さて、今日は引き続き、新自由主義批判のエントリーである。
正直、「新自由主義」という言葉について、何を知っているかと言うと、私も多くは知らない。
経済学的な面では、一時日本でももてはやされた、ミルトン・フリードマンというアメリカの経済学者が主張した、「警察と外交以外は国家が関与する必要はない」、という、「小さな政府論」が基礎となっており、具体的な政策としては、国営・半国営の重要な事業の民営化、あらゆることへの市場競争原理の導入を掲げている。規制緩和もその一環である。
世界では、1980年代に、アメリカの共和党のレーガン大統領や、イギリスの保守党のサッチャー首相が導入をはじめ、日本の中曽根政権もそれに追従した。
日本でいえば、国鉄(現JR)や、電電公社(現NTT他)などの民営化が行われたのも、この政策にのっとったものである。中曽根政権の土地に関する規制緩和は、その後1990年代に土地本位制の日本において、バブル経済をもたらしたが、行きすぎたペーパーマネーの膨張は、バブル崩壊をもたらし、日本は、20年に及ぶ不景気(私は政府の数値データのみによる景気拡大が続いているという発表をうのみにはしない。)をもたらし、今も影響はぬぐえていない。
そして、その後の自民党政権も、社会保障を削る口実として、この政策を踏襲し、小泉政権下で、竹中平蔵が進めた規制緩和、民営化路線(郵政民営化、社保庁への競争原理の導入、教育現場での競争原理の導入など)が進められた。
しかし、中曽根政権時代も、小泉政権時代も、なぜ「官から民へ」なのかの具体的な説明はなかった。ただ、お題目のようにそれが主張され、反対する者を守旧派、抵抗勢力と呼び、論難するだけであった。
国鉄ではどうだろう。確かにそれまでの膨大な赤字は、清算事業団に押し付けて、JRでは、民営化に反対した国労の職員を中心に首切りが行われ、人件費のカットが行われた。あまり報道されないが、この点について、元国労職員が起こした労働訴訟では、国労職員側が連戦連勝であることを付記しておく。
JRでは、車両が豪華になったり、さまざまな付帯事業が行われるようになった。
しかし、ダイヤは儲け至上主義になり、多くの安くて便利な急行が廃止され、地方の赤字路線は廃線へと追い込まれた。また、儲け至上主義のため安全が犠牲となった例として、尼崎における100名以上の犠牲者を出した脱線事故が記憶に新しい。
そもそも、国鉄の累積赤字も、職員の怠慢のせいではなく、自民党議員による、地元への赤字路線の増設という事態が招いたもので、民営化された現在でも、JR東日本、東海、西日本を除いては、基本的に赤字体質が続いている。
JRの民営化が本当に正しかったかどうかの検証は今でも行われていない。
そして、小泉政権下で、郵政事業の民営化が行われた。しかし、この結果が出るのはまだ先である。
そもそも郵政事業は赤字ではなく、国庫に財政投融資資金を提供するほどの優等生だった。
地方の簡易郵便局を減らし、ユニヴァーサルサービスを犠牲にしてまで民営化を行う必要があったのかどうか、非常に疑問であるが、コイズミ郵政選挙で、国民がそれに信託を与えてしまったのだから、もはやどうしようもない。
「何でも民営化」、「何でも規制緩和」という、新自由主義のお題目に沿っただけで、具体的な検証やリサーチなしに進められてきた自民党の政策は、他方で社会保障の削減をもたらしている。
また、規制緩和の結果、外資の導入に門戸が開かれ、多くの企業が主にアメリカ系の資本に買収された。旧山一証券は、メリルリンチになり、日興証券は、先日、コーディアルグループに完全子会社化された。
また、労働条件における規制緩和が、非正規雇用を増加させ、現在日本の労働者の三分の一が非正規雇用で、低い賃金と不利な労働条件のもとにおかれているという現状を生み出している。その多くが、ワーキングプアになっているのも、最近になってようやく問題視されるようになってきた。
新自由主義の基本は、競争原理にある。しかし、平等な立場からスタートするならともかく、実際には、競争原理が導入された時点で強いものが、より強くなり、他の敗者を圧倒する事態になる。その結果、富めるものはより豊かに、敗北者はより貧しくなっていく。これが格差の拡大の原因である。
日本でもアメリカでも、富める者=大企業と癒着した政治家の利権あさりのために、新自由主義はさらに継続されている。
しかし、アメリカと同じ2大政党制でも、一方が社民主義的な労働党であるイギリスでは、サッチャーの新自由主義路線(サッチャリズム)は、労働党政権により修正され、民営化された電力事業の一部や、教育は再び国営化された。
