2008年07月19日

竹島(独島)問題、拉致問題に目を奪われるな。

 洞爺湖サミットで、まったく成果を上げられなかった福田首相。
 サミットでの指導力発揮で支持率浮揚を狙った首相と自民党の思惑は完全に外れた。
 しかし、右派系マスコミは、サミットでの失敗をも口実に、北朝鮮の拉致問題に再度焦点を当てている。しかし、日本がヨーロッパでのトルコ人不法移民問題などに無関心なように、欧米にとっても拉致には実は無関心で、これはサミットの場ではなく、日本独自の外交で解決すべきこととは、以前から私が主張している通りだ。

 また、最近騒がしい、竹島(独島)の、韓国との領有権問題も、そもそもは、突然、日本の教科書に竹島は日本の領土と記載するということから始まったもので、日本政府が仕掛けた騒ぎだ。

 注意しなければならない。
 私は「陰謀論」は嫌いだが、「策謀」は世に満ちていると思っている。

 今、日本人が、主権者としてもっとも関心を持つべきことは、自らの生活と、その未来、子供たちの未来である。
 にも関わらず、マスコミは、毎日、竹島領有権問題と、拉致問題での安倍の妄言を垂れ流しているのは周知の通りだ。

 少しでも政治をかじった人なら知っているだろう。国内問題から目をそらさせるために、外交上、他国を非難し、領土問題などを騒ぎ立てるのは、いつの時代のどこの国でも為政者が行ってきたことだと。
 今、日本の政府と、その陣笠マスコミはまさにそ行動に出ている。
 私の昨日の記事にも書いたように、国民は、物価値上げ、年金問題などで、生活が圧迫され、また政府自民党に反感を持っている。
 しかし、ここで、韓国や北朝鮮の悪口を言い立てる(解決する気はない。解決しては国民の目をそらさせる口実が無くなる)上で、さらにオリンピックを迎えて、国威発揚、愛国心の高揚、中国の悪口、などで、内政の矛盾から国民の目をそらさせようとしているのは間違いない。

 そのような、軽薄な行為に踊らされることはなく、私たちは、外交は外交。内政は内政として、政府に注文をつけるとともに、外交問題でも、安倍のように悪口などで罵るだけで、何の解決策も取らない馬鹿な政治業者に踊らされることなく、真摯に問題の解決の努力をする政治家を選ぼう。
 自民党は長年、この問題を放置してきた、それは内政から目をそらさせるための外交の口実のために放置してあるのである。自民党こそ、領土や拉致について、解決させようとしてこなかった政府なのである。

 今は、外交を論ずる時期ではない。
 内政における、国民の生活と命を守るために、国政を監視していかねばならない時期である。
 マスコミに踊らされるのはやめよう。周囲の人にもそう伝えよう。
 悪いのは誰か?結局は自民党である。そのポイントを間違えないようにしよう。
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2008年07月18日

【反貧困?】旅先で聞いた、自民党離れ。

 少しの間、ご無沙汰でした。
 少し旅に出ていました。
 その旅先で、意外とも思える話を、聞きました。

 1つは、高速バスで移動中に、隣の女性が話をしていたこと。
 地方在住の彼女にとって、ガソリンの値上げは、非常に痛いとのこと。暫定税率維持反対。このままでは、道路を造っても、走る車がいなくなる。地方にとって、もっとも痛いのは道路が作られないことよりも、ガソリンの値段が高いことだという話。

 ついで、山麓の宿で、一緒にテーブルを囲んだ、ご老人達から。
 一度、民主党に政権を取らさなければダメ。自民党は何をやっても自分たちの利権ばかりだから、民主党にやらせてみればいいのよ。っと言う意見。

 最後に、下山後、予約してある特急に間に合わせるためにタクシーを使った際、タクシーの運転手さんが、今のガソリンを含めた物価値上げはひどい。まず影響を受けるのはレジャー産業だろう。観光地の自分たちには非常に怖い。値上げを放置していては数ヶ月後には日本には大きな影響が起きるだろう。っとのご意見。

 上記の話は、別に私から水を向けたものではない。市井の普通の人たちが、自分から見も知らずの私に話したことである。
 日本でも、反体制、反自民の言葉を、こうまであからさまに語る人が出ているのだなと。
 そして、その理由の多くは、ガソリンの暫定税率や特定財源のことから始まり、春の園遊会で、福田首相が「物価値上げしょうがない」などといったことへの反発が、噴出しつつあるのだな、っと感じた。

 物価値上げのラッシュが始まったのが、4月ごろ。そして7月になっても上げ続けている。
 庶民は、毎日の生活の最前線で、この問題と直面し、増えない収入の中で、何とかやりくりしている。私も旅行の交通機関に、JRから、ほぼ4割の値段の高速バスに移行した。食事は大幅に切り詰め(ダイエット目的もある)、空腹を我慢しながら、生活している。

 このような、庶民の生活実感は、今、選挙が行われれば、確実に自民党に、歴史的な大敗北をもたらすに違いない。

 このような時、思い浮かべるのは、物価値上げラッシュの前から、ワーキングプア、プレカリアートと呼ばれていた人々である。彼らは、企業側の生産力、経費節減の調整弁として使われてきた。物価値上げで売れ行きが落ちたり、そうしまいと内部努力で物価値上げを吸収しようと企業がするとき、まっさきに首を切られるのは彼らである。ましてや物価値上げに応じて、賃金が増えるはずもない。

 別の報道では、企業の大規模倒産が相次いでいるそうである。
 洞爺湖サミットなどでの、山の上の饗宴など、国民の関心はない。福田内閣支持率は相変わらず低迷したままだ。

 しかし、マスコミは、相変わらず北朝鮮の話題に固執して、真実を伝えない。政府が消費者庁の新設うんぬんを語りながら、物価上昇への対策を何かとったとは聞かない。逆に、秋葉原の事件を契機に、ワーキングプアやプレカリアートの話題すら、マスコミから消えてしまった感がある。
 これらの貧困層は、親と同居し、親の資産を食いつぶしながらかろうじて生計を立てている人も多い。日本は、高度経済成長時の貯金を食いつぶしながら今の生活を保っている。破綻はそう遠くない。

 問題の本質からマスコミがいくら目をそらせようとしても、国民は生活実感から、「国民のためにならない政治」しかしない、利権政治屋の集団、自民党への反感を募らせている。

 折から、燃料代の高騰に悲鳴を上げた全国の漁業者は、20万隻に及ぶ船の休漁を、14日に行った。これは、すなわち、ゼネストである。
 また、目的は違うが、全国の郵便局長の組織(全特)は、次回の選挙での民主党、国民新党支援に向かうことを表明した。

 日本人が、選挙民が変わりつつある。
 かつて、中川秀直らは、国民を苦しめて、「頼むから増税してくれ」と言うまで、新自由主義で国民を虐める、っとうそぶいた。しかし、その前に、自民党の方が政権から追われそうな状況である。

 私から出した話題でないにもかかわらず、1回の旅行で、これだけ多くの人から、反自民党政権の声が聞かれたということは、特別なことではなく、まさに、国民の声であると思う。
 今後、さらに値上げが加速し、また特に地方の高齢者が、車が無くては生きていけない状況のもと、ガソリンや食料品の値上げは、一層の自民党離れを呼ぶだろう。

 今の国民は、科学的根拠が薄弱な二酸化炭素温暖化説に基づいた「エコ(エコロジー)」よりも、生活実感に根ざした「エコノミー」の方に関心が高い。50年後の話よりも、明日どう生きるかに関心が高いのは当たり前である。誰も生きていない50年後よりも、生き残るためにどうするかという時代が来つつある。

 あらゆる利権に終止符を。企業優遇をやめさせよう。その分を国民生活に回すべきだ。国民生活が潤えば、内需が拡大し、企業にもメリットが生じる。

 そのためにも、まずは政権交代。その意識を強めていきたい。
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2008年07月11日

【反貧困】現在の日本の貧困の問題を整理する。

 さて、意味のないサミットも終わり、以前と同じ日々が戻ってきた。あのNHKも含めたマスコミの狂騒曲は何だったのかと思う。

 ここで、以前から述べていた通り、「反貧困」についての論を展開していきたい。
 ただ、その前に、日本の現状における論点整理をしておきたい。単に貧者に国が金を与えるという福祉制度の充実というだけでは、提案の中身が知れる。
 まずは、現在の日本の「貧困」、「プレカリアート」などの原因となる問題について分類してみたい。ただし、私も勉強の途中なので、異論や修正すべき点があれば、どんどんコメントしていただきたい。

