2008年03月10日

63年目の東京大空襲の日に。不戦の誓いをあらたに。

 昨夜は、風邪などもあって、意識が半分飛んでいたようなので、唐突な記事を書いて、申し訳ありませんでした。すでに削除してしまいましたが、すでに読まれた方、忘れてください(恥)。

 さて、体調不良のため、調べ物にも熱が入らず、今日の記事も準備不足です。
 テーマを何にするか迷ったのですが、今日は、東京大空襲から63年という報道を受けて、太平洋戦争の受け止め方に、人によって大きな違いがあることを述べ、それを踏まえてもなお、不戦の誓いを新たにしたいと思います。

 まず、建前で言うと、戦争は悪であり、それ自体が犯罪的行為です。
 しかし、わずか半世紀と少し前までは、日本を含め、欧米列強も、アジアを中心に、植民地の権益を奪い合うための、帝国主義国家同士の戦争をしていたのです。
 植民地の人々については一切顧みることなく、列強は勝手に戦争をしました。

 太平洋戦争も含む、第二次世界大戦という枠で考えると、「連合国側」と「枢軸国側」の戦いでしたが、前者が、アジアに既得権を確保していた先行した帝国主義国家。後者がそこに割りこもうと言う、後発の帝国主義国家と言えます。

 例えるに、2匹の犬が、1本の骨をめぐって喧嘩をしていた際に、先に骨をくわえていたのが連合国側、あとから来て骨を奪おうとしたのが枢軸国側と言うわけです。
 ですから、この2匹の犬に、差はありません。どちらも植民地と言う「骨」を奪い合う、自国の利益だけを考えた、侵略国家だったのです。
 ですから、私の個人的見解では、連合国が正義で、枢軸国が悪と言うのは間違った、勝った者が、あとづけで歴史を書いたものに過ぎないと思います。

 こう書くと、右翼が言うように、連合国も同罪であり、東京裁判やニュルンベルグ裁判で、敗戦国を一方的に裁く資格はないというロジックと同じようになります。
 しかし、右翼は、「だから日本は悪くない」と言いますが、私は「いや、双方が悪なのだ」と考える点が違います。アウシュビッツや南京大虐殺は、確かに枢軸国側の許し難い犯罪です。しかし、アメリカの日本やドイツの主要都市への無差別爆撃は、民間人への攻撃を禁じた国際法に違反する、一方的虐殺行為であり、東京大空襲もその一つです。最後には原爆投下と言う、人類に対する犯罪とも言えることをアメリカはしています。アメリカではこの事実をできるだけ自国民に知られないようにしています。

 しかし、日本人の、あの戦争に対する評価も、戦争体験者の中ですら分かれます。
 私にとって身近な例を引くと、私が今所属している市民団体の大元の組織で起きたことなのですが、本来は、戦争体験を語り継ごうという趣旨で設立された組織なのに、やがて内部で(特に、軍人だった人を中心に)、「あの戦争は祖国防衛戦争だった」「だから、神風特攻隊などの靖国の英霊を軽んずることは許さん」と言う、どこかで聞いたことのある主張になり、「自分は軍人だったので、戦争をもっともよく知っている。だから自分の意見に従わないものは許さん」となってしまいました。

 その一方で、あの戦争を、「二度と繰り返してはならない愚行として、その悲劇を語り継ごう」と言う、会の本来の趣旨に沿った考えの人たちとの間で、対立が起きました。

 その論争は実は今でも、その組織の中で続いていますが、あまりに不毛な論争に辟易して、団体の本来の趣旨に賛同する人たちだけがスピンアウトした別団体ができ、私はそこに所属しています。
 同じ戦争を、同じ日本人として体験してきても、これほど真っ向から対立する意見の相違になってしまうのです。

 「祖国防衛戦争」だと主張する人たちは、元は大陸への侵略から始まり、朝鮮併合や、満州国傀儡政権の樹立、南京虐殺などについては、耳をふさいでしまうのです。都合の悪いことは無視して、今盛んにおこなわれている、歴史改ざん主義に賛同して、あくまでも日本は正義の戦争を戦って、奮戦むなしく敗れたのだ、と言う価値観を捨てないのです。
 戦争体験は無いけれど、歴史をきちんと教えられた私には、「祖国防衛戦争論」は、自慰行為にしか見えません。自分の犯した過ちや罪をごまかし、正当化して自己満足するための詭弁としか見えません。
 しかし、自民党政府が率先して、教科書をいじくり、歴史改ざん主義のために、曽野綾子、上坂冬子、渡部昇一、最近では、正体不明のクライン・孝子とかいう連中を使って、産経や文春、新潮などの保守論壇で歴史を直視しない発言を繰り返し、そしてそのサルまねをするだけの、軽薄なネット右翼たちが、ネット上で妄言を吐き散らす状況になっています。

 たとえば、大江健三郎氏の著作「沖縄ノート」に対して、曽野綾子が、「罪の巨塊」と言う単語を、「罪の巨魁」と誤読して批判した文章を元に、元軍人や、軍人の弟が大江健三郎を訴えた、名誉棄損等への損害賠償請求裁判があります。
 まだ判決は出ていませんが、実は訴えた本人たちは、肝心の「沖縄ノート」を読んでいないことが明らかになり、曽野綾子が、誤読して批判した文章だけを根拠に、訴訟を起こしたことが明らかになっています。たぶん、曽野綾子の文章を読んだ何者かがそそのかしたのではないかと思っています。

 このように、歴史改ざん主義者らは、不都合な事実は、無かったと強弁し、嘘も百万遍繰り返せば、真実になるとばかりに、保守論壇上で騒ぎ続けているのです。
 どう見ても侵略戦争だったあの戦争を、戦争の終盤、日本本土が攻撃を受けるようになった時期だけを取り出し、「祖国防衛戦争だった」と言い続けるのです。

 確かに、爆撃を受けて肉親を失い、炎の中を逃げ惑った人々は、その悲惨な体験をもとに、自分たちは被害者だと考えます。それはやむを得ない心情だと思います。しかし、そのような事態を招いたのは、そもそも日本が、帝国主義的侵略を、大陸とアジアに対して開始し、そこで、既得権益を持つ、英米などと衝突し、押し戻された結果、本土への爆撃、最後には原爆投下と言う悲劇を招いてしまったのだと考えるべきなのです。

 このように、歴史の本当の事実を直視せず、自分たちの感情に快い言説だけを取り込む人々が多く、戦争を知らない世代に、あたかも日本は正しかったのに、連合国側に不当に蹂躙されたという認識を植えつけようとし、一部は成功しているのです。
 これは、利権のためにイラクに侵略したブッシュ大統領が、侵略の根拠とした大量破壊兵器が見つからなかったら、突然、この戦争は、イラクに自由と民主主義をもたらすために、独裁者を打倒する戦争だと、言葉をひるがえしたことに似ています。アメリカ人の一部にとっては、その方が耳に快く、自分たちは正義だと信じ込めるのです。
 現実には、ブッシュ大統領は今や歴代大統領の中で最低の支持率であり、多くの人はその嘘を見抜いていますが、ブッシュの言い分を信じて支持している人がまだ30%もいるのです。

 私たちは、今後軍備を拡大していこうという、軍事利権を漁るための政治家たちが、戦争を肯定しようとするたくらみのために、歴史を改ざんしようとしていることを知っています。
 私たちは、これらの馬鹿げた動きよりも、倫理的に一段高い見地に立ち、「あらゆる戦争は、犯罪なのだ」ということを、後世に伝えていかねばなりません。

 東京大空襲や、沖縄の地上戦、そして原爆投下は、確かに被災者にとっては悲惨な記憶でありますが、それゆえに、二度とそんなことが起きないようにと言う意志を込めて、歴史を直視し、すべての戦争を否定するべきなのです。
 それこそが、現行憲法9条における、戦争放棄の精神なのです。

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2008年02月21日

今一度、日本の国防について考える

 数日前、「真の国防と外交を考える」(http://heiwawomamorou.seesaa.net/article/84029751.html)と言う記事を書いた。特に異論や反論は寄せられなかったが、私自身としては不十分感があったので、別の視点から改めて日本の国防について考えてみたいと思う。


 在日米軍はアメリカアジア戦略のためにいるのであって、日本を守る装備は持っていないこと、自衛隊の装備もまた、アメリカ軍補完のためのものであり、日本の国防に役立つものは少ないことなどは、これまでに繰り返し述べてきた。
 しかし、私は、ただちに非武装を唱えるものでは無い。まず国民の合意が得られないだろう。
 「丸腰は不安だ」という人は多いと思う。私も最新のセキュリティ装置付きのマンションに住みながら、身を守るための木刀を部屋の片隅に置いてある。それと同じような心理は確かにあるだろう。


 私は、軍事力=国の威信と考える、思考が戦前のまま停止している保守派やネット右翼とは違い、軍事力とは、19世紀のプロイセンの将軍、クラウゼヴィッツが看破していたように、外交の一手段に過ぎないと考えている。
 さらに、憲法9条で戦争放棄と軍事力の不保持を定めており、また、外交上の問題を軍事力で解決しないことも定められている以上、日本の国防は、「専守防衛」に限られると考えるべきだし、国民もアジアの諸国もそれで十分だと考えていると思う。自衛隊も違憲だと言うのは事実だが、そこは将来の改憲議論で。


 最近の「日米(軍事)同盟」論は、それを大きく逸脱し、海外でのアメリカの戦争に、日本軍を派遣することを真の目的にしている。明らかに憲法違反である。また、それを口実に日米双方で軍事利権を漁る政治家たちがミサイル防衛などの軍拡を推進しているのは一目瞭然である。彼らが私腹を肥やすための方便としている論法に、国民が乗せられる必要は全くない。むしろ税金の無駄遣いとして反対していくべきだ。「ミサイルより明日の飯だ」と。


