それは、憲法25条、一般に「生存権」と呼ばれる基本的人権と、その実現に向けた国の責務を記した条文である。
内容は、
25条
1.すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2.国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上
及び増進に努めなければならない。
また、同じく、憲法の13条にて、「幸福追求権」が定められている。
13条
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の
権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の
尊重を必要とする。
以上のように、日本国憲法は、国民に、自由及び幸福の追求に関して、国政の上で最大の尊重を求め、その結果、国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有するのである。
北九州市で、「おにぎりが食べたい」と書き残して餓死した男性がいたような、「生きていくのに最低限の生活」すら保証されていない今の日本の実態は、国が憲法の求める責務を放棄し、一部富裕層のために、多数の国民生活を犠牲にして、弱者は「努力が足りないから」っと切って捨てる、憲法違反の状態に他ならない。
これは、明らかにコイズミ・竹中の経済政策と、福祉切り捨て路線が、明白な憲法違反であることの証左である。
社会保障は、国による、「ほどこし」ではなく、国が国民に対して行うべき責務であり、国民はそれを享受する権利を有する。また、労働再分配も同様で、ワーキングプアや、ネットカフェ難民などと言う存在が生じること自体、国の労務政策と財界の賃金削減路線が、憲法に反していることは明白である。
ここで、小手先の抗弁で、憲法に私人間効力は無いという、判例の存在の指摘は無意味である。国家は、その責務として、25条、13条の実現を求められているのは明白であり、それを行わず、社会保障の一律削減を指向して来たコイズミの政策は、憲法違反である。
また、その保証の内容も、「生きていくのにギリギリ」なレベルの生活ではなく、「健康で文化的な」、最低限の生活、っとされている。
現在の「プレカリアート」と言う、新たな貧困階級の叫び、「生きさせろ!」は、上記の権利が保障されていない現状を示している。
また、米軍機の騒音や、墜落の危険にさらされる基地周辺の住民は、「健康で文化的」な生活が保障されているとは言い難い。
コイズミ・安倍は、国民の仮想敵として、官僚(実際に政治家と癒着している高級官僚ではなく、組合に属する公務員)を槍玉に挙げ、それを叩いてきた。しかし、それは政治の無策と腐敗を糊塗するための欺瞞であり、実際には、官僚を悪者にしての民営化万能論は、国民の財産を売り飛ばす結果と、民営化によるユニバーサルサービスの低下により、国民生活に支障を来たす内容のものであった。
そして、一部大企業とその経営者、及び先祖代々の資産を持つ富裕層には、累進課税の撤廃など、恵まれた施策を打ってきた。
コイズミ、竹中が、一体、誰を見て政治を行ってきたかがわかる。
私は、次の衆院選に向けて、国民の敵として、富裕層を挙げ、累進課税の強化、ぜいたく品への課税強化、法人税増税で財源を確保し、その分を社会保障に振り向けることを提案する。
これは、かつての階級闘争のようであるが、そうではなく、憲法に基づいた、国民の権利を実現するために、コイズミによってゆがめられた憲法を正常な状態にするための戦いなのである。
これを志せば、民主党もまた護憲政党になる。
9条護憲だけが護憲ではない。護憲小政党の主張に、国民生活との乖離があったのは、13条、25条を重視してこなかったからである。
今度の選挙では、野党は、この条文に基づき、富裕層を仮想敵として、大多数の国民のための政策を打ち出すべきである。
それが、衆院選で野党が勝利するポイントであると考える。

http://www.netplanna.com/iwata/kazuki.htm
取り急ぎお知らせします。
ご協力ありがとうございました。
ご連絡いただきありがとうございます。
私は昼のニュースで知りました。
1ヶ月の間、車に接触したりしていたそうですが、生きながらえたのは、どこかで、誰かの善意があったのだと信じたいです。
眠り猫さんの方が、早かったですね。
後で、kojitakenさんのコメント欄で気がつきました。
何よりです。
色々な人に助けられたのでしょう。
よかったです。
ありがとうございました。
そうですね。富みの偏在は、心の荒廃をもたらしているように見えますね。
文化も芳しくないようですし。犯罪に対する、厳罰化も、ちょっと異常なようにも思いますし。