 まず、日本の現在の「貧困」にも、いくつかの類型がある。
 1つは、正社員であるが、企業の利益再配分システムが狂っており、「ワーキングプア」に陥っている人々である。また、「ワーキングプア」ではあっても、親の家に住み、親の資産を食いつぶすことにより、現在は貧困層とはいえない人々もいるが、将来的には貧困層に転落する可能性のある労働者もいる。

 ついで、非正規雇用の労働者である。
 この階層で、その人物が家計の主体をなしている場合、ほぼ間違いなく「ワーキングプア」の状態にあると思って間違いなかろう。

 さらに、あまり注目されていないが、自営業や、農家などで、転職するわけにもいかず、大店舗の進出の結果などで、収益が激減し、「ワーキングプア」に陥っている人々も確かに存在する。

 そして、高齢者、身体障害者など、就労が難しく、年金だより。または年金すらまともに受けられない生活保護世帯の「貧困」がある。

 最後に、完全失業者の「貧困」の問題がある。

 これらの各類型については、それぞれ問題の原因と、ありうべき対処の方法が異なってくる。
 また、新自由主義政権下で無くても、ある程度は、貧困層は存在し、すべてを一律に救済することは難しいのも事実である。
 ただ、一部マスコミやブログでの主張のように、ニートのように、働く意思を持たず、結局貧困に甘んじている人々をさして、「努力が足りない」、「社会に甘えている」、「自己責任」という批判を、他の貧困層にまで拡大して行っている言説には猛烈に反発する。

 今後、ここでは、正社員のワーキングプアについて、非正規雇用のワーキングプアについて、自営業・農村のワーキングプアについて、生活保護世帯などの貧困について、の4類型についてをメインに、個別に論じていきたい。

 もちろん、セイフティネットの拡充による、貧困層の救済という方法論も肯定するが、政府・自治体の財政支出だけに頼るのでは、構造的問題は解決せず、財源の問題も含めて、必ずしもその方法だけで対処するには限界があること。ならびに、それは対症療法であり、問題の根本的な解決にはならないことに留意するべきである。

 また、「貧困」がもたらす社会的問題についての指摘も忘れてはならない。
 貧困は、単に生活が苦しいという人々を「かわいそう」と見ていれば済む問題ではない。
 多くの場合、「貧困」層には、「未来が無い」。特に非正規雇用の「ワーキングプア」の人々には、いつ職を失うかなど、未来への展望が全く描けない、「プレカルティ」(不安定な)状態に置かれていることから生じる諸問題がある。

 「貧困」により、結婚ができない、家を持つことができない、往々にして借金に追われることになる、支出が少ないことにより、国内の経済への悪影響の問題もある。
 また、一面的見方は慎むべきとは思うが、秋葉原無差別殺傷事件の容疑者に見られるように、「プレカルティ」な状態に置かれた人々が、その不満を社会へと向け、無関係な人々を巻き込む事件を引き起こす可能性も無視できない。

 以上のように、非正規雇用が労働者の全人口の35%という現状や、労働者の賃金が、「イザナギ景気以来の好況」の期間にも、昨年まで9年連続で減少してきた状況は、明らかに日本社会の異常な歪みを示し、企業の雇用形態、企業の収益再配分のあり方への問題など、公的セイフティネットとは別の次元で「貧困」を語る必要がある。

 さらに、「非正規雇用」の貧困と未来のなさにおいて、重要なのが、バブル後の失われた10年の間に、企業が採用枠を絞ったために、それまでなら、普通の正社員になれた能力を持つ若者が、就職できず、フリーターなどの非正規雇用に甘んじている、「ロスト・ジェネレーション」の問題にも触れねばなるまい。

 そして、最後に、これらの貧困問題についての単なる机上の対策論だけではなく、今、反新自由主義、反貧困の活動で、若者の声が噴出し始めていることへの連帯を目指しての運動論について、既存政党・労組の動きの鈍さを批判しつつ、これらの動きと、その少し上の世代で、反新自由主義を標榜して活動している人々との連携の道を模索していきたい。

 以上が、今後述べていく「反貧困」についての、「目次」的な分類になる。
 各項目で、1回の記事で終わるとは思えないので、かなり長い論考になると思う。またその間にも、政局にからむ政策論や、このブログの本旨である平和問題についての記事も随時入ると思うので、気長に見ていっていただきたい。

 また、既存政治勢力や労組の動きの鈍さについての批判は、かなりきついものになると思うので、それらの勢力の支持者とはぶつかる場面も出てくるだろうが、私は、それ以前に反自公政権であるという前提があり、その上で、政権交代・社民主義路線への転換を求める上で、「貧困層」との連帯に動きが鈍い、既存勢力を叱咤激励するつもりで書いていくので、単純な教条主義的反論とは議論する気はないことをあらかじめ宣言しておく。

 さらに、ご意見については、すべて目を通し、可能な範囲でお答えするつもりだが、もともと議論の土俵が違う人、政府自民党のの言い分丸移しの、愚かな意見には、無視でお答えするのでそのつもりでいていただきたい。場合によってはアクセス制限もありうるということで。
 では、今後、数日おきのエントリーになると思うが、その期間を利用して、コメントをいただくことを、望むものである。よろしくお願いしたい。
posted by 眠り猫 at 00:44| 東京 ????| Comment(2) | TrackBack(2) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月09日

【外交】サミットは、事実上、何の成果もなし。

 安倍前首相が、北海道洞爺湖でのサミット開催を決定してから、はや1年あまり。
 今回の会場となったホテルは、安倍前首相の財界との関係から決められたもので、そこに利権の動きがあったという情報もあった。
 しかし、その当の本人は、自らの失態と参院選惨敗、意味不明の放りだし辞任を行い、そのあとを引き継いだ福田首相が、今回のサミットの議長を務めて、3日間のサミットが終了した。

 自民党および福田首相は、今回のサミットで成果を出し、政権浮揚策、支持率回復を意図していたのは過去の経緯からわかっている。
 過去4回、日本でサミットが開かれた際にも、衆議院の解散総選挙が行われ、自民党が、選挙対策のためにこのサミットを利用しようとしてきたのは歴然としている。(ちなみにそれでも自民党の1勝3敗。)

 では、今回のサミットは成功、または何らかの成果があったと言えるのだろうか?

 政府の御用新聞、読売新聞とその系列の日本テレビなどでは、ひたすら、「成果があったと」いう言葉を使って、福田首相を持ち上げている。
 しかし、実際に結果を見てみよう。

 そもそも、対ソビエトで、西側諸国の結束のために始まったサミットは、その後経済問題を論ずる場に様相を変え、さらにEU統合や、アメリカの独善など、各国の思惑の違いから、サミットの場で具体的な問題解決がなされるということは全くなくなり、「セレモニー化」が言われて久しい。

 今回も、参加各国間の懸案というようなものは議題にはならず、ある意味漠然とした地球環境問題(CO2削減)や、原油高騰、食糧問題という、確かに重要なことであるが、その成果を評価しがたいものだけが議題となった。

 この3つの議題について、はたして成果があったと言えるであろうか?

 私は、無いと断言する。
 食糧問題については、対アフリカを中心にした援助を拡大するという、事前に決まっていたことを確認したにとどまる。原油高騰については、はたして懸念を表明した以上の成果はあっただろうか?いずれも、穀物市場、原油市場で利益を上げているアメリカの、オイルおよび穀物メジャーとのかかわりが深いブッシュ大統領が、サミット以前からこの問題に一顧だにしてこなかったことが、今回も確認されただけであった。つまり具体策は何もないということである。

 では、地球温暖化ということをメインにしたCO2排出規制についてはどうであっただろうか?
 CO2が温暖化の原因か否かという話は、今は置くとしても、この件でも、アメリカが従来通りのかたくなな姿勢を崩さず、福田首相が目指した、2050年までに、排出量の世界全体で総量を50%削減という目標は「問題を共有する」という表現にとどまった。
 G8という枠組み以外でゲストとして参加した新興国などからは先進国の過去の責任を主張され、一方で、ブッシュ大統領は、新興国を含めての削減という姿勢を崩さなかった。

 結局、事前に言われていたことよりも、踏み込んだ結果は何も得られなかったのは確実である。それどころか、たとえ口先であっても、原油市場や穀物市場への憂慮の表明すら行えなかった。

 つまり、もともとセレモニー化したサミットで、無理やりこじつけた議題(安倍前首相当時、穀物や原油の問題は話題にすら上っていなかった。つまり付け焼刃の議題だったのは明白)で、それでも形式的な合意や効果のある宣言すら採択されなかったのである。

 日本の成果として一部マスコミが強調しているのは、北朝鮮による拉致が、「共通の課題」として認識されたということであるが、これで何かが変わるというものでは全くない。拉致が、国際犯罪であることは、何もサミットで確認してもらわなくてもわかりきったことだ。問題はそれをどう解決、決着させるかということで、この点については、拉致について全く関心がない故に外交辞令として言葉だけは飾るヨーロッパ各国にとって、今回の宣言や合意は、紙一枚の価値しかない。
 結局は日本が独自の外交力で解決するしかないのである。

