2008年05月08日

(承前)第6シンポジウムの内容

 夜中に関東地方を襲った地震で、目が覚めてしまったので、昨日の記事では中途半端にした、9条世界会議での第6シンポジウムについて、断片的ながら、興味深い情報を列挙しておきます。

 その前に、5日に市民団体のブースで、6日のイベントに行くことを約束しながら、疲れていたのですっぽかした、差別反対運動者の皆さん、まことに申し訳ありませんでした。疲れ切っていたもので・・・。

 さて、前の記事でも述べましたように、この第6シンポジウムは、個性のある発言者が多く、まとまった議論というよりは、それらの発言者が、個々の意見を述べるという感じでした。

 まず、「発題者」としての品川正治さんと、水島朝穂さんの発言。
 品川さんは、ご存じの方も多いでしょうが、84歳という高齢ながら、自らの従軍体験を基に、現行憲法の重要性を各地で講演されている方です。
 品川さんは、穏やかながら、非常に重みのある語り口で、現在、権力者によって、憲法9条の旗はぼろぼろになっている。しかし、国民がその旗竿を手放さない限り、まだ負けていないのだ。という話をされました。また、「ここにもおられるだろうが、マスコミの責任が大きい」とも断言されていました。

 水島先生の話を聞くのは初めてだが、大変に面白い方だった。しかし、話はシビアで、特に、名古屋高裁におけるイラク自衛隊派遣違憲訴訟での違憲判決を高く評価し、それを無視しようとする政治家たちの姿勢を強く批判していた。高裁の判決はやめる間際の裁判官1人だけで書けるものでは無く、3人の裁判官の合議によるものである。また高裁で確定した判決を順守すべきは政治家であり、それを「傍論」云々というのは、後の裁判で言われるか否かということで、政治家は三権分立に基づき、この判決を尊重しなければならないと強調されていた。

 伊藤塾塾長、伊藤真さん、神戸大学大学院アレクサンダーさん、精神科医師香山リカさんのお話はそれぞれ興味深かったが、一番印象に残ったのは、コーディネイターである湯川れい子さんが、発言者全員に振った、「憲法9条を改正させ、戦争への道を進めようとしているのは誰か?」という問いに、品川さんらを含め、5名が答えたことである。
 ここで出されたのは、まず「アメリカ」という答えである。品川さんは、日米ともに「権力者」であると断言した。これに加え、その権力者を選出している、国民、市民自身にも責任があると意見が出された。
 これらは、ほぼ護憲派の共通認識だと思うが、特に市民の責任について言及されたのは興味深かった。この話を聞いた人は、多くは、「自分は違う」というかもしれませんが、現実に自民党という戦前の政治家の系譜を継いでいる、古い体質の反国民的行動をとる政党に、戦後60年も政権を与えてきたのは国民であり、その点を反省しなければならないでしょう。

 あと、雑駁になるが、湯川れい子さんが、「女性パワーに期待するなどといわれるが、男性自身はどうなのか?戦争を起こすのも行うのも男性では無かったか?この男性原理について、精神科医の香山先生どうぞ。」と振ったのだが、香山さんは、やや下品になるが・・、と言いながら、男は、たとえば精力剤で、80歳になってもビンビンです・・・。などというように、どこか誤った自尊心を持っている、と述べ、女性からすると、80歳でビンビンでも、それが魅力というとそういうわけでない・・・と来て、御歳84歳の品川さんがいることに気づき、あわててフォローを入れたりしていた。
 国粋主義者、軍国主義者、改憲主義者の多くは、老人であり、何か、誤った精力剤として、改憲・軍拡という妄執にとらわれているのでは?というのは面白かった。

 しかし、この話は、私個人にとってもなんとなくわかる話であった。
 私が、大企業エリート街道驀進中のころは、国政に対しての自分の努めは、一票の行使で十分と考えていた。しかし、過労うつ病をわずらい、会社でも窓際族に追いやられた私は、数年前から不十分ではあるが平和運動を始めた。それ以来、なぜか、街中の子供の笑顔が愛しい。、ニュース等で事故の報を聞いた時、死者が出ないかと気になり、もし出ると、まったくの他人であっても悲しくなる。特に被害者が子供であったりすると、ものすごく悲しい。
 以前の私が男性原理を体現して、既存のレールの上を驀進していたとすれば、今の私は中性的であり、他者への配慮や、痛みを感じることができるようになっている。私は今の自分に満足している。

 あと、最後に、ピースボート主宰の吉岡さんが、自らの体験として、日本がイラクに派兵して、アラブ諸国の国民の対日感情は明らかに悪くなった。また、紛争地帯に行き、9条の話をすると、99%の人が、それを望むと言うというお話を熱っぽく語られた。

 他にもさまざまなお話があったが、今のところまとまって思い出せるのはこの程度である。雑駁で申し訳ないが、これにて、とりあえず第6シンポジウムの報告としたい。
posted by 眠り猫 at 04:30| 東京 ????| Comment(2) | TrackBack(5) | 憲法

2008年05月07日

9条世界会議、2日目シンポジウム報告

 すでに、一部に流している文章を書き換えたものですが。
 5月5日、千葉、幕張メッセでの「9条世界会議」の2日目は、市民団体のブースや自主企画とは別に、主催者側が用意したシンポジウムが6つ行われました。
 しかし、同時に2つのシンポジウムが別の会場で行われ、それが2時間半ずつ、3回に分けて行われたので、1日中シンポジウムに張り付いても、3つのシンポジウムを見るのが限界でした。