 実際に、軍備を持ち、アメリカとの付き合いで、アフガニスタンやイラクに出兵した、ヨーロッパや、カナダ、オーストラリアの各国では、数年前からその政策への反省が行われている。
 細かく言うと、スペインは、国内でテロが起き、派兵することで自国の安全が損なわれると判断し、いち早くイラクから撤兵した。イタリアのベルルスコーニ政権と、イギリスのブレア政権は、イラクでの被害の大きさに国民の不満が高まり、政権自体が崩壊した。オーストラリアでも同様に、派兵支持の保守党政権は、首相自身が選挙で落選するという事態で、新政権はイラクからの撤兵を決めている。カナダでは、アフガニスタンでの活動で多数の戦死者が出ていることへの厭戦気分が国民を支配し、政権の行方が注目されている。ドイツでもアフガニスタンへの追加派兵には慎重論が出ている。

 このように、アメリカの戦争に、ただ単にアメリカの暴走では無いと粉飾するために、アメリカからの要請でしぶしぶ軍を派遣した(イギリスだけは積極的だった)各国で、アメリカの戦争に付き合うことへの批判と不満が増し、政権交代へと結びついているのである。


 このような情勢の中で、ヨーロッパ各国が日本に派兵を求めるようなことを言っているのは、自分たちの代わりを務めてほしいからに過ぎない。また、アメリカが「日米(軍事)同盟」を強調するようになったのも、ヨーロッパ各国の離反を止めることができず、その分を、媚米外交に終始する日本政府に押し付けて、アメリカ軍の先兵として、日本の自衛隊を使おうという意図が丸見えである。そこに、日米の軍事利権を漁る政官の思惑が絡み、法的根拠が全くない「日米(軍事)同盟」が、憲法をないがしろにして、進められようとしているのである。


 憲法に関する世論調査でも、憲法の平和主義は変えるべきではないという意見が、8割を占めている。国民は、海外派兵など本当は望んではいないのである。一方で国防ならば、ある程度の軍備は必要だという考えの国民も多い。
 ならば、日本が取るべき道は、利権屋の推進する、「日米(軍事)同盟」への傾斜ではなく、真の国防を考えての、専守防衛に徹した、新しい自衛隊の構築にあると言うべきである。
 そこには、敵地奥深くまで侵攻するための高価な戦闘機・F-15イーグルも、アメリカの空母機動部隊を護衛するための護衛艦・イージス艦も要らない。「専守防衛」の思想をもっと深めて、それに必要な国防のための軍備を考えるべきだろう。


 ここで、核保有論に飛躍するのが、保守派の常であるが、日本が専守防衛国家であると国際的に認知され、アメリカの基地がなくなれば、日本を核攻撃する国など無い。核抑止力論は冷戦崩壊前にすでに破たんしている。これもまた30年は時代遅れな理屈であると言いたい。

 前回の記事では、専守防衛のための軍備について簡単に述べたが、あれが正答だとは私も思っていない。
 そこは今後、利権屋を排除した上で、軍事専門家に考えてもらうしかない。憲法と国民の多数の意志の制約のもとで。

 レイシズム(他民族蔑視)に終始した上で、その他民族から攻撃されることを恐れる「ゼノフォビア」(他民族恐怖)に捉われている、ネット右翼たち以外は、日本が本当に中国と戦争する必要があると思っている人などほとんどいない。経済関係がここまで緊密になった日中関係で、戦争が起きるはずもないのである。

 私は、本来は日本が、すべての国とそのような関係を構築し、軍備など必要無くなるのが理想だが、それまでは、丸腰は不安だという国民のために、安心料として、専守防衛の装備を持つことを容認する。軍事利権政治家・官僚を排し、純粋に国防を考える必要がある。いたずらな軍拡競争に巻き込まれることこそ、愚の骨頂である。

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2008年02月20日

イージス艦衝突と、在日アメリカ軍の犯罪の頻発に共通するもの

 昨日に続いて、イージス艦「あたご」による、漁船との衝突事件について。

 今回のイージス艦による漁船との衝突事故では、防衛省の公式発表では、衝突直前に漁船を視認した「あたご」が、回避のために、全速後進をかけ、漁船も右に舵を切り、衝突を回避しようとしたが、減速が間に合わず衝突したと言っている。
 しかし、被災した「清徳丸」の僚船の船長は、「自衛艦はまっすぐ直進してきた。回避した様子は認められない」と証言している。
http://mainichi.jp/select/jiken/atagocollision/news/20080220k0000m040130000c.html

 確かに、ほぼ直交していた進路で、「清徳丸」が右に舵を切っていたとすれば、衝突は「清徳丸」の船尾側からのはずだが、まさに船の真ん中を断ち切られるような形で「清徳丸」は沈んでおり、公式発表の内容は疑わしい。


 この事件と同様に、自衛艦(潜水艦だが)が、民間の小型船に衝突して、多数の犠牲者を出した事件に、1988年の「なだしお事件」がある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%AA%E3%81%A0%E3%81%97%E3%81%8A%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 上記の資料はネット百科事典ウィキペディアの記事だが、若干加害者寄りの書き方で、そこでは触れられていないが、私の記憶にある(年齢がわかる)限りでは、このときも目撃者や生存者から、「潜水艦が回避義務があるにも関わらず、直進してきた」という証言があったかに記憶している。

 もし、この目撃者の証言が本当だとしたら、気づくのが全く遅かったのか、または、法の回避義務を無視して、民間船の側が避けるだろうと考えて、直進した可能性がある。

 気づくのが遅かったとすれば、最新の護衛艦として、何と言う怠慢さだろう。また、昼間に起きた「なだしお事件」のときに言われたこととして、「自衛艦は、そこのけそこのけという感じで強引に直進してくる」と言う証言もあった。とすると、すべての自衛艦では無いにしても、そこに、「おれたちは国を守ってやっている軍隊だ」というおごりがある可能性がある。そんなことがあってはならないのだが。


 万が一、そんな意識があって、法の回避義務を無視して、「相手が避けるだろう」と考えていたなら、言語道断である。しかし、そんな意識が少しでもあったとすれば、それは、アメリカ海兵隊の度重なる不祥事と同じような、民間人を見下した、自分たちは、国を守ってやっているんだから、多少のことはがたがた言うな、という、不遜な考えがあるのでは無いか。

 この点の事実が公になることは決してないであろうが、米兵の度重なる違法行為と、最新の護衛艦が、漁船と衝突するという信じがたい不祥事には、共通して、「守ってやっている、という傲慢さ」があったのかもしれない。
 なだしお事件でも、今回の衝突事件でも、共通して、自衛艦が回避義務があるにも関わらず直進したという証言がある以上、上記のような疑いが掛けられても、仕方がない。違うと言うのならば、それに反証すべきだろう。


 今回の事故では、不幸にも一方の当事者である「清徳丸」の乗組員2人は。、依然行方不明である。被害者の側からの証言は聞くことができない。
 ならば、「あたご」の側は、正直にすべてを明らかにし、実際に回避行動をとったかどうかを示す航海記録や、乗組員の証言などを海難審判の場で提出するべきである。そこに、「国防上の機密」などという言い訳はなしにしてもらいたい。


 また、以前にも紹介したように、産経新聞は、「日昇丸事件」のときに、「アメリカのミサイル原潜は国を守ってくれているのだから、2人死んだくらいで・・・」という社説を載せたと書いたが、最近の沖縄での少女暴行事件でも、被害者が悪いという主張を、やはり保守系の新潮社の出版物とともに繰り返している。

 今回の件でも、同様に、「自衛隊を批判するのは間違っている」というような主張を始めることは容易に想像がつく。

 国民は、軍事利権にまみれた自民党に盲従する、右派論壇の産経、新潮系列の言うことは、相当割り引くべきであることは言うまでもない。ましてや、その言葉をうのみにして、真の愛国者とは思えぬ妄言を弄する、ネット右翼どもの発言など無視するべきである。
 真の愛国者なら、国民の生命を奪ったことに対して怒るのが普通である。「国」とは、軍隊ではなく、最低でも、国民とその財物、国土を意味するものなのだから。
 少なくとも見張りを怠っていたらしい、またレーダーに映っていたかどうかなど、「あたご」の側が、正直に事情聴取、記録の提出に応じてこそ、国を守る軍隊として、国民から信頼されるのである。それを怠ってはならない。


 国を守るべき軍隊が、国民を殺傷した。この事実から目をそむけてはならないのである、その原因に、驕りの意識がなかったかどうかを、追究していくべきなのである。
 今回、被害者の生存は絶望的だが、一刻も早く発見されることを願ってやまない。

PS 船舶関係者の方、漁業関係者の方で、上記のような自衛艦の行動を目撃された方は、コメント欄にご一報ください。

(追記)今朝の産経新聞の論説。
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/080220/trd0802200308000-n1.htm

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2008年02月15日

I HAVE A DREAM.(キング牧師の言葉)

 ここ数日、沖縄で起きた、米兵による少女への暴行事件に端を発した記事を書き続けてきた。
 最初はとにかく怒りだった。その矛先は、愚劣な右翼メディアの産経新聞に向けられた。しかし、そこで終わっては、結局はただの傍観者の一時的な感情の発露にすぎない。そこで、引き続き、米軍基地が日本を守っているという一般に横行している説の虚妄を暴き、その上で、日本が目指すべき外交の道を探ってみた。

 もちろん、このような大きなテーマには容易には結論は出ない。また、私は法学部で学んだとはいえ、外交には素人である。なかなか、本質に到達することはできない。

 しかし、ここで指摘しておきたいのは、最近になってとみにマスコミが翼賛体制をとって、政府に不利な情報は流さないように、または他の事件を大きく扱ってごまかす、意味もなく北朝鮮のことを悪く報道する、などの「メディア操作」、「印象操作」を行っている中で、その虚偽を見抜き、自分で考えることの大切さを訴えたい。