 つまり、今回のサミットで議長国を務めた日本にとって、このサミットで何か成果があったかと言えば、直接の関心を持たないヨーロッパの皆様に、「拉致」という言葉を認めてもらったという以外には、何の成果も出なかったのである。

 実際、原油や穀物の高騰になんらかの影響力があったとすれば、一昨日の東京市場の株価は暴落しなかっただろうし、昨日も結局20円程度しか上昇しなかった。この動きは海外でも同様である。つまり、新自由主義者が主張する、「市場」というものは、このサミットに何の価値も見出していなかったということである。
 まぁ、サミットよりも、バーナンキFRB議長のドル高是認発言の方が市場を動かしたくらいである。G8などと名乗り、首脳が日程を調整して、北海道まで来て、「市場」は何も反応しなかったわけである。

 繰り返す。
 読売系、産経系のメディアは、今回のサミットで「成果があった」とばかり強調しているが、具体的に何があったかといえば、何もない。あったならば市場が反応したはずである。

 また、保守系メディアの大見出し以外の報道では、英紙が報じた、食糧問題を論ずる場で、豪華料理でディナー食べる首脳を批判した記事が世界を駆け巡っている。
 そもそも英紙の多くは、スキャンダル重視の軽薄なタブロイド版が多いとはいえ、そこで批判されたことに、世界が共感しているのである。

 また、同じ項目(共同宣言の内容や、各議題の結果について)への、時事通信や、ロイターの報道(http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-32668520080709)は、読売や産経と正反対である。成果がないことを「ある」と言い募っているのは、普段から政府系とされる、御用マスコミにすぎない。

 世界の経済や通貨をリードし、核兵器を保有する大国らが一堂に会し、友好と協調を謳うのは悪いことでは無い。下手に軍事同盟を進めるよりかは良い。
 しかし、そこに具体的な「成果」を求めたとしたら、今回は全く成果がなかったと言っても過言ではない。
 すでにレイム・ダック状態(任期切れが間近く、何もできなくなったアメリカ大統領を指す)のブッシュ大統領が、何も新しいことはいえず、従来の姿勢に固執した結果、結局アメリカの独善に振り回されたのが今回のサミットであり、政権浮揚策という、党利党略に固執した福田政権も、マスコミ操作による宣伝をしなければならないほど、成果のなかったサミットなのである。

 明日からは、また、サミット以前と何の変化もない日常が続く。
 拉致問題は日本が独自に解決しなければならないだろう。また、原油や穀物については、相変わらず問題が続くだけだ。

 自民党の選挙対策のサミットは、各国のそれぞれの思惑から、まったく無視されて終わったと言える。次の課題は、北京オリンピックで、国粋的感情を煽ろうとするマスコミだが、選手各位の活躍は願うものの、それを政治に利用されたくはない。
 また、開催地が中国ということもあり、品格のない産経系を除いては、基本的に中国への友好姿勢で報道せざるを得ない(反中国記事を書いたら、オリンピックのメディアセンターから追い出されるだろう)。

 自民党の政権浮揚策は、ほとんど無効と言える。臨時国会を早期に開き、そこで野党は審議に参加し、自民党を追い詰めて解散に追い込むことが、今後の政治課題となろう。
posted by 眠り猫 at 20:32| 東京 不明| Comment(0) | TrackBack(5) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【外交】G8首脳会議と、反新自由主義

 まずはお詫びから。
 前の記事で少し予告していたように、今月から来月にかけて、おもに平日に、山に入る予定です。個人的なことで申し訳ないですが、かつて目指したアルプスの高峰に、今後も登ることができるように、再度登山を再開した次第です。
 こう書くと「そのような時間や金の余裕のある奴が、貧困を語るな」と思われるでしょうが、その点はまさにその通り。ただし、私には、ローンが9割残っている家以外の資産、貯金は無く、普段の生活も、1日3000円(医療費、3食、飲み代全部込)というベースで生活しており、衣類など、ここ5年は更新していないという状況での、山行きです。なにとぞご勘弁を。

 さて、不在中に4件ほど、コメントをいただいていましたが、興味深く読ませていただきました。
 渋谷チャラおさん、デルタさんのご意見には賛同です。ただ、私が目指したいのは、おっしゃるようなことを実現するためにはどうすればよいか?という、具体的政策論です。
 カークさんのご指摘の「連帯」についても賛同です。この件については、いずれ若者との連帯として、別に記事を書く予定です。ペンペンさんのご意見に賛同できません。現状の問題はやはり自公政権に責任がありますし、新規事業、ベンチャー推奨論は、安倍の「再チャレンジ政策」ですが、何も生み出さずに終わりました。また、クリントン政権下でのアメリカの復興に学べとばかり、10年以上前から日本でもベンチャーキャピタル(エンジェル)や、企業の社内ベンチャー制度などが官主導で推奨整備されましたが、とことん失敗に終わっています。
 自由競争の原理的にも、全員が勝ち組になれるはずもなく、また起業する資本や技術を保有するわけでもないのが実情の中で、自己責任を強調し、起業ですべてが解決するかのような意見は、既に失敗しています。

 さて、前置きが長くなりましたので、今日の記事は簡単に。
 昨日から、洞爺湖サミットが行われています。参加の顔ぶれをみると、最近政権の座についた人物も含め、良くもまぁこれだけ新自由主義の国家の首脳が集まったなという感じはあります。
 一方で、東京の下町にある、私の家の周りや、旅先から帰り途中の田舎の駅の待合室にまで防弾チョッキを着た警察官が立ち、サミット反対の活動には様々な制約と、不当逮捕とも見える警察の動きがあり、いくら、国際会議を無事に終わらせるためにしろ、過剰ともいえる警備と、弾圧?には危惧の念を抱かざるをえません。
 反新自由主義(反グローバリズム)が、いつの間にか過激派扱いされるようになってしまったのか?サミット後もこのレッテル貼りによる弾圧が続くのではないか?そう思わざるをえません。

 ただ、です。私は、穏健左派といいますか、革新右派といいますか(用語が古いのですが、ほかに適当な言葉がないので)、実は、「反サミット」の活動には距離を置いています。
 サミットという言葉自体傲慢だという意見は昔からあり、私もそう思いますが、基本的には、かつて第二次世界大戦で戦った国々が、戦後復興を遂げて、また新興国も含めて、友好的に国際協調を模索する場としてのサミットは否定されるべき筋合いではないと思います。これが、新たな軍事ブロックの形成行為で、途上国への軍事的介入を目指すような会議なら私も大反対しますが。

 今回も前回もキーワードになっているのは、「反グローバリズム」です。確かに先にも述べたように、私は反新自由主義者ですし、サミットに集まった国々の首脳は、新自由主義を体現している政治家でもあります。

 ただ、私が微妙に「反グローバリズム」の活動に距離を置くのは、まず、「サミット粉砕」という活動に何の効果や意義があるのか?ひどい言い方をしますが、自己満足以上のものでは無いのか?マスコミと警察の策謀で、反グローバリズム=過激派という印象操作をされるきっかけを作っているだけではないか?という点です。
 次いで、私たちは日本国民です。私たちが反新自由主義でまずなすべきことは、日本の政治を変えることです。私たちには腐敗で有名なベルルスコーニ首相や、スキャンダル男のサルコジ大統領、戦争利権屋ブッシュに対して、意見表明はできても、直接その政策や、地位に影響を与えることはほとんどできません。
 私たちがまずなすべきことは、この日本の政治を変え、日本の政治を反新自由主義=北欧型社民主義的政策と、東アジア共同体によるブロック経済に変え、そのような首班を生みだして、それをサミットに送り込むことの方が、現実的であり、また現在、爛熟した新自由主義経済がほぼ限界に達し、スタグフレーション懸念が高まっている状況の中で、このサミットが、新自由主義の最後のあだ花となるように、まず自国の政権交代を目指すべきであると考える次第です。

 このような意見に対して、実際に反サミットで活動している方は、「反グローバリズムの声を、各国首脳に見せることが重要だ」とおっしゃるでしょうが、はたしてその声は届いているのでしょうか?
 彼らは確信犯的な新自由主義者です。そしてその多くは、新自由主義により恩恵を受ける巨大資本と結びついた利権政治屋です。彼らは、選挙で落選しない限り、いくら反グローバリズムのデモンストレーションが行われても冷笑するだけでしょう。

