税が行われ、また軍備は縮小に向かうのがセオリーです。
しかし、アメリカでは、新自由主義(格差社会の最たるものはアメリカ)と共に、「ネオコン」(新保守主義)がのさばっています。
ネオコンと言うのは、経済思想ではなく、政治の姿勢です。思想ではありません。
元は、レーガノミックスとか、サッチャリズムと言われた1980年代の政治政策で、新自由主義と似た面を持っています、それは、小さな政府を目指して、国営企業の民営化を進め、福祉を縮小するの点が、新自由主義と類似の政策です。しかし、特にアメリカでは、小さな政府ではなく、大企業へのてこ入れと、軍需産業の大幅拡充と言う、新自由主義の基本とは異なる政策がなされました。これがレーガノミックスです。
そして、今のブッシュ政権は、「グローバルスタンダード」の名の下に、新自由主義政策的に、弱肉強食(勝つのは常にアメリカ)の経済政策を日本に押しつける一方、ネオコン的な軍事拡張政策で、戦争国家アメリカを築きました。アメリカの経済は、その資金の半分が、軍需産業がらみで、政府から落とされる資金であり、新自由主義の「小さな政府」とはかけ離れたものです。アメリカ経済は、数年に一度戦争をしないと回っていかない国家になってしまいました。
つまり、アメリカは、新自由主義の弱肉強食の理論と、ネオコンの軍事偏重主義の政策を同時に行っているのです。結果は、福祉は切り捨てられる一方で、場合によっては増税になることもあり、弱い国民にとっては過酷な政策となっています。事実、ブッシュ政権下で格差は過去最大のものになりました。
そして、日本では、コイズミが、新自由主義を進めました。しかし、コイズミは、ネオコンではありませんでした。防衛費のマイナスシーリングなど、非ネオコン的な政策を行っていました。コイズミが行ったのは、日本をアメリカに従属させ、日本経済や公的資金をアメリカに引き渡すことでした。
そして、経済政策には全く無知な安倍は、経済政策は、コイズミを引き継ぎましたが、たとえばサッチャリズムで行われた、教育の民営化とは逆に、教育への国家管理を進めたり、アメリカ的ネオコン政治にならい、軍事拡張路線をとろうとしています。
最近の自衛隊による市民監視を、防衛相が是認し、しかも対象は全国民との発言など、まるで北朝鮮の「先軍政治」と同様の、軍事偏重の国家を安倍政権は目指しています。憲法9条、12条、18条の改悪案も、全て軍事偏重のネオコン国家を目指すものです。
事実、新自由主義では減税になるはずなのに、コイズミが決めたこととはいえ、定率減税の廃止による、事実上の住民税増税、そして、安倍は公約を破り、参院選後の消費税上げをもくろんでいます。
つまり、今の日本政府は、アメリカのブッシュ政権の猿真似をして、弱いものはとことん弱く、一部の富裕層や大企業だけが有利になり、しかも福祉は削減し、増税によって得た資金は、軍事をはじめ、自分達の利権誘導に使うと言う、反国民的な政治を行おうとしているのです。
何故か軍事が好きな右派、右翼は、安倍政治を支持しているようですが、実は、安倍政治とは、産軍複合体を(今でもあるが)拡張し、自分達の利権を漁るため、そして国民を管理し支配するための強権的政治を行おうとしているのです。その口実に北朝鮮や中国脅威論を煽っているだけなのです。
軍隊が肥大化すると、自己目的的に増殖し、軍体独自の権益を増大させ、やがて軍事国家を目指すと言うのは、戦前の日本もそうで、また各国の歴史が証明しています。
今の、新自由主義とネオコン政治の結びついた、奇妙な、弱者切捨て、軍事偏重の政策は、やがて国を滅ぼす元になるものです。
実際、ネオコンのサッチャリズムでの、教育、エネルギーの民営化は失敗し、その後、再国営化がなされています。レーガノミックスの元で、福祉、教育を削り、軍事費を大幅に拡張したレーガン政権では、冷戦の末期、軍備拡張競争のため、経済が疲弊し、福祉の切捨てと合いまり、国民が未来への展望をもてない時期がありました。
つまり、新自由主義とネオコンのミックスと言う、一種の政策的キメラは、失敗してきたのが事実なのです。失敗するのに、何故それを繰り返すかと言うと、時の政権の為政者の私利私欲だけが目的です。
今の安倍は、祖父の岸が望んだ、軍事偏重主義により、自分の身内の私腹を肥やそうとしているのです。
それは、年金救済にかかる費用は950億円としながら、三菱重工によるジェット旅客機の開発に300億円の国費を投じることを、国会での議論も無く、いきなり決めてしまう姿勢からも明らかです(安倍の出身大学成蹊大学は三菱グループの学校)。
今、この必ず失敗する、新自由主義とネオコンのミックス政治を早く辞めさせなければ行けません。そのためにも憲法を変えさせてはいけません。
増税をするなら、それに応じて適度に福祉を充実させるのが、本来です(これは、オーソドックスなリベラリズムの思想)。社会保険庁民営化は、そのリベラリズムを軽視して、公的年金資金をアメリカ資本に開放しようと言う、新自由主義政策によるものです。そうなれば、消えた年金問題の責任を国が果たすことが出来なくなります。年金問題にも、アメリカ従属の思想が入り込んでいるのです。