 私は、第2シンポ「アジアにおける9条」と、第6シンポ「9条の
危機と未来」に出席しました。 どちらも満席状態で、立ち見、座り見が出る状況でした。  第2シンポでは、ドイツ人、韓国人の方がパーソナリティで、パネリストとして、フィリピン、中国、日本、台湾、中国の方が、それぞれ、9条と、アジアにおける紛争の問題、日本の置かれた立場や、今後行うべきことについて述べられました。 日本の戦後の政府の姿勢、謝罪や歴史問題を直視することへの発言は、右翼がもっとも嫌うところですが、現に、被害国の方にそのような心情がある以上、アジアの連帯を願うなら、東アジア共同体構想を進めるのなら、それらの感情に向き合うことは、避けては通れない道であり、国内で歴史を改ざんして済むものでは無いと思いました。 印象に残ったのは、アメリカから来たジョセフ・ガーソンさんが、淡々と戦後の日米関係の歴史を述べながら、アメリカの要求に日本政府が答える形で、憲法9条の空洞化が進められ、軍事同盟化が進められてきた事を述べ、それがかえって、現実の重さとして、痛切に感じられました。
 また、台湾から来られた、チェン・ジョウファさんは、哲学者として、アジア的哲学の中に、諸子百家のひとり、墨子の、「兼愛」、「非攻」(非戦)という思想があったことを述べ、憲法9条に通じるものとして、またガンジーの無抵抗運動をひき、アジアには、もともと非暴力の思想があり、9条もまたその延長上にあるという意見も興味深かったです。
 他の方の意見も、自分では知っているつもりだったことでも、他国
の人、当事国の人が述べると、角度も重さも違い、感銘を受けました。

 その場の壇上には、ドイツ人、韓国人、フィリピン人、アメリカ人、日本人、台湾人、中国人と、15年戦争、太平洋戦争で、加害国、被害国、当事国だった国々の人がそろっており、各々の方の発言は興味深いものでした。

 第6シンポジウムでは、ピースボートの吉岡達也さんと音楽家の湯川れい子さんをコーディネーターに、「発題者」と言う名で、経済同友会終身幹事の品川正治さん、早稲田大学の憲法学の教授、水島朝穂さんがおり、さらにパネリストとして、香山リカさん、弁護士で伊藤塾塾長の伊藤真さん、神戸大学大学院のロニー・アレキサンダーさんら、個性豊かな顔ぶれで、このイベントを締めくくる人気シンポジウムとなり、500席定員に、座り込んでみる人も大勢登場し、800名近くは入られたと思います。

 実は、私はメモを取らない人なので、この個性豊かな人々が、それぞれなりに述べたことを逐一記録していません。ですから、整理ができていない状況なので、おいおいまた述べていきたいと思います。ギリギリ下ネタまで、幅広く話題が出て、大変に面白かったのは事実です。早稲田の水島先生も、マシンガンのような早口でギャグを飛ばす、ピン芸人でもやっていけるのではと言うほど笑いを取りつつ、鋭い発言をされました。

 最後に一つ付け加えると、今後、日本の各地で、品川正治さんの講演会が行われると思います。まだ一度もご覧になっていない方は、ぜひ、一度お話を聞かれると良いと思います。
 内容もさることながら、その戦争体験に裏打ちされた言葉は、腹にパンチを食らうように重く響きます。

posted by 眠り猫 at 19:20| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(1) | 憲法

2008年05月05日

9条世界会議、初日報告

 おはようございます。現在、5月5日、朝の6時前。
 9条世界会議が開かれている、千葉の幕張メッセの近くのホテルの一室でこれを書いています。

 昨日は、このイベントの始まりを祝う、メインイベントが、幕張イベントホールで開かれました。
 私は、知人達との待ち合わせに使う携帯電話を自宅に忘れてしまったので、あわてて取りに戻りましたが、会場についたのはすでに開会のあとでした。
 実は、一昨日参加した日比谷の憲法集会で、9条世界会議のチケットを売っていたので、ひょっとすると人が入っていないのではないか?閑散としていたらどうしよう、などと考えていたのですが、あにはからんや、私がついた時すでに会場は満杯で、入場規制が行われていたほど。入れなかった人々数千人が入口にあふれるという状態。
 正直、昨日のイベントはセレモニー色が濃く、参加できなくても構わないと思っていたので、このイベントが会場から人があふれるほど人が集まったことに喜びすら感じました。

 事務局の行動によって、中での講演をすでに終わらせた講演者たちの一部が、隣接する公園で再度スピーチをするということなので、そちらに移動した人もかなりいました。
 私が所属する護憲団体では、第一部の終了(16時ころ)に、全員が外に出て、オフ会をすることになっていたので、私は会場入り口近くにいたまま、メンバーが出てくるのをまっていました。
 当初の待ち合わせ場所は、会場内のエントランスホールだったため、集合がどうなるか心配でしたが、取りに戻った携帯電話のおかげで、何とか全員集合でき、近くのレストラン街に向かいました。

 第一部で外に出た人と入れ替えで、中入った人も2000人くらいはいたようです。
 私にとっての本番は、今日行われる分科会と、夜に行われる別の団体のオフ会の方なので、昨夜はそうそうに切り上げ、熟睡の上、現在パソコンに向かっています。
 昨日の状況をみると、今日も早めの行動が求められると思います。

 正直、ブースでの各種物品の販売やDVD上映会をしていた人も数多くいるわけで、それらを合わせると昨日は1万人を大きく超える人が集まったのは喜ぶべきことだと思います。
 特に若い人が目につきました。
 ネット右翼の正体は30代の比較的生活が安定している人、っというのは事実かもしれません。昨日の参加者の年代は、5、60代が一番多く、次が20代でしたでしょう。若ものが憲法に関心を持ち、GWのさなかにデート感覚で憲法集会に来るというのは、喜ぶべきことだと思います。

 ただひとつ、会場定員7000人でそれ以上は消防法で入れられないというのなら、チケットをそれ以上発行したのは、事務局は少し行き過ぎだと思いました。払い戻しはしていましたが、それなら、最初から8,9000枚程度の販売でやめるべきではなかったかと思いました。

 さて、今日は昼からの分科会を3つはしごします。終わるのは夜7時くらいですが、そのあと、全国から集まった人々での飲み会があります。
 私は今日も同じホテルに泊まる予定なので、今日はとことん行きたいと思っています。
 分科会でも、機会があれば発言したいと思っています。
 では、続報をお待ちください。

posted by 眠り猫 at 06:03| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(5) | 憲法