 私は、反新自由主義を基調に、このブログで「反貧困」を語っていきたいと思っていますが、前の記事で述べましたように、単に現在の事象を非難するだけではなく、現状に代わる政策などを提案し、それをもって政権交代に備えるというスタンスを取ります。これは以前から行ってきたことです。
 また、現実の世界での活動でも、反戦デモにはかなり通っていますし、この土曜日にもあるデモに参加します。決してデモンストレーションという活動を否定はしません。
 ただ、サミット粉砕というのは、目指すイシュー(目的)が、あいまいで、何を行わせたいのか?単に大国の指導者への反感を表明したいだけなのか?その点で疑問を持っているのです。

 以上が、私のサミットへのスタンスです。
 今後の運動論でも述べていくつもりですが、1週間前の渋谷での反サミットデモのように、目の前の警官隊を権力と罵倒し、その列を破って渋谷駅までデモを敢行し、逮捕者を8人出したことに、私は何の意義も見出せません。あのデモはYOUTUBEに前進社(中核派の組織)が撮影してアップした画像を見ましたが、1970年安保の時と同じ方法で、一部の人が、理由も意義も目的も述べずに、「シュプレヒコール」、「われわれは戦うぞー」・・・・。といった形のアピールと、機動隊と喧嘩をしながらデモをする行為に、私は時代遅れという目で見ていました。同日に新宿で行われた、若者主体の反貧困に根ざしたデモの方が、よほど意義深いと感じましたが、報道したマスコミは産経だけで、しかも、渋谷と新宿を一緒にして、「中核派(過激派)のデモ」というレッテル貼り、印象操作でした。

 このようなことをしていても何も変わらない。世間から浮くばかり。やはり、具体的な政策と施策論と、それを通じての政権交代活動。その方が実があると思います。
posted by 眠り猫 at 04:14| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月05日

【反貧困】現象批判から、政策の提案へ

 ひとつ前の記事へのコメントで、ooaminosoraさんがおっしゃったことは、私自身は深く肝に銘じて、今後の記事を書いていかねばならない。
 言い訳になるが、「反貧困」に軸足を移すと言ったが、そのために、少し勉強をして、ブログ更新はお休みしようと思っていたのだが、ニュースで重要な話が流れたもので、つい記事にしてしまった。
 その内容に問題はないとは思うが、現状、発生する現象に対する論評で終わっていることは否めない。いわゆる、「一億総評論家」を地で行っているといわれても仕方がない。

 今、それもできる限り早く提言しなければならないのは、「反貧困」のための、具体的な処方箋であり、その多くは多分に政治的要素を含んでいる。というか政治面で、政策を実現させていく方策にかかっているのである。

 現在のブログ界は、右も左も、現象批判が大勢を占めており、またその結論は、我田引水的に自己の旧来の主張の結論に導く物が多い。
 それでは、新たな政策を導く提言とはなり得ないとともに、百家争鳴、右も左も入り乱れての論争になるかと思えば、各自言いっぱなしの状況である。まぁ、右の方は、反貧困をテーマにするケースは少ないようだが(「特亜三国」叩きに狂奔しているだけの、暇な無思考ブログが多い。そんなことをしても、日本は何も変わらない、良くならない。)、もとより彼らの知性に、現状打破の提言など期待はしていない。

 とは言っても、私も、現状に、また近い未来に予想される、より悪い労働環境。また労働者だけではなく、地方の農村の疲弊、小規模事業者の窮状などに対する妙案を、現在持っているわけではない。ただ言えるのは、貧困は労働者だけの問題では無いということだ。
 この多種多様に存在する現在の病理を1つの手法だけで解決するのは困難であり、それぞれに対しての処方箋を考えるとともに、全体としては整合性を取りながら、まとまった政策群として起案する必要がある。

 もちろん、私ひとりにそれができるとは思えないが、蟷螂の斧であっても、何らかの提言をまとめたいと思っている。
 また一方で、政治家や財界を悪者にして、そこからしぼれば良いというステレオタイプで単純な意見もまた、加工貿易立国で来た日本において、現実的とは言えない。彼らを非難するだけでは、物事は解決しない。

 この議論を成熟させ、いくつかの提言にまとめる為には、もっと思考しなければならないし、みなさんからもお知恵を頂戴したい。

 現状、私が考えていることの大枠は、やはり政権交代が軸になる。政権が現状のままだと、「コイズミカイカク」のつけはまだまだ国民生活を直撃する。まず、それを是正することがまず必要である。さらに、かつての土建利権による、日本的セイフティネットに頼らず、新たなセイフティネットを構築する必要がある。そのためには、やはり、財界の走狗となり、私利私欲に走る、自民党政権は終わりにしなければならないと考える。

 では、それに代わり政権を取るのは、民主党ということで良いのだろうか?
 私は、消極的ながら民主党を支持し、完全なる悪である、自民党を政権から追うべきであると考える。しかし、民主党も、その過半は、かつての自民党や、大企業の御用組合を母体とする旧民社党系の勢力が力を持っており、必ずしも現在の未組織労働者のための政策を打つとは確証はない。
 また、民主党は成立してから日の浅い政党であり、共産党が積み重ねてきたような、地道な弱者支援などの活動を行ってはいない。
 その意味でも、民主党と社民、国民新党の連立政権樹立ということに、疑念を持つ人も多かろう。
 しかし、たとえ上記のような事情があろうとも、財界直結で、利権あさりを目的として政治家になった議員ばかりの自民党よりは、なんだかんだ言っても、労働者のナショナルセンターの支持を受けた民主党の方が、「よりまし」であろうという期待はある。
 また、共産党は、党勢から言って、政権党になったりそれへ影響力を行使しうる力はないものと考える。社民と協調して、民主党を右に行かないように歯止めをかけるというなら別だが、党勢衰退(地方議会では、共産党が議席を減らし、民主党が増加している)の原因を民主党にあるとみて、自民党よりも民主党批判に明け暮れているようでは、何も得るものは無いであろう。

 結論としては、私は、民主党が政権を取る際に実現してほしい政策をこの場で皆さんと議論しながら、形あるものにしていきたい。
 批判すべきは批判し、民主党内の前原一派のような、自民党と体質を同じくする勢力への批判もし、また大企業労組の傲慢ともとれる政策には異論も唱える。
 そして、そのような批判だけに終わることなく、具体的な政策を提言していきたい。

 さらに、最近の現象として、若い世代の反乱が始まりつつある。それを、既存労組の枠組みではなく、新たな力としていくために、労働運動、市民運動のやり方などについても論じていきたい。
 最近気になるのは、共産党が、若い世代の反乱に対して、動きが鈍いことだ。これは同党の構成員の高齢化も一因ではないかと思うし、先日議論をした、労働運動のベテランが、若い世代を、「あんなのは遊びだ」と罵倒していたことにも原因があるように思う。
 民主党もまた、非正規雇用の若者の主張を取り入れることに、腰が重いように見える。
 この点については、政党は無関係に、若者との連帯を模索したい。

 とは言っても、実は今月は、ほとんどを山の中で過ごす予定である。記事更新もままならない状態が今月は続くが、それだけにたまに更新した意見に、みなさんの多数の意見をいただきたいと思う。よろしくお願いしたい。
posted by 眠り猫 at 00:59| 東京 ????| Comment(2) | TrackBack(14) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月02日

【反貧困】与党PT、日雇い派遣原則禁止を打ち出す

 まだ、与党(自公)のプロジェクトチームの方針が出ただけで、派遣業法の改正が審議されるのは、次の臨時国会になる見通し。
 概要については、以下(あえて、ゴミ売の記事を)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20080702-OYT1T00020.htm?from=navr

 早速、派遣事業協会(業界団体)は、反対を表明。金で動く与党のことだから、どうなるかはまだ本当に不透明。骨抜き法案になる可能性は依然のこってはいます。

 これで、すぐに、貧困問題が解決されるわけではないです。
 単に、不安定雇用の一部が規制されるだけのこと。
 しかし、その「不安定さ」が、低賃金と合わせて、この国から活力を奪っているのは確かで、法案の行く末を見守りたいです。

 しかし、派遣事業開放に大きく舵を切った、「コイズミカイカク」の一部が、与党自身によって修正されるという意義は小さくない。弊害が出てから改めるというのでは、為政者として無責任のそしりを免れないと思うが。
 次は、「同一労働、同一待遇(賃金を含む)」を、目指してもらいたいもの。サービス業での正社員化の動きも加速してほしい。

 問題は、秋葉原通り魔事件の犯人のおかれた立場のような、不安定な「期間工」っという存在を派遣会社が食い物にしている状況。上記の法律が通っても、期間工はなくならないわけでして、確かに製造業にとっては、期間工は、製品製造のプログラムのフレキシビリティを確保するための重要な存在。ならば、重要な存在だからこそ、高い賃金を出してはどうかと思います。

 かつて、バブル全盛のころ、フリーターという言葉は生まれました。
 「フリーアルバイター」を縮めたこの言葉。バブルのころは、アルバイト時給が高く、また、働き口もいくつもあったため、フリーターであることは、「自分の夢を実現するための期間、時間や身分に制約されずに働ける、新しい労働のスタイル」っともてはやされたものでした。

 記憶にあるのが、毎日新聞の投書欄に載った投書で、その時点で私より年長で、職業欄にフリーターと書き、フリーターこそが、企業の奴隷にならずに、自らの理想を実現するための素晴らしい働き方、っと強調し、自らを誇る投書でした。
 その人物は今では50歳を過ぎているはず。はたしてどのような人生を送れたのでしょうか?

