今日まで3日間、連続記事として、新自由主義批判を繰り広げてきた(途中他の記事が2つ挟まっている)が、今日で一区切りとしたい。
しかし、私は、新自由主義という経済思想自体が害悪であるとは思っていない。それは極端ではあるが、経済の学説の一つに過ぎない。
では、なぜ、世界中の多くの国がこの学説に基づく経済政策を導入して、国民を貧困の底へと追いやっているのであろうか?
まず、新自由主義の良い面を指摘しておく。市場競争原理の導入と、規制緩和という政策は、基本的に古典的経済学のアダム・スミスの「夜警国家」論と非常に似通っている。そこでは経済の無限拡大が前提とされ、競争によって、経済のパイ自体が拡大し、国を富ませるという考えである。
しかし、日米に新自由主義が導入された時期は、そういう時期では無かった。アメリカは冷戦時の軍拡競争で疲弊し、日本もまた、戦後の右肩上がりの経済成長が鈍化し、経済のパイが大きくならなくなった時代である。いわゆる「ゼロ・サム社会」の出現である。
こうなると、経済は沈滞する。
その時、カンフル剤として導入されたのが、新自由主義である。これが理想的に働けば、経済が競争により活性化され、パイの拡大がもたらされるかも知れなかった。携帯電話などの一部の業種では確かにその成果は出た。一方、バブルの時代には、実体経済の伴わない、ペーパーマネーだけが肥大し、そのバランスが崩れ、一挙に崩壊し、日本経済は危機に瀕した。
パイの拡大がない以上、新自由主義のもとでは、同じ大きさのパイの分け前の奪い合いが始まり、力の強いものが勝つという弱肉強食の状態になり、富めるものはますます富み、敗北者はその分貧困に陥っていった。つまり、新自由主義が機能を十全に発揮できるのは、パイの拡大が見込める新興国であって、アメリカや日本のような爛熟した国家では、多国籍企業クラスの大企業だけが生き残り、他の中小企業は淘汰されてしまう結果となった。
また、新興国との競争の過程で、先進国は賃金の水準を落とすことで対応した。その結果、勤労者階級の賃金が切り下げられ、さらに格差が拡大した。
つまり、新自由主義という学説自体に特に悪はなかったが、それを適用する時代環境と、国が間違っていたのである。
さらに、私の推論であるが、ヨーロッパに比べ、日米において、新自由主義の弊害が大きいように見てとれる。その原因を考えてみた。
日米に共通するのは、政権を常に保守政党が握ってきたことがあげられる。
アメリカでは、レーガン大統領以降、クリントン政権が民主党であっただけで、他はブッシュ父子も含め、保守色の濃い共和党政権である。また、アメリカの2大政党は、政策に大きな違いがない、保守2大政党制と言っても良いのが実情である。
日本では、多少の紆余曲折はあったが、この間、ほとんどは保守の自民党政権が続いている。
では、保守政党が新自由主義を導入するメリットがどこにあるのか?