2008年05月03日

憲法記念日に寄せて。「攻撃的護憲論」の提唱

 今日は、現行憲法施行から、61年目となる憲法記念日です。
 毎年、護憲派、改憲派の集会が開かれますが、改憲派の集会は、旧態然たる顔ぶれに、動員された横浜の右翼系高校の学生たちが参加しているというもので、市民の力で盛り上がる護憲集会に比べ、その凡庸さは批判されてしかるべきですが、マスコミの扱いは同等です。
 まぁ、そんなことは今はどうでもよいことで。

 コイズミ郵政選挙で、たなぼた式に衆議院で三分の二を取った自民党は、次は参議院で三分の二を取れば改憲が発議できると意気込み、舛添現厚労相が中心になってまとめた、自民党新憲法草案を発表し、参議院選挙では、改憲に妄執を燃やす安倍を選挙の顔として昨年7月の参院選に臨みました。
 安倍自身は改憲も争点と言っていましたが、現実には年金の給付漏れが発覚し、自民党に猛烈な逆風が吹いて、安倍自民党は、結党以来とも言われる大惨敗を喫しました。三分の二どころでは無く、野党に参議院の過半数を取られてしまったのです。
 私は、この結果は、年金問題もさることながら、教育基本法、国民投票法などで、強行採決を繰り返し、国民生活への視点を全く持たなかった安倍内閣への批判票もかなりあったと考えています。つまり、国民は改憲を望んでいないと。

 この選挙の結果、自民党は参議院で過半数を得るだけでも、2010年、2013年の参議院選挙で勝利しなければならず、三分の二など、遠い話です。今すぐの改憲は、遠ざかったとみて良いでしょう。

 先日発表された読売新聞での改憲に関する世論調査では、改憲反対が、わずかながら賛成を上回りました。昨日発表された日経新聞の同様の調査では、5%ほどの差で改憲賛成が上回りました。
 「改憲反対か賛成か」と問われれば、進歩的、リベラル的改憲を望む人も含まれるので、必ずしも自民党が望む改憲派が多数というわけではありません。

 注目すべきは、憲法9条に関する意識調査で、読売では80%を超える人が、9条1項の平和主義を支持していますが、陸海空の三軍の保持を否定し、国の交戦権を否定した9条2項支持は55%になっています。この差は、自衛のための軍備を必要とする人の意識の現れだと思います。

 現在、具体的な改憲の蓋然性は遠ざかったとはいえ、今後、自衛隊派遣恒久法など、本来は違憲の法律が次期国会に上程される見通しです。憲法の外堀を埋めようという動きです。そして、最高裁への人事権を濫用しての、行政(総理大臣)による司法への介入がある以上、最高裁は憲法判断を避け、違憲立法審査権を行使せず、行政府の言いなりに、派遣恒久法のような違憲法規の乱立を容認し、なし崩し的解釈改憲が進むでしょう。それも、「自衛」 の名の下に。

 ここで私が提唱したいのは、自民党の新憲法草案の内容を、国民に広く知らしめ、その欺瞞を的確に指摘し、自民党の国民2極支配(支配者と被支配者)という目的をくじくための批判を広く展開することが得策だと思うのです。

 9条について言えば、自民党の草案では、1項の平和主義は残すものの、前文と2項を改変し、自衛軍の存在と、その海外派兵を可能にしようとしています。それは自衛隊派遣恒久法との合わせ技で、アメリカが自衛のためと称してアフガニスタンに侵攻し、同様にイラクに侵略したのと同じ理屈で、世界中で自分の都合で戦争を始められるようにするもので、本来的意味の「自衛」ではありません。
 また、派遣恒久法では、徴兵制を視野に入れています。これは現行憲法18条の「苦役からの解放」に違反します。つまり自民党の軍事戦略は、言葉を飾っているだけで、結局は、軍を保有し、海外へ侵略的出兵することを可能にするものです。
 その欺瞞を暴かねばなりません。

 さらに、12条、13条への改変で、基本的人権が、今までの公共の福祉による制限ではなく、行政府の都合で制限できるように改変される事実ももっと明らかにして、攻撃すべきです。
 自民党の草案では、そのあとに環境権などの「飴」が列挙されて、一見、人権が拡大したように見せていますが、実際には、12条、13条改変により、それらの人権も、行政府、立法府の一方的都合で、制限されるものとなり、自衛軍が訓練をするから、貴方の家を壊します、補償はしません(「お国のためだぁ」)。っという理屈もなりたつ条文にしています。

 また、現行憲法の立場からも、今のワーキング・プア、ネットカフェ難民、高齢者への負担増などの、コイズミ・カイカクのつけが、人間の生活と尊厳を踏みにじる状況になっています。これは25条の「生存権」の精神が踏みにじられているのです。

 以上のように、自民党の新憲法草案は、良く読むと、反国民的で、為政者の都合で、国民の生命、生活、財産を平気で踏みにじる内容のものだということを、今は改憲が発議できない状況に安心しないで、今のうちに徹底的に攻撃し、たたいておくべきだと考えます。
 これは、護憲団体の内輪の活動だけでなく、弁護士会や、消費者団体など、あらゆる国民の立場に立った組織で幅広く、緻密に行うべきだと考えます。

 私は、明日、明後日に、千葉の幕張メッセで開かれる、「9条世界会議」において、発言の機会があれば、この意見を述べるつもりです。9条護憲を唱えているだけでは、自民党の草案に負ける可能性があること。そして、9条だけでなく、他の自民党の草案をたたくことにより、その薄汚い野望を砕き、結局は9条護憲に結びつける、「包括的護憲運動」を提唱します。

 私自身は、過去にも述べたように、進歩的改憲に賛成で、専守防衛の自衛隊を持つことも、国民が望むのならば容認する意見の持ち主です。しかし、それは自民党の草案とはかけ離れたものです。自民党の、自分たちの利権あさり。反対意見の封殺を目指す、新憲法草案を葬り去るために、今のうちから、攻撃をするのです。
 それがひいては9条護憲につながり、そのあと、私の意見のような、進歩的改憲について議論すべきだと考えます。
posted by 眠り猫 at 05:45| 東京 ?J| Comment(2) | TrackBack(3) | 憲法

2007年11月03日

今日は、憲法公布62年目の日

 今日、3つ目の記事になってしまうが、今日と言う日が重要なので、あえて短い記事を書きます。

 62年前の今日、11月3日は、日本国憲法が、制定され、公布されたことを記念する日です。(本来は)
 半年違いの「憲法記念日」は、半年間の公布期間を置いて、憲法が実際に効力を発した、施行の日なのです。