 現代のフリーターは、バブル期のフリーターのように、甘いものでは無いです。賃金も労働条件もほぼ雇う側の言いなりですし、地位も不安定。働き口もそうざらに転がってはいない。
 「ロスト・ジェネレーション」達が、学校卒業時に、正社員採用枠が、極端に絞られていたため、やむを得ず、フリーターで糊口をしのいでいるという人も多い。
 「夢を追いかけるため」などと言ってはいましたが、結局は、それは某リク○ート社などがはやし立てた言葉にすぎず、結局、夢を実現できた人などどれだけいたことか。

 「いい学校に行って、いい会社に入って」が、必ずしも良くないことは、私が証明している(過労うつ病)し、そんな生き方だけを奨励するわけではないけれど、本当に夢を実現するために頑張っている人と、就きたい職業につけなかったので、やむを得ずフリーターをしている人は違う。
 結局は、労働力の使用者側による自由な調整弁として使われているだけの「フリーター」という存在です。
 せめて、彼らが、国民年金を支払うことができるくらいの待遇は得られるようにしないと、日本では今後も自殺者は減らないでしょう。

 今日は、記事を書かない予定でした。
 非正規雇用や、プレカリアートについて、調べ物をする予定でしたが、上記のニュースが目に留まったので、泥縄式に記事を書いた次第。
posted by 眠り猫 at 16:07| 東京 ??| Comment(2) | TrackBack(1) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月01日

今日から少し路線を変えます。

 本日は、この後出かけるので、本格的記事は帰宅後にします。

 読者の皆様へ告知です。

 このブログは、その名称にもあるように、基本的に反戦ブログです。他の記事を扱う場合も多いですが、ここ数日の沖縄戦の記事や、歴史改竄主義者の悪行を指弾する記事などのように、時事の問題とは別に、反戦を訴える記事を意識して書いてきました。

 また、夏がやってきました。来月には、広島長崎の原爆忌がありますし、敗戦の日も来ます。
 それに合わせて、非戦の誓いを新たにする記事は今後も書きますが、当面、このブログで扱う記事のメインを、「反戦」から、「反貧困」にシフトしたいと思います。

 折から、物価急上昇の、すさまじい流れの中、マスコミはその事実は伝えても、そこから推測される国民生活の危機には無関心を装っています。
 このままでは、日本は生活面から再び焦土になる。生きていけなくなる人々がさらに増える
 食に事欠く人々もあらわれる。

 この問題に、特に、大企業の収益再配分システムが破壊されている状況を中心に、言論を展開していくつもりです。

 一昨日、新宿渋谷で、反グローバリズム、反サミットのデモがありました。実は、新宿の方は、若者の自由なパフォーマンスでしたが、渋谷の方は、中核派に主導され、警察が道路使用許可を出さない中で強行され、逮捕者が8名出ました。

 この件に関し、産経新聞は、渋谷も新宿もごっちゃにして、「反グローバリズムの過激派」というレッテルを貼りました。
 私は、反グローバリズム、反新自由主義にくみするものですが、過激派でも何でもありません。
 そのようなレッテル貼りをする勢力こそ、国民の生活を破壊し、富の収奪をしている財界の走狗にすぎません。

 言論には言論で。あらためて主張を行っていくつもりです。
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2008年06月28日

北朝鮮核申告は、評価すべき前進だと思うのだが。

 一昨日、北朝鮮が、核計画の内容を記した申告書を提出し、それを受けて、アメリカブッシュ政権は、1988年(パパ・ブッシュの時)以来続けていた、北朝鮮をテロ支援国家と指定したのを、解除する動きに入った。
 日本国内の論調は、ほとんどが、拉致問題を置き去りに、ブッシュ政権が在任期間のうちに少しでも何か功績を残そうという、拙速な動きであり、テロ支援国家解除はするべきではないという意見である。
 また、北朝鮮の核計画申告書の提出や、原子炉の冷却水冷却塔の爆破も、「ショーにすぎない」と、批判的な報道が目につく。

 はたして本当にそうだろうか?

 まず、北朝鮮をめぐる、6カ国協議の目的を確認しておきたい。それは、北朝鮮の核放棄に向けた硬軟両様の手段を用いての交渉である。
 拉致問題を主張しているのは、日本だけにすぎない。日本の10倍以上もの拉致被害者がいる韓国も、日本と歩調をそろえてはいない。
 核放棄を議論する場に、拉致問題を持ち込んで、対北朝鮮強硬策を主張しているのは、安倍前首相が官房長官を務めてから顕著になった動きである。
 それ以前は、コイズミ電撃訪朝により、一部拉致被害者が帰国し、拉致問題の解決への糸口が開かれたときであった。私は、コイズミという政治家を評価していないし、あの電撃訪朝も、彼特有のパフォーマンスにすぎないとは思っているが、それでも拉致被害者の一部は帰国を遂げた。

 しかし、日本国内にいる、安倍を含めた極右の、北朝鮮敵視策によって、軍拡をもくろむ勢力は、拉致問題を押し立てて、対北朝鮮強硬策を主張するばかりでそれ以外何もしてこなかった。

 だが、よく考えてみよう。
 6カ国協議とは、北朝鮮の核放棄が目的であり、北朝鮮は、遅滞工作を行ったり、さまざまな要求を出しながらも、徐々にではあるが、核放棄に向けて、日本を含めた6カ国協議の中で決められたステップを踏んできている。
 申告書の中身には、現在保有している核兵器が記載されていないのは問題だが、それは今後の協議にまかされるのだ。この時点でアメリカが「テロ支援国家解除」に動いたのが適切か否かは私には判断できないが、もともと指定したのはアメリカの勝手に、大韓航空機墜落事件を理由に始めたものであり、拉致問題とは何の関係もない。北朝鮮の行動に対し、何らかの見返りをするというのは、6カ国協議の進め方の基本である。ここで、拉致問題は置き去りだというのは、おかしいと思う。

 そもそも、拉致問題は、国際的犯罪であるのは事実だが、核兵器放棄というイシューから比べれば、国際的には重要度が低い。被害者家族の心情を思えば、それは計り知れないものがあると思うが、それに拘泥して、核放棄への交渉を停滞させることはできないのが他の当事国の本音であろう。

 この記事を書くのを1日遅らせたのは、マスコミの発言を見ていたからだが、その中で興味深い発言が2つあった。
 1つはまさに国連のパン・ギムン事務総長の発言で、核計画の申告で、北朝鮮の核放棄へのステップが一歩進んだのを歓迎するという談話である。同様のことは静岡県立大学の教授も言っていた。
 拉致問題に拘泥せずに見れば、そういうものかと思わせるものであった。
 もう1つは、毎日新聞の記者(?)の意見で、ブッシュ政権は、退任前のポイント稼ぎではなく、パパ・ブッシュによるテロ支援国家指定や、自分自身の「悪の枢軸」発言が、北朝鮮を追い詰め、核保有に走らせ、北東アジアに危機を招いたことを修復しようとしている(歴史に汚名を残したくない)というのが今回の行動だと指摘している。

 つまり、北朝鮮、アメリカ双方の思惑や、行為の内容のデコボコはあっても、今回の一連の動きは、北朝鮮の核放棄に向けての前進だととらえる考え方があるのである。
 当然である。申告書の提出とそれに対する見返りは、日本も参加した6カ国協議で定められた手順に沿ったものであり、日本の拉致問題だけを理由にそのプロセスを停止することはできないのである。
 たぶん、アメリカ、中国、ロシアのマスコミは、拉致問題にほとんど触れていないだろう。日本よりも被害者の多い韓国は日本と同じ気持ちかもしれないが、北朝鮮の核の脅威から逃れるためにはやむを得ないと考えているのではないか?
 今後も核放棄に向けて、6カ国協議で粛々と交渉が続けられることを期待したい。