 「米軍がいなければ日本は侵略される」、「北朝鮮がいつミサイルを撃ってくるかわからない」、「中国が攻めてくる」など、マスコミだけでなく、雑誌などでも「日韓もし戦わば」などという見出しで、煽っているのをよく見かける。
 本当にそうなのだろうか?確かに、中国や韓国には反日感情が根強い。しかし、それは、日本が侵略したからであり、それを経験した世代がまだ生きている今、反日感情を持つなと言う方が難しい。
 また、中国で、アメリカの放送局が行った調査では、中国人が一番嫌いな国は韓国だそうで、日本は10%も離れての2位だった。大体、好き嫌いで戦争になるのなら、世界中、隣の家とでも戦争しなければならないことになる。


 実際には、昨日も述べたように、中国と日本は、今は、密接な経済関係で結ばれている。今の状況を壊すことは、双方の国の政府、財界ともに望んでいない。それでいて、脅威をあおるのは、これも繰り返している通り、軍需産業やアメリカからの武器購入による、政財官が利権をむさぼっている状況を維持し、政治家たちが私腹を肥やすためである。

 マスコミは、一方では、放送法に基づく免許更新拒否をネタに脅され、また一方では、政府に媚を売ることで自分たちも利権や権力構造の分け前にあずかるという、さもしい根性で報道しているのである。また、財界からは、CMのスポンサーにならないぞ、と脅されることもあるという。


 このように、自由の国でありながら、報道の自由度は、「国境なき記者団」によると、日本は30位代である。アメリカよりは良いが、ヨーロッパ諸国には遠く及ばない。これでも、安倍晋三による、NHK番組介入事件があったその前年は、もっと低かったのである。


 マスコミが流布する、「定説」を信じ込んで、現状に不満を持ちながらも何も考えないでいることは、自民党政府が最も望むところである。
 私は、この嘘を理屈で引っぺがして、別の考え方ができる、それをすれば日本はもっと良くなる。ひいては世界が平和になると言う信念で、このブログを書いている。

 コメント欄を承認制にしたので、表示しなかったいくつかのコメントには、「沖縄のような事件は世界中どこの国にもある」というような、斜に構えて気取ったようなコメントや、「在日米軍無くして、日本の国防はおぼつかない」という、ステレオタイプなコメントがあった。

 普段ならこのようなコメントも表示して、私の意見を返すのだが、今回は、私自身の怒りが大きく、それに水を差す内容は左右を問わず切り捨てた。
 しかし、まぁ、ここ数日の記事を見ていただければ、沖縄で起きた事件は、「世界中のどこにでもある」物ではなく、また、「在日米軍は日本を守るために存在しているのではない」というようなこともご理解いただけた事と思う。

 ここまで述べてきて、この先は私の理想論である。
 実際の世界は、もっと複雑であったり、太平洋戦争突入時の日本のように、自分自身の大陸での戦争が行き詰まり、経済破綻に瀕して、南方の資源を奪うために、軍事的冒険主義に出たという実例もあり、今後世界の国々がどう動くかはわからない。


 しかし、西洋の歴史を見れば、国家が成立し始めた頃から、戦争を繰り返してきた、ドイツ、フランスイギリスなどの国が、第二次世界大戦でも敵味方に分れて戦ったのは、63年前である。なのに、ヨーロッパは、今や通貨統合を成し遂げ、EUという国家を超えた体制の下でまとまろうとしている。
 この、歴史的な実験を見れば、理想を持ち、時間をかけて交渉をし、さまざまなデメリットも、別の施策で補い、結局は一つの巨大な国境のない経済圏と、大幅な軍事費の削減が可能になったのである。


 私は夢見る。この動きが後戻りしないことを。そして、それが、アジアで、アメリカ大陸で、アフリカで実現し、その末には、それらすべてが密接に結び付き、実際には世界政府とも言えるような時代が来ることを。
 そうなれば、テロリストや民族主義者を除けば、戦争の原因は無くなり、貿易・物流と、ネットの発達(自動翻訳ソフトも開発されつつある)による情報交換の迅速化と、共有が進めば、いずれは世界が一つになれるのではないかと。


 今の段階で、これは夢である。しかし、人間は夢を現実のものとしてきた。今から100年、200年後には資源の枯渇の問題も生じ、人類は月や小惑星に資源を求める時代も来るだろう。その時、人類が一つになっていなければ、特定の勢力が資源を独占し、それをめぐって最終戦争になるかもしれない。
 そんなことの起きないように、日本が憲法の前文と、9条の精神を基に、世界の一つのまとめ役となって、リードしていくことができればと思う。


 日本の一地域の自分の地盤に金を落とし、自分も私腹を肥やすことを目的とした、世襲議員ばかりの自民党には、このような発想は無理である。軍事利権を手放す気もない。ならば、日本人は、理想の実現のために最初の障害となる、自民党政権を無くしてしまうのが第一歩だと思う。
 そして、日本は、平和を軸として、まず自らが軍縮をすることで世界の信頼を得ながら、独自の外交を進めていくことを目指すべきだと考える。

 すぐには無理かもしれない。でも、自民党政権を追い落とすことはあと少しで可能かもしれない。その後しばらくはごたごたが続くだろうが。
 しかし、夢を持ち、物事を始めなければ、夢は実現できない。まず最初の一歩を目指そうではないか。

 軍事大国では無く、「平和大国」を目指すのである。

 I HAVE A DREAM. 1960年代、アメリカで黒人差別と闘う、公民権運動で、平和的手段で圧倒的な支持を得ながら、暗殺された、キング牧師の言葉です。
 40年の時を経て今、黒人のオバマ氏を、白人男性が強力に大統領候補として支持するという今、差別は根絶できていなくても、夢は実現しつつあるのです。
 夢は描かなければかなわない。夢の無い、利権、軍拡、自民党政治に終止符を!

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2008年02月13日

米兵の犯罪をを擁護する、産経新聞の「愛国」とは

(★もしよろしければ、昨日の2つのエントリーも先にお読みください。
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 産経新聞で、花岡という論説委員が、今回の米兵による暴行事件は、安易にバイクに乗った中学生の「しつけ」の問題だという記事を載せた。
 http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/080212/plc0802122007008-n1.htm
 http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/080212/plc0802122007008-n2.htm

 この記事に対する意見は、現地沖縄から情報を発信している、「なごなぐ雑記」に詳しい。
 http://miyagi.no-blog.jp/nago/2008/02/post_cadf.html
 この「なごなぐ雑記」の筆者から伝わる、沖縄の苦渋と怨念を、産経新聞は理解できないだろう。というより、国にへつらうことのみを信条としている産経新聞には、他のことは言う能力も無いのだろう。

 産経新聞は、昔からそうだった。
 かつて、日昇丸事件というものがあった。少し古い話だが。
 そこで、日本の領海内で、アメリカの原子力潜水艦が(皮肉なことに、アメリカ建国の父の、「ジョージ・ワシントン」号という)、急速浮上した際に、日本の貨物船、日昇丸という船と接触事故を起こした。原子力潜水艦は、深さ数百mにもぐれるほどの構造を持っているので頑丈である。接触により船体に損傷はあったものの、そのまま当て逃げして、その場を去った。
 この事故で、日昇丸の船橋にいた、船長ともう一人の船員が、振り落とされて夜の海に落ちて死亡した。原子力潜水艦は救助もしないで逃げ去ったのである。

 この事故について、当時の産経新聞は、社説でこう論じた。
 いわく。アメリカのミサイル潜水艦は、日本を守ってくれているのだから、2人程度死んだくらいガタガタいうな、っと。

 私の産経新聞嫌いはこの時から始まっている。
 そして、同様の事件は、ハワイ沖で、日本の海洋実習船、「えひめ丸」に原潜がやはり急速浮上の際に接触し、えひめ丸に乗っていた、まだ10代の7名の命が奪われた。
 この時の産経の論調は読んでいないからわからないが、この原潜は、乗っていた賓客に、操縦を楽しませるために、素人に浮上の操作をさせていたらしいことが疑われている。

 まだある。もっと古い事件だが、神奈川県横浜市の北部の住宅街に、アメリカのファントム戦闘機が墜落した。その事故で、幼い命が失われ、母親も重い傷を負い、その後かなりの苦しみの期間を経て亡くなった。
 この事故の時、アメリカ軍関係者も、日本の警察も、現地に駆け付けながら、被災した家屋の救助にあたろうとはせず、脱出した戦闘機の乗員の保護と、戦闘機の機密部品などの回収をして立ち去った。
 燃料が引火して燃える家屋には母子が取り残されて、消防隊が来るまで放置されたのだ。

 つい先ごろにも、岩国市で、10代の女性が、4人の米兵にレイプされた。この時も、広島県知事が産経と同様のことを言ったが、和姦と強姦は、違うのである。しかも集団で。

 おもな事件だけでも、思いつくだけで、これだけのことがある。 
 これでもなお、産経新聞は、被害者の方に責任があると言い張るのか?
 産経新聞が、日本の右翼組織や自民党と結びついており、日頃から、愛国心だとか、国防の重要性を叫んでいるのは周知のとおりである。
 この噴飯ものの三文記事を書いた花岡という、売国奴のことは、「なごなぐ雑記」さんの記事で痛烈に批判されている。

 日本人は、これだけの傍若無人なことをアメリカ軍にされても、なお被害者が悪いのだと、反基地の運動は「いかがわしい」のだと言われなければならないのか?
 どこが、愛国だ、どこに自国民に対する愛情と同情のまなざしがあるのか?
 産経新聞が主張する愛国とは、自国民を殺されたり、性的慰みものにされても、米兵のさせるがままにすることこそが愛国なのだ。これで、教育で愛国心を教えろだの、徳育の充実だのと言うのは、どの面下げて言うのであろうか?

