沖縄米兵、少女暴行事件について、産経新聞を中心に、右派の、「騒ぎすぎ」という妄言が、いかに歴史的事実を知らず、本土の人間の傲慢な態度として沖縄の人に映っているかに、知性のない右派にはわからないのでしょう。
沖縄は、琉球王国時代に、江戸幕府公認のもとで、薩摩藩により侵略、支配され、琉球を通しての、大陸との貿易のため、体裁は王国は残されましたが、実際には薩摩藩から重い税をかけられて、民は塗炭の苦しみに喘いでいました。
明治維新の薩摩藩の資金源は、こうした琉球支配からもたらせたものでした。
そして、明治になってから、「琉球処分」というものが行われ、独立国としての琉球王国は強制的に廃止され、王は最初は男爵として列せられた物の、島民
にとっては、貧しさだけが残っていました。
そして、琉球処分後も、日本人(本土人)の琉球人差別は続き、従軍慰安婦にも、沖縄の女性が多く連れて行かれました。
とどめは沖縄戦です。本土防衛の捨て石とされた、沖縄では、太平洋戦争中最大の地上戦が行われたとされています。
しかし、それは被害の大きさからはそうですが、実際には米国による、途方もない物量作戦と、穴があれば、見境なしに焼き払うという殲滅戦の挙句、沖縄島民は、三分の一が死亡しました。
本土人によって、差別され、捨て石にされ、さらに米軍に殺されて(日本軍による自決の強要や、スパイ容疑での処刑などがありました)、生き残った沖縄県民たちは、米軍が作った収容所に入れられました。
しかし、その後、何年か経ってから、収容所を出た沖縄県民が驚いたのは、今の嘉手納基地など、広大な土地が、所有者に断りも補償もなく、接収されて、米軍基地になっていたのです。その状態は今も続いています。
サンフランシスコ講和会議で、日本は独立を果たしたと歴史では教えますが、沖縄はこれに含まれず、アメリカによる領有が続きました。
この間、誤射、事故だけでなく、意図的な銃撃、車で引き殺す、など、今、米軍がイラクで行っているのと同じことが行われました。
WIKIPEDIAにもあるように、1954年以降、確認されているだけで、日本全体で、米軍の事故、事件で死んだ日本人は1000人以上。これに、米軍領有時の沖縄県の数字は入っていません。
1970年には、米軍のあまりの横暴と、その犯罪が、米軍内部での処分で、軽微または無罪に終わることに怒った、市民が、交通事故を起こした米兵を取り囲み、米軍のMPと衝突して、車に火を放つという、「コザ暴動」という事件も起きています。
それだけ、米兵の犯罪に、沖縄県民は、怒りを膨らませていたのです。
そして1972年の沖縄返還。沖縄は日本に返還されましたが、本来、沖縄県民が望んだのは、「基地撤去、本土並み」でしたが、これは、「核抜き、本土並み」にすり替えられ、基地は存続しました。
その後も、「日米地位協定」により、米兵の起こす事件は、領有されていた時と同様に、米軍側で処理され、ほとんどは本国送還でごまかされてきました。今回の事件で、犯人の逮捕に成功したのは、13年前の事件以降の、地位協定の、運用の見直しの一環として、現行犯は、沖縄県警察が逮捕拘留できるということになったからで、基地内に逃げ込まれていたら手出しはできませんでしたし、今でも、米軍が身柄の引き渡しを要求してきたら、日本は応じなければならないのです。
以上のような、迫害と差別の歴史の中で、土地を接収されて、一族の誰かは、米軍に殺されたという記憶がある中で、依然、沖縄での米兵の犯罪は、続いているのです。
この、積年の苦しみと怨念を知らずして、「騒げば補償金が入る」っという、根拠のないデマを使って、沖縄人を愚弄する、右派メディア、右翼どもは、依然として、沖縄人を差別しているのです。
この悪質な連中こそ、米軍基地の隣に住まわせるべきです。
先日のプリンスホテルに限らず、産経新聞、サンケイスポーツの、不買運動を始めましょう。日刊フジ、SPA!も同じ、扶桑社の書籍も買うのはやめましょう。
そして、産経など、右派メディアの言うことが、いかに不条理で、売国的であり、沖縄県民の心情を理解していないかを、この文を転載して、広めてください。
本土人は、沖縄に、おおきな負い目をおっているのです。
それなのに、さらに傷つける言葉を吐く、下劣な右翼の奴らを糾弾しましょう。