 私が以前ご紹介した、経済同友会終身幹事の、品川正治さんが、大陸での前線での戦闘を経て、捕虜となり、その後日本に送還されたとき、入港前の沖待ちの数日間に、手に入れた古新聞を読んだというのは、この11月3日のことを報じたニュースであるはずです。その経過は、以下の過去のエントリーをご覧ください。
http://heiwawomamorou.seesaa.net/article/55956166.html

 ここで、品川氏は、新憲法に「戦争放棄」が謳われている事を知り、皆涙を流し歓喜の声を上げたと述べています。もう戦争をしなくても良いんだ。殺しも殺されもしなくて良いんだ。その思いは最前線で戦っていた人だからこそ、感じうるものだったのでしょう。
 中曽根のように、主計将校で、一度も戦地に行ったことの無い人間や、敗戦時、12、3歳の軍国少年の意識のまま、戦争は知らないまま爺になったイシハラにも、この9条の重みは絶対に理解できないのでしょう。
 私は、品川氏のお話を聞けて、大変良かったと思います。
 皆さんも、お時間があれば、上記のURLからいける記事にある、講演会抄録をご覧いただければ幸いです。
posted by 眠り猫 at 20:15| 東京 ????| Comment(1) | TrackBack(3) | 憲法

2007年09月15日

経済同友会終身幹事の品川正治氏の講演を聞く

 昨日は、かねてよりこのブログでも数度にわたり開催案内を掲載していた、品川正治さん(経済同友会終身幹事)の現行憲法護憲、特に9条護憲に関する講演会を聞いてきました。
 講演の題は、「戦争、人間、そして憲法9条」と言うものです。

 私は主催団体のスタッフとして参加したので、講演会の始まる前の準備やセッティング、終了後の迅速な後片付けなどを手伝い、かなり疲れました。

 しかし、昨日の疲れの大半は、品川氏の講演を集中して聞いたことにより、その重い言葉による、精神的な痛打を受けて、頭が疲れたというのが、本当のところでしょう。これは誉めているのであります。

 会場は400人収容の中規模のホール。事前申し込みは事務局をあわせて100人ちょっとだったのですが、当日来場可としていたため、事前申し込み無しのお客さんが200名以上いらっしゃり、会場は、ほぼ満席に近い状態(2階の60席を使わなかったので)になりました。
 先の参議院選挙の東京選挙区で当選された、川田龍平さんもいらっしゃったり、北海道新聞や東京新聞の記者の取材も入り、品川さん自身が、「こんなことは珍しい」と言う状況で、講演会は始まりました。
 最初は、ゆっくりとした穏やかな話し方で始まりましたが、徐々に言葉に強さが加わって行き、聞いていた私も、2時間の講演に引き込まれるように聞き入っていました。

 詳細は、主催団体のメンバーが速記録を作っているので、整理され次第メンバーに配信されるので、いずれこの場でご紹介したいと思いますが、まず最初は、ご自分の戦争体験からお話が始まりました。
 旧制高等学校2年の時に、召集され、中国戦線の最前線の戦闘部隊に配属され、歩兵として、数知れない戦闘に参加したそうです。
 しかし、品川さんは、戦争の悲惨さだけを強調することはありませんでした。
 お話の中心は、前線で戦闘した兵士達は、常に、自分達が何をしているのか、中国人を殺し、自分達も殺されているこの戦争に何の意味があるのかと、常に問い続けていたそうです。
 そして、当時、中国に100万人の日本軍が展開していたそうですが、その9割は、占領した地域の守備軍で、一発の弾を撃つことも、爆撃を受けることも無い、後方司令部要員であり、残り1割が、品川さんが所属した、実戦部隊だったそうです。

 敗戦後、捕虜収容所に収容された日本兵の中で、後方司令部にいた士官たちを中心に、降伏した日本政府を弾劾する血判状が作られ、強制的に署名を求められるという事件があったそうです。これに対して、実戦部隊の兵士達は、戦争がやっと終わった今、何を言うのかと猛反発し、殴り合いの挙句、実戦部隊からこの署名に参加した人は1人もいなかったそうです。その後その血判状がどうなったかはご存じないそうですが、多分中国側にとがめられて立ち消えになったのでしょう。

 そして、日本に復員してきたとき、たまたま船が着いたのが、品川さんの所属する鳥取連隊の本拠地の近くだったので、遠方に帰る復員兵たちを先に船から降ろし、品川さんたちの部隊は数日、船の中で上陸を待っていたのだそうです。その時、古新聞が部隊に配られ、その中身は、1945年11月3日に公布された日本国憲法の中身を報じる記事だったそうです。
 それを読んだ品川さんたちは、涙を流しながら、あぁ、これで戦争の無い日本がやってくる。もうこんな苦しみを、自分にも、相手にも与える非道な行為を行うことは永久に無いのだ、それを国の最高法規である憲法に謳ってくれた、なんと言う喜びかと思ったそうです。

 そして、品川さんは、日本国憲法を「押し付けだから改憲すべき」と言う意見があるが、噴飯物である。あの当時、日本国民は歓喜の声を上げて、この憲法を迎えたのであって、国民の支持を受けた憲法であった。押し付けだから改憲して戦争のできる国にしようなどと言うのは間違っている、と断言されました。

 この後も、すばらしいお話が続くのですが、詳細のご紹介は、速記録ができてからに譲るとして、私の感想を述べます。
 品川さんがおっしゃったことは単に戦争体験だけでなく、それをステップに、平和への思いと、コイズミ以降進行した、憲法9条の空洞化とアメリカ追従外交、そして新自由主義批判など、幅広い分野にわたって、数字も挙げながら、現在の為政者、経済界の姿勢を厳しく批判していました。
 そして、自画自賛になりますが、そのおっしゃることの7割は、私がこれまでこのブログに書き続けてきたことと、完全に一致しています。残り3割は、私が知らなかったこと、気づかなかったことを、品川さんに教えていただいたものです。非常に勉強になりました。