 所詮、産経新聞は、三流スポーツ紙と同レベルの、低級新聞である。マイクロソフトネットワークの提携ニュースサイトが、昨年10月に、なぜか毎日新聞から産経新聞に変わったが、そのトップ記事を見ると、芸能人のスキャンダルや、グラビアアイドルの写真、低級な性的ゴシップが載っている。毎日新聞の時にはそんなことは無かった。
 大体、産経新聞は、読売、朝日、毎日と並んで、「4大新聞」などと言われているが、実は夕刊を発行するのを止めてしまい、朝刊の発行部数も、1位の読売の7%ほど。朝日、毎日と比べても2割に届かない発行部数しかない。ちなみに首都圏の駅のKIOSKでは、日本経済新聞はあっても、産経新聞は置かれていない場所が多い。

 発行部数的には、「地方新聞」分類されている、東京新聞、中日新聞(この2紙の社会面などは、同じ記者たちが書いている)の発行部数に遠く及ばないのに、「4大全国紙」という、誤った呼ばれ方をしているのである。産経新聞は単なる、三流ゴシップ紙にすぎないのに。

 この新聞が、なぜ4大紙などと言われたり、MSN(マイクロソフト・ネットワーク)に採用されたりするのかは、謎であるが、たぶん政府自民党の意向が働いているのであろう。何しろ、自民党の老害、もとい重鎮、中曽根元首相は、「私は産経新聞しか読まない」と、かつて言ったことがある。
 その自民党が、愛国心の強制や、日の丸・君が代の強制を行っているのは、ずいぶん昔からだし、それを強化しようとしたのが安倍晋三前首相である。
 産経新聞が、「第2自由新報(自民党の機関紙)」と揶揄されるのも無理からぬことなのである。

 ジャーナリズムが特定の政治思想に偏ってはいけないということは本来ない。アメリカなどでは、大統領選挙の候補を「本紙は、誰を支持する」などと表明するのが常識だ。ヨーロッパでもほぼ同じである。
 日本もそうであっていけないということは無い。しかし、なぜか日本のマスコミは実態は全く違うのに、「不偏不党」、「社会の公器」と、自らを呼んではばからない。
 それこそが「いかがわしい」。さらに、くりかえし述べたように、自国民の少女が凌辱されたのを、まだ年端もいかない14歳の少女に責任を転嫁する記事を堂々と載せるのが、もっといかがわしい。

 国民もよくしたもので、保守的な読売新聞が発行部数日本一とは言え、産経新聞のようにいかがわしい低級紙には、たとえ購読料が安くても、買わない国民が多いというのが実情である。

 さぁ、真に日本に誇りを持ち、日本を愛する者は、産経新聞をボイコットしよう。サンケイ・スポーツも同様だ。同じ、フジ・サンケイグループの、フジテレビや、扶桑社の右翼的書籍もボイコットしよう。
 たとえあなたが保守的思想の持ち主で、愛国心が重要だと(私もリベラルの見方で、愛国心は重要だと思っている)思っている人も、この花岡という論説委員の的外れな記事を載せる、非愛国的な産経新聞をボイコットしようではないか。

(追記:1)
 サンケイグループの、そしてそれに付和雷同する右翼の、歴史改竄主義による従軍慰安婦問題への対応も、この事件への反応と同じなのではないか?軍国のためには、女性(少女)の人権も肉体も蹂躙しても構わないという、男の傲慢な思考。下劣で卑怯だ。

(追記:2)
 今、トラックバックをして驚いた。この問題に触れたブログはごくわずか。岩国選挙問題にまだこだわっている。悪いとは言わないが、岩国を含め、米軍基地の問題の、現地での切実な問題こそが、今回の事件に象徴される。
 いまだに沖縄人と、本土人は、感性を共有できないのだろうか?

(追記:3)
 普段は、冷静で、論理的な文章を心がけている私だが、今回の件では、感情を爆発させている。
 しかし、人間の行動とは、まず感情があるのではないか?感情、同情、共感があって初めて次の思想へのステップとなる。今回はお許しいただきたい。
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2008年02月12日

度重なる米兵の犯罪に強い怒りを感じる

 岩国市長選挙で、艦載機移転推進派の市長が誕生したのと同じ日に、沖縄で、14歳の女子中学生が、自宅に送ると誘われて車に乗せられ、米軍の軍曹に暴行を受けるという事件が発生した。
 同様の事件は、岩国市でもつい先日発生しているし、数か月前には、横須賀で、中年の女性が、金品目当ての米兵に、殴り殺されるという事件も起きている。

 沖縄で、基地反対運動が盛り上がったのは、13年前、小学生の女の子が、3人の米兵に暴行されるという事件が起きた時もそうであった。
 しかし、同様の事件はその後も頻発し、そのたびに日本の刑法では裁けず(日米地位協定に基づく)、加害者は、いつの間にか本国に帰ってしまい、処罰も受けずにいる。

 婦女暴行は、卑劣かつ凶悪な犯罪である。通常の人間なら、そんなことはしない。痴漢は多いようだが、捕まれば、社会的生命は終わる。しかし、基地の街での米兵の所業は、おとがめなしに等しい。

 昨日、沖縄の教育長らが、基地に厳重抗議と、加害者の処分を申し入れに行ったそうだ。それはそうだろう。しかし、私は、即日で無くとも良いが、少なくとも高村外相、石破防衛相が、可能ならば、福田首相自らが、相手を呼びつけて、徹底的に非難と抗議を行うべきだと考える。なぜそれができない。

 右翼の馬鹿どもは、岩国の時も、女性の方から誘ったのだろうとか、今回も無防備に車に乗る女子中学生が悪いなどという、根拠もない妄言を吐き散らしている。
 貴様らは日本人か?国士を、愛国者を名乗るのか?日本人が、われらの同胞の幼い少女が、人生を狂わせられかねない、非道な犯罪の犠牲者になったのだ。
 しかも、米軍は、日本を守るためにいてくださると、貴様らは言う。戦後、外国の軍隊で、日本人を殺したのは米軍が一番多い。婦女暴行に至っては、飛びぬけて多い。

 女性に責任転嫁することで米軍をかばう奴らは、アメリカに移住しろ。そして軍隊に入れ。そしてアメリカのために死ね。貴様らの言うことは、日本人としての愛国心と矜持を無くした、非国民、国辱物の発言だ。そんなにアメリカ軍様に忠誠を誓う、犬畜生になりたければ、自分の娘や妻や恋人を、米兵に差し出して慰みものにしてもらって感謝しろ。

 犯罪を犯した米兵は、軍人であるか否か、どこの国の人間であるか否かにかかわらず、卑劣な外道だ。それを意味もなくかばおうとする、馬鹿右翼どもはそれ以下の、誇りと愛国心のない、屑どもだ。
 この事件に怒りを感じない日本人は、日本を出て行け。

 最後に言う、今後、同じことが繰り返されるなら、日本政府は、地位協定の破棄と、安保条約による基地の設置の見直しを提起すべきだ。それをしないなら、与党の政治家や役人も同罪だ。
 米兵には依然、「占領軍」のおごりがあるのではないか?日本人を馬鹿にしているのではないか?
 そんなことに私は耐えられない。

 2度とこんなことを起こさせてはならぬ。擁護する馬鹿は死ね。
 政府は毅然たる姿勢で臨め。同盟国とは、一方的に凌辱されることを意味するのか?はっきりと態度を明らかにしろ。米軍の司令官の更迭を要求しろ。
 それができずに、なにが「日米同盟は外交の主軸」っだ。
 独立国として、堂々と言うべきことを言え。

◎沖縄の人の痛みを、日本人として共有しよう!
 http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2008021202086932.html


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2008年02月09日

平和のために私たちに何ができるか

 第二次世界大戦後、核兵器の登場もあって、大国同士が正面からぶつかり合う戦争は起きていない。
 しかし、朝鮮戦争、アジアアフリカにおける独立戦争、数次に及ぶ中東紛争、ベトナム戦争、東西冷戦。冷戦後も、ユーゴスラビアをめぐる紛争など、最近のアフガニスタン、イラクの戦争を含め、地上から戦火が絶えたことはない。

 幸い、日本は平和憲法のおかげと、前の大戦でひどい目にあった教訓から、軍事偏重路線は取ってこなかったので、戦争に巻き込まれずに済んだが、最近の軍拡、海外派兵の流れには、危険なものを感じる。

 では、日本を含めた、世界の平和のために、私たち市民に何ができるだろうか?