 拉致問題については、私は以前から、日本は北朝鮮ときちんと対話の場を設け、アメリカの背後からものを言うのではなく、独自外交で北朝鮮と交渉し、できれば日朝の窓口を開き、日本人が現地入りして拉致問題の調査にあたれるように、国交正常化に向けて交渉すべきと考えている。
 ただひたすら制裁だとか、非難を続けていても、何も出てこないのは、これまでの北朝鮮の対応からわかりきっていることだ。また、日本独自の外交を行えないあたり、日本の外交力のなさを如実に示している。

 この背景には、北朝鮮を敵視し続けることによって、弾道ミサイル防衛構想など、軍拡を進める口実にしたい、軍需利権を漁る安倍らの政治業者の思惑が絡んでいるのであろう。旧ソ連時代の北方領土問題と同様、問題の存在を言いたて、相手国に罵声を浴びせるだけで、実際の具体的解決行動を全くとらず、その問題を口実に軍拡を続けてきたのが日本の自民党政府である。

 はっきり言えば、拉致被害者の家族の方々は、威勢の良いことを言う与党政治家にだまされているのであって、自民党には、拉致問題解決の意図は無いのである。与党に必要なのは、軍拡の理由として使える仮想敵国にすぎない。

 ここにきて、日本の頭越しに、アメリカがテロ支援国家解除に動いたからと言って、どうだというのだ。本来の核放棄に向けたステップを進めているにすぎないのに、それを非難しても、6カ国協議の当事者の1国として無責任のそしりを免れない。協議の場で日本は何をしてきたのだ?
 拉致問題は、日朝間の2国間の問題として、別に外交を行うのが筋であると思う。それをしない政府与党には、拉致問題解決の意思がないものと思わざるを得ない。

 また、冷却塔の爆破を冷笑する馬鹿が多いが、原子炉に冷却塔は無くてはならない。少なくともそれを再建するまでは、北朝鮮は、原子炉を稼働させることができない。それは衛星などで検証可能であり、冷却塔が古いから意味がないとか何とか言い募っている日本のマスコミは、原子炉の構造を知らない愚かものの発言であろう。

 核放棄に関しては、今後も検証可能な形での着実なステップを6カ国協議で進めるべきであろう。
 拉致問題については、アメリカの意向もわかったことだし、日本は韓国と共同して、独自外交で北朝鮮と交渉すべきことと考える。それが一番現実的道だと考える。

 今回のこの件の報道で、やはり日本のマスコミはマスゴミだと、想いを新たにした。
posted by 眠り猫 at 01:01| 東京 ????| Comment(5) | TrackBack(3) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月23日

福田首相問責決議や民主党批判を行う言説のいかがわしさ

 しばらく更新が滞ってしまったことをお詫びしたい。特に理由はなく、単に私が怠惰であっただけだ。

 さて、秋葉原の通り魔事件、東北大地震報道のためにすっかりかき消された感じであるが、参議院での福田首相に対する問責決議や、それを主導した民主党に対する批判が、翼賛マスコミのみならず、自民党批判をする者の中にもかなり存在することに、疑問を感じる。

 問責決議批判に対する反論は以前書いた。
 http://heiwawomamorou.seesaa.net/article/100335793.html
 http://heiwawomamorou.seesaa.net/article/100236973.html

 この記事のあとも、単に自民党寄り、または創価学会員による民主党批判はもとより、自公政権や新自由主義を批判すると言いながら、民主党を批判する者がかなりいるようである。
 その言い分は、民主党もまた保守政党であるとか、新自由主義政党である、っというもので、まとめれば、「自民党も民主党も一緒」という言い方である。
 確かにその面はある。しかし、今、それを述べてなんになるというのか?

 民主党を批判すること、問責決議を「意味がない」と主張することは、すなわち、自民党を利するだけである。また、双方を批判し、政治に期待などしないと「虚無主義(ニヒリズム)」的なことを言うのは、自分は満足かもしれないが、何も意味を持たない。ならば発言などするべきでは無い。

 私は以前から、民主党という政党に問題はある物の、今は自民党、特に小渕以来の新自由主義と、それの徹底的実行をしたコイズミ、新自由主義と軍国主義化を進めようとした安倍による悪政の結果が、いたるところで火を噴いている日本の現状をよしとするのかということである。
 私はよしとしない。格差の問題、老人などの弱い者いじめ、一方で軍事費は削らないまま、利権あさりに狂奔する現在の政財界の状況をみると、ここで大きな変化、すなわち政権交代が必要であると考える。

 民主党にも、その政党としての性格や、内部に存在する勢力に問題があるのは、百も承知である。しかし、自民党の長期独裁、世襲政治家が首相になり続ける現状をみると、ここで一度、自民党政治と、その基盤をなす、政財官の「鉄のトライアングル」に打撃を与える必要があると考える。
 要はこのまま自民党の悪政を容認するのか、何がしかでも自民党よりはましな民主党に政権をゆだねるかである。

 今、何らかの意味で、民主党攻撃を行っている人々は、それがより悪質な自民党を利する行動であることを認識しているのであろうか?単に、翼賛マスコミの言い分のオウム返しなら、それはもはや自民党の走狗と言っても過言ではない。

 政権交代ですべてが解決するとは私も思っていない。
 しかし、現状、民主党が主張している政策は、自民党よりも社民主義的であり、国民生活の疲弊への対策を主張している。ならばそれを実行してもらおうではないか。
 やらせても見ずに、「政権担当能力があるとは思えない」と批判し、結局自民党政治を続けさせるというのでは、意味がない。

 「政権交代こそが真の改革への糸口」。私はこの主張を改めて強調したい。
 
posted by 眠り猫 at 02:19| 東京 ?J| Comment(3) | TrackBack(5) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月13日

【首相問責決議】マスコミの批判を批判する。

 一昨日、現在の憲法史上はじめて、参議院での首相問責決議案が可決された。
 タイミングに是非はあるが、私は、この問責決議を支持し、福田首相は可能な限り速やかに、衆議院を解散し、総選挙を行うべきだと考える。
 この問責決議に対して、与党の、「法的拘束力はない」、「パフォーマンスだ」と冷笑する姿勢については、それが間違っていることを昨日の記事で述べた。
 しかし、昨日のマスコミの報道、ならびにネット上での批判的意見に対して、この場で反論する。
 今回の問責決議に対する批判は、以下の類型に分けられる。

@ なぜ、この時期か?暫定税率引き上げ再議決の時に出すべきであった。
A 今は問題が山積しているときであり、それを審議すべきなのに、問責決議を出し、審議拒否は国政の停滞を招く。

 いろいろ述べているが、与党の「法的拘束力はない」、っと冷笑する意見に同調するものを除くと上記の2つのパターンになるであろう。
 ひどいところでは、この2つを同時に述べているところもある。
 だが、どちらの見解にも強く反論したい。

 まず、この2つの意見は対立する。前者は、問責決議を出すべであったが遅いというもの、後者は、問責決議を出すべきでないというものである。これを同時に述べるのは自己矛盾であって、論ずるに足りない。
 @については、Aへの反論ともなるのだが、暫定税率の時に問責決議を出していたら、衆議院は解散したであろうか?答えはノーである。現在の与党の姿勢を見る限りでは、解散があったとは思えない。
 ならば、あの時点で問責決議を行い、審議拒否をして、与党やその翼賛マスコミから、「国政を停滞させる無責任な行為」っというステレオタイプな批判を受けることは得策だったろうか?
 私はそうはしないで、批判しつつも審議を続け、後期高齢者医療制度廃止法案を出したり、衆議院山口2区補欠選挙での野党勝利や、沖縄県議選での与野党逆転を導いたのは、成功だったと考えている。
 マスコミが完全に与党に支配され、翼賛的に野党批判を行うのは目に見えていた。それを回避した上で、会期末近くに、首相の行為全般に対して問責決議を行ったのは、理にかなっていると考える。

 ついで、Aであるが、批判の対象を間違えている。残念ながら問責決議には法的拘束力はない。また与党が衆議院で三分の二の数を持っている。
 現在、問題が山積しているのは、それらの悪政を行ってきた与党の責任であり、衆参がねじれ状態にあるのを解消する手段は、衆議院の解散総選挙しかないのに、それを行わない与党こそ責められるべきであって、問責決議を出した野党を攻撃するのは、それこそ翼賛マスコミの馬鹿げた批判である。

 ましてや、@とAという、矛盾した意見を同時に述べるなど、ばかばかしくて話にならない。

 問題の本質を直視しよう。@については、問責決議を出すべきであったが、時期が遅いというなら、それでも今回決議が行われたことに、一定の評価をするべきだ。国会空転を招くよりも今出した方が良いという意見にどう答えるのか?
 Aについては、問題が山積しているのは、与党の政治のせいであり、またそれが解決しないのを衆参のねじれにあるとするならば、それを解消する唯一の手段である、解散総選挙を行わない福田首相をこそ責めるべきであり、その意味での問責決議を攻撃する理由はない。