 また、自分が書いてきたことと、品川さんの意見が一致していることに喜んだのは最初の方だけで、その言葉の、重みと、迫力に、徐々に引き込まれ、涙を流しそうにまでなり、自分の主張の浅薄さに気づかされ、最後は講演を聞いただけでへとへとになるほど、打ちのめされました。

 最後に、品川さんのおっしゃった、重要なことを書いておきます。コイズミ以降進んだ、憲法の空洞化。9条の旗は既にぼろぼろであると言ってよい。しかし、いまだ、国民がその旗ざおを握り締めている限り、この世界に誇りうる憲法の精神はまだ倒れていない。もし、改憲の国民投票があったなら、そこでは、政治家もトヨタ社長も、我々一般の国民も平等の1票を持つ。そこで日本人が、護憲を選択したとき、アメリカの戦争外交は変更を余儀なくされ、世界に向けて9条の精神が発信され、改憲を発議した政府は瓦解し、あらためて日本国憲法による、正しい政治が行われるであろう、だから、国民は(ここにきている皆さんは)、自分が主権者であり、今、歴史と世界情勢を変えうる1票を持っていることを肝に銘じて欲しい、っと言う言葉で講演を締めくくられました。

 以上、金融機関の経営者を務められ、財界でも、経済同友会終身幹事と言う立場にありながら、積極的に護憲の発言を発信し続けている、品川正治さんの講演についての、簡単なご紹介を終わります。
 2時間に及ぶ講演の中、原稿等全く使用せず、熱のこもった、一言一言に重みのある言葉で、護憲への重みを伝えてくださりました。
posted by 眠り猫 at 06:56| 東京 ??| Comment(9) | TrackBack(17) | 憲法

2007年08月29日

【講演会情報:再々掲】品川正冶氏、護憲講演会のご案内(9/14夕方)

(引き続き【宿題】は、「http://www.dff.jp/」から、毎日募金することです。

 こんにちは。暑さもようやく息をつき、皆様いかがお過ごしでしょうか。
 さて、私が所属する、リアルでの護憲団体「護憲+」主催の講演会の情報をお伝えします。
 以下をご参照ください。このグループは特定政党支持に偏しないで、護憲を貫くため、戦争体験を語り継ごうと言う趣旨の会です。

 今回、財界人の中でも護憲と平和を呼びかけ続けている、
品川正治さんをお呼びしたものです。首都圏在住の方は、是非ご参加ください。あの天木氏が、ブログで、品川氏と会い、感銘を受けたと書いた人物です。
 現在の予定では、私も参加します。「眠り猫」の正体を見たい方も是非どうぞ。

(以下転載)
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 「護憲+」では、品川正治さんをお迎えして、以下の講演会を開催します。

 財界のリーダーとして今もご活躍中の品川正治さんは、一方で精力的に講演をなさって、戦争の本当の恐さ、日本がどうあるべきかについての明快な指針、憲法9条を手放さないことの重要性を説き続けていらっしゃいます。
 「戦後レジームの見直し」が語られ、「国民投票」が現実的なものとなった今、品川さんのお話をじっくり聴いていただける今回の講演会は、様々な立場の人にとって、日本という国の在り方を捉えなおし、憲法について視点を定める上で、大きなヒントを得る機会になると確信しています。
是非多くの方のご参加をいただきたく、ここにご案内します。


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☆☆講演会「戦争、人間、そして憲法九条」(品川正治氏)☆☆

●日時:9月14日(金)18:30開演(18:00開場)
●場所:星陵会館ホール(2F) http://www.seiryokai.org/kaikan.html

講師:品川正治さん (経済同友会終身幹事、財団法人国際開発センター会長。)
     著書紹介:「戦争のほんとうの恐さを知る財界人の直言」(新日本出版社)、
            「これからの日本の座標軸」(新日本出版社)、
            「9条がつくる脱アメリカ型国家」(青灯社)など。

●定員:400名
●会費:無料
 ◎参加申し込み:「護憲+HP」(http://yufuu.com/user/goken/)上のメールにてお申し込みください。
 ◎全席自由ですので、当日でも自由にご来場いただけます。
 ◎開催チラシ(http://yufuu.com/User/Goken/chirashi-0914-color.pdf

●主催:老人党リアルグループ「護憲+」
     http://yufuu.com/user/goken/
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(以上です)
 ふるってご参加ください。
 ご参加申し込み、ご質問は、この記事のコメント欄でも結構です。
 (メールアドレスをご記入ください。確認メールを送付いたします。)

posted by 眠り猫 at 08:15| 東京 ??| Comment(0) | TrackBack(4) | 憲法

2007年07月01日

【再掲】安倍改憲が徴兵制をもくろんでいる証拠

 九条改憲に賛成の人たちの多くも、自分が戦場に送られるとは考えていない。自衛隊を増やし、それで戦争をすれば良いと思っている。
 しかし、自民党憲法草案を見ると、安倍政権(自民党)は、はっきりと「徴兵制」の導入を考えているのがわかる。
 それは、同草案の、現行憲法十八条の「奴隷的拘束及び苦役からの解放」と言う条文をいじろうとしていることから、はっきりとわかる。
 私が護憲の学習会でもらった、自民党の改憲草案は2つあって、一方では、現行18条は全く削除されている。もう一方では、似たような条文があるが、何故か、奴隷的拘束と、苦役を、別項にわけて記載している(現行は、1項だけの条文)。その意図は専門の憲法学者で無いとわからないが、やはり徴兵制を意図しているものと思う。
 法学部で学ばないと、ここはわからないが、この、「奴隷的拘束及び苦役からの解放」と言う意味の中には、「徴兵制からの解放」と言う意味も含まれているというのが、憲法学の通説である。
 その条文を無くそうと言う事は、国民に、徴兵制を含め、奴隷的拘束、苦役を課す事ができる憲法に変えようということである。
 お気楽に9条改憲に賛成している人も、自分やその子供が、兵隊に無理やり取られると言うことまで安倍がもくろんでいるとしたら、どうだろうか?