 私は、大げさなことや、世界を見渡して、などということは、一般市民には過ぎたことであると思う。もちろん意見表明などはどんどんするべきだが、まずは、日本という国が戦争に加担したりしないことに尽力するべきだと思う。
 その意味で、今、各地の裁判所で争われている、市民を原告にした、イラク派兵が違憲であるという訴訟などは、重要だと思っている。


 また、我田引水になるが、私の1週間ほど前の記事、
 http://heiwawomamorou.seesaa.net/article/82308580.html
 http://heiwawomamorou.seesaa.net/article/82392353.html
 で述べたように、今の政府がのめりこもうとしている、法的根拠もないままに数兆円の税金を投じて、戦争外交の国アメリカと一体化しての「日米同盟」の強化=軍事偏重路線への、批判を強めていくべきだろう。

 私に限らず、多くの人が指摘しているが、アメリカはもはや経済が行き詰まり、「双子の赤字」のうち、財政赤字はすさまじい金額になっている。その中で、ブッシュ「戦争好き」大統領は、また軍事費を増額した。彼もまた、軍需産業と結びついた、ネオコン利権政治家なのだろう。

 しかし、アメリカの今の財政事情で、そんなことは長くは続けられないだろう。また、中国はアメリカ、ロシアはヨーロッパと、貿易やエネルギー資源の点で結びつきが深くなっている。古いイデオロギー論に基づいた、中露を仮想敵国とする考え方は時代遅れになっている。
 日本でも、右翼たちが、中国の脅威を喧伝しているが、今の日本は、中国に生産拠点を持って、そこの製品をアメリカに輸出して何とか経済成長を表面上は続けている状態で、中国との戦争など考えられもしない。

 世界が、密接に結びついていく中で、戦争の可能性は小さくなっていくはずだ。アメリカもブッシュが退けば、次の大統領次第では、軍縮に転ずる可能性もある。すでに、オバマ氏は、ロシアとの核兵器削減交渉をするという持論を展開している。
 幻想かも知れないが、アメリカが在日米軍の大幅な縮小に向かう可能性もあるのだ。


 残された懸念材料は、中露の激突と、アメリカの戦争に日本が巻き込まれる危険性の2つだと私は思う。中露問題は、日本が口をはさめるはずもないので、先にあげた記事に書いてある、「日米(軍事)同盟」の強化というのが、もっとも恐ろしい。

 アメリカがイラクに攻め込んだのは、石油資源獲得が目的だったと、長年、アメリカの連邦通貨準備制度理事会の議長を務めたグリーンスパン氏が断言している。そのようなアメリカの自国の利益のための戦争に、日本が資金だけでなく、兵力まで提供しようというのが、法的根拠を持たない、「日米同盟」の強化であり、それを受けての、自衛隊派遣恒久法制定の動きである。

 私たちは、日本人として、そして、実際に被害をこうむる可能性のある民衆として、この動きに反対していかなければならない。

 厄介なのは、自衛隊派遣恒久法の制定に、民主党の小沢代表も乗り気である点だ。彼は、父親から、アメリカに逆らってはいけないという教育を受けてきたそうで、このまま、民主党が政権を取れたとしても、軍事面では、自民党と大差ない政策を取る可能性がある。

 そうはいっても、自民党の憲法改正草案の方が、民主党のそれよりも、復古的で危険でああるのは確かなので、「よりまし」な選択として、今は民主党を応援せざるを得ない。しかし、言うべきことは言って、民主党内でも軍事偏重ではない勢力を伸ばすことを心がけていくことが大事だろう。
 平和を守るには、まず足元から。これが大事だと思う。
 その一つの一歩として、明日の岩国市長選挙、大きな意味を持つのである。
 井原候補の当選を願いたい。

posted by 眠り猫 at 03:31| 東京 ????| Comment(14) | TrackBack(16) | 戦争

2008年02月04日

アメリカの世界戦略と「日米同盟」の危険性

(この記事は、前の記事の続きです。あわせてお読みください。)
 東西冷戦終結後、具体的な敵を失ったアメリカのネオコン政治家たちは、イラクのフセイン大統領などの、独裁国家を新たな敵として、軍備の増強と、アメリカ軍の世界展開を行ってきた。
 第一次湾岸戦争は、その良い口実となり、さらに2001年の9.11同時多発テロは、特に具体的ビジョンを持たない、ジョージ・ブッシュ大統領にとって、恰好の軍備増強、戦争外交の口実を与えた。
 その後のアメリカ=ブッシュ政権のアフガニスタン、イラクへの侵略と、イランへの恫喝などについては、皆さんのご存じのとおりである。

 テロは確かに許されるものではない。しかし、国内にテロ組織がいるというだけで、その国全体を軍事的に攻め滅ぼす必要と権利がどこにあるのか?(アフガニスタンのケース。)また、大量破壊兵器保有疑惑というだけで、やはり一国家を攻め滅ぼし、指導者を国内法を適用とはいえ、事実上アメリカ主導の裁判で処刑する権利がアメリカにあるというのか?(イラクのケース。)

 どうやら、ブッシュ政権は、アメリカにだけはその権利があると思っているらしい。大量破壊兵器疑惑が偽りであったことが分かってからは、今度は、自由と民主主義の輸出を旗頭に、侵略を正当化しようとしている。そのロジックなら、世界の多くの国に、アメリカが正当性を認めなければ軍事的侵攻がありうることを意味する。

 そして、アメリカは、「テロとの戦い」のために、軍事費を冷戦当時よりも増額し、米軍の世界的再編という行為に出た。
 この中で、日本周辺に関して言えば、韓国からの段階的撤退と指揮権譲渡(北朝鮮はもはや脅威ではないという認識に立つ)、一方で、在日米軍の強化ということで、日本にアメリカの陸軍部隊の司令部を置き、また、自衛隊をアメリカ軍の配下におさめる行為を着々と進めている。沖縄では、海兵隊基地のグァム移転に伴い、なぜか日本が2兆円(5兆円ともいわれる)もの負担をし、さらに辺野古に新基地の建設、対中国をにらんだ高江へのヘリパッド建設とオスプレイ配備が行われようとしている。
 そして、岩国に、今まで厚木基地にいた、空母艦載機87機の移転を行おうとしている。


 この動きは、決して、日米安保条約に基づく、日本の防衛のための行為では無い。アメリカの世界的軍事戦略の中で、中国を仮想敵国としてにらみつつ、沖縄をおもな拠点に、横須賀と佐世保に配備された空母機動部隊により、東アジアから南アジアまでを範囲におさめる、アメリカの戦争体制の構築が目的なのである。
 つまり、日本は、自衛隊のアメリカの属軍化(設立当初からその傾向はあったが、今や、完全なものとなりつつある)と、地理的に、アジアへの出撃拠点と、対中国でのアメリカの軍事的防波堤としての役割を、押し付けられようとしているのである。

 以上のように考えないと、今回のアメリカ軍再編の動きは理解できない。なぜ、日本に陸軍部隊の司令部がおかれなければならないのか?高江に配備されるオスプレイは、海兵隊などを敵地に運ぶことを主目的とした特殊な航空機であり、日本の防衛には全く必要のない兵器である。


 この動きの中で、日本の方から、「日米同盟」の強化を言い出すのは、事実上、国を売る行為に等しい。日本の自衛隊が、日本の防衛とは無関係な戦争に駆り出されることを前提としての「日米同盟の強化」なのである。

 もとより、「日米同盟」とやらには、法的根拠は何一つない。あるのは、日本国憲法に優越しない、条約である「日米安全保障条約」だけである。そこには、両国の防衛のためのみの軍事力行使の内容が書かれている。決して日本の自衛隊は、アメリカの先兵として、アメリカのテロとの戦いという名の、世界を相手にした戦争外交の一部を担うことを意味していない。

 日本国憲法の平和主義からも、自国の自衛以外への軍事力行使は認められないにもかかわらず、既成事実が積み重ねられ、自衛隊は、シリアゴラン高原、インド洋西部からアラビア海、クウェートからイラクへ、と派遣されている。これに武器行使が盛り込まれれば、もはや自衛隊は、「自衛」隊ではなくなる。
 このことは、「村野瀬玲奈の秘書課広報室」の今日(2月3日)の記事(http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-590.html#)に詳しい。

 日本の国益には何一つかなわない(そして、沖縄や岩国の地域住民の犠牲の上に)、アメリカの戦争への日本の積極的協力が、憲法の平和主義も無視し、法の根拠もなしに着々と進められているのである。
 その根拠として推進側が唱えているのが、ひとつは、安保条約の無理な拡大解釈により、アメリカが世界のどの国、またはテロ組織からも攻撃されるかもしれないから、安保条約の双務性を強調し、「集団的自衛権」の名のもとに、世界中でアメリカの戦争に、自衛隊を派遣するというロジックである。これは無理な法解釈であり、違憲であるばかりか、条約の解釈としても常識では読み取れない。

 もう一つは、「世界第二位の経済大国としての責任」っという言葉で表わされる。しかし、経済大国は軍事大国化しなければならないという理由はない。軍事力の保有も配備も運用も、各国の独自の判断によるべきだ。なのに、「日米同盟」強化の主張者は、アメリカとの同一行動のみが、経済大国としての責任の取り方であるという、非論理的な理屈を展開している。


 アメリカは、アフガニスタン侵略、イラク戦争で、従来のNATOの協力を仰いだが、前の記事で述べたように、NATO諸国の国民の離反によって、孤立化を深めているのが実情である。
 この状況下で、アメリカにとって、対米盲従姿勢しかとらない日本の自民党政府の態度は、自衛隊を新たな属軍として、アメリカ軍の先兵として、ときには盾として利用するという、アメリカにとってのみ有益な体制を作ろうとしているのである。それがすなわち、「日米同盟の強化」なのである。


 では、なぜ、自民党は、なし崩し的憲法無視のこの動きを進めるのか?そこには、守屋前防衛事務次官の汚職から、ほんの少しだけ見えてきた、軍事利権の存在がある。コイズミ、安倍、福田首相が属する、町村派(旧森派)は、それ以前の経世会支配の土建利権政治とは違い、金融・重工業族という、都市型利権政治屋の集まりである。防衛(軍事)利権もまた、その一部である。
 彼らには、日本の国防などどうでも良いのである。実際、彼らの認識では、日本を攻めるような国は存在しないと思っているのだろう。しかし、国防の必要性がなくなれば、軍事利権は減少する。それを防ぐためには、アメリカの「テロとの戦い」に基づく、世界戦略の一端を積極的に担うことにより、軍事費の増額=利権の拡大、っという図式が描かれるのである。


 日本を、世界で孤立する、戦争外交の国アメリカの属国にしてはならない。日本人が、アメリカの都合で、海外で人を殺し殺されてはならない。一部の族議員の私利私欲のために、自衛隊員が血を流し、財政逼迫の中、国民生活を犠牲にして軍事費を増額することがあってはならない。
 違法性の高い、「日米同盟の強化」を推し進める必要は、日本には一片も無い。もはや経済的にも日本は大国とは言えない今、上記の第二の根拠も崩壊している。

 今、沖縄で、そして岩国で起きていることは、日本にとっては必要のないことを、アメリカの都合と、軍事利権を漁る族議員の都合で、その地域住民を犠牲にしようとしているのである。そして、日本人が戦争に巻き込まれる危険性を増大させているのである。

