2008年04月22日

映画「靖国」、削除要求を拒否し公開へ

 突如話題になった、ドキュメンタリー映画「靖国」の上映問題。
 コイズミチルドレンの一人、安倍にスカウトされた、右翼弁護士稲田朋美の妄動から始まったこの騒ぎは、彼女の思惑とは裏腹に、当初5館でしか上映が予定されていなかったものが、言論・表現の自由への危機を感じた、各地の有為の映画館が続々と上映を決め、現状23の映画館が上映を決めている。当初、及び腰と言われた、配給会社のアルゴ・ピクチャーズも腹をすえ、上映に前向きとなった。

 これに対して、今度は自民党の参議院議員の有村治子が、何をどうやったのか、映画の主要登場人物である、靖国刀の刀工が、映画から自分の出演シーンを削除してほしいと言っていると言い始め、確かにTBSの報道では、刀工本人がそれに近いことを述べていた。
 また、靖国神社も、突如、10年にもわたって、境内での撮影を許してきたにもかかわらず、よくわからない理由で、靖国神社の境内の風景の削除を要求し始めた。

 しかし、配給元のアルゴ・ピクチャーズは、弁護士とも相談のうえ、映像の削除なしでの上映に踏み切ることとした。
 以前、私がここで述べたように、民法上の上映差し止め請求、およびその仮処分執行が認められない限り、上映を差し止めることは、出演者にも靖国神社にもできない。
 今後、5月3日の上映開始までに、それらの司法上の措置に、訴えるかどうかはまだわからないが、たとえ訴えたとしても、裁判所はこれを認めないであろう。

 刀工の場合は、監督が言っているように、ビデオを見せたり、その部分がすでにテレビにも出ていた。さらに監督に書を送り、記者会見の2週間前にはパンフレットの打ち合わせまでしていたという。
 それに対して、刀工が、それまで何の異議も申し立てず、有村が何かしてから、急に削除を求め始めたのも、おかしな話だ。
 「本人が言っているのだから」というのは、法律上通用しない。撮影に応じていた以上、もし、差し止めするなら、「意思の錯誤」があったことを、刀工側が立証しなければならない。はたしてできるのか?

 靖国神社の言い分は、もっとあいまいで根拠の薄弱なもので、一般に出入りが公開されている社会的に公の場所での10年にわたる撮影を放置しておきながら、完成してから、上映寸前に削除を求めるというのは、逆に言えば、10年間いったい何をしてきたのかということにもなる。監督側が、神社側の規則を守らなかったとか何とか言っていたが、それなら撮影中に言うべきであっただろう。

 両者の主張で、法的に取り上げられうるのは刀工の意見のみで、靖国神社の主張は、差し止め請求をしても法的に取り上げられずに棄却されるだろう。刀工の場合も、意思の錯誤を立証できなければ、仮処分などは認められない。
 あとは、上映はそのままで、損害賠償訴訟で争うしかないだろうが、靖国神社にこの映画で何の損害が発生したか?たぶん無理だろう。

 先日、たぶんアルゴ・ピクチャーズへの要請で行われたのであろう、右翼団体による試写会でも、「凡作」、「なかなかの作品」、など評価は分かれたが、特に「反日的」という意見は出なかったようである。 右翼団体にもいろいろあって、きちんとした思想的右翼と、自民党の非合法圧力組織となっているにすぎない暴力団と紙一重の右翼もいて、この上映会は、「見てみなければ判断できない」という、至極まっとうな理由で、前者のタイプの右翼団体が催したものらしい。その結果、反日的でないと言うのならば、右翼の街宣車が、上映館に圧力をかけることもないであろう。もし行う右翼がいたら、それは思想など持ってい無い、自民党=日本会議の手先にすぎない。

 ほぼ同時期に、東京の弁護士会が一般の参加も呼び掛けての試写会を行ったことは、あまり広く報道はされなかった。
 前回の私の記事に、右翼は試写会をした、と言って、右翼の方が開明的であるかのようなコメントを寄せてきた若者がいたが、別に左右無関係な試写会も行われていたのである。

 結局、軽挙妄動したのは稲田朋美と、有村治子であった(なお、名古屋においては日本会議の地方支部が、映画館に圧力をかけたことが、ネット上で曝されている。)。恥ずかしい限りである。

 結局、削除は行われずに映画は上映される。
 評価はそれからだし、また見るものによって感想もまちまちだろう。
 ある意味、稲田や有村が騒がなければ、ここまで注目もされなかったかもしれない作品であるが、この上映中止圧力の問題は、日本の言論界、表現者の間で、政治家による表現の自由への介入として大きな反発を生み、上映館が増えるなど、それまで、一方的に進められてきた言論統制への反発として、大きなうねりとなったことが、最も評価されるべき点であろう。

 なお、余計な事を付け加えるが、肖像権の問題など、難しい問題はある。しかし、ドキュメンタリー映画で、街中を映したとき、そこに少しでも顔が出ていた人間が、肖像権を主張し始めたら、ドキュメンタリーや報道番組は作れなくなる。そこのバランスが難しいが、今回の件では、刀工は撮影を認めていて、直前になって、意見を翻したので、その理由を自分で立証しなければならないし、公共の場である靖国神社が特定の映画に限って削除要求をするといった、偏った要求は、法律上は認められないであろう。

 私は趣味は映画では無いので、見に行くかどうかは未定だが、近くに上映館があり、一緒に行く仲間がいれば見に行きたいと思う。
posted by 眠り猫 at 05:57| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(2) | 歴史観
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Excerpt:   今回の問題は、稲田一派の問題と、週刊新潮の件、右翼団体やネットバカウヨのことと、映画館のこと、作品自体の評価、という5つの問題があるはずで、本来からいえば、これは別々に議論すべきことだと思っている...
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