それは、保守政党は、既得権益を握る、大企業と裏に表に密接に結びついている。その状態で新自由主義を導入すれば、それらの、大企業にのみ富が集まる。保守政党はそこと結びつき利権を漁る。
特に、アメリカでは史上珍しい、父子による大統領就任と言う世襲があった。日本では保守政党自民党の構成員は多くが世襲議員である。彼らは生まれたときから、「持つ者」であり、新自由主義下においては、「勝ち組」になれる存在であった。
だから、彼らは、新自由主義の導入に走ったものと思われる。まぁそこまで考えていたかはわからない。日本の場合、単なるアメリカ追従だったのかもしれない。
しかし、コイズミ、竹中平蔵の2人は確信犯であったと思われる。そこには、国民全体の幸福を考えるという姿勢は無く、一部大企業と結託して、自分たちの利権だけを漁る姿が明確であった。だから、彼らは新自由主義の導入にあたって、具体的に何が起きるかの説明をしなかった。
バブル崩壊(これも中曽根による新自由主義の結末であった)後の閉塞した経済状況を立て直すという触れ込みで、新自由主義が強化された。そして具体的な説明がないまま、反対する人々を「抵抗勢力」と決めつけて論難し、強引に新自由主義を導入した。
結果は、現在の日本社会を見ればわかるとおりの、格差社会の出現と、社会保障の切り下げであった。私は、コイズミの登場当時から、その政策には反対していたが、まだブログを始めてはいなかった。
また、まことに迂遠ではあるが、私自身は、勝ち負けで言うと、かろうじて勝ち組に入る側だったので、危機感が薄かったのも事実である。そしてコイズミ郵政選挙で、コイズミのパフォーマンスに騙された多くの国民(特に雰囲気に流されやすい「B層」)が、わけもわからないのにコイズミに圧倒的な支持を与え、日本における新自由主義経済は完成した。実際には自分たちを貧困に追いやり、一部の者が利権を独占する社会を実現することだったのに。
パイの拡大の無い社会で、その奪い合いをしたら、強者のみが勝ち残る。そして弱者は貧困のそこに落とされる。こんな社会を作ったのは、自分たちの利権にしか関心がない、自民党政治であるのは明白である。
しかも、中曽根より前の自民党政治家には、利権を漁る側面もあったが、まだ国民のために政治をするという気概があった。
しかし、その世代の二世、三世が政治家となっている今では、彼らは父祖から受け継いだ利権マシーンの一部として、取り巻きと自分のために裏金を稼ぐことが使命とされて政治家となっている。
まさに、政治家と言う「家業」を継いだだけの「政治業者」へと堕落しているのである。自民党の政治家になるのには、本人の資質とは全く無縁であるのは、安倍の無能ぶりを見れば良くわかる。世襲利権マシーンの部品であれば良いだけなのだ。
今、経済的困窮を抱えている人々は、それを耐え忍ぶのが美徳ではない。
自民党世襲政治を打破することがまず肝心なのである。
現状、政権の受け皿としては、自民党と似た体質の民主党しか無いのが、日本人にとっては不幸であるが、それでも民主党は先の参院選で国民本位のリベラル政策を打ち出した。自民党よりはましな政権として、民主党を支持せざるを得ないというのが現状であろう。
とにかく、現在の自民党政権が続けば、格差は固定され、新たな身分社会ができてしまう。そんなことは憲法における平等の原則に反する。また、おにぎり一つ買えずに餓死した北九州市の男性の例は、日本では、憲法25条で言う、生存権がないがしろにされ、国家により国民が殺される時代になりつつあるのである。選挙で国民の怒りをぶつけることこそが、現状を変える第一歩である。中南米の国民は、長い暴虐の歴史を乗り越えて、その道へと進んだ。日本人にはそれができないのか?
民主党には悪い点がいっぱいある。たぶん私は、民主党が政権をとったら、民主党への批判を行うだろう。しかし、自民党世襲政治よりはましなのである。あとは、国民がいかに民主党を変えていくかの問題であろう。
自民党腐敗・世襲政治に終わりを。次の選挙、その次の選挙で、日本人の本質が問われるのだ。
今日もランキング応援よろしくお願いします。




とても分かりやすく解説していただきありがとうございます。
なるほど、拡大し得ないパイを取り合えば最初から有利な大企業だけが獲得してしまうのですね。
だから実感とはほど遠い経済は上向きなどと発表されるのですね。
私も現与党は政権からぜひ降りてもらいたいと切望していますが、そのためには野党で票を食い合うことなく、与党支持者から票をぶんどる気概を持って欲しいと思っています。有権者数は決まってますからパイの大きさは変わりませんものね(^^;)
どうも。
私も特に勉強したわけではありません。
ただ、アダム・スミスの「国富論」は読んでいたので、なぜ、それがケインジアンにとってかわられたかの経過を考えれば、新自由主義が必然的に行き詰る原因を見てとれます。経済に詳しい人から見れば、噴飯ものかもしれませんが、多少は正しいと自負しています。
与党は腐敗しています。しかし、福田首相は、春闘での賃上げを企業に求めるなど(詳細はあすのエントリーで)、事実上、新自由主義路線を修正しています。野党としては攻めづらいところですが、国民の支持率は上昇しないようで、ここで野党は、長妻氏や保坂氏が、明快に年金問題などで政府を追及し、正当性を主張してほしいです。その意味では国会空転は残念なことだと思っています。