「B層」という言葉は、言い換えると、「衆愚」に近い。実際の定義はコイズミ政権に対する有権者の姿勢を分類したものだが、今は幅広に使われているが、その中でも、今回の大阪府知事選挙では、「衆愚」というB層の票による、橋下勝利と言えるだろう。
まぁ、反権力の大阪などとうそぶきながら、最も保守サイドにへつらう言動をしていた橋下を応援したやしきたかじんもその正体を曝したわけだ。また、大阪人はテレビのバラエティか、スポーツ新聞しか読まない人が多いということもこれで証明された。
一方で、野党側の候補の方が良かったかどうかは、わからない。しかし、マニフェストを読んだ限りでは、橋下のもとでは弱者は切り捨てられていくだろうことは予想できる。それでも大差で橋下を勝たせた大阪府民は、自己責任である。だから、とやかく言うつもりはない。
ただ、問題として残されるのは、やはり、B層=衆愚の数が多く、それでも、国民平等の観点から、彼らも1票を持っており、今回のように、有名人であれば、あまり知られていない大学教授などは負けてしまうことを意味する。
大阪府民は、自己責任で、橋下の政治を受けるので、どうなっても知らないが(また、たぶん何も変わったことはできないだろうし。)、国政選挙で、衆愚政治爆発の「コイズミ郵政選挙」のような事態はもう避けたい。
それを回避するために、ネットだけでなく現実社会でも何かしていかねばならないと思っている。
よく、「政治ブログの限界論」が言われる。私はその通りだと思っている。それでも、何もしないよりはましと思い、ブログを書き、そしてその記事をいくつかの野党に送り続けている。何もしないでせせら笑っているだけのニヒリストや、ブログ言論に過大な期待を抱いているブロガーのどちらとも意見を異にする。リベラル系政治ブログに比べたら、ネット右翼のブログなど、屁の突っ張りにもならんです。
でも、やはり、閉じた世界である、ネットの中の、さらに、「読みに来てくれることを待つしかない」ブログでは、限界は多かろう。
衆愚政治を打破するのは容易ではない、歴史的にも数千年の昔から、民主主義は衆愚政治に陥ってきた。
しかし、今の日本を取り巻く情勢は、日本が滅びないためには、今の自公政権打倒が第一歩という私の認識は変わらない。しかしそれだけでは不十分で、今の野党に対しても政策提言なお働きかけるべきだろう。実際には自分自身が政治活動に身を投じることも考えられるが、日々の生活に追われる私にその余裕は無い。
今後も、理想に少しでも近づくために、何ができるか考えていきたい。

選挙戦のミスは民主党にありました。大連立、選挙優先主義、ガソリン値下げ隊、、民主党にお灸を据えなくては、図に乗るばかりだと考える有権者がいておかしくありません。橋下氏を追いつめるために、何をすべきだったのでしょうか?財界へのへつらいでも、ネガティブキャンペーンでもないはずです。熊谷氏は橋下氏を上回る「衆愚」からの支持を得ることは出来ませんでした。
橋下氏を批判する前に、「衆愚政治」を嘆く前に、すること、しなければならないことはヤマほどあると思います。敗北を活かせるか、活かせないかが、総選挙の帰趨を決めることになるでしょう。
さて、私は衆愚を事後に嘆いてなどおりません。
文章をよく読んでいただければ、私は衆愚を所与のものと考え、その上で国政でどうしていくかを考えていくと述べているのです。
橋下に投票した人の多くは衆愚でしょうが、それを非難もしません。だって、学校の成績もピンからキリまで。だいたい成績の悪い奴らが暴走族経由で暴力団=右翼になっていった、私の時代のことを考えれば、衆愚は多数派として厳然と存在します。
だからそれを前提に国政選挙を戦う方法を考えねばなりません。
民主党の「ガソリン値下げ隊」などは、私には陳腐に写りますが、衆愚対策としてはわかりやすさを求めているのでしょう。
気取った人は、大衆を衆愚と認めることを嫌がりますが、実際、そうではないですか?
現実を認め、その先を考えることを提起しているだけです。
地方の選挙だと岩国と松本の方が国政への影響は大きいと思うんだけど、後者について言及している政治ブログは見当たらない。北欧型福祉行政モデルを考える取っ掛かりには、いい材料なんだが。まあいいや。
ネット右翼は存在自体をスルーしてよろし。立ち枯れて行く一方だから気にするだけ時間の無駄。
しかし立ち位置がどうあれ、現実の政治にコミットするならポピュリズムの受容は不可避。
それがディレンマの元でしょう。
経済、学問、芸術に関わる活動や表現て、高度化すればするほど理解層、直接的支持層は薄くなる。もちろんそれを補う安定を保障されて。
だけど民主政治は多数決だから。
で、リベ平系政治ブロガー一般のあからさまな欠点を指摘させていただいて締めます。
おセージブロガーズ、態度大き過ぎ。あたしゃ去年の今頃ビックラコンでしたよ。凄まじい上から目線、大上段からの物言い、反発するコメンターをバカにするフザケたレス。
「いや〜、このひとたちってホント偉いんだ」と。
しかし今や化けの皮剥がれまくり。
>今後も、理想に少しでも近づくために、何ができるか考えていきたい。
その結果を表明するのには大いに期待します。だから表現は謙虚にね。
おっしゃるとおりですね。
民主主義社会であり、しかもすべての民衆が高等教育を受けているわけでも知性が豊かな人ばかりでも無い現実の世の中で、ポピュリズムにある程度寄り添う必要はあるでしょう。それは「大衆迎合主義」ではなくて、「大衆と同じ視点に立つ」ことで達せられるべきでしょうね。
この記事の次のエントリーでは、少し細かく私の姿勢に触れています。
私は普段は強い口調はあっても、罵詈讒謗は慎む(昔指摘を受けたので)事にしていますし、「上から目線」は、していないつもりでしたが、今回は「衆愚」という言葉を使ったので、全体としてそんな感じになってしまいましたかな。急いで書いたせいもありますか。今後は気をつけていきましょう。
では。
おっしゃる通りの面はあると思います。
別に反権力で橋下を選んだとも思いませんが、民主党、特に小沢代表におごりがあるような気はします。
風は吹くものではなく吹かせるものです。
私は政権交代が至上と考えています。
「日本国民と日本国の現在と未来をのみ考えた活動に専念すべき。」という活動は、実効的にはやはり政権を取らないと。
もちろん政権外でも行なうことに異論はありませんが。
しかし、今回は応援している立場として苦言を呈させていただきます。
というのは、今回の敗因についての分析が甘すぎると思います。
敗因についての責任のほとんどすべてをB層と呼ばれる人々に何の証拠もなく押し付けているように見えます。問題は、敗因分析ほとんど何の実証的データもないことです。
例えば今回の投票者の何割がB層で、そのうち何割が橋下に投票したのか?これがなければ説得力がありません。
さらにB層とは何ですか?どのように定義するのですか?B層は何人いるのでしょうか?
私は、共闘すべき人々の一部を少なくない侮蔑をこめてB層ということに、戸惑いを感じえません。
りべ平系ブログの気持ちはわかりますが、率直に「己の足らざるを知る」必要があると思います。
厳しいことを言ってすみません。
とにかくまだ終わったわけではないのです。気を取り直してがんばりましょう!
ご意見ありがとうございます。
このコメントへのお答は、今日(30日)のエントリーの最初で述べています。よろしくご覧ください。