 翼賛マスコミによる、欺瞞に騙されてはならない。北朝鮮や中国の脅威を煽りたてる勢力に騙されてはならない。よしんば中国に覇権的野望があったとしても、日本にアメリカ軍がいなければ、日本が攻撃されることはない。また、今の中国がかつてのイデオロギー闘争のような理由で軍事的冒険主義に出るとは考えられない。

 繰り返すが、「日米同盟の強化」は、アメリカのネオコン政治家と、日本の軍事利権族議員たちのみの個人的利益のために行われている、違法行為なのである。断固反対の意思を貫き、平和主義に基づき、軍縮、非戦の道を歩まねばならないことを、ここに明言しておく。

(この記事と前の記事を民主党に送付しました。)

posted by 眠り猫 at 18:15| 東京 ????| Comment(4) | TrackBack(8) | 戦争

2007年12月08日

報道されなくなった、イラク、アフガン戦争

 最近のニュースを見ていて少し気になることがある。
 数ヶ月前に比べて、イラク戦争、アフガン戦争における、自爆攻撃や、米軍の攻撃による死者などに関する報道が激減しているよう思うのだ。

 ネット上で流れてくる情報では、イラクは依然として宗派対立も含めた泥沼状態だし、トルコ軍によるクルド人武装勢力への越境攻撃も行われた。
 アフガニスタンでは、国土の過半がタリバンの勢力下にあるといわれ、首都カブール近郊でも、ISDF(国連の治安維持部隊)の兵士に死者が出ているという。

 これらの情報が、マスコミ、特にテレビから姿を消した理由は、新テロ対策特別法の制定の動きと無縁ではないように思う。

 つまり、イラク戦争と言う、完全にアメリカの独断による侵略戦争については、その作戦への給油疑惑と言う、旧テロ特措法違反の事実解明について、知らぬ顔を決め込もうとしている政府の都合のよいように、イラク戦争を国民の目から遠ざけようとしているのではないか?
 また、アフガン戦争については、給油が国際社会に貢献していると言い続けているが、実際には、連合国側は事態を沈静化できず、敗北しつつあると言う事実からも国民の目を逸らさせようとしているのではないか?

 報道があろうと無かろうと、アメリカの独断により始まった戦争が続いており、双方に死者が出ている。ましてや民間人にも。
 報道をなくして、新テロ対策特別法を通しやすくする。それが政府の狙いのような気がしてならない。

 私達がするべきことは、事実を知ることと、インド洋での給油と言うものが、アメリカの独善のためにアフガニスタンの多くの民間人を殺すことになっているという事実を受け止め、新テロ対策特別法の成立に反対することである。
posted by 眠り猫 at 07:19| 東京 ????| Comment(2) | TrackBack(9) | 戦争

2007年10月03日

日本人の贖罪意識の不思議

 何故か、今日は眠れずに、日付をまたいでも起きている。
 そこで、前から考えていたことを記事にしたい。

 戦争を体験した日本人の多くは、大変重い贖罪意識を持っているようである。
 その中身は、戦友を見捨ててこざるを得なかった、最前線の元兵士にもあり、また、広島長崎の原爆犠牲者の生存者にも共通する意識である。

 それは、仲間や多くの知人の死を目前にした人々が、自分が今生きていることを「申し訳ない」と感じていることに尽きる。
 この、経験者の実感、贖罪意識のために、多くの戦争経験者は、最近まで口をつぐんでいた。
 自分が今生きているのは、戦友や、原爆被爆者の死者に対して、申し訳ないと恥じる心を持ち、その罪悪感に、戦後62年を過ぎても引け目を感じ、戦争体験を口にすることをためらってた来た人々の姿がある。

 それを責めることは出来ない。アメリカの在郷軍人会のように、自らの殺戮行為を自慢するような心理とは、日本人の感性はかなり違うのである。

 しかし、今求められるのは、それらの戦争の当事者による、戦争批判の言葉であると思う。
 先日の記事にも書いたが、「戦争待望論」の愚か者は、戦争の実情を知らないのである。

 ある意味、戦後生まれの狂人安倍も同じような心理であったのだろう。

 戦争に正義は無い。ただ、武力と殺戮で、自国の主張を無理やり押し通すのが戦争である。
 戦争を否定する私達の主張に、イチャモンをつける、バカ右翼も多い。
 正直、戦争になれば、最前線で死んでいくのは自分であることを想像できない、バカのたわごとである。

 戦争をしない。それが最善の道であることは常識で考えればわかることである。
 太平洋戦争の誤りを認めず、未だに大東亜共栄圏などと言うも妄言を弄し、自分は前線に立つことは考えないで、戦争を美化、礼賛する、愚かな右翼達に、私はある意味同情を禁じえない。
 その無知と、想像力の無さゆえに、自分が最前線で犠牲になることを想像できない愚か者がいかに多いことか。
 私は既に年齢的に徴兵されるjことも無い立場である。
 しかし、もっとも犠牲になる若者が、好戦的な主張をしているのは、憂慮せざるを得ない。
 多分、ゲーム感覚と、戦争の実態を知らない、愚かな低知性の連中の主張であるが、それがブログ言論で結構人を集めていることに、私は戦慄する。

 戦争はゲームとは違うことがわかっていない、バカどもも、20歳を過ぎれば有権者である。それらの愚か者の主張が大勢を占めないことを祈るのみである。
posted by 眠り猫 at 01:31| 東京 ????| Comment(8) | TrackBack(0) | 戦争

2007年10月01日

幼稚な「戦争待望論」

 あまり詳しいことは知らないので、メディアを通じての情報しかないのだが、最近少し話題になっているフリーターの若者(?)による「戦争待望論」を批判したい。

 実は、この土日は山に行っていたので、ニュースなどは見ていなかった。そして、今日の記事は、福田新首相の所信表明演説の内容を聞いて記事にしたかったのだが、あまりにも中身が無さ過ぎて、論評をする気が無くなったので、その場しのぎに「戦争待望論」批判に差し替えることにした。

 さて、この「戦争待望論」と言うのは、フリーターの男が、現在の格差を含めた、閉塞した世界を破壊するために、戦争が起きることを待望しているという意見で、本にもなるそうである。
 彼は、戦争が起きれば社会秩序が崩壊し、社会が流動化し、今のヒルズ族もフリーターやニートも同じ立場になるというのが本旨らしい。

 誠に幼稚な意見である。いや意見とすら言えない。
 私はバブル崩壊期に正規就職の道を閉ざされた、フリーターの立場には同情する。
 しかし、その状況を打開するのに、戦争を待望すると言うのは、子どもの妬み、嫉みに過ぎない、無意味なものである。
 いくつか批判を述べてみると、まず、「戦争を待望」するのであって、自ら能動的に動こうとはしていない。本来なら、民主的にしろ武力によるにしろ、自ら「革命」を起こして社会秩序の変革を試みようというのが意見ならわかる。
 しかし、彼は、他力本願に「戦争が起きるのを待望している」だけなのである。

 次に、彼の動機は、単なる現状への不満と、金持ち階級への羨望、嫉妬から、その状況を破壊したいという子どもじみた感情論でしかない。全く思想とか主張と言うようなものではない。

 さらに、私が感じるのは、彼は、戦争が起きて社会が流動化しても、何故か「破壊」まではされないというように思い込んでいる。社会が流動化するほどの戦争はまず負け戦であり、国家そのものが破壊され、彼本人も敗戦国の民として、勝者に押しひしがれる立場になるはずなのに、全くそれを想像していない。
 また、社会が流動化すると、何故か自分は上位にいけると思っている。それは、正規就職の機会を失ってしまったにしろ、社会の流動化=自分の地位の向上と思い込んでいるのが稚拙である。

 私は、この最後の主張にはゲームが関係していると思う。根拠は無いが。
 ゲームの世界なら、誰でも勇者であり、信長になれる。ゲームの感覚で戦争になって社会が流動化すると、自分が社会の上位にいけると思い込んでいる幼児なのかと思う。

 他力本願、あいまいな想定、根拠の無い自信。
 こういうのは幼児に特有である。この意見は、述べている人と同じ立場の人には一時的に受けるだろうが、実現性は無いので、すぐに忘れられるであろう。
 私が嫌だと思うのは、このような意見を取り上げ、また本にまでするという、ばかげた世の中のほうである。
posted by 眠り猫 at 14:45| 東京 ??| Comment(4) | TrackBack(6) | 戦争

2007年09月18日

品川正治氏講演会、議事抄録のご紹介。

 続けて品川正治氏の講演会関連情報です。
 主催団体の方で、講演会の抄録が出来上がりましたので、ご紹介します。

 「戦争、人間、そして憲法9条」
http://yufuu.com/User/Goken/2007914sokkiroku.html

 リンク先に、講演の抄録があります。
 文章、URLの転載、直接の引用は禁止します。
 紹介する場合、このブログのこの記事を紹介するようにしてください。お願いします。

 特に読んでいただきたいのは、私の15日の記事からは洩れていた、後半部分の新自由主義、アメリカンスタンダード批判の部分です。経済人であり、保険会社の社長まで務められた方の発言としては、この新自由主義批判は、極めて重要なものと思います。
posted by 眠り猫 at 16:11| 東京 ????| Comment(7) | TrackBack(9) | 戦争

2007年08月31日

テロ特措法延長反対。しかしISAF参加はOKなのか?