やはり、ここは、この参議院選挙で、コイズミ、安倍と続く、新自由主義政策にノーを言わねばなりません。
では、ご唱和を 「安倍内閣打倒こそが、護憲への早道」

参議院選挙で一人でも多くの自民、公明党議員を落選させ、暮らしを破壊し続けるコイズミ以降の売国奴政策をストップさせましょう。ここで止められないと止める手段を奪われてしまう危険性大です。
今回は、かなり下手な文章になってしまったので、多くの方に読んでいただくのは気恥ずかしいのですが、言いたいことは何とか書けたと思います。
おっしゃるとおりで、コイズミの改革とは、実はアメリカ従属政策で首尾一貫していたのです。日本はアメリカに締めれば、金を吐き出す、金づるとして、従属することになりました。
さらに、日本自身が国債を発行して、戦争を進めるアメリカの、償還の見込みの薄い国債を買い続けているのです。
いかに、日本がアメリカに支配されているかがわかるでしょう。
私は、アメリカ文化、アメリカ人は好きです。しかし、ブッシュ時代のこの7年間に起きた、対米従属の政策は、もう終わりにしないと、日本はそのうち無くなってしまいます。
それにストップをかけるために、参院選では、安倍を退陣させるほど敗北させましょう。
その立場から私見を述べさせていただきます。途中脱線するかもしれませんが多めに見てやってください。
よく言われているように、アメリカの覇権を可能にしている最大の要因は、国際社会の基軸通貨に米ドルが用いられていることです。
これによって常に経済的優位に立ちながら、市場を開拓、確保していくというアメリカのむ世界経済戦略は、共和党=産軍複合体+オイルメジャー、民主党=金融資本+情報産業の違いはあれど、基本的に同じでしょう。
これは今世紀に入りグローバルスタンダードとして顕在化していますが、長期的には、内橋克人氏の著書のとおり「悪夢のサイクル―ネオリベラリズム循環」と考えられます。
これを保障する装置として軍隊が不可欠となっています。
だから格差社会を作り上げて貧困層からへータイをリクルートするというシステムは、心中主義の結果ではなく、心中主義的経済政策の一部かもしれません。
しかしアメリカ社会を持続させている人口増は、移民をはじめ貧困層に依る部分が大きく、たとえ公共事業として戦争を続け、貧困層を兵士に仕立て上げても、あまり殺してしまうのは得策ではありません。
そこで他国でへータイを調達する、そうだ日本があるぢゃないか、今まで国債買わせてマネーを貢がせてるんだし、というところでしょう。
ブッシュ政権が交代して米ネオコンが退場しても、長い目で見て状況は変わりません。
とは言え参院選で与党の暴走が止まれば、日本人が生活防衛する時間は稼げます。
たとえば
現行の消費税は戦時税制を原型にしている疑いがあるので、根本的に見直し。
一定規模以上の企業において、最低賃金は時給を上げるだけでなく、月給ベースで支払わせる。
今世紀に入り改悪された医療・福祉の制度を一度元に戻す。
これをやって少し世の中持ち直すと思います。
なお元々「軍産複合体」というのは、ソ連の脅威を誇張して自分たちの利益拡大を図る軍事産業・政治家・研究者の勢力を、アイゼンハワー政権が警戒的にそう呼んだものとのことです。この軍産複合体を理論武装したのがネオコンです。
コメントどうもありがとうございました。拝見しました。
アイゼンハワーが、退任演説の中で、繰り返し、「産軍複合体を許してはならない」と述べているのを、テレビで見ました。
しかし、軍需産業と癒着したブッシュやチェイニーのような政治家は、産軍複合体に戦争による大もうけをさせ、その上前をはねるようになりました。私は、レーガンの頃から顕著になったと思っています。これが、戦争国家アメリカの成立です。
日本では、憲法9条の歯止めがあるにもかかわらず、世界第5位の軍事費を投じています。安倍はそれと癒着する、ネオコン政治業者です。
9条の歯止めをはずし、徴兵制への道を開けば、日本の軍拡は際限なく拡大し、核武装までいくでしょう。
それを許してはいけないと思います。
では、またご意見ください。
私は、この議論に沿っていえば、新自由主義者です。ただし、
> 新自由主義の思想の本来からすれば、小さな政府と言うことで、減税が行われ、また軍備は縮小に向かうのがセオリー
とのご指摘通り、おそらくどんな急進的な左翼の方よりも軍備に反対しています。
そんな私や、私と似た考えを持つ人たち(リバタリアン)も、今の日本の政治状況においては「国権の増大に反対する」との共闘に加われると思うのですが、ここにかかれているような、頭ごなしな「新自由主義=社会悪の根元」論を展開されると、入る余地をなくしてしまします。……本当にその協働は不可能なのでしょうか?