 安倍が望むのは、やはり「戦争をする国家」なのである。実際にそうした場合、自衛隊から辞める人が多く出ることを見越して、徴兵制を導入する道筋も開いておこうという魂胆である。
 この点を護憲派は、強く訴えるべきだと思う。お気楽改憲派の目を覚まさせるには、九条擁護だけでなく、十八条改悪まで含めて、「自らの問題として」考えてもらうように訴えていくべきだと思う。
posted by 眠り猫 at 17:28| 東京 ??| Comment(0) | TrackBack(8) | 憲法

2007年06月01日

安倍改憲が、徴兵制をもくろんでいる証拠

 九条改憲に賛成の人たちの多くも、自分が戦場に送られるとは考えていない。自衛隊を増やし、それで戦争をすれば良いと思っている。
 しかし、自民党憲法草案を見ると、安倍政権(自民党)は、はっきりと「徴兵制」の導入を考えているのがわかる。
 それは、同草案の、現行憲法十八条の「奴隷的拘束及び苦役からの解放」と言う条文をいじろうとしていることから、はっきりとわかる。
 私が護憲の学習会でもらった、自民党の改憲草案は2つあって、一方では、現行18条は全く削除されている。もう一方では、似たような条文があるが、何故か、奴隷的拘束と、苦役を、別項にわけて記載している(現行は、1項だけの条文)。その意図は専門の憲法学者で無いとわからないが、やはり徴兵制を意図しているものと思う。
 法学部で学ばないと、ここはわからないが、この、「奴隷的拘束及び苦役からの解放」と言う意味の中には、「徴兵制からの解放」と言う意味も含まれているというのが、憲法学の通説である。
 その条文を無くそうと言う事は、国民に、徴兵制を含め、奴隷的拘束、苦役を課す事ができる憲法に変えようということである。
 お気楽に9条改憲に賛成している人も、自分やその子供が、兵隊に無理やり取られると言うことまで安倍がもくろんでいるとしたら、どうだろうか?

 安倍が望むのは、やはり「戦争をする国家」なのである。実際にそうした場合、自衛隊から辞める人が多く出ることを見越して、徴兵制を導入する道筋も開いておこうという魂胆である。
 この点を護憲派は、強く訴えるべきだと思う。お気楽改憲派の目を覚まさせるには、九条擁護だけでなく、十八条改悪まで含めて、「自らの問題として」考えてもらうように訴えていくべきだと思う。
posted by 眠り猫 at 05:16| 東京 ?J| Comment(10) | TrackBack(5) | 憲法

2006年11月17日

今、再び、「日の丸・君が代強制」違憲判決を法律的に評価する

(序文) 
 この記事の内容を読まれた方には、現時点では参議院での審議を残しており、まだ成立していない「教育基本法の改悪」について、目前の活動を放棄しての、「負け犬の遠吠え」的な記事と言う印象をもたれるかもしれない。
 しかし、私の意図はそこには無く、単に、「教育基本法をいじれば、何でも出来る」と思い込んでいるらしい、無恥、無知、無能な安倍に代表される現在の自民党政権にとって、現実は、甘くないということを、先の判決の評価によって指摘する内容のものであり、また私達の戦いは、まだまだ序盤戦で、まだ戦う余地は残っていることを、法律屋の立場から補完する目的でエントリーしたものです。これを読んで、希望をさらに輝かせて、日々の活動に役立ててください。
  
(本文)

 今、最大の話題の、「教育基本法改悪案 野党欠席のまま事実上の強行採決」と言う問題に、あえて触れずに、以前、空前の話題となった、「東京地方裁判所判決、日の丸・君が代強制への違憲判断」について、再度客観的な評価を加えます。
 目的は、現行憲法がある限りは、教育基本法で、あいまいな文言をいくら謳っても、実際の施行レベルで、露骨な強制・圧力が行われれば、先の東京地裁判決のような裁判所の意見を受ける可能性がまだ残っていることを指摘したいのです。
 
 以下に、かの判決の要諦を列挙します。
 
 日の丸・君が代が、法律で定められた国旗、国歌であるということは、認めたうえで(仕方ないですが当然です)。
 
◎ 教職員であっても、日本国憲法に定められた、「内心の自由」、「思想・信条の自由」の権利を有しており、それを排除するものは何も無い、と簡潔に述べたこと。
 
 これは、法律としては当たり前のことで、直後に読売などで騒がれた、「世論調査では多くが、日の丸・君が代を認めている」とか、「教職員は公務員として給料をもらっているのだから、通達に従うのは当然」 、「そのような教師はやめてもらいたい」などと言う、感情論をベースにした、全く筋違いな判決批判を、一切排除するものです。
 なぜならば、憲法では、どこにも、「教職員は、他の国民と違い政府・行政にしたがう義務を有する」などと言う、俗に言う、右派からの「教職・聖職論」的な言葉は無く、職業、立場が何であれ、憲法では、すべての国民に、「内心の自由」、「思想・信条の自由」、そして「表現の自由」を保証しているのです。マスコミの論は、法律を無視した、全くの上滑りな批判でしかありません。
 判決では、この法律上は当然の法理に基づいて、東京都教育委員会の通達に関する処分を違憲としたのです。
 
◎ 東京都における、通達に対する処分が、全国の総数の9割を超し、また中にはそれを理由に再就職の道を阻むなど、「過剰」、「過重」に過ぎると指摘したこと。
 
 これは、事実関係の把握で、同じような通達を出、処分も行った、他の自治体と比べて、東京都における処分の件数及びその重さが、極端に大きかった事実を、行政訴訟の見地から、「不適切」と判断したものです。
 
 これについては、私の過去エントリー
 http://heiwawomamorou.seesaa.net/article/24167240.html
 の中の、毎日新聞ネットニュースの、論説記事を見ていただくと、事実関係を含めて、良くわかります。
 一つ目の論点の「違憲」の問題は、裁判所の踏み込んだ判断・意見でしたが、この点は、行政訴訟として、東京都教育委員会の行った処分の内容が、他県と比べて、「異常に」多く、重いことを理由に、その「不適切・不平等」性を指摘したものです。
 行政訴訟の判決としては、この部分だけでも、原告側勝訴に十分なものでしたが、裁判官は、今後の予想される上級審(高等裁判所、最高裁判所)での、政府よりの揺り戻し=逆転判決への抵抗のために、最初の、「処分違憲」の判示を出したものと推測します。
 