 結局は、野党攻撃の口実として作られた、虚妄の理屈にすぎず、まったく意味がない。
 与党こそ、内閣不信任を行うか、福田首相自らが、国民に信を問うべく、解散総選挙を行うべきなのに、それをしないまま、権力の座に居座ろうという姿勢が、まず間違っているのだ。
 その批判をしないで、@、Aのような批判を口にする輩は、与党の政治宣伝に惑わされているか、そのお先棒を担ぐ翼賛マスコミに他ならない。

 衆参ねじれが悪いというなら、それを解消するためにも、衆議院の解散総選挙を行い、国民に信を問え。それを回避しようと、問責決議を冷笑するような姿勢をとり、無視する与党の姿勢は、実は問責決議を軽く見せようとする、それこそ政治的パフォーマンスにすぎず、実際には非常に焦っているのである。

 国民もまた、上記のようなことを、しっかり理解して、一番悪いのは解散権を行使しない福田首相であり、その福田に対する問責決議は、時期の問題で議論があるにしても、それが行われたことを評価すべきである。

 あくまで解散総選挙。それを求めていくべきだ。
posted by 眠り猫 at 00:37| 東京 ??| Comment(0) | TrackBack(4) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月12日

福田首相、問責決議の持つ意味

 昨日午後、参議院で、野党多数の賛成で、福田首相に対する問責決議が可決された。
 首相に対する問責決議としては、史上初のことだそうである。なお、閣僚への問責決議としては、額賀防衛庁長官(当時)に対する問責決議が、1998年にあり、額賀元防衛庁長官は辞任している。

 与党、自公政権は、決議がなされる以前から、「法的拘束力はない」、「政局をにらんだパフォーマンス」と反論し、決議を無視するとともに、衆議院で、首相信任決議を行う予定である。
 また、伊吹文明自民党幹事長は、「何に対する問責決議かわからない」と、いつもの人を馬鹿にしたような態度で発言した。

 確かに、憲法上定められた、衆議院の首相不信任決議とは違い、参議院における「問責決議」には、法的拘束力はない。
 しかし、この決議は決して軽くもなく、意味がないものではない。

 衆議院の首相不信任決議というのは、首相が解散権を持ちながら、それを行使すべき時に行使しない場合に行われるというのが通常である。つまり、首相の解散権の存在が前提になっている。そして解散され、総選挙になるのは、衆議院である。
 憲法で衆議院の優越が定められている以上、衆議院選挙は、国政の基本を決定づける重要な選挙であり、その為の解散権を行使しない首相に対する、不信任決議である。

 しかし、参議院には解散総選挙というものがない。だから、参議院には、首相不信任決議というものが定められていないのである。
 だからと言って、参議院での問責決議は無意味であろうか?
 そんなことは全くない。

 現在の衆議院は、コイズミ郵政選挙で、国民が自民党に衆議院の三分の二の議席を与えた後、首相が2回交替しても、解散は行われないまま、与党はその三分の二の数の力をたのみとして、インド洋、テロ特措法の衆議院再議決、ガソリン等への暫定剤率維持のための法案の再議決などを行ってきた。
 つまり、与野党ともに重要法案とされるものに対して、昨年7月の参議院選挙で、直近の民意が反映された参議院で、反対多数となった法案を、それよりも2年近く古い総選挙での議席数で持って再議決を繰り返してきたのである。

 今回の問責決議は、伊吹幹事長の、「何に対する問責かわからない」という、人を馬鹿にしたような発言に対する答えとして、過去の議席の数をたのみ、解散を行うことなく、安倍、福田の2人の首相交代をし、ガソリン等の暫定税率維持や、現在問題となっている、後期高齢者医療制度など、国民に負担を強いる政策を実施しながら、「物価値上げしょうがない」などと発言し、社会問題化している、ワーキングプアなどの非正規雇用の問題などを放置してきた、自民党政治全体への、それを体現する福田首相の政治全体への「問責」決議、と捉えるべきである。

 「法的拘束力が無い」と言うが、ならばなぜ、10年前、額賀元防衛庁長官は問責決議を受けて辞任したのか?それは民意の反映と受け止めたからではないのか?
 直近の国政選挙の結果、与野党逆転となった参議院での、首相の政治全体への「問責」決議であり、間接民主制を採っている日本の議院内閣制の中で、その意味は決して軽くない。

 与党、特に自民党は、小選挙区制という制度上の利点も得て、投票総数の過半数に満たない得票で、衆議院の三分の二の議席を得た。
 それに調子づいたコイズミ政権、安倍政権では、国民生活をむしばむ、社会保障切り下げ既定路線が敷かれ、財界の要求に応えて、今の不正規雇用を常態化する法律を作り、教育基本法の改悪などが強行採決で次々に決められていった。
 その愚挙に反発してこその、昨年7月の参議院選挙での、野党勝利となったのではないか?国民の意志は、先の衆議院選挙で国民が自民党に与えてしまった、三分の二という議席の結果もたらされた、国民生活軽視の与党の政策への批判では無かったか?

 その参議院で行われた「首相問責決議」に対して、「一番の犠牲者は私」、「法的拘束力はない」などと鼻の先で笑ってのける与党や首相の姿勢は、民意を軽視する、極めて傲慢な態度というべきである。
 せめて、「決議を真摯に受け止める」くらいの反応はするべきだが、参議院軽視、ひいては世論調査でも表れている、福田首相不支持、解散総選挙を求める声などもすべて無視して、ひたすら権力の座を維持しようという、与党の傲慢さと、過去のコイズミのパフォーマンスで獲得した議席数に固執するあまり、国民の声を聞こうとしない自民党の不誠実さを如実に表すものと言える。

 支持率が低いことを理由に、ひたすら解散を先延ばしにし、過去の獲得議席で、首相の座をタライ回しにし、無責任男安倍、無関心男福田という2人の首相を、総選挙の洗礼を経ずに成立させて権力の維持を行っている自民党は、まさにそのこと自体を理由にして、解散して、国民に信を問うべきである。

 今の与党の態度は、主権者国民の民意を無視した暴政というべきであろう。
 解散総選挙を求める。
posted by 眠り猫 at 03:30| 東京 ??| Comment(1) | TrackBack(2) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月09日

沖縄県議会議員選挙、自公過半数割れ

 一昨日記事にした、沖縄県の県議会議員選挙の結果が確定した。
 事前の予想の通り、自公が、推薦の無所属を含めても過半数割れをし、保守系の仲井眞知事は、少数与党になり、予算などで、苦しい県政運営を迫られる。

 改選前は、定数48議席のうち、自公系は27議席と過半数だったが、改選の結果、今回初めて候補を立てた民主党が4議席を獲得したのを含め、野党系が26議席を占め、自公は19議席、推薦の無所属3議席を含めても22議席にとどまる結果となった。
 沖縄には、地域政党というものがあり、その一つ「そうぞう」も議席を獲得し、中央政界では劣勢の社共もそれぞれ5議席と奮闘した。

 これで、普天間基地移転のために、キャンプ・シュワブ(辺野古)への新基地建設を進める仲井眞知事は、来年度予算などで、基地建設反対の野党に、譲歩を迫られることになる。
 具体的には、岩国でもそうだったが、国がばらまく基地の町への交付金について、自治体が同時に起債して進める箱物事業が行いにくくなる。それはすなわち、国の基地自治体への金を餌に米軍受け入れを迫るやり方への強力なカウンターになる。
 そのほかでも重要な決定の時に、議会が基地反対に動けば、何も進まなくなる。

 今回の県議選では、基地の問題では無く、後期高齢者医療制度への批判が原因であったとされる。
 政府発表の通り、当初の厚生労働省の説明とは正反対に、所得の低い世帯ほど、負担が増えることがわかった。
 沖縄は、全国で下から2番目に所得が低い県であり、この制度で負担が増える世帯が圧倒的に多い結果になり、その怒りが今回の結果を招いたとされる。

 とすれば、この結果は即座に国政に反映されることになるであろう。
 週明けの終盤国会で、もう一波乱ある可能性も出てきた。社民党は、民主党に対して、福田首相の問責決議を議決するように求めるだろう。それを回避するために、自民党は後期高齢者医療制度の廃止法案を継続審議にしたという経緯もある。一つの県の県議会選挙が、国政に影響を与えうるのである。

 自民党の伊吹幹事長は、いつもの威丈高な態度で、民主党は政局重視で政治をしていると批判したが、自分たちの言いなりにならないものはすべて悪と決め付ける、あの馬鹿げた姿勢にだまされる国民は少ないだろう。与党こそ、党利党略で解散権を行使せず、憲政の常道に反した悪政を続けているのではないか。伊吹のたわごとを信じる国民はいない。