(引き続き【宿題】は、「http://www.dff.jp/」から、毎日募金することです。
 まず、お詫びです。
 昨日書きかけていた、「もののけ姫に見る、自然と人工の対立と共生」と言う記事は、続き物にしたかったのですが、ちょっと体調を崩して寝込んでいる間に、論旨を失ってしまったので、いったん削除しました。TBをいただいていた方、申し訳ありません。
 いずれ、環境問題については、別途記事を書く予定でおります。ご容赦ください。

 さて、話変わって、内閣改造も終わり、秋の臨時国会が9月10日から60日間の会期で開催されます。
 そこでもっとも焦点となるのは、民主党の小沢代表が明言した、テロ対策特別法の延長反対についてでしょう。
 国民の過半数は理由は様々にしろ、この法律の延長に反対しています。と言うことは、インド洋から海上自衛隊の艦船を引き揚げることを国民は望んでいるわけです。

 しかし、厳密に言うと、小沢代表の論旨は、「国連の決議に基づかない国際的軍事行動には加担できない」と言う原則を示しており、ならば「国連決議があるなら良いのか。国連決議に基づくPKO部隊である、ISAF(アフガニスタンでの治安活動に当たる国際部隊)への陸上、航空兵力の派遣は良いのか?」っと言う疑問が次に出てきます。

 日本ではどうかわかりませんが、国際的には、アフガニスタンの問題とイラクの問題は分けて考えられています。詳細は、また別稿に譲りますが、基本的には、まず、アメリカによるアフガニスタンへの「テロとの戦い」を根拠にした攻撃があり、これにより当時の支配勢力であったタリバンが政権を追われ、アメリカ主導で新政府が誕生しました。
 その後、アフガニスタンでの治安の悪化、麻薬の増産などの問題に対して、編成されたのが、国連の治安維持部隊である、ISAFです。中心はヨーロッパも含めたNATO軍ですが、アメリカ軍も参加しており、アメリカの侵略行動との線引きが不明確になっているのは事実ですし、滅ぼされた側のタリバンにしてみれば、アメリカ軍も、それを含むISAFも、「侵略者」と捉えているでしょう。

 イラクについては、これは、大量破壊兵器疑惑を口実にアメリカが仕掛けた侵略戦争であるという認識がヨーロッパにも強く、最初から加担したイギリスを除き、直接の攻撃には各国は否定的でした。その後、治安維持、民生面の支援目的で、アメリカからの要請で、日本を含め幾つかの国が軍を派遣しましたが、ほとんどの国は、国内世論の反対や、テロの標的にされたりしたため、撤退しました。イギリスではブレア首相が、イタリアではベルルスコーニ首相が、これが原因で政権を去ることになりました。

 この区別からすると、小沢代表の主張に従えば、まず、アメリカへのテロを理由とした軍事行動である、アフガニスタンへの米軍侵攻の手助け(現在のテロ特措法は、9.11を派遣の根拠にしている)はできない。それはアメリカ一国の問題であり、国連決議に基づかないということになります。
 よって、テロ特措法の延長には反対だ、と言うのは論理的に整合性があります。

 しかし、タリバン打倒後のアフガニスタンの治安維持目的のISAFには国連の決議があり、小沢代表の論理ならば、新たな国連の決定を受ければ、日本も軍を派遣できるという事になります。
 日本国民はここまでを理解しているのでしょうか?
 理解していなくても、テロ特措法には反対、っと言うのはありえます。しかしそれに続いて、ISAFなら派遣しても良い、と言うのには、もっと反対が強いと思います。またそのためには憲法の改正が必要だと愚考します。すると、小沢代表の主張は、「テロ特措法反対」の点では国民の支持があっても、その先は果たしてどうなのか?と言う問題が残ります。

 もちろん、侵略戦争であるイラク戦争には日本は関与すべきではありませんでした。そこには対米追従しかなく、テロ特措法もイラク特措法も同様です。どちらも廃案にすべきでしょう。
 しかし、「その後」についての議論を続けねばなりません。

 これまでの自民党政権のあまりの媚米外交振りに、右派、左派を問わず、鬱憤がたまっていたこの時期に、小沢代表の「テロ特措法反対」は、国民に歓迎されているようです。
 しかし、天木直人氏が主張する通り、日本人の「覚醒」による、媚米外交拒否ならば良いが、そうではないだろうというのは、当たっていると思います。
 単なる感情的な媚米外交拒否では、小沢代表が主張する国連決議に基づくPKOなら、何でも認めるのか?と言う問題に突き当たります。

 ここら辺を整理して、国民の真意を問うべきであろうかと思います。
 政府系マスコミは、この点の整理をおざなりにして、単に「国際社会で孤立するぞ」と言う表現で、小沢氏の発言を批判していますが、それはあまりに問題を捨象しすぎており、ことはそんなレベルの話ではないのです。

 そもそも、軍事力による国際貢献しかないのか?と言う問題もあり、この件については、とりあえず「テロ特措法には反対」でも良いですが、その先を考えねばなりません。

 小沢氏の発言は、シーファー駐日大使も認めたように、「国連中心主義」で、首尾一貫しています。その点は明確で、論理的には問題はありません。
 では、日本国民は、国連の決議があれば、派兵を認めるのか?と言う問いには、まだ回答がありません。この秋の国会、結論は急がなくても良いですが、この部分の議論に端緒をつけるべきときかと思います。

 私は、「軍事力による国際問題の解決は認めない」と言う立場をとります。しかし、治安問題については、現地の情勢次第ですが、要人警護や選挙監視、復興支援護衛のための警察部隊の派遣については、認めても良いかと思っています。しかし、大規模な兵力、または攻撃力の高い兵力を送ることは、侵略の片棒を担ぐことになりかねず、これは認めたくありません。現地の情勢次第では、国連決議があっても、日本は派兵を拒否する余地を残すべきだと考えています。また、派兵の前提として、憲法改正が必要で、それが無ければ派兵も行わないという姿勢が必要でしょう。

 「ここでアメリカに協力しないと、北朝鮮が攻めて来たとき、アメリカが日本を守ってくれない」と言う類のレベルの低いの議論はここではしません。「北朝鮮が攻めてくる」と言うこと自体がありえないことなので。

 小沢氏の「国連中心主義」を支持するのか否か?まずはそこの議論を始めなければいけないでしょう。
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2007年08月23日

「駆けつけ警護」、軍隊は自己論理で暴走を始める。

(引き続き【宿題】は、「http://www.dff.jp/から、毎日募金することです。

 一昨日の記事で、元イラク派遣自衛隊部隊の隊長であった、佐藤参議院議員の「駆けつけ警護」を批判しましたが、その後の追記にも記したように、この「駆けつけ警護、巻き込まれ武器行使」と言う論理が、自衛隊の内部文書で指示されていたものであることが判明しました。
 http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/6548165e47df4ba6a3a443d58c64dedf
(「情報流通促進計画byヤメ記者弁護士」)
 http://www.news-pj.net/pdf/2007/20070811-3-2.pdf
(NPJが入手した、その内部文書)

 これは、自衛隊派遣に関して、武器使用の場合を想定して、その類型を教育したもので、必ずしも武器使用を奨励しているものではないようですが、想定された例が、憲法違反、派遣根拠法違反であることを、自衛隊は認識していたのでしょうか?もし認識してこのような教育をしていたのなら、自衛隊の暴走行為と言え、認識していなかったとすれば、自衛隊の法務に関する知識・自覚の欠如が批判されるべきでしょう。

 一般的な組織論ですが、「組織と言うものは、一定の規模を超えると、内部論理で自己保存・増殖のための行動を始める」と言うのがありますが、まさに今の自衛隊は、憲法も自衛隊法も無視して、ただ、自己組織の拡大増強を目指して、内部論理で行動を開始したように見えます。

 選挙前に暴露された、自衛隊による市民監視の行動も、公務員の憲法遵守義務、自衛隊法に言う、不偏不党、そして入隊時の宣誓で行われる不偏不党の誓いも無視して、反自衛隊的行動を監視すると言う、異常なものでした。

 今回のイラクでの武器使用に関する問題も、同様に、法や役割を超えて、内部論理、自己論理で、自衛隊の行動を拡大しようと言うものに他なりません。

 かつての大日本帝国においても、2.26や、5.15のようなクーデター未遂事件(首相も含めた国家要人が殺害される)で、軍拡に反対する政治家を殺害し、この事件を口実に一気に日本が軍国主義化して行ったのは、歴史的事実と思われます。
 また、世界中の軍事独裁政権を見ても、肥大化した軍が、やがて政治による文民統制を、リアルのパワー(軍事力)で打破し、政権を掌握するのがパターンです。そして、その後は軍事力による強権政治を敷くものの、そう長くないうちに内部の権力争いで崩壊するのも、パターンです。

 つまり、軍と言うものは、内部論理で、より強大な武力を求め、やがてそれを行使したくなるというのが、歴史的にも現在の世界を見ても明らかな、軍と言うものの内包する危険性(自由と民主主義の敵)なのです。

 この状況を理解せず、自らの私腹を肥やすための軍需産業との癒着と軍拡を進めようという安倍政権は、歴史学ばない愚か者であり、市民監視を擁護した久間前防衛大臣もまた不見識のそしりを免れません。
 自衛隊は、その入隊時の宣誓の通り、国民のために存在し、特定の政治勢力に加担したり、自己論理で暴走することは許されません。
 このままでは、殺されるのは安倍であり、防衛大臣という事になるでしょう。自業自得ですが。

 今の状況は、もはや危機的と言っても良く、自衛隊幹部にこそ、研修と試験を義務付け、少しでも法に反した内部論理を持つ者、行動したものには、自衛隊からの追放と厳罰を持って処するべきであると思います。
 この事件を看過することは、今後の日本に大きな憂いをもたらすことになるでしょう。

 「軍」と言うものの内部論理が、過去も現在も世界中で悲劇を引き起こしていることを、よく認識して、自衛隊への監視を怠ってはいけないと思います。

追記:
 佐藤議員については、憲法遵守義務違反で、参議院で、議員辞職勧告決議をするべきだと思います。その旨、民主党と社民党の関係者へのメールをしましたが、どうなるでしょうね。
posted by 眠り猫 at 06:40| 東京 ??| Comment(6) | TrackBack(22) | 戦争