 なぜならば、処分の件数、軽重のみでの判決では、上級審で、「処分に行き過ぎは無かった」と言う、判断根拠の不明確な理由で、逆転敗訴にされる危険性があるからです。あえて、憲法判断を持ち込んだことにより、上級審に、「憲法の基本原則を無視しますか?」と言う、重い踏み絵を踏ませる判決なのです。良く考えられています。
 
 以上の様に、教育基本法改悪案は衆議院を通過しましたが、たとえこれが成立し、教育現場に不当な介入、圧力が為されたときには、日本国憲法の基本精神をもとに、戦うことができるのです。
 たとえば、愛国心の強要は、もちろん、教職員の免許更新性も、「職業選択の自由」、「勤労の義務と権利」の部分で、よほど合理的な内容(ありえないが)なくして、試験・研修による免許更新拒否をした場合は、「思想・信条の自由」とも合わせて、その違憲性を法廷で戦うことができます。「愛国心教育に熱心でない」と言うような理由で、免許剥奪は違憲であることは間違いありません。
 
 ですから、なるほど♪ママさんから提起いただいた、法律による戦いも、「事件が起きてから」ではありますが、十二分に可能なことでして、教育基本法を変えれば、何でもできる、と思っている、法律に不案内な(2世3世議員の大半は、縁故入学で私学に入ったものばかりで、大学の学習が十分でないように思われます。安倍は特に。)自民党の陣笠議員達が考えているほど、現実は簡単ではないのです。
 
 読売新聞の論調からすれば、世論調査で多ければ強制しても構わない、っと言うのなら、先日のNHK世論調査で、核保有反対68%の結果を受けて、麻生、中川らの政府要人は、その立場に対する責任からも、処分を受けて当然という事になります。でもそうはなっていない。読売の論調がいかに軽佻浮薄な、与党におもねるための牽強付会な論法であるということが断言できます。
 
 以上、あの判決を再吟味してみました。
 どこをどう押しても、法律的には完璧な論理です。
 
 上級審が覆そうとした場合は、憲法判断に踏み込まざるを得ず、その際に、裁判所が、憲法の例外となる国民の存在を認めるという、とんでもないことを言わない限り、覆すことはできません。
 ただ、考えられるのは、「憲法判断にはなじまない」と理由も無く述べ、処分だけを取り上げて、「著しく不当な物とは言えない」として、逆転判決を下す可能性は高いです。
 それでも、「法廷の独立」の観点から、先の東京地裁の判決は、判例として残り、「まともな」裁判官なら、当然援用するであろうことは間違いないものです。
 
 以上、多少専門に走りましたが、「私達には日本国憲法がある」と言う思いを深くして、今後も護憲活動にがんばりましょう。

posted by 眠り猫 at 01:25| 東京 ????| Comment(8) | TrackBack(5) | 憲法

2006年10月30日

教育基本法委員会審議入り。安倍政権の本当の恐ろしさ。

 国会の委員会で、教育基本法の審議に入りました。
 法律の詳細や、その危険性、私たちの活動の方法などは、「あんち・アンチエイジング・メロディ」(http://blog.goo.ne.jp/ibis083 )さんを参考にされるとよろしいかと。その他、私のブログの右上にあるリンクからは、それぞれの活動をされているブログに飛べます。
 
 私は、横着をして、それらの活動はお任せしたまま、論説記事を書かせていただきます。
 
 「教育基本法の改悪」は、「共謀罪の新設」と同様に、批判の対象です。
 しかし、この2つや、安倍のマスコミへの介入、下村副官房長官の発言による、歴史認識問題などは、自民党の中で、きっちりと連携した、一連の「保守反動政治」への布石であることが、わかります。
 
 思想統制=教育基本法の改悪
 言論統制=マスコミへの圧力
 それらの取り締まり=共謀罪
 
 これらはいわば3点セットであって、小泉ブームで衆議院で多数のうちに、できるだけ早く法律を通して、強圧的反動政治を行おうという計画の一連の行動なのです。
 ただ、教育基本法は改悪されても、現場教師や、実際に「愛国心教育」と言うもののあいまいさ、実際に行おうとしたときに、今まで無関心だった人々も目が覚めるというように、私たちが攻撃するのに格好の的でもあります。
 その点、共謀罪は、「テロとの戦い」を口実に、成立するおそれがありましたし、取り締まりはある日突然行われても対抗しようが無いものでした。
 その意味で、教育基本法に対しては、改悪阻止の運動だけでなく、教師や親との連携による、その怖さを今から広めていく必要があると考えています。
 
 こう言う時、歴史認識が重要になってきますが、日本が、敗戦までの、軍国主義による恐怖政治に陥っていった道の中で、「教育」は大きな役割を持っていました。
 大陸への侵略を始めていた明治時代であっても、大日本帝国憲法には、「臣民の権利」が明記されており、天皇制が優先はするものの、現在の基本的人権に近いものが明記されていました。
 ですから、前にご紹介した、与謝野晶子の詩は、発表されもし、右派から非難はされましたが、彼女自身が逮捕されることはありませんでした。また、「大正デモクラシー」の時代。社会主義思想なども流布し、政治的には、民衆レベルまで活発な議論が行われていました。
 しかし、1929年(昭和4年)の世界大恐慌以来、世界的にそうですが、軍事による植民地支配政策が、重視されるようになります。
 このとき以降、強化されたのが、「皇民教育」と、「治安維持法」です。
 従順で逆らわない、国民の育成と、反抗するものを封殺する治安維持法体制。
 今の自民党は、過去の亡霊を再び引きずり出して、アメリカと結託しての軍国主義国家への道を歩もうとしているのです。そんなバカな、と言う人も多いでしょうが、実際、最近でもアメリカは、「自由と民主主義を広め、テロとの戦いのために、経済大国として応分の紛争地域での役割分担を」と次席大統領補佐官が述べています。
 実際には、アメリカの政府機関自身によって、「アメリカの戦争政策で、世界は、より危険になった」と報告されているにも関わらず、上記のような、発言です。ブッシュ政権の真意は、新ネオコン(「ネオコン」とは、前のブッシュの政策を指し、今のブッシュのより露骨な政策は、「新ネオコン」と呼ぶのが正しいと思います)で、軍需産業との癒着による、自らの一派の金儲けをもくろんでいるだけです。
 