たとえば、私は「諸個人の自由」という根本原理から「市場原理主義」と矛盾することなく政府の自衛権すらをも否定しています。下のログをご覧になれば、急進的過ぎて驚かれるのでは(苦笑)
http://hosiakari.blog34.fc2.com/blog-entry-251.html#more
資本をどこの国の人が所有しているか、あるいは年金がどのような資産へ分配され運用されるか(その運用者の国籍がどこであるか?)などということは、枝葉末節なことで、無用な「国粋主義」と私は考えます。むしろ、「契約の誠実な遵守」と「三方良し(顧客よし、売り手よし、世間よし)」との言葉で象徴されるような市場参加者の倫理観をより強く持つ人たちに委ねるべきものでないでしょうか?
USの国債に自分たちの預貯金が化けてしまうことへの嫌悪はよくわかるのですが、だとすればなおさら、自分たちの預貯金・年金が自分にとって「正しい」と思える運用ができるように、公的年金制度や郵便貯金・簡易保険を政府から切り離し解体すべきでないでしょうか?(そして、NGOや財団を立ち上げ、それらの預金を引き受ける貸し付けるマイクロクレジットのような機関を日本に確立するのが先決でないでしょうか)
また、「景気が回復する過程で不況時の緊急的な減税を廃止する」というのは、「新自由主義的発想」というより、「ケインズ的財政政策の王道」です。小泉サンが決めたこの判断は、ケインズ主義と何ら矛盾していません。
むしろ、「”景気拡大時に増税する”との政策は、民主政治のもとでは画餅だ(議会が賛成するわけがない)」と冷静に反対したのは、新自由主義のイデオローグとされるM.フリードマンです。
税率をもとに戻すことにすら反対されるというのは、ケインズ主義財政政策を無理と自ら認め、フリードマンの論の正しさを補強することになります。
……この論に沿うと、
「減税が行われ、また軍備は縮小に向かう」一方の極小政府が必然的に現れてきますが、
それをも嫌わはるとなると……、私としては、協働の糸口が見いだせず途方に暮れるわけなのです。
コメントありがとうございます。
私は、リベラルを標榜しています。私の専門は、法律であり、経済学については浅学であることを、まず言い訳にしておきます。
さて、貴方は、リバタリアンであると、おっしゃっています。私は、リバタリアンは、行きすぎだと考えています。
しかし、国家の政策として選択するものとしては、どちらの主張も、程度の問題であり、協働は可能であると考えます。
私が批判したのは、「誤った新自由主義と、ネオコンとの結びつきと言う誤った政治政策」であって、新自由主義の思想自体を全否定しているわけではありません。
ただ、現在の日本の新自由主義が、その本来の姿かと言うと、そうではなく、アメリカンスタンダードの導入により、日本の経済をアメリカに売り渡す媚米政策であると認識しています。
ご説を拝見していると、現実に対する意見ではなく、理想論ではないかと思います。もっと具体的な政策論まで踏み込まないと、議論できないと思いますが。
リベラルの立場でも、軍縮、減税が志向されます。ただ、競争による敗者に対するセイフティネットの展開を支持する点が、リバタリアンとの違いと思います。また、実際にリバタリアニズムを採用している国家は存在しません。ご存知のように、リバタリアニズムの一部は無政府主義を標榜します。
私のような法学、政治学を学んだ人間にとっては、無政府主義が現実的なものとは考えられず、やはり政府の存在の上に、それが公僕として、国民の福利に貢献することを望むものです。
繰り返しますが、このエントリーは、思想としての新自由主義を批判したものではなく、今の日本における、誤った新自由主義とネオコンを批判したものです。その点、ご理解いただきたいと思います。