2007年08月21日

「駆けつけ警護」論の欺瞞と違法性

(引き続き【宿題】は、「http://www.dff.jp/から、毎日募金することです。

(ニュース:http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/6548165e47df4ba6a3a443d58c64dedf を
ご参照ください。私の観測を超える、悪質な違法行為が組織ぐるみで計画されていたという事実です。
 こちらもご覧くださいhttp://www.news-pj.net/pdf/2007/20070811-3-2.pdf )

 他のブログでは既に繰り返し批判されているので、いまさらの観もあるが、やはり「公務員の憲法遵守義務違反」発言を、元自衛隊幹部であり、今回の参院選で、議員となった人物が行ったことについて、正しい批判をする必要があると思い、今日の記事とします。

 問題の発言は、イラクのサマワに派遣されていた、陸上自衛隊部隊の佐藤元隊長が、TBSの番組内で、「近くに駐留していたオランダ軍が攻撃されたら、仲間を見殺しには出来ないので、偵察目的で駆けつけて、あえて巻き込まれるという状況を作り、正当防衛を根拠に警護(要は反攻)を行うつもりだった。」と述べたことです。
 そして、安倍政権の、御用諮問機関である、柳井審議会でも、これを追認する見解を出しました。

 これは、全く持って危険かつ違憲、違法な行為を公言したものです。
 まず、この行動は、安倍がもくろむ「集団的自衛権の行使」すら超える、戦場を現場の判断だけで、単純に敵味方に分けて、味方を支援するなら、法に違反しようと何をしても良いと言う意味なのです。
 そもそも、日本の自衛隊が、イラクの武装勢力と戦う理由が本来ありません。アメリカからの要請で、コイズミが対米追従の証として行った派兵です。目的は復興支援でした。
 自衛隊がイラクの武装勢力と戦うことは、イギリスやスペインを見てもわかるように、テロの標的に日本がなるだけで、日本と言う国と国民にとって、利益のある行動ではありません。

 法的理由があいまいなまま、「非戦闘地域」と言うことで派遣された自衛隊が、進んで戦闘行為を行うということは、本来の派遣の根拠すら無視して、現場の指揮官の判断で、憲法も、派遣根拠法のイラク特措法も全て破るということを意味します。

 「それで日本の法律で裁かれるなら構わないと思った」とも言っていますが、問題外と言うほかは無い発言です。本来不要な戦闘を行うことに拘泥しているのは、武装集団である自衛隊幹部の好戦的性格を顕していて、この行為により、なし崩し的に自衛隊の海外での軍事活動を積極的に行うことを可能にしようと言うものでした。

 しかし、私は、佐藤元隊長が、現地で実際にそのように考えていたか、疑問に思っています。実際、オランダの駐屯地には散発的な攻撃がありましたが、自衛隊は、自分達の駐屯地の警備を強化しただけで、偵察行動はとっていません。
 佐藤元隊長も、同じ行為をとっています。
 また、イラクの武装勢力の攻撃は、ある程度の規模を持つ駐屯軍の施設を大規模に攻撃するということは、これまで行ったことはありません。
 ですから、オランダ軍の駐屯地が大規模に攻撃されると言う可能性もごく低いわけです。

 佐藤元隊長(参議院議員)は、今になってこのようなことをわざわざ発言したのは、その後即座に追認した柳井審議会と呼応して、海外での自衛隊の武力行使を認めさせようという、安倍の主張に従った、「芝居」である可能性が高いと思っています。

 元々、安倍は、改憲してでも海外派兵・戦争を行いたい人物です。
 しかし、参院選で敗北し、民主党がテロ特措法反対を主張し始めた結果、世論も受けて、柳井審議会の集団的自衛権容認の答申を棚上げせざるを得なくなりました。
 そこで、佐藤参議院議員と、示し合わせて、「集団的自衛権の行使」よりも、露骨な形での、違法な戦闘行為を容認する意見を出させて、巻き返そうという魂胆なのだと思います。

 佐藤議員は、この目的で、自民党に公認され議員となった人物で、いわゆる、論功行賞的意味合いもあり、この発言で安倍首相の意に沿う形で、忠誠心を示したわけです。
 安倍だけでなく、佐藤議員も、自己の利益のみを求めての、私利私欲のための行為であり、そのためには憲法も手続法も一切無視しようと言う不埒な魂胆でしたでしょう。

 では、どうすればよいかと言うと、まず、海外派兵自体が、違憲であり、イラク派兵は誤りだったという大前提があります。
 そして、実際に現地に行っても、オランダ軍への攻撃時に警護活動を行っていない以上、佐藤議員の発言は虚偽であると共に、もし、駆けつけ警護を認めるなら、同盟関係にも無い国との間で集団的自衛権を行使する(いや、警護と称する攻撃だから自衛ですら無い)と言うのは、違憲、違法、国際法にも根拠が無い行為です。そしてそのような行為は、国益にかないません。
 当時のオランダ軍は、十分な装備を持ち、自力で対処可能でしたし。

 このようなことを公言する人物が、議員であることは問題です。公務員の憲法遵守義務にも違反しています。速やかに、自民党は彼を議員から解職させるべく動くべきでしょう。それをしないのは、やはり、安倍も含めての、「猿芝居」だったということだと思います。

 マダム虱こと、小池のこの発言への見解を是非聞きたいものです。擁護するなら、防衛相の資格はありません。批判するなら、議員解職のための手続きを取るべきでしょう。

 私も、杉浦ひとみ参議院選元候補のサイトから、佐藤議員への質問状への賛同と、私の質問したいことを申し出ておきましたが、回答は今のところ無いようです。
 民主党は、この発言を問題視するべきで、自衛隊のあり方を含めて、テロ特措法廃案とあわせて、議論をするべきでしょう。
posted by 眠り猫 at 06:50| 東京 ????| Comment(4) | TrackBack(19) | 戦争

2007年08月09日

核兵器と言う憎悪と狂気の連鎖に終止符を!

※ 今日は特別な日ですので、特集記事です。お題については、一つ前のエントリーをお読みください。

 今日は62回目の長崎原爆忌です。
 広島原爆忌の日には短い記事しか書かず、今日、長い記事を書くのは、いつも広島のほうがクローズアップされて、長崎はともすると忘れられがちだと感じているからです。
 今朝も、被爆死者の冥福と核廃絶を祈ってから出社します。


 今日、8月9日は、長崎にプルトニウム使用原子爆弾「ファット・マン」が投下された日です。
 被爆直後の死者は7万人以上と推測され、その後放射線被曝等で亡くなられた方を含めて14万人以上の犠牲者を出しました。
 広島の犠牲者と合わせて35〜40万人もの人が、たった2発の爆弾で命を落としたのです。


 62年前のこの夏から、人類はそれまでとは異なる時代に突入しました。核兵器の時代です。
 核兵器の時代とは、すなわち人類が自らの手で絶滅する可能性を持った時代ということです。
 それまでの戦争では、もっとも激しい攻撃でも、多数の艦船や爆撃機や大砲を用いて行われるものでした。そしてそれでも人類が滅亡する可能性は極小でした。
 しかし、1発の爆弾で、瞬時に十万単位の人を殺し、ほとんどの物を灰燼に帰す兵器の登場は、戦争の概念を変えました。さらに今の核兵器は、広島・長崎の爆弾の10〜20倍の威力を持ちます。


 19世紀のプロイセンの軍人、クラウゼヴィッツは、その著書「戦争論」で、「戦争とは、外交の一手段である。」と喝破していました。領土を奪い合うための、歩兵の戦闘を主とした当時の情勢では、この認識に間違いはありませんでした。
 しかし、核兵器の登場により、戦争は単なる土地や資源の争奪戦を超えて、憎しみにより相手を絶滅に追い込むことを可能にしたわけです。
 そして、核兵器による外交とは、恫喝以外の何物でもなく、それまでに構築された国際法の概念を打ち砕くものでした。


 そして今、世界には米露中を中心にした、核兵器の氾濫状態で、人類を何度も絶滅させるに足る「オーバーキル」の時代となっています。 これはクラウゼヴィッツが前提としていた戦争とは異なります。

 現代の核戦争は、領土や資源を奪うという、低劣な目的すら超えてしまった、破壊と殺戮を目的とする、憎悪と狂気の戦争なのです。

 米露中英仏の、国連「安全保障」理事会の常任理事国がすべて核保有国というのは、冷戦時代の、資本主義と社会主義の、イデオロギー的相互憎悪の結果と言えます。
 私の個人的見解では、資本主義も社会主義も、それ以前の絶対王制や、封建制へのアンチテーゼとして、近代市民思想から生み出された民主主義を基礎とする新しい思想で、その根本においては、本来、対立するものでは無いと思っています。
 しかし、戦後超大国となったアメリカが、旧ソビエト、共産中国の台頭に警戒心を持ち、半ば以上意図的な反共キャンペーンを行い、相互憎悪を煽り立ててきた結果が、「オーバーキル」の状態にまで、核兵器の保有拡大を進めてきたのです。

 しかし、大元の原因が、原爆を初めて保有したアメリカにあるとは言え、武装革命の輸出を唱えつつ、核保有に走った旧ソビエトと共産中国も、現状に対する責任を免れることはできません。
 つまり、まず大国間の見得の張り合いも含めた憎悪の連鎖で、核兵器保有とその拡大が、今のオーバーキルの状態を作り出したのです。


 しかし、ソビエトの崩壊、共産中国の開放政策により、冷戦構造は崩壊し、依然オーバーキルの状態は変わらないものの、経済・資源面で相互依存の関係を深め始めた米露中英仏各国は、現状、核兵器のボタンを押す誘惑には捉われずにすむようになりつつあります。


 現在の問題は核兵器の拡散です。
 今確認されている5大国以外の核保有国は、インド、パキスタン、北朝鮮