 翻って、日本はどうでしょう。安倍晋三は、岸信介以来の、日本の軍需産業と結びついた族議員の一人です。所属した森派の小泉も、いわゆる「金融・重工業族」議員で、他の道路族や、土建族、運輸族、農林族、郵政族に対しては厳しく接し、「改革」と称する混乱を招きましたが、安倍は、より純血種の「重工業=軍需」族なのです。
 ですから、彼らは、戦前とは、天皇制であるかなしかの違いだけで、全く同じ道を歩もうとしています。
 
 しかし、無能で、同じことを繰り返すことしかできない、安倍たちにはわかっていない点が幾つかあります。それは、「今の日本には、平和憲法による平和が60年以上続き、国民の7割がそれを支持していること」。「戦前のように、天皇の大権を用いることはできないこと」。「国民の教育レベル、生活レベルが上がり、戦前のような時代に戻すことには強い反発が生じること」、「教育の世界で、多くの学者、教職員が、安倍の思い通りにはならないこと」などの点です。
 
 これらの点を理解しない安倍政権は、教育基本法が仮に成立したとしても、かえって人気を落とすでしょう。
 私は、同法の改悪に絶対反対ですが、たとえ成立しても、戦える点は数多くあると考えています。
 その意味では、「共謀罪」の方が怖かったのですが、あの法律は成立させるための口実が無く、当面は諦めたのが実態でしょう。
 
 今後、改悪教育基本法との戦い方については、逐次提案していくつもりです。
posted by 眠り猫 at 13:33| 東京 ??| Comment(2) | TrackBack(6) | 憲法

2006年09月17日

私の日本国憲法に対する姿勢

 最初に予告しておきながら、他のニュースを先にしたために、私自身が、今の憲法に対してどう考えているかをお知らせするのが遅くなりました。
 
 まず、背景を述べると、私は、かなり自由な気風の大学で法律を学びました。憲法学は必修だったので当然学習しました。教科書は、当時東大教授だった、小林秀樹氏のものと、清宮四郎氏のものでした。
 また、憲法ではありませんが、国際法、国際政治、比較法などの講義も受け、日本と欧米における法律の位置づけの微妙な違いなども学びました。比較的マジメな学生だったと思います。
 
 では、私の憲法観です。
 私の父は、昔、公務員で、自治労を通して、旧社会党の党員になったこともある人物でした。積極的な活動家ではありませんでしたが、私も子供の頃から、父の影響を受け、若い頃は、自衛隊違憲、非武装中立と言う、旧社会党の主張を支持していました。
 
 しかし、学生時代の勉強と、今の国民世論、そして現実世界を見た場合、「非武装中立」は、理想であって、いきなりそうなるものではないと考えるようになりました。社会党も、村山政権下で、自衛隊を「違憲・合法」と言う、あいまいな表現で、事実上存在を認め、また日米安保条約も存続しました。
 
 私自身は、理想は掲げながらも、まずは足元を見ることを、社会人になってから学びました。
 その結果、今の時点で、私が取る立場は、以下の数点に集約できます。
 
 ○ 専守防衛に徹すると言う前提で、防衛用の抑制的な軍備を認める。
 ○ 集団的自衛権は、これを認めない。
 ○ 日米安保条約は、改正、または撤廃すべきである。
 ○ 自民党の改憲案、ならびに安部復古主義者のより右よりの改憲には断固反対する。
 ○ 九条に限らずに言えば、基本的人権に、環境権と、平和的生存権を加える。
 ○ 労働者の権利の拡充のために、あらたな条文を設ける。
 ○ 硬性憲法(改憲しづらい憲法)条項はこれを維持する。
 
 以上のように、改正はやぶさかではないが、どちらかと言えば、よりリベラルに改正したいと言う意見です。
 ですから、現在の政党で、このような主張をしているものは、無いので、現在の憲法に悪い点はほとんど無いと考えているので、私は「護憲」派です。機会があれば、進化した憲法を作りたいと思っている次第です。
 
 軍備については、あくまでも専守防衛に徹するよう、憲法及び関連法規で厳しくコントロールすべきだと思います。
 本来、軍備は無いほうがいいのですが、国民の多くが自衛隊を認め、また「丸腰」でいることに不安を感じる意識がある以上は、個別自衛権の範囲で、存続を認めます。周辺諸国との(たとえばEUのような)融和、協調が進めば、徐々に減らしていくことができるでしょう。
 
 天皇制については、個人的には廃止しても構わないと思っていますが、歴史的な事情を考慮して、今の皇室とその財産ごと、特殊法人化して存続していけば良いと思います。憲法からは除外され、いわば、無形文化財のような形で残っていくと言う考え方です。
 
 以上が、私の今の憲法に対する姿勢です。
 その他、言論の自由に関する条項や、政教分離、公務員の不偏不党について、もう少し考慮するべきところがあると思っています。
 基本的に、憲法と言うものは、国が守るべきものであり、国と言う権力機関から、国民を保護することにその使命の一部があると思っています。その意味で、今、実際に存在する、言論統制や、警察の偏向などの問題も解決しなければならないと思っています。
 
 私の主張が一番近いのは、共産党か公明党かもしれません。
 しかし、私は支持政党はありません。共産党とは、意見、政策で一致できる点はあるものの、共産主義思想には、一定の評価を与えながらも、自由主義の方がより良いと思っていますので。
 
 このブログでは、憲法に関する個々の問題を議論するつもりはありません。
 「平和を守る」と言う1点で、協調し、復古的改憲勢力に対して、緩やかな協調で対抗していくことを目的としています。
 私の意見に賛同してくださいとは言いません。また、自衛軍を認めると言う点で非難しないでください。
 「平和」の1点で、当面の脅威に対して連携させていただければと思っています。
posted by 眠り猫 at 14:13| 東京 ?J| Comment(14) | TrackBack(2) | 憲法
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