 折から、先週末のNYでの原油市場は、史上最高値を記録し、それを受けて株価は大幅に下落した。日本の株式市場も今日は大幅に下げるだろう。アメリカの景気が行き詰れば、内需が壊滅している日本の輸出産業も大打撃を受け、景気は急激に悪化する。社会保障費を根拠も示さず、5年間で1兆1000億円減額するというコイズミの路線を、こうなってもまだ続ける気か?
 社会保障を整備してこそ、内需も拡大し、景気を下支えすることになる。

 今回の沖縄県議選では、まさにその社会保障費の削減路線への審判が下ったのだ。
 先日の山口2区の衆議院補欠選挙でも、一時善戦が伝えられた与党候補が、後期高齢者医療制度の導入が発表されたとたん、支持が急落し、あの、無責任男、「安倍」が応援演説をしたせいもあってか、最終的には保守王国山口では信じられないほどの大差で敗北した。

 民意は示されているのである。今後も選挙で、与党の国民いじめの政策にノーを突きつけよう。一つ一つの積み重ねで、国政を変えることはできる。
 そして最後は自公を政権の座から追い落とすべきだ。

 常に与党の側に身を置きたい公明党は、沖縄で、自民党を裏切るかもしれない。基より平和と生活の党をキャッチフレーズにしている政党である。自民党に媚を売って、キャッチフレーズと正反対なことを続けている公明党は、その「鉄板」とも呼ばれた、組織票の強さでも、昨年の参議院選挙で議席を減らしている。このまま自民党となれあっていても、公明党は衰退あるのみであろう。考え直すべき時期が来ている。

 ことほど左様に、今回の沖縄県議選の結果の波及効果は絶大なのである。
 他の国民もあきらめず、しらけることなく、選挙で、自公政権反対の一票を投じ続けよう。そうしなければ日本は悪くなる一方なのだから。
 コイズミ待望論などとんでもない。今の社会保障削減路線はコイズミの導入したものだ。日本の景気が、数字とは裏腹に悪くなっているのも、為替を操作して円安を誘導して、一部輸出大企業だけを優遇してきた結果である。すべてコイズミが、今の日本人の苦境を作ってきたのだ。コイズミ待望論に惑わされているオバチャンよ、気付いてくれ。コイズミには破壊する力はあっても、今の日本の苦境を救う、創造力は無いのだ。

 次の選挙では、特に衆議院選挙では、自公政権と、コイズミにノーを突きつけよう。
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2008年06月07日

明日は、沖縄県議会議員選挙投票日

 明日、8日は、沖縄県の県議会選挙の投票日である。
 私たち県外の人間には、どうすることもできない問題だが、その結果の影響は大きい。

 定数40名あまりに対して70名以上が立候補しており、今まで無風選挙だったのが、激戦になっているらしい。
 しかも今回注目するべきは、これまで基地の問題が争点となりがちだったのに対して、今回は、コイズミが決めた、「後期高齢者医療制度」が争点となっているという。

 この制度では、つい先ごろ、モデル世帯を設定しての試算が行われた。
 そこでは、75%のご老人の世帯で、負担が軽減されるとなった一方で、当初の厚生労働省の主張と正反対に、所得の低い家庭ほど、負担が増えるということがわかった。
 このことに、全国平均に比べて所得が低く、また高齢者の多い沖縄では、まさに庶民の家計を直撃したと言える。
 このことに、沖縄のおじい、おばあたちが激怒しているのだという。

 その結果、今回の選挙では、与党(自公)が苦戦を強いられているという状況らしい。
 最終的には開票されてみないとわからないが、もし、保革逆転となったばあい、国会の会期をわずかに残した時点で、後期高齢者医療制度への是非論が再燃する可能性が高い。

 また、県議会で保革が逆転すると、キャンプシュワブを含めて、アメリカ軍再編に伴う基地移転などに関する県の予算が通らなくなる可能性も出てくる。そうなった場合、自公政権の進めてきた、ブッシュ政治追従の「日米同盟」なる、虚妄の口実が、根底から覆される。

 つまり、今回の沖縄県議選は、沖縄県にとどまらず、日本中に影響のある、重要な選挙だということになる。

 一昔前には、沖縄方面の選挙では、結果が賭博の対象になったり、開票後、負けた陣営の支持者が、選挙管理委員会に殴りこんだり、何かと物議をかもしたが、今回は、きっちりと白黒つけてもらいたいものだ。

 ちなみに、後期高齢者医療制度については、その廃止法案が参議院を通過した後、衆議院で、自公により即座に否決されるという見通しだったが、突然、継続審議扱いになった。
 これは、沖縄県議選の結果と、週明けに参議院で問責決議が可決される見通しだったことを警戒して、与党が、懸案を先送りする狙いがあるものと思われる。

 ここで、沖縄100万人の有権者の1票が日本を変える可能性がある。
 沖縄の人はぜひとも、野党に1票を投じていただきたい。
posted by 眠り猫 at 02:18| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(1) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月05日

福田首相を評価する、おそらく自民党最後の人材。麻生に期待してもダメだ。

 福田首相が欧州歴訪から帰国する。英仏独伊の首脳と会談し、洞爺湖サミットへの協力を要請し、またバイオエタノールに関する国際会議にも出席し、意見を述べてきた。
 駆け足での訪欧だったが、2つの点で評価したい。

 1つは、狂人としか思えない安倍の欧州訪問時の、欧州にとっては何の関心もない拉致問題を騒ぎ立てたり、アフガニスタンへの自衛隊派兵を、国民の合意も事前の内閣での決議もなしに約束してきたりするという、「自分の妄念だけ」、を押し通す欧州歴訪とは違い、地味ながらも一定の成果を上げたことだ。と言っても日本の常任理事国入りは、中国を仮想敵国としている限り、欧州諸国が賛成しても、ありえないのだが。

 もう一つは、バイオエタノールの問題で、食糧を自動車の燃料に転換することについて激論がなされたが、サトウキビを原料とするブラジルと、トウモロコシを原料とするアメリカが、強固にバイオエタノールの使用に固執する中、日本は欧州とともに、廃材や麦わらなどを燃料とする第2世代のバイオエタノール技術の開発促進を掲げたことだ。
 サトウキビを原料とするブラジルはともかく、トウモロコシを原料とするアメリカの方式は効率が悪い上に、アフリカ、中南米の主食であるトウモロコシ、家畜飼料としてのトウモロコシを、食糧では無く車の燃料にしてしまうもので、穀物市場を支配しようという、アメリカの覇権意識がベースにある。
 日本の外交としては珍しく、アメリカの意向に反対してのけたのは、意義がある。

 以上の2点は、福田首相の欧州歴訪で評価する。
 福田は、安倍や麻生のような、数字が理解できないで、自分たちの利権だけを漁ることを、「愛国」とすりかえる、偽善的国家主義者とは明らかに違う。先日のクラスター爆弾使用・製造禁止条約への参加も福田の決定だった。

 今、福田の支持率は低い。当たり前だ。コイズミの、社会保障削減路線を継承し、一方で土建利権も温存すると言った、国民にとっては最悪の政治をしているし、「物価値上げしょうがない」発言など許せるものでは無い。
 しかし、個々の問題についての福田の行動は、安倍や麻生とは大きく異なる。「国民のため」ではないが、一応「筋が通っている」と言える行動をとる。

 とはいえ、福田がどの程度乗り気なのかは不明だが、アフガニスタン派兵の調査団が出発する。また、コイズミ路線の、社会保障費2200億円削減も維持すると表明した。
 外交は良くても、内政はコイズミ以来の悪政を引き継いでいると言え、福田に対しての評価は低い。

 ただ、ここで私が強調しておきたいのは、今、支持率が、あの無責任でうそつき(年金問題)な安倍よりも低い状態にあるとはいえ、福田の方がまだしもまともだということである。それはすなわち、「次」と目される麻生よりもましであるということだ。

 政権が代わると、一時的な期待感で支持率が上がる。自民党はそれを見越して、福田に泥をかぶらせた上で、衆議院任期満了直前に麻生に首班を切り替える戦術を練っているに違いない。
 麻生は安倍ほどではないが、やはり、無定見な国家主義者である。金は十分に持っていながら、派閥が自民党内最小なのも、彼の人徳の無さと思われる。
 麻生政権での一時的な支持率浮遊を許してはならない。
 自民党としては、比較的まし、な福田でこの支持率なら、麻生に何も期待してはいけない。

 要は、自民党を政権から放逐することこそが、最良の政治改革であり、首のすげ替えで、麻生になったからと言って、何も期待してはだめだということだ。比較的ましな福田でこのレベルなのである。麻生になったらもっと悪くなる。
 つまるところ