アメリカでは先年、カリフォルニア電力危機と、電気料金の高騰が起きている。このように、「民営化、競争原理必ずしも善ならず」なのである。
昨日のエントリーで紹介した、「ルポ 貧困大国アメリカ」の中でも、医療と教育という、命と人間形成の現場に、競争原理を持ち込むことによる、現場の荒廃が強く指摘されていた。
今現在、日本は、医療に競争原理は導入されていない。また教育への導入もまだ限定的であるし反対も多い。まだ、引き返す道は残されている。
コイズミを熱狂的に支持した人々は、今でも、民営化万能論に幻想を抱いているようである。また、学問的なことに疎い右翼たちは、ただ保守政権党である自民党の政策であると言うだけで、新自由主義を支持している。愚かと言うほかはない。特に教育レベルの低い保守主義者は、自らが最も犠牲にされていることに気付かない。今、何とかやっていけているのは、先祖の財産を食いつぶしているからにすぎないことに気付かない。破局は遠からず訪れる。今のままでは。
新自由主義の元祖、フリードマン自身が、その著書の中で、「負の所得税」という名前で、国民に、最低限の収入保障を国が行うべきと述べ、「われわれもまた、ケインジアンなのだ」という言葉を残している。アメリカでも日本でも、その部分だけはすっぽりと欠落している。
今、アメリカでも、国民皆保険など、福祉に重点を置いた、民主党の大統領候補が熱戦を繰り広げている。世論調査の結果では、民主党の大統領が誕生しそうな勢いである。
財政難のアメリカにおいて、国民皆保険を実行しようとすれば、当然、大企業課税、軍事費削減の道をとらざるを得ないであろう。それは、戦争屋ブッシュの戦争利権あさりの政治の終焉を意味する。そして、貧困層に落とされた人々の期待が、新自由主義を変えようという、民主党の2人の候補(クリントン、オバマ)に向けられているのである。
日本人の覚醒はまだか?いや、昨年の参議院選で、すでに、日本人の民意は示されている。民主党はその体質や、個々の議員の主義に、未だ自民党的なものを内包するが、あの参院選での圧勝は、リベラル的政策の実現を確約したマニフェストにあることは自明である。
今後、民主党は、もっと具体的に新自由主義の悪の一面を暴き、それに対処するための政策と財源を国民に示して行くべきであろう。
ランキング応援、よろしくお願いします。




で・・・
結局良くも悪しくも最後はテレビメディア次第なんじゃないですかね
参院選挙にしてもアベの年金問題に対する姿勢と閣僚不祥事をマスコミが右派の言う「悪意」を持って取り上げたお陰で大衆がカウンター政党としての民主党に投票しただけかと。
そこには民意が新自由主義に対して拒否を示した言うほどのものは殆ど無かったのではないでしょうか
テレビメディアは今でも新自由主義推進姿勢の様ですし(スポンサーとの関係で当然そうせざるを得ないでしょう)、例えばコイズミやそのお仲間がトップに立って選挙をすれば間違いなく彼らを応援するものと思われます。
そうなれば相当数の一般大衆は再びコイズミカイカク勢力を支持するのではないでしょうか
非常に残念で腹立たしいことですが、まだまだ一般大衆の意識はそんなものだと思っております
本当に
「おまえらえー加減に目ぇ覚ませや!」
と言いたいですねぇ。
まぁ、これが杞憂なら良いのですが。
専門家だからこの程度のことはとうに知っていると思いますが、一応、送ってみましょう。
>ikaさんへ
確かにおっしゃるような側面はあるでしょう。年金問題は安倍自民党に致命的な逆風でした。しかし、地方の疲弊問題については、民主党の示した零細農家個別補償制度が支持を集めたものと思います。
おまえは馬鹿か?
コイズミの言ったワークシェアリングは、ドイツのように、賃金はそのままで、仕事を分けて、失業者を救済するものでは無く、賃金の切り下げを主目的にしたものだった。
無知なくせに人を馬鹿にするような態度をとっている限り、貴様のコメントなど表に出すものか。
「新自由主義の暴虐を批判するのに、右も左も無い」とのことですが、新自由主義を批判している「右」として、どのような勢力や人たちがいますか?
私の意図は、右も、新自由主義を批判してしかるべきだ、っという意味でつけた題です。真に国や国民を考えるのならば、右であっても、現在の社会問題の根底にあるものは批判すべきということです。保守の自民党が推進しているというだけで、迎合しているのは、思考が足りないという揶揄でもあります。
ご質問の趣旨に直接お答えすると、一応、反グローバリズム、反構造主義、っといううたい文句の右翼ブログがあります。内容はてんでだめですが。
ブログ名とURLはそちらのブログに非公開で書き込みます。